5月20日付・編集手帳 (読売新聞) - goo ニュース
監獄法が100年ぶりに改正され、新たに「刑事施設受刑者処遇法」として国会で成立した。監獄法という名称が消え、「受刑者の人権の尊重」を明記し、手厚い権利保障を定めている。
それにしても、100年ぶりの改正というのは、これまで日本がいかに「人権軽視の国」であったかを物語っている。
しかし、監獄法が改正されたと言っても、刑務所という密室のなかで、「人権侵害」が行われても、外部に明るみにされることは、これからもめったにないだろう。
ましてや、最近は犯罪の増加により、受刑者がどんどん増えていて、刑務所はぎゅう詰めのようだ。つい先頃、出所したばかりの人の話によると、1人部屋に受刑者2人が入れられ、2段ベッドが持ち込まれているという。この2段ベッドで「首吊り自殺」する受刑者が後を絶たないのだそうだ。朝、ゴロゴロと台車が通る音がするのだが、それは大概、自殺した受刑者の死体を運ぶ音だという。同質の受刑者がぐっすり寝込んだときに首を吊るので、なかなか防ぎようがない。刑務官も人手不足で、夜間の見回りもこまめにはできず、自殺に気づかないという。
逆に、高齢者を拘禁している尾道刑務所のように、刑期を終えて出所した高齢者の大半が、舞い戻ってくる刑務所もある。刑務官が親切だからという。高齢者は娑婆に放り出されても行くところがない。親族にも見放され、いや、すでに身内がいない高齢者がほとんどだという。高齢者にとっては、娑婆が「地獄」で、刑務所が「天国」というわけだ。だから、刑期が終りに近づくと、「鬱病」にかかる受刑者が多い。彼らにとっては、刑期は長い方がうれしい。奇妙な世の中になっている。
犯罪が増える世の中というのは、どこか政治や行政がおかしいのである。自殺者は毎年3万4000人前後、ホームレスは全国で2万4000人いる。企業倒産こそ、減少してきてはいるけれど、生活苦に喘ぐ人々は少なくない。
これはどうみても、社会政策の失敗が大きな原因であるとしか思えない。その失敗は、政治や行政が貧困だからである。政治家や官僚たちは、世の中をよくするのが務めのはずなのに、逆に政治家や官僚たちが世の中を悪くしている。「自殺者3万4000人前後、ホームレス2万4000人」という数字も、政治家や官僚たちには単なる「統計上の数字」にすぎないのでろうか。高額の歳費や俸給をもらっておりながら、こうした状況に心を痛めない政治家や官僚たちには、即刻辞めてもらわなくてはならないだろう。
さて、監獄法が改正されても、もっと大事なことが、まだ忘れられている。それは、刑事事件の捜査段階における「人権侵害」である。「別件逮捕」「接見禁止」「取調べ室内での拷問」「自白の強要」などである。英国の刑事もののテレビドラマを見ていて感心させられるのは、「OO警視、O時O分入室」「OO警視、O時O分退室」などと言って取調べ室に入っているシーンが出てくる。取調べ室の声や音をが録音されているのである。また、被疑者の隣に弁護士が同席しているなかで、刑事が取調べしている光景もよく目にする。これでは、「自白の強要」も「取調べ官による暴行」も行えないだろう。
これに反して、日本の場合は、「別件逮捕」が違法とされていながら、捜査テクニックとして「当たり前」のこととされている。ましてや弁護士が取調べ室に入ることすら難しい。取調べ室で、刑事が被疑者の毛脛を蹴り上げたり、椅子を蹴飛ばしたりする。頭を机に押しつけたりもすることがあるという。弁護士をつける権利はあっても、「接見禁止」では、弁護士は何の役にも立たない。
この結果どうなるかと言えば、被告人が法廷で「自白を覆す」ことがしばしば出てくる。それどころか、「冤罪」が起こり、最高裁判所で一旦刑が確定していながら、再審請求が認められて、ついには「無罪」になるケースも珍しくない。
日本国憲法が施行されて、旧刑事訴訟法が、新刑事訴訟法に変わったころ、警察が新刑事訴訟法に基づく捜査に慣れていなかったために、物的証拠などをしっかり固めないまま、違法捜査によれ被疑者を逮捕し、違法な取調べにより自白を強要したりして、起訴に持ち込んだものの裁判で覆されるケースが多発した。極刑を言い渡されながら再審請求が認められて無罪になった重大事件もいくつかあった。こうした事例がありながら、今日においても、憲法や刑事訴訟法が十分に守られていないケースが後を絶たないのである。裁判官も、捜査機関からの逮捕状請求に対して、よく吟味もせず、ほぼ捜査機関の言いなりになって令状を発行したり、拘置請求に対しても、どうみても「長期拘留」の必要がないと思われる場合であっても、これもまた、捜査機関の言いなりになっているようである。裁判所が、いまや「人権の砦」になっておらず、捜査機関の「下請け機関」になり下がっている。
そこで、「日本国憲法」の「人権規定」のうち、刑事手続きなどの規定を改めて確認しておこう。
第31条 法廷の手続きの保障
第32条 裁判を受ける権利
第33条 逮捕の要件
第34条 拘留・拘禁の要件、不法拘禁に対する保障
第35条 住居の不可侵
第36条 拷問及び残虐刑の禁止
第37条 刑事被告人の権利
第38条 自白強要の禁止、自白の証拠能力
第39条 事後刑罰法の禁止・一事不再理
第40条 刑事補償
監獄法が100年ぶりに改正され、新たに「刑事施設受刑者処遇法」として国会で成立した。監獄法という名称が消え、「受刑者の人権の尊重」を明記し、手厚い権利保障を定めている。
それにしても、100年ぶりの改正というのは、これまで日本がいかに「人権軽視の国」であったかを物語っている。
しかし、監獄法が改正されたと言っても、刑務所という密室のなかで、「人権侵害」が行われても、外部に明るみにされることは、これからもめったにないだろう。
ましてや、最近は犯罪の増加により、受刑者がどんどん増えていて、刑務所はぎゅう詰めのようだ。つい先頃、出所したばかりの人の話によると、1人部屋に受刑者2人が入れられ、2段ベッドが持ち込まれているという。この2段ベッドで「首吊り自殺」する受刑者が後を絶たないのだそうだ。朝、ゴロゴロと台車が通る音がするのだが、それは大概、自殺した受刑者の死体を運ぶ音だという。同質の受刑者がぐっすり寝込んだときに首を吊るので、なかなか防ぎようがない。刑務官も人手不足で、夜間の見回りもこまめにはできず、自殺に気づかないという。
逆に、高齢者を拘禁している尾道刑務所のように、刑期を終えて出所した高齢者の大半が、舞い戻ってくる刑務所もある。刑務官が親切だからという。高齢者は娑婆に放り出されても行くところがない。親族にも見放され、いや、すでに身内がいない高齢者がほとんどだという。高齢者にとっては、娑婆が「地獄」で、刑務所が「天国」というわけだ。だから、刑期が終りに近づくと、「鬱病」にかかる受刑者が多い。彼らにとっては、刑期は長い方がうれしい。奇妙な世の中になっている。
犯罪が増える世の中というのは、どこか政治や行政がおかしいのである。自殺者は毎年3万4000人前後、ホームレスは全国で2万4000人いる。企業倒産こそ、減少してきてはいるけれど、生活苦に喘ぐ人々は少なくない。
これはどうみても、社会政策の失敗が大きな原因であるとしか思えない。その失敗は、政治や行政が貧困だからである。政治家や官僚たちは、世の中をよくするのが務めのはずなのに、逆に政治家や官僚たちが世の中を悪くしている。「自殺者3万4000人前後、ホームレス2万4000人」という数字も、政治家や官僚たちには単なる「統計上の数字」にすぎないのでろうか。高額の歳費や俸給をもらっておりながら、こうした状況に心を痛めない政治家や官僚たちには、即刻辞めてもらわなくてはならないだろう。
さて、監獄法が改正されても、もっと大事なことが、まだ忘れられている。それは、刑事事件の捜査段階における「人権侵害」である。「別件逮捕」「接見禁止」「取調べ室内での拷問」「自白の強要」などである。英国の刑事もののテレビドラマを見ていて感心させられるのは、「OO警視、O時O分入室」「OO警視、O時O分退室」などと言って取調べ室に入っているシーンが出てくる。取調べ室の声や音をが録音されているのである。また、被疑者の隣に弁護士が同席しているなかで、刑事が取調べしている光景もよく目にする。これでは、「自白の強要」も「取調べ官による暴行」も行えないだろう。
これに反して、日本の場合は、「別件逮捕」が違法とされていながら、捜査テクニックとして「当たり前」のこととされている。ましてや弁護士が取調べ室に入ることすら難しい。取調べ室で、刑事が被疑者の毛脛を蹴り上げたり、椅子を蹴飛ばしたりする。頭を机に押しつけたりもすることがあるという。弁護士をつける権利はあっても、「接見禁止」では、弁護士は何の役にも立たない。
この結果どうなるかと言えば、被告人が法廷で「自白を覆す」ことがしばしば出てくる。それどころか、「冤罪」が起こり、最高裁判所で一旦刑が確定していながら、再審請求が認められて、ついには「無罪」になるケースも珍しくない。
日本国憲法が施行されて、旧刑事訴訟法が、新刑事訴訟法に変わったころ、警察が新刑事訴訟法に基づく捜査に慣れていなかったために、物的証拠などをしっかり固めないまま、違法捜査によれ被疑者を逮捕し、違法な取調べにより自白を強要したりして、起訴に持ち込んだものの裁判で覆されるケースが多発した。極刑を言い渡されながら再審請求が認められて無罪になった重大事件もいくつかあった。こうした事例がありながら、今日においても、憲法や刑事訴訟法が十分に守られていないケースが後を絶たないのである。裁判官も、捜査機関からの逮捕状請求に対して、よく吟味もせず、ほぼ捜査機関の言いなりになって令状を発行したり、拘置請求に対しても、どうみても「長期拘留」の必要がないと思われる場合であっても、これもまた、捜査機関の言いなりになっているようである。裁判所が、いまや「人権の砦」になっておらず、捜査機関の「下請け機関」になり下がっている。
そこで、「日本国憲法」の「人権規定」のうち、刑事手続きなどの規定を改めて確認しておこう。
第31条 法廷の手続きの保障
第32条 裁判を受ける権利
第33条 逮捕の要件
第34条 拘留・拘禁の要件、不法拘禁に対する保障
第35条 住居の不可侵
第36条 拷問及び残虐刑の禁止
第37条 刑事被告人の権利
第38条 自白強要の禁止、自白の証拠能力
第39条 事後刑罰法の禁止・一事不再理
第40条 刑事補償