21歳でアイドルグループ卒業、歌舞伎町で選んだセカンドキャリア
現在、“アイドル”と呼ばれる女のコは全国に数百、いや、数千人は存在すると言われている。しかし、どれだけ人気を得てもアイドルでいられる期間は限られている。そこで、だれもが直面するのがセカンドキャリアをどうするべきか。一般企業で働く人もいれば、結婚して主婦になる人もいる。アイドルにとって、その後の生き方については悩ましい問題である。
1月11日までアイドルグループ「イケてるハーツ」のメンバーとして活躍していた越智りんかさん(芸名・越智かりん)
新宿・歌舞伎町のさくら通りから路地裏に入ると、そこには2月にオープンしたばかりのダーツバー「SEKAIDE1BAR」がある。店長を務めているのは、越智りんかさん(21歳)。つい先日まで“越智かりん”という芸名で活躍した元アイドルである。 彼女は人気アイドルユニット「イケてるハーツ」の初期メンバーとして、2020年1月11日に卒業するまで5年半、1953日に渡って活動してきた。とはいえ、まだ21歳。アイドルとしてはあまりにも若くして引退したようにも思えるが……。越智さんが、なぜアイドルを辞めて店を開いたのか。その裏側を聞いた。
高校時代、ヤンキーからアイドルへ転身
小柄で愛くるしいアイドル然とした見た目の越智さん。だが、彼女がアイドルを目指した理由はあまりにも意外なものだった。 「私、いまだから言えるけど、昔は結構ヤンチャだったんです。いわゆる元ヤンですね(笑)。地元は割と荒れている地域だったので、中学1~2年生の頃はまわりと同じように遊んでいましたね。ただ、そんな生活にも飽きてしまって。それに、このまま一生遊び続けるわけにもいかないだろうなって。そんなことを思いながら受験シーズンに突入したんです」
現在の越智さんからは元ヤンだった姿が全く想像がつかない。無事に受験が終わった時に、「次に何をやろうか」と頭に浮かんだのがアイドルだった。実は、それを後押ししたのが母親だったという。 「小さい頃から人前に出ることや、人を喜ばすことが大好きでした。高校入学も決まったし、『アイドルをやってみたいな』ってママに言ったら、すごい乗り気で。『ここなんか良いんじゃない?』って見つけてきてくれたのが、私が所属していた事務所のオーディションでした」
越智さんは見事、「Stand-Up! 研究生オーディション」に合格。高校1年生の5月から22人のメンバーに選ばれた。念願のアイドル活動だったが、軌道に乗るまでは時間を要した。 「9月にライブデビューはしたけど、いつになったらきちんと“ユニット”として活動できるのか。先行きが見えない不安のなかで、たくさんの子が辞めていきました。諦めて他のユニットを探すという選択肢もあったけど、とにかく続けることが大事だなって。いつか表に出れるだろうと、信じてやるしかないって。そして、高2でやっと『イケてるハーツ』としてデビュー出来た時は、本当に続けて良かったと思いました」
青春の全てを捧げて夢のステージへ
アイドルグループ「イケてるハーツ」のメンバーとして活動(提供写真)
全日制の高校に通いつつ、アイドル活動にも手も抜かなかった。デビュー曲のリリースイベントは9日連続。それでも「絶対に休みたくなかった」と彼女は言う。 「毎日朝から学校で、放課後はライブやレッスン。修学旅行にも行ってません。もちろん、運営に言えば休めたと思うけど、ちょうどレコーディングの時期と被ってしまって。私にとってはアイドル活動が大事だったので、レコーディングを優先しました。 せっかくここまで頑張ってきたのに、休んで歌割り(※自分が歌うパート)がもらえなかったら……って考えたら、休むという選択肢はありませんでした」 その後、ユニットは徐々に知名度をあげ、テレビやラジオに多数出演。全国のライブハウスや海外でも公演を行った。
そんななか、越智さんは2020年1月、全力で取り組んできたアイドル活動を引退。だが、若干21歳。ユニットを抜けても、アイドルを続けるという道もあったのではないだろうか。 「後悔がないって言ったら、それは嘘になります。もっと売れたかったし、アイドルとして叶えられなかったこともある。でも、そんなことは卒業ライブで全部忘れましたね。嫌なことは全て消え、結果的にアイドルだった期間の全部が楽しかったなって。5年半、まるっと同じグループで活動できたことが本当に良かった」
アイドルの“越智かりん”として迎えた卒業ライブ。場所は新宿・歌舞伎町のド真ん中にあるライブハウス「新宿BLAZE」。オールスタンディングで約800人の収容規模。ここでライブをすることが、彼女の目標のひとつだったのだ。
新宿で卒業して、新宿で再スタート
越智さんはアイドル卒業後、間髪入れずに店を開いたが、実はユニット在籍中から「新宿で卒業して、新宿で再スタートする」と決意していた。 「ずっとアイドルとして突っ走ってきたけど、1~2年前から今後について考えるようになりました。後輩も育ってきたし。私のママが地元で小料理屋をやっているのですが、たくさんの常連客がいて。それはつまり、自分にとってもお客さんにとっても“居場所がある”ってことなんです。すごい素敵なことだなって、尊敬していました。そんななかで、漠然と『いつか自分も店をやりたいな』って思いがあったんです」
そして、いざ「自分で店をやる」と決心してからはすぐに動いた。1年前には食品衛生責任者の資格も取っていたという。しばらく空いているテナントが見つからずにいたが、絶対に新宿、歌舞伎町でやると決めていたそうだ。 「日本で一番盛り上がっている街で勝負したいなって。場所柄、来にくいと感じる人もいるんですが、うちはとにかくアットホームなんです。チャージは500円のみ(フリータイム)だし、カラオケもタダで、ダーツは1回100円。“ダーツバー”という形態にしたのは、お客さんも含めてみんなが仲良くなれるかなって。いい意味でみんなを巻き込んで楽しめるじゃないですか」
店内にはダーツが設置されている
壁やテーブルなど、随所のビタミンイエローが印象的な店内には、彼女なりのこだわりがある。この色は「イケてるハーツ」時代の越智さんのイメージカラーだ。店名の「SEKAIDE 1 BAR」にも由来がある。 「私のキャッチフレーズが“世界で一番越智かりん”だったんです。歌舞伎町のバーで一番になりたい。店の知名度もどんどんあげていきたいし、売上もあげていきたい。毎日ビタミンイエローの壁を見て、頑張らなきゃって思いを強くする。やっぱり、アイドルの越智かりんがあったからこその今なんです」
慣れた手つきでドリンクをつくる越智さん
越智さんは従業員のことを“選手”と呼ぶ。 「従業員っていうと何だか味気ないじゃないですか。店の名前が“SEKAIDE1BAR”だから、一緒に戦う仲間って意味も込めて選手なんです。これは徹底していて、真面目なミーティングの時にも選手って呼びます」 開店して1か月。日々新鮮で楽しいと話すが、当初は不安がないわけでもなかった。 「一緒に卒業したメンバーや、高校時代の友人が働いてくれているんですけど、何かあった時に怒ったら嫌われないか……そんな不安はありましたね。でも、だんだんひとつにまとまってきている。今は、選手たちが可愛くてたまらないんです。私という人間と一緒に働きたいと思ってくれた人は、絶対に大事にしたいと常に思っています」
終始ニコニコと店について語る越智さん。 「私が店長ですが、自分が主役だとは思っていません。選手たちもお客さんもみんなが主役の店にしたいなって。お客さんもお客さんというよりは、一緒に楽しめる仲間って感覚ですね。みんなが主役でみんなが仲間。お店がもう少し落ち着いてきたら、店休日にみんなでBBQしたりキャンプに行ったりしたいなって」
小さなカラダで大きな野望を持つ彼女の店が、歌舞伎町を盛り上げる日はそう遠くないのかもしれない。