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医学部入試の女子受験生差別が発覚するきっかけとなった東京医大「不正入試」事件。自分の知らないうちに一次試験の点数に10点加算されて合格した文科省キャリア官僚の次男だが、捜査の過程で明らかになったのは、その10点加算がなくても次男は実力で合格できる得点を取っていたという事実だった。事件を描いたノンフィクション『東京医大「不正入試」事件』から、次男の入試で何が行われていたかを描く連載第2回。
『東京医大「不正入試」事件』(2)前編
4000万円の補助金の見返りに入試で10点を加算
2018年夏の一大騒動となった東京医科大学「不正入試」事件。受託収賄の疑いで東京地検特捜部に逮捕・起訴された文部科学省科学技術・学術政策局長(役職は当時、以下同)の佐野太被告は、近い将来の事務次官就任を確実視されていたエリート官僚だった。同被告の立件に向けて特捜部が構築したシナリオは次のようなものだ。
約4000万円の補助金を受け取れる文科省の「17年度私立大学研究ブランディング事業」対象校に選定されたいと考えた東京医大理事長の臼井正彦被告(贈賄罪で起訴)は、顔馴染みだった同省大臣官房長の佐野被告と17年5月10日に会食した際、同事業の提出書類の記述内容に関する助言・指導を依頼した。
佐野被告がその場でこれを承諾したことから、臼井被告はその見返りとして18年2月4日、東京医大の18年度一般入試を受験した次男の賢次(仮名、1浪中)の第1次試験の点数に10点を加算。賢次が初めから75人の定員枠内で合格する正規合格になる形で、佐野被告に賄賂を贈った。
実は件の会食の模様は、会食を設定したコンサルティング会社役員の谷口浩司被告(受託収賄幇助容疑で逮捕・起訴)が、ボイスレコーダーを使ってその場で隠し録りし、音声データに変換して保存していた。このデータが17年10月末、同被告の与り知らないところで、周辺から特捜部に提供されていたのだ。
4人の被告人員が容疑を全面否認していた
特捜部は佐野、谷口両被告を逮捕する18年7月4日の約2週間前から、臼井被告と東京医大学長の鈴木衞被告を任意で事情聴取。特捜部が構築したシナリオを認める供述を両被告から強引に引き出す。その上で任意の取り調べを全く行わないまま、佐野、谷口両被告を逮捕・起訴し、臼井、鈴木両被告も併せて在宅起訴した。
佐野、谷口両被告は逮捕時から一貫して容疑事実を否認。身柄拘束に対する恐怖から、事実とは異なる特捜部のシナリオを認めたにもかかわらず、最終的に起訴された臼井、鈴木両被告も、起訴後に否認に転じた。
佐野被告は公判で、(1)ブランディング事業の提出書類の記述内容に関する助言・指導は当初から断った、(2)同事業の趣旨を説明できる文科省の担当者紹介は請け負ったものの、それも翌日に臼井被告と直接面談して取り消した、(3)賢次の入試の成績に加点した事実は臼井被告から全く聞かされておらず、こちらから頼んだこともない
――などと検察のシナリオを完全否定し、無罪を主張。他の3被告も無罪を主張して争った。
だが1審の東京地裁の西野吾一裁判長は22年7月20日、4被告全員に執行猶予付きの有罪判決を言い渡した。4被告は全員が東京高裁に控訴している。
これが東京医大「不正入試」事件の概要だ。文科省高官だった父親の佐野被告が突如逮捕されたことで、何一つ与り知らないまま大人たちの事件に巻き込まれたのが、事件発覚当時は同大医学部医学科の1年生だった賢次である。
佐野被告が逮捕・起訴されると、賢次はインターネット上で「裏口入学した」などと、凄まじいバッシングの嵐に晒された。
---------- 後編記事【「裏口入学」の汚名を着せられながら医大に通い続ける日々…東京医大「不正入試」事件、キャリア官僚の息子の“その後”】に続きます
2023.01.19
「裏口入学」の汚名を着せられながら医大に通い続ける日々…東京医大「不正入試」事件、キャリア官僚の息子の“その後”
医学部入試の女性受験生差別が発覚するきっかけとなった東京医大「不正入試」事件。自分の知らないうちに一次試験の点数に10点加算されて合格した文科省キャリア官僚の次男・賢次(仮名)だが、捜査の過程で明らかになったのは、その10点加算がなくても賢次は実力で合格できる得点を取っていたという事実だった。事件を描いたノンフィクション『東京医大「不正入試」事件』では、東京医大が入試において、これまで行ってきた受験生の優遇・差別、賢次のその後がレポートされている。
『東京医大「不正入試」事件』(2)後編
縁故や寄付金の額に応じて不合格でも合格に
東京医大は同窓生の医師など縁故者の子息を一般試験で優遇するため、遅くとも02年頃には、縁故者からの依頼があれば、理事長や学長の判断で1次試験または2次試験の小論文の得点に適宜加点して、正規ないし補欠で合格させる措置を講じるようになった。
その際は依頼した縁故者と受験生との関係や、合格後に受験生の父兄から納付が見込まれる寄付金の金額などの条件が考慮され、該当する受験生の得点が1次試験の通過基準に達しなくても合格させることさえあった。
こうした不正な仕組みの権限を一手に握っていたのが、名実ともに東京医大の最高権力者である理事長の臼井正彦被告だった。公的給付金の獲得額の増加や大学病院の収支改善など、学長時代(08年10月~14年6月)に数々の功績を残した同被告は、その当時から単独で1次試験終了後に結果資料を確認し、縁故者から優遇措置を依頼された受験生に一定の点数を加算していた。
入試システムにアクセスして点数を改竄
学長を退任して入試手続きに関与する立場でなくなってからも、臼井被告は依頼を受けた縁故者の意向に沿えるよう配慮。後継学長の鈴木(衞)被告に持ち掛けて、15年度入試からプレビュー(注:加点対象者やその加点幅を決めるため、試験翌日に臼井、鈴木両被告、それに教育部医学科学務課長が秘密裏に集まって開く会議)を主宰し、引き続き縁故者絡みの受験生への加点を続けた。鈴木被告は公判で次のように話した。
「受験生への加点を2人で議論、検討することはほとんどありません。私が検討対象とする受験生も含め、加点するか否か、何点加算するかを判断・決定するのは臼井さん。私は意見を述べることはあっても、臼井さんの決定に異論を差し挟むことはありませんでした。臼井さんの決定内容は、プレビューに同席した学務課長が大学に持ち帰り、その後に担当職員がコンピューターの入試システムにアクセスして点数データを改竄していました」
さらにこうしたプレビューとは別に、臼井被告は鈴木被告に伝えることなく自身の縁故受験生の受験番号を学務課職員に伝え、職員も学務課長に伝えることなく、臼井被告の意向に合わせてこの受験生に加点するケースもあった。鈴木被告はこの事実を全く知らされていなかったという。
補欠繰り上げ合格から正規合格になっていた次男
ここで医学部受験の〝常識〟について簡単に説明しておこう。大手進学塾「河合塾」が運営する医学部志望者向けサイト「医進塾」によると、21年度の私立大医学部(医科大)の6年間の学費総額(入学金を含む)は、最も安い国際医療福祉大学で国公立大医学部の約5・5倍、最も高い川崎医科大学では約13・5倍にものぼる。
このため学費の安い国公立大医学部に合格した受験生はほぼ例外なく、併願してすでに合格していた私立大医学部の入学を辞退して国公立大に進む。いきおい私立大医学部の入学者は、定員割れに備えて大学側があらかじめ成績順に決めておいた補欠繰り上げ合格者が、その大半を占めることになる。入学後、正規合格者と補欠繰り上げ合格者との間に格差のようなものは何ら存在しない。
その上で浪人受験した賢次が東京医大の18年度一般入試で収めた成績を整理してみる。この入試の1次試験で、臼井被告が賢次の4科目の合計点に10点を加算して正規合格させたことが、佐野被告への「賄賂」に当たるというのが検察側の主張なのだ。
だが実は賢次は、臼井被告の10点加算がなくとも実力で補欠繰り上げ合格できていた。
18年2月3日に2614人が受験した1次試験での、賢次の4科目合計点は400点満点中226点で、順位は248位(合格点の下限は217点、437位)で合格。翌4日の1次試験後のプレビューで臼井被告が10点を加算したため、賢次の得点は236点となり、順位も169位に上昇した。
次いで2月10日に451人が受験した2次試験の小論文で、賢次は65点の高得点を上げた。このため女子受験生や多浪生への差別的扱いである属性調整後の順位は87位に大幅ランクアップ(10点加算がなければ150位)。さらに2次試験での適性検査と面接の結果が協議される2月14日の入試委員会で、賢次より上位の合格候補者5人が不合格とされたことから(その前段階でセンター試験利用の上位合格候補者8人が除外された)、同点2人の74位に浮上した賢次は、結果的に最下位の正規合格者となった。
私立医大の合格者の大半は補欠合格者
これについて佐野被告は、公判で次のように供述している。
「東京医大側から私たちに示された成績開示の資料によると、18年度の同大の入試では226位の生徒までが合格しました。賢次は10点の加算がなかった場合、150位でした。東京医大では性別などの属性で点数調整が行われていたと聞いていますが、そうした属性調整や加点が一切なくても、賢次は226位までの合格者中171位で、正々堂々と合格していたことがわかります。10点の加算がなくても合格したのですから、その加点が賄賂に当たるとはまったく考えていません」
加点がなくても賢次が合格していた事実を前に、検察側は補欠合格ではなく、正規合格で入学させたことに意味があったかのように、公判でことさら強調した。だが、合格者の大半は補欠合格者であり、入学してから正規か補欠繰り上げかを問われるようなこともない。
仮に臼井被告が佐野被告に対する賄賂として、賢次に正規合格者の地位を与える意向があれば、あと1点足りなければ補欠合格になるような危ない橋を渡ることなく、最初から10点と言わず大量点を加算して、余裕で正規合格させていなければ理屈に合わない。
現に18年度一般入試の1次試験では臼井被告がそれぞれ49点、48点、32点を加算した受験生が実在し、全員が補欠繰り上げ合格している。
つまり、1次試験の点数に10点加算した程度では、検察側が主張する「正規合格者の地位を与えるに足りるような賄賂」となる利益とは到底言えまい。
臼井被告の勝手な差配により、あたかも「裏口」入学したかのような汚名を着せられながら、医師になることを目指して、賢次はいまも東京医大に通い続けている。