容疑者が逃亡先としてフィリピンを選ぶ理由 暴力団関係者「金さえあればとにかく気楽な場所だ」
2/12(日) 16:15配信
移送される前の小島智信容疑者(右)、渡辺優樹容疑者。フィリピン・マニラ首都圏のビクタン収容所[フィリピン法務省提供](AFP=時事)
警察や軍関係、暴力団組織などの内部事情に詳しい人物、通称・ブラックテリア氏が、関係者の証言から得た驚くべき真実を明かすシリーズ。今回は、強制送還された連続強盗事件の指示役たちが何年も逃げていたことで注目されるフィリピン。なぜ彼らはフィリピンを目指すのか――。
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フィリピンの入管施設に収容されていた連続強盗事件の指示役4人。先に強制送還された今村麿人容疑者と藤田聖也容疑者の2人は2月7日、成田空港に到着した。
入管施設から警察車両に乗り込む時は黒のTシャツに防弾チョッキ、水色の短パン姿。ネット上には口封じされる可能性を示唆するような情報が流れたこともあり、フィリピン側は襲撃を警戒したのか、彼らに防弾チョッキを着用させていた。彼らを乗せた車は小銃を抱えた警察官が先導し、マニラ国際空港は厳戒態勢だったという。
彼らだけでなく、日本で容疑者として手配されている者、犯罪にかかわった者がフィリピンを逃亡先に選ぶケースは多い。賄賂を渡せば無理がきく、金が物を言いやすい国は、犯罪で稼いだ金があるやつらにとって居心地のいい国だろう。「金さえ払えば、警察官は警察の動きや地元のヤクザなどの動きを知らせてくる。公務員に物を頼むのも金次第。土地や利権に絡むごたごたも、金さえ払えばスムーズに進む」と、フィリピンの裏事情に詳しい暴力団関係者はいう。
10年ほど前、フィリピンのある島の空港に小型の自家用飛行機とその格納庫を持っていた日本人ビジネスマンと話した時、フィリピンの汚職事情について、こう説明していた。 「フィリピンで何かしようとするなら裏金が必要だ。いったいどれくらい裏金がかかるのか最初のうちは見えなかったが、現場の下っ端役人から上層部に至るまで、すべての人間にくまなく裏金を渡す。金を渡せば思うように進む」
ただ裏金はそこで終わりではないらしい。ビジネスをしている限り、彼らとのつながりも続くのだ。その日本人ビジネスマンは「入管や税関、諸々の許認可など、現地で仕事をしている限り裏金は必要になる。金は人間関係とビジネスを円滑にすすめるための潤滑油だ」
他にも逃亡先としてフィリピンが選ばれるのには理由があると、暴力団幹部は話す。「渡航時間が短い。物価が安い。そして気候がいいことだ」。今回の連続強盗事件の指示役たちのように収容所に入れられた時、気候はとても重要なポイントになるのだ。
「日本には四季がある。留置所でも刑務所でも、おそらく入管の施設でも冬はとにかく冷える。寒いんだ。だがフィリピンは違う。暑さをしのげばいいだけだ」。凍えるような寒さに耐えることを思えば、蒸し暑さなど問題にならないらしい。
逃亡先は中国からフィリピンへ
2000年代から2010年代にかけて、半グレが世の中を騒がせた当時は、中国人犯罪グループが台頭していたこともあり、警視庁の元刑事は「フィリピン以外に人伝てに金を払って中国に逃亡する日本人犯罪者も多かった」という。だが「金の切れ目が縁の切れ目で、金でつながっていた人間関係は、金が尽きればそこで切れる」(元刑事)。かくまってもらえずに放り出されれば、帰国するしかない。今では中国も物価が上がっている。日本人が逃亡したところで予想以上に金がかかるのだろう。
その点、フィリピンはまだまだ物価が安い。暴力団幹部も「ホテル代は安くすむ。飯は安くてうまい。生活するのに金がかからない。部屋を借りるにしても面倒なことは何もない。金さえ払えばすぐに住める」。マニラ近郊なら、食事するにも遊びにも事欠くことはないし「プリペイド式の携帯電話も簡単に買える。SIMカードを店で買えばいいだけだ」(暴力団関係者)。
身分証の提示や個人情報を求められることもなく、逃亡してきた者にとっては過ごしやすいといえる。
さらにもう1つ、犯罪者にとって重要なのが「日本とフィリピン両国の間に”犯罪人引渡し条約”が結ばれていないことだ」と元刑事は話す。2023年2月現在、警察庁のHPによると、日本がこの条約を結んでいるのは米国と韓国の2国だけだ。条約は「日本で犯罪を犯し国外に逃亡した犯罪人を確実に追跡し、逮捕するため、一定の場合を除き、犯罪人の引渡しを相互に義務づけるものである」とされている。
日本はこの2国の他に中国、香港、EUやロシア、ベトナムなど30以上の国と地域との間で、刑事共助条約または協定を結び、捜査共助を行っている。捜査共助とは、令和2年の犯罪白書によると「相互主義の保証の下で、外交ルートを通じて刑事事件の捜査・公判に必要な証拠の提供等の共助を行い、逆に、相手国・地域の法令が許す範囲で、わが国の捜査・公判に必要な証拠の提供等を受けている」というものである。
「中国とは捜査共助ができ、捜査協力ができるようになった。その頃から、中国の捜査機関や司法当局は代理処罰的な形で犯罪者対応をするようになってきた。以前は中国に犯罪者の手配書を通知してもなかなか協力してもらえなかったが、今は違う」(元刑事)。中国に逃亡しても、ひと昔前のようにはいかなくなったのだろう。
「フィリピンは犯罪者にとって、とにかく気楽な場所だ」と暴力団関係者は笑った。