親子で警察医、力を尽くした検視方法 周囲も「こんなに分かるのか」(朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース
親子で警察医、力を尽くした検視方法 周囲も「こんなに分かるのか」
8/17(木) 10:40配信
朝日新聞デジタル
コンピューター断層撮影(CT)装置の前に立つ川口英俊医師=2023年6月16日、熊本県菊池市
「きちんとした根拠を持って死因を判断したい」。警察の依頼を受けて、死因が不明だったり、事件に巻き込まれた可能性があったりする遺体を調べる熊本県内の警察医で「死亡時画像診断(Ai)」の普及に力を尽くしてきた医師がいる。川口病院理事長の川口英敏さん(74)=同県菊池市=。粘り強く、Aiの意義を説き続けた。
8/17(木) 10:40配信
朝日新聞デジタル
コンピューター断層撮影(CT)装置の前に立つ川口英俊医師=2023年6月16日、熊本県菊池市
「きちんとした根拠を持って死因を判断したい」。警察の依頼を受けて、死因が不明だったり、事件に巻き込まれた可能性があったりする遺体を調べる熊本県内の警察医で「死亡時画像診断(Ai)」の普及に力を尽くしてきた医師がいる。川口病院理事長の川口英敏さん(74)=同県菊池市=。粘り強く、Aiの意義を説き続けた。
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〈死亡時画像診断(Ai)〉Autopsy imaging(オートプシー=解剖 イメージング=画像診断)の略。体の周囲にX線を当て、そこから得られたデータを処理して体の断面を画像化するCT(コンピューター断層撮影)や、磁場を用いるMRI(磁気共鳴断層撮影)により遺体内の状況を診断、死因に迫る。司法解剖などと違い、遺体を傷つけずにすむ。
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【画像】忘れられない解剖、性暴力の理不尽さ あなたは悪くない
「これでは何も分からない」。25年前、熊本県警から依頼があった遺体の死因などを調べる「検案」をしていた川口さんは、考え込んだ。
遺体の表面からうかがえることを調べる外表検査や、捜査から得られたその人の持病などの情報に加えて、髄液の検査までしたが自信を持って死因を特定できることは多くなかった。
ふと思い立ち、やはり警察医だった父が開業し、川口さんも勤め続けている病院の中にあるCT装置を使ってみた。頭部や腹部を「輪切り」にしたような画像からは死因に関する多くの手がかりが得られた。
「こんなに色々なことが分かるのか」と驚いた。
例えば溺死(できし)の場合、胃にたまった水や、肺にすりガラスのような影が映ったりする。
太い血管である大動脈が裂けて破裂する「解離性大動脈瘤(りゅう)破裂」など、外表検査ではまず特定できなかった死因が分かるようになった。
菊池川で2008年、同一人物の左足と右足が別々に発見され「バラバラ殺人事件か」と騒ぎになったときも、川口さんは足の断面の画像から「切断面がとてもきれいで、人の手で切断されたものではない。腐敗して付け根から落下した」と判断。後に発見された別の部位の状況や橋のはりにロープが通されていたことと合わせて、自殺による遺体と推定された。
「骨折と出血性病変はAiでほぼ分かります」と川口さん。だが、当初は「遺体のCTを撮ってどうするのか」と、理解が得られなかった。いまでは公費負担となった検査費用も、持ち出しだった。CTでは解明できない心臓関連での死も調べたいと、採血によるホルモン値の検査も始めた。
「始めたからには、とことんまでやろうという探究心でした。何より、よく分かっていない死因を死体検案書に書きたくなかったのです」と振り返る。
川口さんの熱意は少しずつ周囲を動かした。まず、県警が「こんなにも分かるのですか」と、興味と理解を示してくれたという。
07年には県警と熊本大医学部、県警察医会共催の講演会を県内8カ所の医師会で開き、Aiの検案への応用について話した。その後、川口さんは県警察学校で開かれる、検視を担当する警察官を対象にした研修でも講師を務めるようになった。
県内でAi可能な医療機関は14年の時点で64カ所にまで広がった。医師が病死と診断したものなどを除く、熊本県警が取り扱う「異状死体」のうち、Aiで調べられたものの比率は22年には6割以上にまで及ぶようになった。
「よくここまで広まりました」と感慨深げに振り返る川口さんは昨年、警察庁から「警察協力章」を贈られた。父子続けての表彰になるといい「父と似たようなことをしてきたんですね。長年の苦労が報われました」と、顔をほころばせた。(吉田啓)
◇
死因の見誤りが事件の見落としにつながった。その教訓から国は、死因や身元を明らかにする仕組みを充実させようと、法律を整え、具体的な政策を進めている。その一環として、死亡時画像診断(Ai)の普及もはかっている。
国が死因究明の仕組みづくりに力を入れ始めたのは2012年からだ。「死因究明等の推進に関する法律」(2年間の時限立法)やそれに基づく推進計画をつくり、法医学者らの育成、検視を担う警察官らへの研修や医師らを対象にしたAiについての研修の充実など具体的な政策を進めていった。
その背景には二つの事件があった。一つは、パロマ工業製ガス湯沸かし器による業務上過失致死傷事件だ。警視庁赤坂署の当初の検視で「病死」とされていた男性が、遺族の問い合わせから東京都監察医務院の検案書では「直接死因 一酸化炭素中毒」とされていたことが判明。再捜査や、有罪判決へとつながった。
もう一つは、大相撲の序ノ口力士暴行死事件だ。序ノ口力士は稽古後に急死。最初に遺体を見た愛知県警犬山署は病死と判断したものの、遺族の希望で解剖された結果、多発外傷による死と判明し、兄弟子3人の傷害致死罪が有罪確定した。
いずれも被害者遺族の究明を求める動きがなければ事件は見逃されていた。
19年には新たに「死因究明等推進基本法」が成立。国は一昨年6月、法に基づく推進計画を定めた。計画の中には「死亡時画像診断の活用」の項目を設け、医療機関や大学でAiなどをするための施設や設備の整備費用を国が支援するといった施策を掲げている。(吉田啓)
◇
〈死亡時画像診断(Ai)〉Autopsy imaging(オートプシー=解剖 イメージング=画像診断)の略。体の周囲にX線を当て、そこから得られたデータを処理して体の断面を画像化するCT(コンピューター断層撮影)や、磁場を用いるMRI(磁気共鳴断層撮影)により遺体内の状況を診断、死因に迫る。司法解剖などと違い、遺体を傷つけずにすむ。
朝日新聞社
【画像】忘れられない解剖、性暴力の理不尽さ あなたは悪くない
「これでは何も分からない」。25年前、熊本県警から依頼があった遺体の死因などを調べる「検案」をしていた川口さんは、考え込んだ。
遺体の表面からうかがえることを調べる外表検査や、捜査から得られたその人の持病などの情報に加えて、髄液の検査までしたが自信を持って死因を特定できることは多くなかった。
ふと思い立ち、やはり警察医だった父が開業し、川口さんも勤め続けている病院の中にあるCT装置を使ってみた。頭部や腹部を「輪切り」にしたような画像からは死因に関する多くの手がかりが得られた。
「こんなに色々なことが分かるのか」と驚いた。
例えば溺死(できし)の場合、胃にたまった水や、肺にすりガラスのような影が映ったりする。
太い血管である大動脈が裂けて破裂する「解離性大動脈瘤(りゅう)破裂」など、外表検査ではまず特定できなかった死因が分かるようになった。
菊池川で2008年、同一人物の左足と右足が別々に発見され「バラバラ殺人事件か」と騒ぎになったときも、川口さんは足の断面の画像から「切断面がとてもきれいで、人の手で切断されたものではない。腐敗して付け根から落下した」と判断。後に発見された別の部位の状況や橋のはりにロープが通されていたことと合わせて、自殺による遺体と推定された。
「骨折と出血性病変はAiでほぼ分かります」と川口さん。だが、当初は「遺体のCTを撮ってどうするのか」と、理解が得られなかった。いまでは公費負担となった検査費用も、持ち出しだった。CTでは解明できない心臓関連での死も調べたいと、採血によるホルモン値の検査も始めた。
「始めたからには、とことんまでやろうという探究心でした。何より、よく分かっていない死因を死体検案書に書きたくなかったのです」と振り返る。
川口さんの熱意は少しずつ周囲を動かした。まず、県警が「こんなにも分かるのですか」と、興味と理解を示してくれたという。
07年には県警と熊本大医学部、県警察医会共催の講演会を県内8カ所の医師会で開き、Aiの検案への応用について話した。その後、川口さんは県警察学校で開かれる、検視を担当する警察官を対象にした研修でも講師を務めるようになった。
県内でAi可能な医療機関は14年の時点で64カ所にまで広がった。医師が病死と診断したものなどを除く、熊本県警が取り扱う「異状死体」のうち、Aiで調べられたものの比率は22年には6割以上にまで及ぶようになった。
「よくここまで広まりました」と感慨深げに振り返る川口さんは昨年、警察庁から「警察協力章」を贈られた。父子続けての表彰になるといい「父と似たようなことをしてきたんですね。長年の苦労が報われました」と、顔をほころばせた。(吉田啓)
◇
死因の見誤りが事件の見落としにつながった。その教訓から国は、死因や身元を明らかにする仕組みを充実させようと、法律を整え、具体的な政策を進めている。その一環として、死亡時画像診断(Ai)の普及もはかっている。
国が死因究明の仕組みづくりに力を入れ始めたのは2012年からだ。「死因究明等の推進に関する法律」(2年間の時限立法)やそれに基づく推進計画をつくり、法医学者らの育成、検視を担う警察官らへの研修や医師らを対象にしたAiについての研修の充実など具体的な政策を進めていった。
その背景には二つの事件があった。一つは、パロマ工業製ガス湯沸かし器による業務上過失致死傷事件だ。警視庁赤坂署の当初の検視で「病死」とされていた男性が、遺族の問い合わせから東京都監察医務院の検案書では「直接死因 一酸化炭素中毒」とされていたことが判明。再捜査や、有罪判決へとつながった。
もう一つは、大相撲の序ノ口力士暴行死事件だ。序ノ口力士は稽古後に急死。最初に遺体を見た愛知県警犬山署は病死と判断したものの、遺族の希望で解剖された結果、多発外傷による死と判明し、兄弟子3人の傷害致死罪が有罪確定した。
いずれも被害者遺族の究明を求める動きがなければ事件は見逃されていた。
19年には新たに「死因究明等推進基本法」が成立。国は一昨年6月、法に基づく推進計画を定めた。計画の中には「死亡時画像診断の活用」の項目を設け、医療機関や大学でAiなどをするための施設や設備の整備費用を国が支援するといった施策を掲げている。(吉田啓)
◇
〈死亡時画像診断(Ai)〉Autopsy imaging(オートプシー=解剖 イメージング=画像診断)の略。体の周囲にX線を当て、そこから得られたデータを処理して体の断面を画像化するCT(コンピューター断層撮影)や、磁場を用いるMRI(磁気共鳴断層撮影)により遺体内の状況を診断、死因に迫る。司法解剖などと違い、遺体を傷つけずにすむ。
朝日新聞社