土佐の民家風ログハウス、アイビーログ工房 

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「くさる」家に住もう。

2014年10月19日 22時54分12秒 | Weblog

くさる家に住む。と言う本を買った。その題名に惹かれる物を感じた。普通は、くさらない家を買うが、正しいように感じるが、腐らない家と聞いて、東北の震災で、がれきとかした、建築廃材を想像してしまった。埋めて高台を作り、新しい津波に対応した町を作ろうという、建築家の提案もあったが、分別しないと、危険と言う事で実現しなかったと聞いた。そして、波間を漂うペットボトルのことを、想像してしまった。30秒で飲み干した後、50年以上波間をさまよう。自然に帰らないのだ。以前から腐らない家は、危険だと感じていた。循環しない家作りは、最初コストが安くても、後の世代に付けを回すことになり、結局高い物似つくと言われ始めている。今一番新しい建築とは腐る素材で、メンテナンスしながら住み継ぐ家だと、私は確信している。本にはこう書いていた。「くさる」は熟成。手をかけて暮らすことで味わいが深まる家。「くさる」は朽ちる。土と水と空気を汚さず建てられて、最後はひっそり土に還る家。「くさる」はつながる。人と人とが鎖のようにつながって、人が人らしく生きられる家。そしてこう続いている。戦後私達は、傷まず丈夫で長持ちする、つまり「腐らない家」がいい家であると言う価値観を、私達現代人は、当たり前のように持っています。また、痒い所に手が届くような、便利な設備や工夫にあふれた家こそ、スマートでいい家と言われています。しかし果たしてそうでしょうか。耐震性、耐火性、耐久性、メンテナンスフリー、省エネ等、外からの力に耐え、使うエネルギーを以下に減らすか、と言うための工夫が重ねられています。全てがごもっともで、とてもいい家になりそうです。しかし性能ばかりに気を取られて、環境で循環する「くさる」ことを忘れてしまってはいないでしょうか。モノとしてだけの「家」を考えて、中身の「暮らし」を置き忘れてきてはいないでしょうか。「家」とは、本当にただの器なのでしょうか。と。

私達が作ったこの家はほとんど建材を使わないで建てました。屋根、壁、床は杉板と土佐漆喰で、断熱材は杉の皮を固めた物を使い、キッチンは手作り。内部建具は、地元の杉、檜で作った。土佐は、風雨が強いので外部建具はアルミサッシ、お風呂はユニットバスを使っているので完全ではないが、それだけだ。ボンドも極力使わない。集成材を腐らすテストで木部は腐っても、ボンドは腐らずいつまでも残ったと聞き、合版、集成材も極力使わないようにしている。私達が建てる家は、現在建てられている家の中では、空気が最も汚染されていない家だと胸を張って言える。写真を撮ったこの日は天気が良く、土佐漆喰とのコントラストが美しかった。きっと土に還る素材で建てているので、美しいと感じるのだろう。知識は風景も変える。