自然界生物は様々人に教訓を。今時期、ミンミン蝉は「私は人の粗は見ない、ミンミン」と。クマ蝉は「俺は、俺は、と自己主張するな、ワシワシ」と。ツクツク法師は「つくづく奉仕を、ツクツクボウシ」と。鶯は「君らがお経を唱えんから私が、ホーホケキョ(法華経)」と。こじ付けと言えばそう。が、本人次第かな。
【追伸】自分の目に見えるもの、自分の耳に聞こえるもの、「これは、自分に問われている事」と、受け取るか、受け取らないか、で、大きく成長に差が出てくる。アダムとイブの時代から、林檎は実れば、必ず木から落ちていた。なのに何故、ニュートンだけがそれを見て、万有引力を発見出来たか。柳の枝に蛙が飛び付く様を見て皆、「飛び移れるもんか」と笑ったのに対し、小野道風だけが「励み」と受け取った。教訓と出来る、出来んは、本人の受け取り方次第にて。
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