【 臨時法話。先日86歳で他界された社長との思い出を一席 。この方を供養する思いで 】
毎月1日、朝5時、従業員の職場安全、身体健全、家庭円満の祈願に50年以上、1日も欠かさず、わが寺に参拝して来られたこの社長が、70代そこそこの時、友人の社長とゴルフに。プレーしている最中に、バンカーで蛇がカラスに襲われていたと。2人でクラブを振り回してカラスを追い払い、蛇を逃した後、暫くしてから2人で顔を見合わせ「さっき、俺達のやった事って、正しかったのかな」と。で、後日、その答えを聞きに2人で拙僧のところへ。こういう立場の人達(社長、師匠、医師、住職、親、先生など)は結構に、上から物を言うばかりで、上から物を言われる事が、少ない人達が多い。が、この2人はそういう様な人達では。如何なる事にも、自分の心に是非を問う事が出来る人達にて。こんな社長が座る会社の社員さん達は、働き易いでしょうね。
対し、拙僧「これは保育士を勤めている檀家の女性から聞いた話なんですがね、蜘蛛の巣に捕まっている蝶々を逃してあげた時、幼稚園の男の子から『蜘蛛が可哀想じゃないか。蜘蛛だってご飯が欲しいのに』と。その女性、その言葉を受けて『そうか、蝶々は綺麗、可愛い、良い生き物、蜘蛛は醜い、怖い、悪い生き物、と勝手に決め(思い)こんで。この蜘蛛に私が一生、ご飯を与え続ける事など出来ないのに』と反省されたそうですよ。これが拙僧の答えですが、よかですかね」と。すると2人の社長が「なんか、住職のこの答えだが、この問題に限らず、様々あらゆる反省材料になった気がするわ」と社長2人が。
さて、次の話は余談ですが、これも檀家の女性保育士さんから聞いた話です。3歳児同士が保育園で大喧嘩を。そこへ年長(6歳)のお兄ちゃんが、喧嘩の仲裁に入り「それだけ喧嘩したら、もう気がすんだろ。あとはスパっと仲直りしろ」と。この言葉で3歳児が、喧嘩をストップさせた。冷静さを取り戻した2人は、お互いに謝って仲直りを。当に、この6歳のお兄ちゃん、神対応を。それを見ていた檀家の女性保育士さんが「この喧嘩、私だったら、どう対処しただろ。2人に『どうしてこうなったの』と根掘り葉掘り問い正し、そうなったら、子供達は自分の正当性を言い合って、恐らく、更に喧嘩はエスカレートを。『今、ここは、何を優先させるか』を6歳児に教えられました」と。
子供に教えられる事って、結構に多いですよね。当に『負うた子に教えられ、浅瀬を渡る』です。大人は聞く耳、見る目を持ったら、子供の言動も大いなる教訓に。
次回の投稿法話は、8月30日になります。