日韓基本条約成立に伴うその後の日韓の対立の構図とは、
侘助 日韓間の政治的対立が表面化しているね。
呑助 韓国の若い弁護士さんが日本の新日鉄住金の本社を訪れ、元徴用工への賠償に応ずるよう求めたが新日鉄住金は門前払いをしたようですね。
侘助 韓国の弁護士さんたちは、新日鉄住金が韓国内に持つ資産を差し押さえ、売却し、賠償金にすると述べた。
呑助 いよいよ日本の企業は無理やり元徴用工への賠償をさせられるということですか。
侘助 このような問題が起きるのは1965年の日韓基本条約に問題があるのじゃないかと考えているんだ。
呑助 1965年の日韓基本条約にですか。
侘助 1965年6月、日本の佐藤栄作政権と韓国の朴正煕軍事政権との間で調印された条約なんだ。 この条約は日本が韓国を朝鮮半島の唯一の合法政府と認め、韓国との間に国交を樹立することであった。 1910年の「韓国併合に関する条約」など、戦前の諸条約の無効を確認した。 同条約は15年にわたる交渉の末に調印されたが、調印と批准には日本国内にも韓国内にも大きな反対運動があった。
呑助 日本国内における反対運動の理由は何だったんですか。
侘助 朝鮮戦争と密接に関係していることなんだ。朝鮮戦争に苦戦していたマッカーサー司令官は核兵器原爆の使用を主張した。トルーマン大統領は休戦を決意していた。1951年4月、マッカーサー司令官を解任する。1953年1月、アメリカにアイゼンハワー大統領が就任、3月ソ連の指導者スターリンが死去すると、朝鮮戦争休戦の機運が生れ、1953年7月休戦協定が成立する。以来現在にいたるまで朝鮮戦争の休戦は継続している。米軍は日本を朝鮮戦争の後方基地として整え始めた。と同時に行く行くは韓国とともに北朝鮮と戦う日本にしたいとアメリカは考えていた。その第一歩が日韓基本条約だった。だから日本国民は朝鮮戦争に巻き込まれることを恐れて日韓基本条約調印に反対した。連日国会を取り囲むデモ隊が日韓基本条約反対のシュプレヒコールがあげていた。韓国は韓国で日本の植民地支配から解放され、日本に対する嫌悪感が国中に充満していた。アメリカが日本と韓国を仲介し話合いを始めたがまとまらない。アメリカから意を受けた佐藤栄作氏は日韓双方の有力者に金をばらまき話合いを成り立たせたと元参議院議員の平野貞夫氏は述べている。
呑助 日本の保守政治家と韓国の保守政治家とが良く言えば協力しまとめたものが日韓基本条約であり、その条約に伴って結ばれた「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」だったということなんですね。
侘助 そうなんだ。「請求権協定」に基づいて日本は韓国に五億ドルの賠償金を支払った。その第一条には「前記の供与及び貸付けは、大韓民国の経済の発展に役立つものでなければならない」と規定している。こうして日本の企業と韓国の企業は大金を得ることができた。こうしたウィンウィンの関係を取り結ぶことによって日韓基本条約は成立した。
呑助 日韓基本条約は日本と韓国の保守政治家を結びつけ、仲良くなったということなんですか。
侘助 日韓双方の企業や政治家たちは双方の国民を犠牲にして金を得ることができたんだからね。
呑助 そこで忘れられた人々が日本の植民地下日本企業で奴隷労働を強制された徴用工や性的奴隷にされた慰安婦たちだった。韓国政府からも日本政府からも見捨てられた人々だったということですか。
侘助 政府間における賠償は支払い済みとして解決している。また請求権の保護権を日韓双方の政府は放棄している。だから韓国の個人が日本企業から受けた損害に対して韓国政府が韓国国民の請求権を保護することはしないと日本政府に約束している。同様に日本国民が韓国に残してきた財産などの請求権を日本政府が保護することもしないと韓国政府に約束している。がしかし韓国政府も日本政府も韓国国民が個人として日本企業から受けた損害に対する賠償の請求権は認めている。もちろん反対に日本国民が韓国に残してきた財産の請求権を日本政府は保護することはしないが請求権の存在は認めているのだ。