醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより   1304号   白井一道

2020-01-20 13:05:06 | 随筆・小説



   
  徒然草129段   顔回は志、人に労を施さじとなり。



原文
 顔回(がんくわい)は、志、人に労を施さじとなり。すべて、人を苦しめ、物を虐(しへた)ぐる事、賤(いや)しき民の志をも奪ふべからず。また、いときなき子を賺(すか)し、威(おど)し、言ひ恥かしめて、興ずる事あり。おとなしき人は、まことならねば、事にもあらず思へど、幼き心には、身に沁みて、恐ろしく、恥かしく、あさましき思ひ、まことに切なるべし。これを悩まして興ずる事、慈悲の心にあらず。おとなしき人の、喜び、怒り、哀しび、楽しぶも、皆虚妄(こまう)なれども、誰か実有(じつう)の相に著(ぢやく)せざる。

現代語訳
 孔子の弟子、顔回(がんくわい)は人に苦労をかけまいと心がけていた。普段、人を苦しめ、物をぞんざいに扱う事、下賤な者たちの気持ちを無視することはしてはならない。またあどけない子の機嫌をとり、脅かし、からかい辱めて笑いをとることがある。分別ある大人は本心ではないのでたいしたことではないと思うが、幼き子供にとっては身に沁みて恐ろしく恥ずかしく生々しい思いはまとこに切なるものなのだ。この子供の心を悩ませるようなことして面白がることは慈悲の心ではない。分別のある大人の喜び、哀しみ、楽しみはすべて見せかけの事であるけれども本当の事だと誰も思わないと言えようか。

原文
 身をやぶるよりも、心を傷(いた)ましむるは、人を害(そひな)ふ事なほ甚だし。病を受くる事も、多くは心より受く。外より来る病は少し。薬を飲みて汗を求むるには、験(しるし)なきことあれども、一旦恥ぢ、恐るゝことあれば、必ず汗を流すは、心のしわざなりといふことを知るべし。凌雲の額を書きて白頭の人と成りし例、なきにあらず。

現代語訳
 体を悪くするより心を病む方が人の健康を損なう事、甚だしい。病を得ることも多くは心の病からである。外から受ける病は少ない。薬を飲み、汗をかき、効果がないこともあるが、一旦はどうしたことかと恥じたり、恐れたりすることもあるが、必ず汗を流すことは心の影響であることに気が付くべきだ。凌雲の額を書き、恐怖のために白髪頭になった人がいることはなきにしもあらずだ。