醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより   1310号   白井一道

2020-01-26 10:09:56 | 随筆・小説



  徒然草135段 『資季大納言入道とかや聞えける人』



原文
 資季大納言入道(すけすゑのだいなごんにふだう)とかや聞えける人、具氏宰相中将(ともうじのさいしやうちゆうじやう)にあひて、「わぬしの問はれんほどのこと、何事なりとも答へ申さざらんや」と言はれければ、具氏(ともうじ)、「いかゞ侍らん」と申されけるを、「さらば、あらがひ給へ」と言はれて、「はかばかしき事は、片端(かたはし)も学び知り侍らねば、尋ね申すまでもなし。何となきそゞろごとの中に、おぼつかなき事をこそ問ひ奉らめ」と申されけり。「まして、こゝもとの浅き事は、何事なりとも明らめ申さん」と言はれければ、近習の人々、女房なども、「興あるあらがひなり。同じくは、御前にて争はるべし。負けたらん人は、供御をまうけらるべし」と定めて、御前にて召し合はせられたりけるに、具氏、「幼くより聞き習ひ侍れど、その心知らぬこと侍り。『むまのきつりやう、きつにのをか、なかくぼれいり、くれんどう』と申す事は、如何なる心にか侍らん。承(うけたまは)らん」と申されけるに、大納言入道、はたと詰りて、「これはそゞろごとなれば、言ふにも足らず」と言はれけるを、「本(もと)より深き道は知り侍(はんべ)らず。そゞろごとを尋ね奉らんと定め申しつ」と申されければ、大納言入道、負になりて、所課(しよくわ)いかめしくせられたりけるとぞ。

現代語訳
 資季大納言入道(すけすゑのだいなごんにふだう)とかと申されている人が具氏宰相中将(ともうじのさいしやうちゆうじやう)に向かって、「あんたが疑問に思っていることなら何事であっても答えてつかわすぞ」と言われたので、具氏(ともうじ)は、「さぁーどういたしましょう」と申したところ、「それなら言い争いはどうか」と言われて「本格的な学問のことは満足に学んでおりませんのでお尋ねできるわけもありません。なんということもないつまらないことの中のはっきり分かっていないことをお尋ねしたいと思います」とおっしゃった。「ましてや、私の教養の不十分さは、何事についても明らかでございます」と言われると、お付の人々、女房などにも「興味深い質疑応答である。同じように天皇の前で質疑応答された方がよろしい。負けてしまった人はご馳走を準備するべし」と約束して、天皇の前に呼びだされたところ、具氏(ともうじ)は「幼き頃より学び習っておりますけれどもその意味が分かっておりません。『むまのきつりやう、きつにのをか、なかくぼれいり、くれんどう』と言われていることは、どのような意味なのでしようか。お教え下さい」と申されたところ、大納言入道ははたと困り「これは些細なことなので説明するまでもないことだ」と言われたところ、「もとより深い意味を知っているわけではない。些細なことをお尋ね申し上げると決めてお尋ね申した」とおっしゃられたので大納言中将は負けになり、約束の供御、ご馳走を振舞われたと言う事だ。


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