遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『パラレル』  今野 敏  中公文庫

2015-04-15 10:09:51 | レビュー
 2004年2月に中央公論新社から刊行されたこの作品は、2006年5月に中公文庫として出版されている。
 本書の特色をキーワード的に言えば「複合、統合」ということになる。
 まず、この作品において、警察小説に超常現象の一つであるサイキック現象が複合されている点だ。
 この作品は次々に起こる殺人事件を扱う刑事ものである。捜査本部体制の下で、地道な捜査活動をし、事実・証拠に基づく分析と論理の構築により、合理的推論を累積して事件解決をはかるという謎解きのストーリー展開を楽しむところにある。その事件解明に超常現象の一つであるサイキック現象(霊能力、超能力)が捜査活動の中に複合されていく。著者の警察ものにはみられない試みの作品である。

 2つめは主な登場人物を眺めてみると、著者のいくつかの作品群の主人公がこの作品に登場し複合的な組み合わせとなり、事件解明のストーリー展開の中で統合されていく点である。
 では何が複合されているのか? 著者の作品群を網羅的にすべてのジャンルを読んだわけではないので、一部推論を交えることになるが、大きく的を外すことはないだろう。
 著者の作品群には、警視庁刑事部捜査1課の部長刑事である碓氷弘一を主人公にするシリーズがある。この『パラレル』は碓氷弘一シリーズの1冊という位置づけだと思って読み始めた。
 ここに捜査1課では班が違うが同じ階級・部長刑事である赤城竜次が登場する。赤城は元麻布で整体院を営む美崎照人との組み合わせで登場する刑事だ。美崎は武道の達人でもある。たとえば、『パラレル』と相前後して読んだ『襲撃』(徳間文庫)は赤城と美崎を主な登場人物として描かれた作品だった。
 ここで独立した作品の主役刑事が複合されている。
 一方、「今野敏の作品リスト」を見ると、祓師・鬼龍光一を主人公にしたシリーズがある。鬼龍光一は「亡者」を祓う「鬼道衆」と呼ばれるお祓い師である。鬼龍シリーズは未読なので、推測の域を出ないが、この鬼龍に安倍孝景という「外道」を祓う「奥州勢」と呼ばれるお祓い師がセットで登場しているのだろう。
 つまり、碓氷・赤城という刑事の複合に、整体師の美崎がセットとして加わった上に、サイキック現象を扱う鬼龍・安倍が複合されるのだ。
 それだけでは、既知のメンバーの複合にとどまる。そこにさらにもう一ひねりの複合化が行われている。それが、神奈川県立南浜高校の生徒・賀茂晶が加わる。それがなんと、「役小角」の霊が憑依した状態の高校生として加わるのである。役小角の登場には当然眷族がいる。それが南浜高校の教諭・水越陽子と同級生の赤岩猛雄である。この3人に関わる独立した作品があるのかどうか・・・・私には不詳だ。この赤岩は神奈川最大の暴走族「相州連合」元ヘッドであり、水越は相州連合初代総長の彼女だったことがあり、ただの教師とはひと味違う。
 これだけの役者が揃えば、ストーリーがおもしろくならないはずがない。

 最初の事件は、横浜市緑区の路上で、3人の少年が死亡していた事件。車で通りかかった36歳の会社員が通報したことから始まる。事件現場の傍には女性が一人いて、レイプされたようなのだ。被害者が少年だったことから、刑事部扱いの事件に、被害者と面識があった高尾巡査部長並びに高尾とコンビを組む丸木巡査が捜査本部に組み込まれていく。この二人は、神奈川県警生活安全部少年課に勤務するのだ。ここでも「複合」が起こる。
 勿論、高尾は水越と赤岩については熟知している。

 一方、東京の西袋1丁目、東京芸術劇場裏で未成年と思われる3人が殺されるという事件が発生する。当番だった碓氷刑事が呼び出されて事件現場に行くと、班が違い当番ではない赤城刑事が居たのだ。警視庁に泊まり込んでいたことと、2日前に横浜で類似の事案があったことから、興味を持ち現場を見分しにきたという。
 類似点は、殺された悪ガキの人数がいずれも3人。刃物で刺されたわけじゃなく、ひどく殴られた訳でもない。目立った傷を残さずに殺すことは可能なのか? そのヒントを得るために、赤城は腰痛に悩み整体治療を受けに通っている美崎に質問を投げかける。必然的に、美崎が事件の解明に巻き込まれていくのだ。

 さらに、甲州街道沿いに立つコンビニの駐車場で、またもや3人の少年の変死体が発見され通報されてくる。このコンビニでアルバイトをしている新島卓郎が発見して、警察に通報したのだ。この日の当番は赤城だった。

 これらの事件は「手口が同じ。被害者は非行少年」ということで、連続殺人事件という可能性が出てくる。この3件目のコンビニ駐車場での殺人事件においては、その駐車場の奥に、白い詰め襟のスーツを着、髪は銀色で若い男だが不気味な男を新島が目撃しており、警察にそのことも通報していたので、犯人の一人の可能性として緊急逮捕で身柄を確保されていたのだ。後ほど、その男が安倍孝景だと判明するのだが・・・・。

 東京での事件には、警視庁生活安全部少年犯罪課勤務の富野巡査部長が関わって行く。彼は担当する事件で、鬼龍光一と面識があり、お祓い師鬼龍の超常能力に助けられる経験を持っていたのだ。安倍孝景が身柄確保されたことから、その誤解を解く関係からも鬼龍が富野を介してこの事件に関わっていくことになる。鬼龍と安倍はそれぞれ単独の立場から、これらの事件の背景に「亡者」あるいは「外道」の「陰の気」を感じ、祓い師の役割を果たそうと行動を始めていたのだ。

 結果的に東京都と神奈川県との合同捜査本部が立ち上がっていく。
 その状況下で、役小角が憑依した賀茂少年が、レイプされて病院に入院している少女に面会したいと高尾巡査部長を訪ねていく。そして、それが一つの動きを生み出していく。さらに、水越、赤岩を介して、暴走族の相州連合の一員であるルイード親衛隊が動き出す。犯人を誘き出す役割を担ったのだ。その動きがもう一つの事件捜査の打開の動きに結びついて行く。

 一方で、碓氷、赤城は、連続して発生した非行少年たちの死亡原因の究明に美崎の協力を遂に得ることができるようになっていく。そして、美崎を介して吉谷浩二郎という整体師であり、美作竹上流の師範だという柔術家と会うことになる。ここにもまた、事件解明への一歩が加わっていく。

 サイキック現象を梃子にしたアプローチと現実の非行少年たちの死因からの犯人の絞り込みアプローチが統合されていくというストーリー展開が、なかなかおもしろいものになっている。
 この小説のタイトルである「パラレル」という言葉が、最後にキーワードとなり思わぬ展開になるところが、なかなか巧妙な構想である。その意味はストーリーを読み進むと明らかになっていく。
 奇想天外な流れがストーリーに加わっているところが、エンターテインメントとしてはおもしろい。お楽しみに!

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本書に出てくる語句関連から関心を抱いた事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

少年法  :ウィキペディア
少年法等の一部を改正する法律の概要  :「法務省」
少年法 (昭和二十三年七月十五日法律第百六十八号)
「その場のノリ」で殺人・・・厳罰化が進む少年法、そもそも必要? :「NAVERまとめ」

超常現象 :ウィキペディア
鬼道   :ウィキペディア
古代編  :「ティータイムは歴史話で」
出雲の国譲りとは  :「古代文明の世界へようこそ」
長髄彦  :ウィキペディア
饒速日命(ニギハヤヒノミコト)の墳墓と長髄彦(ナガスネヒコ)の本拠を訪ねる
アビヒコ・ナガスネヒコによる筑紫から津軽への稲の伝播

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『自覚 隠蔽捜査 5.5』  新潮社
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