この作品は、「私」として登場する美崎整体院を経営する整体師と警視庁捜査一課の部長刑事・赤城竜次を軸とする武道+ミステリー小説である。赤城はしつこい腰痛に悩であり、かつ強行犯事件に格闘技が絡むと、美崎に情報を投げかけて、美崎の意見を引き出し、更には事件解決のサポーターにしてしまうという刑事である。
この作品は、赤城刑事が事件を持ち込むのではなく、冒頭から美崎自身に事件が起こる。有栖川宮記念公園に近い4階建てマンションの1階にある住居兼仕事場に美崎が戻ってきたとき、路上駐車していたバンから降りてきた4人の男に襲われるというシーンからストーリーが始まる。美崎は酒に酔って気が大きくなっていて、自宅の前でもあり、油断していたのだ。路地の角で「警察だ!」と誰かが叫んだことで、からくも危地を脱する。さもなければ、整体師にとって必需の手の甲あるいは手首あたりを特殊警棒で打ち砕かれるところだったのだ。
なぜ、この襲撃を受けたのか? 「警察だ!」と誰が叫んでくれたのか? この叫んだ人物は犯人たちが車で逃げ去った後、現れることなく去ってしまったのである。
この二つの謎が、このストーリーのトリガーとなる。この作品のタイトルは、美崎に対する「襲撃」に由来する。
美崎の患者の一人に劉昌輝という腰痛持ちの常連がいる。ときには劉の家まで出張治療することがある患者である。その劉の紹介で、星野雄藏の治療を引き受けることになったのだ。星野はフルコンタクト系の篤心館(とくしんかん)という団体に所属する空手の選手である。長い間食らい続けたローキックにより、左の膝を傷めていて、腰に爆弾をかかえている状態だった。左の膝については、美崎自身のケースと同じで、傷めた原因も同じなのだ。
篤心館の磐井隆館長はなかなかのやり手で、海外のいくつかの格闘技道場と提携し、NG1と名づけられた世界大会を開くまでになっている。NG1の大会には、星野雄藏も参加する予定なのだ。その試合までに、整形外科医がさじを投げ出したという星野の腰と膝をなんとかしてほしいという。紹介者の劉昌輝の手前もあり、大会までの専属トレーナーを引き受けざるを得なくなる。
劉昌輝は横浜に本拠地を持つ中華レストランのオーナーだが、中国マフィアにも睨みを利かせる裏社会の大物でもある。美崎はあくまで劉を常連の患者として接しているだけの関係である。常連の一人、赤城刑事が整体院に現れて、昨夜新宿で劉昌輝の手下が一人殺されたと告げる。劉昌輝は新宿の歌舞伎町にもチェーン店を持っているのだ。そして、美崎が襲撃されたのは美崎が劉昌輝の身内と間違われたからかもしれないと言う。美崎には判断がつかないのだが、赤城の推測が的外れとも思えないのだ。
星野雄藏には、中島恒彦という専属トレーナーが付いている。だが、館長からは星野の腰と膝の治療に関しての治療の専属トレーナーとなることを依頼され、中島の自尊心が傷ついているかもしれないのだ。星野の稽古場に出張治療に行き、治療にかかる前に、中島の携帯電話が着信し、中島の電話応対から、中島が借金を抱えてることを耳にする。
中島が星野の膝の問題を知りながら、膝に負担をかけるトレーニングメニューを課したことから、中島と美崎の意見が対立する。そして、美崎は大会まで星野の膝に絡まりトレーニングの責任を持たざるをえない立場になっていく。
篤心館本部は横浜桜木町から歩いて20分ほどのところにある。星野への出張治療を終え、午後9時すぎに桜木町駅に向かう途中、再び黒い目出し帽で顔を隠した5人の男たちに襲撃されるのだ。サバイバルナイフを使い、攻撃を仕掛けてくる。美崎は傷を負いながらも何とか、襲撃者を退散させることができたのだが、自ら119番に電話する羽目になる。
一方、美崎整体院の常連の一人である女子大生で新体操選手の笹本有里がストーカー行為に遭っているという話を美崎が聞くことになり、美崎はその対応に関与することになる。しかし、それは笹本有里が美崎が襲撃されている問題に関わる事象に巻き込まれていく手始めでもあった。また、患者の雨宮由希子が治療のために整体院に来る途中、美崎を見張っているそぶりの男を目撃したという。その話を赤城刑事が知り、彼が調べたところその男は能代春彦だという。美崎は赤城から電話で名前を聞き、衝撃を受けるのだ。その名前は美崎の心に刻まれた苦しい思い出に直結するからだった。
美崎は、雨宮由希子の会社を介して電話の秘書サービスを受けているが、その電話に伝言メッセージが入る。すぐにすべての治療を止めろ、でないと、また痛い目にあうことになるというものだった。
星野雄藏に対する出張治療が続き、また能代と直接話す機会ができたことなど、様々な状況が重なるににつれ、美崎には星野が参加するNG1という世界大会の裏の構造が見え始めてくるのだ。そして、美崎が繰り返し襲撃される理由も・・・・・。
美崎の治療と助言により膝の傷みを克服し、トレーニングに励み世界大会での優勝を純粋に目標とする星野雄藏。その姿に、美崎は己の若き日のなしえなかった空手の選手としての夢を重ねていく。治療とトレーニングというプロセスが描かれて行く。さらに、星野は己の技の中に、美崎の古武道の技を組み込もうとし始める。この経緯が興味深い読み物の一部になっている。
さらに、格闘技の一つである空手の大会が、どんな風に利用される陰の構造があるかという側面が生々しく描かれて行く。その局面があることにより、このストーリーが成り立っているともいえる。
事実は小説よりも奇なりとよくいわれる。現実の様々なスポーツの大会の背後に、同種の構造が潜んでいるのかもしれない。
最後に、「渋谷署強行犯係」のシリーズでは、腰痛の持病持ちである辰巳吾郎刑事が、整体院の院長である竜門光一を事件に引っ張り出す。こちらの竜門光一は武道の技を発揮して、結果的に辰巳刑事に協力し、事件を解決に導く。
このシリーズと対比すると、整体師・美崎は竜門と類似の背景を持ちながら、事件に巻き込まれ、満身創痍になりながら事件を解決していく主人公になる。同じ整体師を登場させながら、ストーリー展開とキャラクターがかなり違う作品が生み出されていておもしろい。
改題出版された「渋谷署強行犯係」シリーズの初出は1992~1993年だった。本書は文庫本として書き下ろされたもので初版は2000年10月である。この時間の隔たりが、整体師のキャラクターを大きく変える発想の根底にあるのかもしれない。
ご一読ありがとうございます。
付記 文庫本の初版でみるかぎり、p54の5行目に誤植がある。
「星野」であるはずのところが「中島」になっている。ちょっと残念。
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本書に関連する語句をいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。
有栖川宮記念公園とは :「有栖川宮記念公園」
特殊警棒 :「BODY-GUARD」
【特殊警棒】の人気Q&Aランキング :「教えて!GOO」
四海幇 :ウィキペディア
竹聯幇 :ウィキペディア
三合会 :ウィキペディア
ロシアン・マフィア :ウィキペディア
The rise and rise of the Russian mafia 1998.11.21 :「BBC NEWS」
整体師資格
整体 :ウィキペディア
日本整体師連盟 ホームページ
日本柔道整復師会 ホームページ
空手の歴史 :「空手道剛柔流昇英会」
ネオナチ :ウィキペディア
極左とネオナチを選んだギリシャの窮状 2015.1.27 :「NEWS WEEK」
Neo-Nazism :「Holocaust」
Anti-Semitism: Neo-Nazism :「JEWISH VIRTUAL LIBRARY」
トヨタランドクルーザー :「TOTOTA」
トヨタ・ランドクルーザー :ウィキペディア
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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『アキハバラ』 中公文庫
『パラレル』 中公文庫
『軌跡』 角川文庫
『ペトロ』 中央公論新社
『自覚 隠蔽捜査 5.5』 新潮社
『捜査組曲 東京湾臨海署安曇班』 角川春樹事務所
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』 幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』 徳間文庫
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新4版 (45冊)
この作品は、赤城刑事が事件を持ち込むのではなく、冒頭から美崎自身に事件が起こる。有栖川宮記念公園に近い4階建てマンションの1階にある住居兼仕事場に美崎が戻ってきたとき、路上駐車していたバンから降りてきた4人の男に襲われるというシーンからストーリーが始まる。美崎は酒に酔って気が大きくなっていて、自宅の前でもあり、油断していたのだ。路地の角で「警察だ!」と誰かが叫んだことで、からくも危地を脱する。さもなければ、整体師にとって必需の手の甲あるいは手首あたりを特殊警棒で打ち砕かれるところだったのだ。
なぜ、この襲撃を受けたのか? 「警察だ!」と誰が叫んでくれたのか? この叫んだ人物は犯人たちが車で逃げ去った後、現れることなく去ってしまったのである。
この二つの謎が、このストーリーのトリガーとなる。この作品のタイトルは、美崎に対する「襲撃」に由来する。
美崎の患者の一人に劉昌輝という腰痛持ちの常連がいる。ときには劉の家まで出張治療することがある患者である。その劉の紹介で、星野雄藏の治療を引き受けることになったのだ。星野はフルコンタクト系の篤心館(とくしんかん)という団体に所属する空手の選手である。長い間食らい続けたローキックにより、左の膝を傷めていて、腰に爆弾をかかえている状態だった。左の膝については、美崎自身のケースと同じで、傷めた原因も同じなのだ。
篤心館の磐井隆館長はなかなかのやり手で、海外のいくつかの格闘技道場と提携し、NG1と名づけられた世界大会を開くまでになっている。NG1の大会には、星野雄藏も参加する予定なのだ。その試合までに、整形外科医がさじを投げ出したという星野の腰と膝をなんとかしてほしいという。紹介者の劉昌輝の手前もあり、大会までの専属トレーナーを引き受けざるを得なくなる。
劉昌輝は横浜に本拠地を持つ中華レストランのオーナーだが、中国マフィアにも睨みを利かせる裏社会の大物でもある。美崎はあくまで劉を常連の患者として接しているだけの関係である。常連の一人、赤城刑事が整体院に現れて、昨夜新宿で劉昌輝の手下が一人殺されたと告げる。劉昌輝は新宿の歌舞伎町にもチェーン店を持っているのだ。そして、美崎が襲撃されたのは美崎が劉昌輝の身内と間違われたからかもしれないと言う。美崎には判断がつかないのだが、赤城の推測が的外れとも思えないのだ。
星野雄藏には、中島恒彦という専属トレーナーが付いている。だが、館長からは星野の腰と膝の治療に関しての治療の専属トレーナーとなることを依頼され、中島の自尊心が傷ついているかもしれないのだ。星野の稽古場に出張治療に行き、治療にかかる前に、中島の携帯電話が着信し、中島の電話応対から、中島が借金を抱えてることを耳にする。
中島が星野の膝の問題を知りながら、膝に負担をかけるトレーニングメニューを課したことから、中島と美崎の意見が対立する。そして、美崎は大会まで星野の膝に絡まりトレーニングの責任を持たざるをえない立場になっていく。
篤心館本部は横浜桜木町から歩いて20分ほどのところにある。星野への出張治療を終え、午後9時すぎに桜木町駅に向かう途中、再び黒い目出し帽で顔を隠した5人の男たちに襲撃されるのだ。サバイバルナイフを使い、攻撃を仕掛けてくる。美崎は傷を負いながらも何とか、襲撃者を退散させることができたのだが、自ら119番に電話する羽目になる。
一方、美崎整体院の常連の一人である女子大生で新体操選手の笹本有里がストーカー行為に遭っているという話を美崎が聞くことになり、美崎はその対応に関与することになる。しかし、それは笹本有里が美崎が襲撃されている問題に関わる事象に巻き込まれていく手始めでもあった。また、患者の雨宮由希子が治療のために整体院に来る途中、美崎を見張っているそぶりの男を目撃したという。その話を赤城刑事が知り、彼が調べたところその男は能代春彦だという。美崎は赤城から電話で名前を聞き、衝撃を受けるのだ。その名前は美崎の心に刻まれた苦しい思い出に直結するからだった。
美崎は、雨宮由希子の会社を介して電話の秘書サービスを受けているが、その電話に伝言メッセージが入る。すぐにすべての治療を止めろ、でないと、また痛い目にあうことになるというものだった。
星野雄藏に対する出張治療が続き、また能代と直接話す機会ができたことなど、様々な状況が重なるににつれ、美崎には星野が参加するNG1という世界大会の裏の構造が見え始めてくるのだ。そして、美崎が繰り返し襲撃される理由も・・・・・。
美崎の治療と助言により膝の傷みを克服し、トレーニングに励み世界大会での優勝を純粋に目標とする星野雄藏。その姿に、美崎は己の若き日のなしえなかった空手の選手としての夢を重ねていく。治療とトレーニングというプロセスが描かれて行く。さらに、星野は己の技の中に、美崎の古武道の技を組み込もうとし始める。この経緯が興味深い読み物の一部になっている。
さらに、格闘技の一つである空手の大会が、どんな風に利用される陰の構造があるかという側面が生々しく描かれて行く。その局面があることにより、このストーリーが成り立っているともいえる。
事実は小説よりも奇なりとよくいわれる。現実の様々なスポーツの大会の背後に、同種の構造が潜んでいるのかもしれない。
最後に、「渋谷署強行犯係」のシリーズでは、腰痛の持病持ちである辰巳吾郎刑事が、整体院の院長である竜門光一を事件に引っ張り出す。こちらの竜門光一は武道の技を発揮して、結果的に辰巳刑事に協力し、事件を解決に導く。
このシリーズと対比すると、整体師・美崎は竜門と類似の背景を持ちながら、事件に巻き込まれ、満身創痍になりながら事件を解決していく主人公になる。同じ整体師を登場させながら、ストーリー展開とキャラクターがかなり違う作品が生み出されていておもしろい。
改題出版された「渋谷署強行犯係」シリーズの初出は1992~1993年だった。本書は文庫本として書き下ろされたもので初版は2000年10月である。この時間の隔たりが、整体師のキャラクターを大きく変える発想の根底にあるのかもしれない。
ご一読ありがとうございます。
付記 文庫本の初版でみるかぎり、p54の5行目に誤植がある。
「星野」であるはずのところが「中島」になっている。ちょっと残念。
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本書に関連する語句をいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。
有栖川宮記念公園とは :「有栖川宮記念公園」
特殊警棒 :「BODY-GUARD」
【特殊警棒】の人気Q&Aランキング :「教えて!GOO」
四海幇 :ウィキペディア
竹聯幇 :ウィキペディア
三合会 :ウィキペディア
ロシアン・マフィア :ウィキペディア
The rise and rise of the Russian mafia 1998.11.21 :「BBC NEWS」
整体師資格
整体 :ウィキペディア
日本整体師連盟 ホームページ
日本柔道整復師会 ホームページ
空手の歴史 :「空手道剛柔流昇英会」
ネオナチ :ウィキペディア
極左とネオナチを選んだギリシャの窮状 2015.1.27 :「NEWS WEEK」
Neo-Nazism :「Holocaust」
Anti-Semitism: Neo-Nazism :「JEWISH VIRTUAL LIBRARY」
トヨタランドクルーザー :「TOTOTA」
トヨタ・ランドクルーザー :ウィキペディア
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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『アキハバラ』 中公文庫
『パラレル』 中公文庫
『軌跡』 角川文庫
『ペトロ』 中央公論新社
『自覚 隠蔽捜査 5.5』 新潮社
『捜査組曲 東京湾臨海署安曇班』 角川春樹事務所
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』 幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』 徳間文庫
=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 === 更新4版 (45冊)