遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『マル暴総監』 今野 敏  実業之日本社

2016-11-23 17:28:19 | レビュー
 マル暴シリーズの第2弾! 北綾瀬署の組織犯罪対策係に属する甘糟達男巡査部長と彼が組む恐い先輩、郡原虎蔵とのコンビが主人公である。気楽に読めるマル暴刑事活躍ストーリーだ。二人の対照的なキャラクターは第1作の読後印象記の冒頭に触れたので、そちらをお読みいただければうれしいかぎりである。第1作は、甘糟刑事の名前が小説のタイトルになっていた。今回は「マル暴」+「総監」である。総監は何かのアナロジーで使われているのかと思っていたら、なんと「警視総監」の「総監」である。
 このシリーズ第2弾、一層コミカルさが加わった作品だ。構想に奇抜さがあって、マルBエンターテインメントとして楽しめる小説世界である。

 なぜか? それは最近新しく警視総監になった人物が主な登場人物の一人として登場する。その総監が警視庁の頂点として祭り上げられることを嫌い、まるで暴れん坊将軍のような行動を密かに夜な夜なしていたのである。都内の様々な夜の街に白いスーツ姿で出没し、喧嘩騒動などに割って入るという行動を取っていたのだ。それが甘糟の勤める北綾瀬署管内にも現れたことから、ストーリーは思わぬ方向へとどんどん展開するということになる。前作よりも一層コミカルに話がころがっていくという次第。

 発端は午後11時をすぎた頃に、郡原からかかってきた電話を甘糟が受けて、チンピラがにらみ合っているという通報現場に出向かされたシーンから始まる。場所は綾瀬駅近くの細い路地を挟んで並ぶ飲食街の、あるスナックの外である。睨み合いの連中を囲んで人垣ができている。睨み合っているのは、片方が3人組で、それと対峙しているのが2人組。人垣の中には、管内に事務所を構える多嘉原連合の組員・唐津晃(通称アキラ)がいた。甘糟はアキラを目に止め、彼から2人組が多嘉原連合の半ゲソだとわかる。また、人垣の中には、阿岐本組代貸の日村誠司の姿もあった。アキラからその睨み合いは前哨戦が終わった後始末なのだと聞き、甘糟は様子見をする。
 ところが、そこに人垣の中から白いスーツを着た恰幅のいい男が突然「待て待て」と言って飛び出してくる。時代がかった物言いをして、「この喧嘩、俺が買った。さあ、束になってかかって来やがれ」なんて言い出す始末。アキラに言わせれば、睨み合いの引っ込みが白いスーツの男によりぶちこわされたことになる。事態が悪化する前に、甘糟が職権を使う出番となる。甘糟は白いスーツの男に「何だ、てめえは?」と言われ、名乗ってバッジと身分証を見せる。その間に、3人組、2人組は姿を消していく。50代半ばの白いスーツの男も、甘糟に「どこかに消えてよ」と促されて立ち去る。甘糟は何となくその男の顔を知っているように感じたのだが、思い出せない。
 翌日、郡原に甘糟が状況説明をすると、白いスーツの男はどこかの組の幹部かもしれないと郡原は言い、聞き込みをしろと甘糟に指示する。甘糟は確たる情報はないが、組事務所に聞き込みに行き、日村から噂では新宿百人町あたりで、白いスーツの男が目撃されていることを知る。さらに郡原に教えられた警察組織の伝手をたより、白いスーツの男のことを追跡している間に、管内で刺殺事件が発生する。被害者は、甘糟の目の前で揉めていたチンピラの一人だった。

 結果的に北綾瀬署に捜査本部ができる。北綾瀬署の強行犯係と警視庁捜査一課の担当する事案となるが、チンピラが被害者だったという関係から甘糟・郡原もその捜査本部にかかわらざるを得なくなる。綾瀬駅近くでのもめ事が発端に関わっていると判断されたのだ。
 捜査本部の会議に、警視総監が臨席するという大事になる。真っ先に唖然としたのは、勿論甘糟だ。睨み合いの現場で白いスーツの男の顔を見て言葉を交わしていて、知っている顔と思っていたのが警視総監だったのだから。
 会議後、甘糟は警視総監に呼び出され、その夜の事を口外無用と命じられる。自己保身としては従わざるをえない。

 捜査本部の会議では、甘糟が見たもめ事の状況から、殺された男を含む3人組、2人組、白いスーツの男の身元捜査から地道な捜査活動が始まって行く。警視総監がなぜかこの事件には毎回会議に臨席するという一種桁外れな状況が続く。そのため捜査関係者はテンションが上がって行く。

 このストーリーの構想と展開において、おもしろいと感じる点をあげてみよう。
1.捜査一課の筋読みとして、まず白いスーツの男が重視され、その身元の割り出し、追跡捜査が最重要課題となって展開していくことである。甘糟は第1回の捜査会議から、白いスーツの男が警視総監であることを知ったので、総監が殺人事件と無関係だと認識している。だが、そのことを暴露できない立場に置かれた。まずこれが喜劇的要素の最たる点である。筋読みの間違いを知っている事実を指摘できないのだ。
 白いスーツの男=総監は極秘事項となった。その前提でストーリーが展開する。だから滑稽である。

2.甘糟が捜査本部の筋読みの間違いを、どのような策を講じて軌道修正させられるかに知恵を絞らざるをえなくなるという面白さ。
 マル暴刑事には自分は不向きだと甘糟がぶつくさ言いつつ、しっかりと事件の真相に肉迫していくその捜査プロセスがコミカルなタッチで描き込まれる。見るところはしっかりと見ている甘糟の思考と推理が楽しめる。

3.総監が何食わぬ顔で捜査会議に臨席し、ポーカーフェイスで状況を観察する。捜査本部のトップの筋読み違いに翻弄される捜査員の状況を見ながら、総監がどうするかという点の興味がある。総監自身の立場上、自らの暴れん坊将軍的思いつき行動が絡んでいることを暴露できないのだから滑稽である。さて、総監は火の粉を浴びないためにどんな手にでるか?
 総監が臨席する捜査会議の状況描写もおもしろい。

4.捜査本部の主流である捜査一課・強行犯係の捜査とは一線を画し、郡原・甘糟が特命で別途捜査行動を始めて行く。それがどういう展開をするのか、本流の筋読みにどう絡んでいくのか。このコンビの捜査のしかたへの興味が加わる。
 その際にも面白いのは、甘糟は郡原に対しても、白いスーツの男が総監であることを告げることができない立場である。その前提で独自捜査を進めることになる。では郡原はどういう形で総監の関わりを知るのか?

5.郡原は適度に仕事をさぼりながらも、己の推理を働かせ筋読みと犯人究明を考え続ける。そして、甘糟に大まかな捜査方向と、調べる課題をポンと投げつける。恐い郡原の大まかな指示を受けた甘糟が独自の推理と考えを積み上げて、打開策を見つけていく。それが的を射た捜査の進展となっていく。この展開がどうなるかが読みどころとなる。
 この二人の行動の描き方がコミカルでおもしろい。
 甘糟は、多嘉原連合の事務所と阿岐本組の事務所の双方を振子のように往き来しつつ必要な情報を集める。同時に警察組織内の伝手を頼った情報収集、独自に築いたヤスと呼ぶ情報屋の線からの裏付け情報の収集など、知恵と努力を重ねる。そのプロセスでの甘糟の愚痴の連発が実にコミカルなのだ。甘糟の愚痴を読むのが楽しくなってくる。

6.捜査本部を担当するのは捜査一課の土井係長である。この捜査本部が立ち上がり、甘糟と郡原が加わったわけだか、捜査のプロセスで甘糟は郡原と土井係長が同期だということを知る。そして、甘糟が郡原の指示を受けて会う新宿署の組織犯罪対策課の上小路刑事もまた、郡原の同期だった。そんなことから、郡原についてのプロフィールの別の側面が見えてくる。ここもまた興味深いところである。郡原のイメージがふくらむ。

 捜査の進む中で、土井係長が甘糟に総監に呼び出されたことについて質問される。勿論、甘糟は「総監の気紛れ」だろうとシラを切るしかない。しかし、このとき、土井係長はその気紛れという言葉から、ふと妙な噂のことを語る。総監が着任してしばらくすると、警務部や警備部というごく近しい連中の間で総監にあだ名がついたという噂を最近聞いたというのだ。そのあだ名が「マル暴総監」である。土井には、なぜそんなあだ名が付いたのかが不可思議だという。ここでさりげなく、この作品のタイトルの由来が記されている。
 
 2人組の半ゲソはアキラを通じて身元はつかめる。謎の3人組の名前を甘糟はなんとか多嘉原連合のアキラと阿岐本組代貸の日村から聞き出すことに成功する。ヤクザはその縄張りの関係から、地元で起こったチンピラ絡みの刺殺事件に無関心ではいられない。ヤクザの情報網をつかってアキラと日村はそれぞれ独自に情報収集していたのだ。3人組の名前が割れる。そして、彼らの中に江戸川区あたりの暴走族だった者がいることがわかる。甘糟は警察組織の伝手から具体的な背景情報を収集して、捜査と推理を重ねていく。
 そこから甘糟には、殺人事件の構図が見えてくる。そして暴力団がどう関わっているかも。

 捜査本部は最後まで、白いスーツの身元を追い続ける。まさに骨折り損。しかし、それが間違いながらも、総監に行きつくなら別の意味で大変・・・・。さてどうなることか。

 一方、甘糟・郡原の捜査本部内での特命別行動も、郡原の思考と甘糟の捜査活動が成果を見せ始める。そして、郡原も白いスーツの男の正体を遂に知らされることになる。
 事件の解明の最終段階で郡原が妙案を画策する。これがなんともおもしろいエンディングに繋がって行く。それにより総監が白いスーツの男だという正体がばれることなく、ハッピーエンドとなる。これ以上書けば、読む楽しみがなくなるだろう。印象記を終えよう。

 このシリーズ第2弾、警察組織に実際にありそうな局面へのアイロニカルな視点も織り交ぜながら、多分起こり得ない構図をフィクションとして構築している。著者は楽しみながら書いていたのではなかろうか。

 ご一読ありがとうございます。
 

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こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『臥龍 横浜みなとみらい署暴対係』 徳間書店
『真贋』 双葉社
『防諜捜査』  文藝春秋
『海に消えた神々』  双葉文庫
『潮流 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『豹変』 角川書店
『憑物 [祓師・鬼龍光一]』  中公文庫
『陰陽 [祓師・鬼龍光一]』  中公文庫
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