加賀刑事シリーズにおける著者のチャレンジ精神はこの作品でも発揮されている。
前作の『悪意』は、野々口修の手記と加賀恭一郎の作成した記録や回想などの形式で小説が構成されていた。今回のこの小説は主な登場人物の氏名が章立ての見出しになっていて、その人物がそれぞれ自分の視点でストーリーのある側面を語り継いでいくという構成になっている。小説のタイトルに「私が彼を殺した」と言わしめる殺意の動機をそれぞれが秘めていて、「彼」の殺害に何らかの関与をしている可能性が垣間見えるというおもしろい展開となる。
殺される「彼」とは、穂高誠である。穂高は脚本家であり、小説家。穂高企画という自分の会社を経営していた。静かな住宅街の中にあり、高い塀を巡らし、周りとは不調和なほど白い家に住む。それは穂高の傲慢さを象徴するかの如くである。穂高企画は順風満帆できていたのだが、穂高が本格的に映画製作に乗りだしたことで、その経営状態ががおかしくなりかけている。穂高は、原作、脚本だけでなく、製作、監督まで自分で始めたのである。過去2本の映画製作を手掛けたが、借金だけが残った。それを気にすることもなく、穂高は次の作品を手掛け映像メディアでヒットを出そうと考える。その為には、話題が不可欠という信念を持っていた。そこで彼は神林美和子に関心をいだいた。神林美和子は最近話題となった女流詩人である。
上林美和子の詩を読む機会があり、彼女の詩人としての才能を発掘したのは編集者の雪笹香織である。彼女は穂高誠の担当編集者でもあった。彼女は上林美和子を女流詩人として世に出した後も、穂高の担当編集者を続けている。雪笹香織は、危うい関係と分かりながらも一時期穂高と肉体関係を持ったこともある。
上林美和子は、保険会社に勤めながら詩を書いていたOLだった。美和子の詩がある機会に美和子の友人の姉にあたる雪笹香織の目に触れる。雪笹香織が美和子の詩人としての才能を発掘し、計画的に美和子の詩集のプロモーションを出版界に行った。その結果、美和子は話題の女流詩人となった。さらに、雪笹香織の紹介で美和子は穂高誠に出会う。その出会いが二人の結婚へと進展する。穂高にとってそれは計算尽くの行動である。結婚式の前月に美和子は保険会社を辞めた。
事件は、教会での結婚式当日に発生する。新郎となる穂高誠がヴァージンロードに足を踏み入れる直前に倒れて急逝してしまうのである。死因は毒によるものと分析される。穂高を毒殺したのは誰なのか?
ストーリーは「神林貴弘の章」から始まる。貴弘は美和子の兄である。美和子が小学校に入学した翌日、親戚の法事のために車で出かけた両親が高速道路で事故に遭遇し即死した。そのため兄妹二人は別々に親戚に預けられて育つ。貴弘が大学に残ると決まった年に、15年ぶりに、女子大生となっていた妹の美和子が家に戻ってきた。貴弘は量子力学研究室に所属する。そして二人の同居が始まる。だが兄妹が長年別れて生活していたのが第一の間違いで、同居したのが第二の間違いとなる。二人の同居は近親相姦に進展して行ったのである。その環境を激変させるのが穂高の出現でもあった。
最初の章は、貴弘の妹との関係についての回想と穂高邸に出向いての結婚式前の打ち合わせから始まる。穂高邸に集まったのは、穂高誠以外には、雪笹香織、上林貴弘、上林美和子、そして駿河直之である。駿河は穂高の事務所に勤める。穂高の片腕のような存在になっている。
美和子が雪笹香織に言われて、エッセイの原稿を取りに行くためにリビングルームを出て行った間に、もう一人の人物がリビングルームのレースのカーテン越しに見える芝生を張った庭に現れるのである。雪笹香織が上林貴弘から目をそらし遠くに視線を向けたとき、芝生の庭に立った髪の長い女性の姿を発見し、目を大きく見開き、激しく息を吸い込む。そのシーンを貴弘は目撃する。
章は「駿河直之」に代わる。駿河は庭に現れた白いひらひらしたワンピースを着て幽霊みたいな顔をして立っている女性が浪岡準子であると即座に気づき、愕然とする。駿河は穂高から浪岡への対応を迫られる。穂高は美和子に浪岡準子のことを気づかれたくないと告げるのだ。
駿河は車のタイヤを作る会社に勤め、会社の金を使い込み窮地に立っていたときに、流行作家・脚本家として羽振りのよかった穂高の助けで使い込んだ金を返済することができた。それを契機に、穂高の事務所に勤めるようになる。駿河と穂高は大学時代、映画研究会サークルのメンバーだったのだ。穂高の会社の経理面を管理するとともに、穂高に頼まれ、自分が学生時代に書いたシナリオも穂高に提供するようになっていく。
駿河の住居と階は異なるが同じマンションに浪岡準子が住んでいた。駿河はロシアンブルーの雌猫をペットとして飼っていたのだが、この猫がきっかけで、動物病院に勤める浪岡とあるきっかけで知り合いとなる。そして猫が取り持つ二人の関係は恋人的な付き合いとなっていく。しかし、駿河の恋人となる前段階で、浪岡を穂高に取られる事になる。穂高は口では浪岡準子に結婚することを匂わせるが、本音はその気が無い。そのうち、準子が妊娠してしまう。穂高は、準子が堕胎するするよう駿河に説得を頼み、堕胎をさせることまで任せてしまう。
そして「雪笹香織の章」が続く。雪笹と穂高の過去の経緯が、雪笹の観点から語られていく。編集者と作家というビジネス関係に、肉体関係が加わっていく。穂高が結婚のことなど考えていないことを知りつつ、関係が深まる。浪岡準子の登場で穂高に捨てられても、編集者としてのプライドを保ち続け、ビジネス上の関係は継続する女性である。勿論、その後の穂高と浪岡の関係も熟知している。その上で、穂高の要望を受け、美和子を引き合わせるという役回りもしてしまう。勿論、穂高との過去の関係や己の感情は、上林美和子にはおくびにも出さない。上林美和子には有能な編集者として、常に対応していく。
その結果、打算を踏まえた穂高の美和子へのプロポーズ、そして結婚式を控えた前日から当日へと進展していくのである。雪笹は穂高、上林との仕事絡みで前日は穂高邸を訪ね、当日は美和子の関係者、列席者の一人として結婚式に臨む。
これで主な登場人物が出揃う。後は事件が発生した段階で、加賀恭一郎が登場してくることになる。
上林貴弘は実の妹でありながら、美和子を異性として意識し、近親相姦を犯す。妹の美和子はその関係を清算することとの絡みも含め穂高のプロポーズを受け入れる。結婚式では兄の貴弘が親代わりの立場を兼ねた列席者とならざるを得ない。勿論、内心では穂高を憎悪する真逆の立場である。
駿河直之は穂高の雇われ人であるが苦しい経営状態になりかけている事務所の運営を任されている。それなりの自負を持つ。無茶を言う穂高には欠かせない相棒的な位置づけにもなっている。大学からの友人でもある。一方で、恋人にしたかった女性を横取りされた男でもある。穂高の尻ぬぐいまでも手伝わされる役回りとなっている。
雪笹香織はプライドが高い編集者。穂高に捨てられても、編集者という立場から、穂高が関わりを持つ女性の近くに居続けてきた。表面上は平静さを常に装い続けている。
三者三様にそれぞれは穂高に対して憎悪・殺意に繋がる動機を秘めているのである。
結婚式の前日に、芝生の庭に突然現れた浪岡準子は、その日の夜、穂高邸の庭で自殺する。浪岡が自殺に使用した毒入りカプセルは、穂高の死因となったものと同じだった。そのカプセルは、穂高が持病のアレルギー性鼻炎の薬として以前から飲んでいたカプセルと同じものだった。そしてそのカプセルの中身が毒入りのものにすり替えられていたのだ。
ストーリーの展開プロセスの中で、この3人はそれぞれが毒入りカプセルを入手する機会があるという状況が現れていく。
この小説の章立ては次の順番で移り変わる。その章名の人物が己の視点から一人称で語っていくストーリーで、全体が構成される。その個人語りがストーリーのプロセスとして繋がって行くという趣向である。『悪意』とはまたひと味異なるアプローチであり、そこに著者のチャレンジ精神が発揮されている。
神林貴弘→駿河直之→雪笹香織→神林→駿河→雪笹→駿河→神林→雪笹→神林→
雪笹→駿河→神林→駿河→雪笹→神林→駿河→雪笹→駿河→雪笹→神林
そこにさらに新しい試みが加えられている。加賀恭一郎の捜査行動はこれら3人の登場人物のそれぞれの受け止め方と加賀の行動を語る形を通して描写されていくことになる。加賀自体が、捜査過程で推理をしながら行動するという描写でのストーリー展開ではない。
そして、事件に関係する登場人物が穂高誠の死後、初七日に穂高邸に電報で呼び出され、一堂に会することになる。そこに加賀恭一郎が現れる。最後の章は上林貴弘が語る形で、加賀恭一郎の行動が記述される。加賀は3枚のポラロイド写真を示し、次のエンディングの言葉を語ったと記す。
「ほかの方には何のことやらさっぱりわからないでしょうね。しかし、一人だけ、今私がいったことの意味が理解できたはずです。そして理解できる人間こそが、穂高さんを殺害した犯人です」
加賀はいった。「犯人はあなたです」
つまり、加賀の最後の説明をヒントに、このストーリー展開での推理を推し進め、理解できた読者だけが、この穂高殺害の犯人がだれかわかるという終わり方なのだ。『どちらが彼を殺した』よりも、一段階複雑になった構造である。上林貴弘、駿河直之、雪笹香織が語るストーリーの中に、すべての事実情報が書き込まれているといるという趣向である。
最後に、マジックの種は明らかにしたでしょう。もうお解りのはず・・・・という、著者から読者への挑戦になっている。
この作品も、形式は『どちらが彼を殺した』と同じで、西上心太氏による「推理の手引き<袋綴じ解説>」が文庫本の巻末に付いている。
非常に緻密かつ巧妙に伏線が張られていくストーリー展開である。論理的推理力の乏しい凡人、つまり私にはポイントポイントを数回読み直して・・・・推理を楽しめるというか苦しめられる作品に仕上がっている。この謎解きをお楽しみいただきたい。
ご一読ありがとうございます。
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。
ふと手に取った作品から私の読書領域の対象に加わってきました。
次の本をまずは読み継いできました。お読みいただけるとうれしいです。
『悪意』 講談社文庫
『どちらかが彼女を殺した』 講談社文庫
『眠りの森』 講談社文庫
『卒業』 講談社文庫
『新参者』 講談社
『麒麟の翼』 講談社
『プラチナデータ』 幻冬舎
『マスカレード・ホテル』 集英社
前作の『悪意』は、野々口修の手記と加賀恭一郎の作成した記録や回想などの形式で小説が構成されていた。今回のこの小説は主な登場人物の氏名が章立ての見出しになっていて、その人物がそれぞれ自分の視点でストーリーのある側面を語り継いでいくという構成になっている。小説のタイトルに「私が彼を殺した」と言わしめる殺意の動機をそれぞれが秘めていて、「彼」の殺害に何らかの関与をしている可能性が垣間見えるというおもしろい展開となる。
殺される「彼」とは、穂高誠である。穂高は脚本家であり、小説家。穂高企画という自分の会社を経営していた。静かな住宅街の中にあり、高い塀を巡らし、周りとは不調和なほど白い家に住む。それは穂高の傲慢さを象徴するかの如くである。穂高企画は順風満帆できていたのだが、穂高が本格的に映画製作に乗りだしたことで、その経営状態ががおかしくなりかけている。穂高は、原作、脚本だけでなく、製作、監督まで自分で始めたのである。過去2本の映画製作を手掛けたが、借金だけが残った。それを気にすることもなく、穂高は次の作品を手掛け映像メディアでヒットを出そうと考える。その為には、話題が不可欠という信念を持っていた。そこで彼は神林美和子に関心をいだいた。神林美和子は最近話題となった女流詩人である。
上林美和子の詩を読む機会があり、彼女の詩人としての才能を発掘したのは編集者の雪笹香織である。彼女は穂高誠の担当編集者でもあった。彼女は上林美和子を女流詩人として世に出した後も、穂高の担当編集者を続けている。雪笹香織は、危うい関係と分かりながらも一時期穂高と肉体関係を持ったこともある。
上林美和子は、保険会社に勤めながら詩を書いていたOLだった。美和子の詩がある機会に美和子の友人の姉にあたる雪笹香織の目に触れる。雪笹香織が美和子の詩人としての才能を発掘し、計画的に美和子の詩集のプロモーションを出版界に行った。その結果、美和子は話題の女流詩人となった。さらに、雪笹香織の紹介で美和子は穂高誠に出会う。その出会いが二人の結婚へと進展する。穂高にとってそれは計算尽くの行動である。結婚式の前月に美和子は保険会社を辞めた。
事件は、教会での結婚式当日に発生する。新郎となる穂高誠がヴァージンロードに足を踏み入れる直前に倒れて急逝してしまうのである。死因は毒によるものと分析される。穂高を毒殺したのは誰なのか?
ストーリーは「神林貴弘の章」から始まる。貴弘は美和子の兄である。美和子が小学校に入学した翌日、親戚の法事のために車で出かけた両親が高速道路で事故に遭遇し即死した。そのため兄妹二人は別々に親戚に預けられて育つ。貴弘が大学に残ると決まった年に、15年ぶりに、女子大生となっていた妹の美和子が家に戻ってきた。貴弘は量子力学研究室に所属する。そして二人の同居が始まる。だが兄妹が長年別れて生活していたのが第一の間違いで、同居したのが第二の間違いとなる。二人の同居は近親相姦に進展して行ったのである。その環境を激変させるのが穂高の出現でもあった。
最初の章は、貴弘の妹との関係についての回想と穂高邸に出向いての結婚式前の打ち合わせから始まる。穂高邸に集まったのは、穂高誠以外には、雪笹香織、上林貴弘、上林美和子、そして駿河直之である。駿河は穂高の事務所に勤める。穂高の片腕のような存在になっている。
美和子が雪笹香織に言われて、エッセイの原稿を取りに行くためにリビングルームを出て行った間に、もう一人の人物がリビングルームのレースのカーテン越しに見える芝生を張った庭に現れるのである。雪笹香織が上林貴弘から目をそらし遠くに視線を向けたとき、芝生の庭に立った髪の長い女性の姿を発見し、目を大きく見開き、激しく息を吸い込む。そのシーンを貴弘は目撃する。
章は「駿河直之」に代わる。駿河は庭に現れた白いひらひらしたワンピースを着て幽霊みたいな顔をして立っている女性が浪岡準子であると即座に気づき、愕然とする。駿河は穂高から浪岡への対応を迫られる。穂高は美和子に浪岡準子のことを気づかれたくないと告げるのだ。
駿河は車のタイヤを作る会社に勤め、会社の金を使い込み窮地に立っていたときに、流行作家・脚本家として羽振りのよかった穂高の助けで使い込んだ金を返済することができた。それを契機に、穂高の事務所に勤めるようになる。駿河と穂高は大学時代、映画研究会サークルのメンバーだったのだ。穂高の会社の経理面を管理するとともに、穂高に頼まれ、自分が学生時代に書いたシナリオも穂高に提供するようになっていく。
駿河の住居と階は異なるが同じマンションに浪岡準子が住んでいた。駿河はロシアンブルーの雌猫をペットとして飼っていたのだが、この猫がきっかけで、動物病院に勤める浪岡とあるきっかけで知り合いとなる。そして猫が取り持つ二人の関係は恋人的な付き合いとなっていく。しかし、駿河の恋人となる前段階で、浪岡を穂高に取られる事になる。穂高は口では浪岡準子に結婚することを匂わせるが、本音はその気が無い。そのうち、準子が妊娠してしまう。穂高は、準子が堕胎するするよう駿河に説得を頼み、堕胎をさせることまで任せてしまう。
そして「雪笹香織の章」が続く。雪笹と穂高の過去の経緯が、雪笹の観点から語られていく。編集者と作家というビジネス関係に、肉体関係が加わっていく。穂高が結婚のことなど考えていないことを知りつつ、関係が深まる。浪岡準子の登場で穂高に捨てられても、編集者としてのプライドを保ち続け、ビジネス上の関係は継続する女性である。勿論、その後の穂高と浪岡の関係も熟知している。その上で、穂高の要望を受け、美和子を引き合わせるという役回りもしてしまう。勿論、穂高との過去の関係や己の感情は、上林美和子にはおくびにも出さない。上林美和子には有能な編集者として、常に対応していく。
その結果、打算を踏まえた穂高の美和子へのプロポーズ、そして結婚式を控えた前日から当日へと進展していくのである。雪笹は穂高、上林との仕事絡みで前日は穂高邸を訪ね、当日は美和子の関係者、列席者の一人として結婚式に臨む。
これで主な登場人物が出揃う。後は事件が発生した段階で、加賀恭一郎が登場してくることになる。
上林貴弘は実の妹でありながら、美和子を異性として意識し、近親相姦を犯す。妹の美和子はその関係を清算することとの絡みも含め穂高のプロポーズを受け入れる。結婚式では兄の貴弘が親代わりの立場を兼ねた列席者とならざるを得ない。勿論、内心では穂高を憎悪する真逆の立場である。
駿河直之は穂高の雇われ人であるが苦しい経営状態になりかけている事務所の運営を任されている。それなりの自負を持つ。無茶を言う穂高には欠かせない相棒的な位置づけにもなっている。大学からの友人でもある。一方で、恋人にしたかった女性を横取りされた男でもある。穂高の尻ぬぐいまでも手伝わされる役回りとなっている。
雪笹香織はプライドが高い編集者。穂高に捨てられても、編集者という立場から、穂高が関わりを持つ女性の近くに居続けてきた。表面上は平静さを常に装い続けている。
三者三様にそれぞれは穂高に対して憎悪・殺意に繋がる動機を秘めているのである。
結婚式の前日に、芝生の庭に突然現れた浪岡準子は、その日の夜、穂高邸の庭で自殺する。浪岡が自殺に使用した毒入りカプセルは、穂高の死因となったものと同じだった。そのカプセルは、穂高が持病のアレルギー性鼻炎の薬として以前から飲んでいたカプセルと同じものだった。そしてそのカプセルの中身が毒入りのものにすり替えられていたのだ。
ストーリーの展開プロセスの中で、この3人はそれぞれが毒入りカプセルを入手する機会があるという状況が現れていく。
この小説の章立ては次の順番で移り変わる。その章名の人物が己の視点から一人称で語っていくストーリーで、全体が構成される。その個人語りがストーリーのプロセスとして繋がって行くという趣向である。『悪意』とはまたひと味異なるアプローチであり、そこに著者のチャレンジ精神が発揮されている。
神林貴弘→駿河直之→雪笹香織→神林→駿河→雪笹→駿河→神林→雪笹→神林→
雪笹→駿河→神林→駿河→雪笹→神林→駿河→雪笹→駿河→雪笹→神林
そこにさらに新しい試みが加えられている。加賀恭一郎の捜査行動はこれら3人の登場人物のそれぞれの受け止め方と加賀の行動を語る形を通して描写されていくことになる。加賀自体が、捜査過程で推理をしながら行動するという描写でのストーリー展開ではない。
そして、事件に関係する登場人物が穂高誠の死後、初七日に穂高邸に電報で呼び出され、一堂に会することになる。そこに加賀恭一郎が現れる。最後の章は上林貴弘が語る形で、加賀恭一郎の行動が記述される。加賀は3枚のポラロイド写真を示し、次のエンディングの言葉を語ったと記す。
「ほかの方には何のことやらさっぱりわからないでしょうね。しかし、一人だけ、今私がいったことの意味が理解できたはずです。そして理解できる人間こそが、穂高さんを殺害した犯人です」
加賀はいった。「犯人はあなたです」
つまり、加賀の最後の説明をヒントに、このストーリー展開での推理を推し進め、理解できた読者だけが、この穂高殺害の犯人がだれかわかるという終わり方なのだ。『どちらが彼を殺した』よりも、一段階複雑になった構造である。上林貴弘、駿河直之、雪笹香織が語るストーリーの中に、すべての事実情報が書き込まれているといるという趣向である。
最後に、マジックの種は明らかにしたでしょう。もうお解りのはず・・・・という、著者から読者への挑戦になっている。
この作品も、形式は『どちらが彼を殺した』と同じで、西上心太氏による「推理の手引き<袋綴じ解説>」が文庫本の巻末に付いている。
非常に緻密かつ巧妙に伏線が張られていくストーリー展開である。論理的推理力の乏しい凡人、つまり私にはポイントポイントを数回読み直して・・・・推理を楽しめるというか苦しめられる作品に仕上がっている。この謎解きをお楽しみいただきたい。
ご一読ありがとうございます。
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。
ふと手に取った作品から私の読書領域の対象に加わってきました。
次の本をまずは読み継いできました。お読みいただけるとうれしいです。
『悪意』 講談社文庫
『どちらかが彼女を殺した』 講談社文庫
『眠りの森』 講談社文庫
『卒業』 講談社文庫
『新参者』 講談社
『麒麟の翼』 講談社
『プラチナデータ』 幻冬舎
『マスカレード・ホテル』 集英社