水鏡瑞希の推理シリーズも第5作となった。この第5作、水鏡瑞希に変化が生ずる。大臣官房政策課評価室下の特別部署という位置づけだった”研究における不正行為・研究費の不正使用に関するタスクフォース”から、「研究公正推進室」に異動することになる。この部署は、科学技術・学術政策局、人材政策課の一セクションであり、組織図に載っている部署である。瑞希は自分の仕事が認められたのだとひととき舞い上がる。
瑞希の母は、娘が婚期を逃すのを恐れ、勤め先の上司からの見合い話の紹介を受けてくる。それで母と娘が葛藤するシーンから始まるところがおもしろい。そこには瑞希の結婚、妊娠、出産という未来が想定されている。それは瑞希の母が結婚した後に不妊に悩み、治療を受けていたという瑞希の生誕にまつわる苦労話に連鎖し、妊娠という事象が自然な伏線として、このストーリーの底流になっていく。
妊娠にまつわる母の苦労話が、なんとこのストーリー展開で瑞希自身が己の肉体に受ける深刻な事象を因としてパニックに陥るという局面に現実感を帯びて展開していく。このあたり、冒頭のお見合い話のやりとりの面白さから自然に波紋をひろげて深刻さへと転換して行く巧みさとなっていく。
本書内の表題ページ裏に、「研究公正推進室は2015年4月、文科省内に設置。いまも実在する」と記されている。今回からの水鏡推理もまた、実在する組織を舞台として、ちょっと奇抜で巧妙な盲点を利用したフィクションが創作されたことになる。
インターネットで調べてみると、文部科学省のホームページに、(事務連絡)として平成7年7月24日付で、文部科学省科学技術・学術政策局人材政策課研究公正推進室が、”「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」に基づく「履行状況調査(書面調査)」の提出について(依頼)”という文書を発信していることがわかる。また、”(事務連絡)「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」に基づく取組状況に係るチェックリスト(平成29年度版)の提出について(依頼)(平成29年2月10日)”というのも今年発信されているので、たしかに「いまも実在する」。
ストーリーは、瑞希の実際の異動までまだひと月あるという時点から始まる。瑞希が帰宅後道草食堂の常連客と会話をしているとき、スマホの着信に気づく。発信元は見慣れない電話番号でショートメールを受信していた。「ミズガミミズキ様 至急お伝えしたいことがあります。勝手ながら、都電荒川車庫へおいで願えませんか。当方すでに現地におります。」こんなショートメールを受けたら、行動せずには居られないのが水鏡瑞希である。現地に赴くと、そこで患者着姿で、手首に奇妙な緑いろのバンドを巻いている面識のない女から声を掛けられる。そして、「開発をやめさせて。あいつら細菌を培養している」「不妊バクテリア。わたし感染している」と訴え掛けられたのだった。会話を始めた矢先に、SUV車で駆けつけた白衣の男ふたりと女性看護師が現れて、その女性を病院に戻すと言って連れ去る。看護師は、瑞希に「あなた、キョウカさんの知り合いですか」と質問を投げてくる。明治通りへと走り去る車をスマホのカメラ機能で瑞希は写真に撮る。
このストーリーの中で、この女についてのサブストーリーが展開していく契機になる。読者にはうまく関心を呼び起こすさせる導入である。わけのわからないことを聞かされ、まるで拉致されるように目の前から連れ去られた奇妙な女性とその話を瑞希がそこでストップさせるはずがない。どうしていくのだろうという好奇心。
異動日当日、瑞希は霞が関の合同庁舎第7号館へ出かけて行く。廊下には職員の長い列ができている。歳の近そうな女性職員に理由を尋ねると、毎朝やっているシンカー対策の職員チェックだという。最先端の科学技術情報を盗んで、株でひと儲けを企むグループへの対策だという。初日から瑞希は面食らう。だが、ここにもまた読者に自然に情報をインプットする巧妙さとなる。
研究公正推進室に入室すると、室長の米谷謙三が歩み寄ってきて、室長のデスクのある場所に一旦導かれる。そこで、総合職の泉田佳奈を紹介される。彼女は技術開発担当分析官として次世代エネルギーを担当している。そして先日から核融合反応の検証という課題にとりかかっていると紹介される。瑞希は泉田の下で一般職として仕事に就くこととなる。泉田は水鏡瑞希のタスクフォースでの功績を良く知っていた。それを瑞希にさりげなく褒め言葉で語る。ここにも著者特有の伏線が織り込まれる。
瑞希に与えられた席は泉田の隣りと告げられる。総合職には椅子の背もたれにヘッドレストがついていて、一般職にはついていないという会話の描写がある。民間会社で一般職員と管理職で椅子の種類に違いが設けられているようなものかと、やはり思う。
瑞希と室長の会話のズレがおもしろい。このズレが、この水鏡推理の真骨頂となっていく。
瑞希「ご期待に添えるよう、一見でも多く不正を暴きます」
室長「きみにいっておくことがある。うちは研究不正防止の専門部署だが、科学分野の警察ではない。大学に倫理教育の徹底を指導したり、不正に関する規定の整備と公表を研究機関に求めたりする。調査は原則として、研究機関みずからに実施させる」
この認識レベルでのズレが、結局問題を摘出し、その解決に瑞希と米谷室長を邁進させてしまう展開となっていくのだからおもしろい。
さて、この研究公正推進室の方針として、米谷室長は勘に頼った調査を行う方針はないと断言する。SOTA(最先端技術実現度測定システム)をベースとして、様々な調査をしていくのだという。立川市にある国立科学解析研究所のコンピュータ棟のスパコンと研究公正推進室はオンラインで結ばれていて、ここではスクリーンに評価情報が表示されるしくみになっているのである。
瑞希の異動日初日は、スパコンの仕組みについて、泉田からレクチャーを受けるところから始まる。SOTAの項目別解析結果はそれぞれの担当者しかプリントアウトできないルールが確立されていると泉田は瑞希に説明する。
エンジニアでもない官僚がSOTAを使うために、ソフト機能で簡単に素早く登録できる仕組みができているという。そして、泉田は核融合の検証という課題にとりかかるところだからと、これを実例にして瑞希に登録を説明し始める。まず3つのサプルメンタル・ワード入力欄に用語を入力するのだという。補足ワーとして、その分野で頻繁に用いられる単語を入力すれば、関連の深いジャンルをスパコン自体が見つけてくれるというのだ。3つの用語はその分野に属する用語であればよいという。そして、泉田は卓上にあった『核融合研究概論』を瑞希に渡し、3つの用語を選ばせる。瑞希がその本からFER(核融合実験炉)、サイクロトロン(磁場・高周波電圧粒子加速装置)、ARTを選ぶと、泉田が、「FER、サイクロトロン、ART」という語を入力し登録を完了させた。
このとき、瑞希は好奇心から「不妊バクテリア」を登録できないかと質問する。瑞希がサプルメンタル・ワードを思いつかないので、泉田は名称だけの登録をしておくことに合意した。ワードが3つ揃っていなければ、自動的に8時間で登録抹消になるので問題ないだろうという。
瑞希の前で泉田がSOTAに核融合の項目を登録したのだが、その結果、スパコンが核融合の実現度を示す分析結果は青の正円と評価した。つまり、実現可能性があると。これまでの停滞から飛躍的進歩がみられるという結果を示したのだ。その結果をもとに、核融合反応の技術開発についての小会議が行われる。その会議には、文科省の核融合研究プロジェクトのスーパーバイザーでもある東京大学の石森教授が専門家として同席し、米谷室長、担当の泉田、財務省の駒菱主査が出ている。瑞希もその小会議に出席することになる。会議では、SOTAの評価を裏付ける検証として実験を始めるべきだという方向に進む。勿論、それを行うには、財務省の同意を得て、実験のための予算が確保されなければならない。核融合反応の技術開発、つまり「ニュークリアフュージョン」が動き出すのである。石黒教授は今まで、核融合についてSOTAに登録することには慎重だったのである。だが、SOTAが青の正円という評価を出したことで、俄然強気に転じて行く。駒菱が言う。「教授もいまや歓迎しておられるようです。・・・・SOTAが青の正円となれば、永田町も二の足を踏むことはないでしょう」と。と言いながら、総合職の抜け目のない官僚として、核融合の技術開発に多額の予算をかける必要があるのかに疑問を呈し、基本を押さえ直そうとする。
核融合について知識の乏しい水鏡瑞希は、それよりもキョウカのことがまず念頭から離れない。SUV車のことから確かめようと手を打ち始める。一方で、新しい職場で一般職として仕事をこなすために、泉田から借りた『核融合研究概論』を読む事から始めて行く。身近なこと知識から核融合の技術開発に絡むことを考え始めるのだが、その結果、瑞希は徐々に専門家たちの会議のやり取りに疑問を抱き始めるのである。
このストーリーの面白さは、核融合の技術開発に絡む基本的な知識を作品に取り込み、その技術開発の現状を描き込みながら、SOTAが青の正円と評価した事実を裏読みしていくという点にある。スパコンを使った高度情報収集と情報分析という仕組みの持つ盲点を瑞希が見つけるという水鏡推理がストーリーとして展開されていく。
不妊バクテリアを恐れるキョウカという謎の女についてのサブストーリーが、同時進行で進みながら、ニュークリアーフュージョンのメインストーリーに交錯し両者の接点が発見されるというのが面白い。
このストーリーの構想の巧みさは、意外性の組み合わせにある。そして、「前提」を疑ってみるという基本の重要性をモチーフにしているように思う。それは専門家が陥りやすい盲点をつくところから、ストーリーの構想が組み立てられたのではないかと思う。
さて、実在する研究公正推進室は、この小説の基軸になったSOTAというような科学技術情報を収集・分析するようなコンピュータ解析技術の仕組みがあり、かつ利用しているのだろうか? 小説の世界から、現実の実務世界はどうなのか、という関心が喚起される。
水鏡推理は舞台が変わり、さらにおもしろい続編が出て来そう・・・・と思っていると、末尾には第6作の予告が記されている。確かめると予告通り発刊されている。楽しみにしよう。
ご一読ありがとうございます。
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この作品に関連する用語をいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。
研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン pdfファイル
平成26年8月26日 文部科学大臣決定
研究活動における不正事案について :「文部科学省」
研究公正 :「日本学術振興会」
核融合反応 :ウィキペディア
核融合とは :「Digital Astronomy Gallery」
かくゆう合のけんきゅう :「NIFS」(核融合へのとびら)
核融合について :「文部科学省」
核融合炉実用化のカギとなるか。「逃走電子」の制御方法発見で核融合反応の安定化が可能に :「engadget日本版」
3分でわかるスパコン :「FUJITSU」
京(スーパーコンピューター) :ウィキペディア
スパコン京が実性能世界ランキングのHPCGで2期連続1位達成 :「PC Watch」
FOCUSスパコンシステムとは :「FOCUS」(計算科学振興財団)
スーパーコンピューターシステム :「京都大学情報環境機構」
スーパーコンピュータの戦略的開発・利用について
文部科学省研究振興局 参事官(情報担当) 鈴木敏之氏
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
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これまでに読み継いできた作品のリストです。こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『万能鑑定士Qの最終巻 ムンクの<叫び>』 講談社文庫
『アノマリー 水鏡推理』 講談社
『パレイドリア・フェイス 水鏡推理』 講談社
『水鏡推理Ⅱ インパクトファクター』 講談社
『水鏡推理』 講談社
松岡圭祐 読後印象記掲載リスト ver.1 2016.7.22 時点
万能鑑定士Qの諸シリーズ & 特等添乗員αの難事件シリーズ
瑞希の母は、娘が婚期を逃すのを恐れ、勤め先の上司からの見合い話の紹介を受けてくる。それで母と娘が葛藤するシーンから始まるところがおもしろい。そこには瑞希の結婚、妊娠、出産という未来が想定されている。それは瑞希の母が結婚した後に不妊に悩み、治療を受けていたという瑞希の生誕にまつわる苦労話に連鎖し、妊娠という事象が自然な伏線として、このストーリーの底流になっていく。
妊娠にまつわる母の苦労話が、なんとこのストーリー展開で瑞希自身が己の肉体に受ける深刻な事象を因としてパニックに陥るという局面に現実感を帯びて展開していく。このあたり、冒頭のお見合い話のやりとりの面白さから自然に波紋をひろげて深刻さへと転換して行く巧みさとなっていく。
本書内の表題ページ裏に、「研究公正推進室は2015年4月、文科省内に設置。いまも実在する」と記されている。今回からの水鏡推理もまた、実在する組織を舞台として、ちょっと奇抜で巧妙な盲点を利用したフィクションが創作されたことになる。
インターネットで調べてみると、文部科学省のホームページに、(事務連絡)として平成7年7月24日付で、文部科学省科学技術・学術政策局人材政策課研究公正推進室が、”「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」に基づく「履行状況調査(書面調査)」の提出について(依頼)”という文書を発信していることがわかる。また、”(事務連絡)「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」に基づく取組状況に係るチェックリスト(平成29年度版)の提出について(依頼)(平成29年2月10日)”というのも今年発信されているので、たしかに「いまも実在する」。
ストーリーは、瑞希の実際の異動までまだひと月あるという時点から始まる。瑞希が帰宅後道草食堂の常連客と会話をしているとき、スマホの着信に気づく。発信元は見慣れない電話番号でショートメールを受信していた。「ミズガミミズキ様 至急お伝えしたいことがあります。勝手ながら、都電荒川車庫へおいで願えませんか。当方すでに現地におります。」こんなショートメールを受けたら、行動せずには居られないのが水鏡瑞希である。現地に赴くと、そこで患者着姿で、手首に奇妙な緑いろのバンドを巻いている面識のない女から声を掛けられる。そして、「開発をやめさせて。あいつら細菌を培養している」「不妊バクテリア。わたし感染している」と訴え掛けられたのだった。会話を始めた矢先に、SUV車で駆けつけた白衣の男ふたりと女性看護師が現れて、その女性を病院に戻すと言って連れ去る。看護師は、瑞希に「あなた、キョウカさんの知り合いですか」と質問を投げてくる。明治通りへと走り去る車をスマホのカメラ機能で瑞希は写真に撮る。
このストーリーの中で、この女についてのサブストーリーが展開していく契機になる。読者にはうまく関心を呼び起こすさせる導入である。わけのわからないことを聞かされ、まるで拉致されるように目の前から連れ去られた奇妙な女性とその話を瑞希がそこでストップさせるはずがない。どうしていくのだろうという好奇心。
異動日当日、瑞希は霞が関の合同庁舎第7号館へ出かけて行く。廊下には職員の長い列ができている。歳の近そうな女性職員に理由を尋ねると、毎朝やっているシンカー対策の職員チェックだという。最先端の科学技術情報を盗んで、株でひと儲けを企むグループへの対策だという。初日から瑞希は面食らう。だが、ここにもまた読者に自然に情報をインプットする巧妙さとなる。
研究公正推進室に入室すると、室長の米谷謙三が歩み寄ってきて、室長のデスクのある場所に一旦導かれる。そこで、総合職の泉田佳奈を紹介される。彼女は技術開発担当分析官として次世代エネルギーを担当している。そして先日から核融合反応の検証という課題にとりかかっていると紹介される。瑞希は泉田の下で一般職として仕事に就くこととなる。泉田は水鏡瑞希のタスクフォースでの功績を良く知っていた。それを瑞希にさりげなく褒め言葉で語る。ここにも著者特有の伏線が織り込まれる。
瑞希に与えられた席は泉田の隣りと告げられる。総合職には椅子の背もたれにヘッドレストがついていて、一般職にはついていないという会話の描写がある。民間会社で一般職員と管理職で椅子の種類に違いが設けられているようなものかと、やはり思う。
瑞希と室長の会話のズレがおもしろい。このズレが、この水鏡推理の真骨頂となっていく。
瑞希「ご期待に添えるよう、一見でも多く不正を暴きます」
室長「きみにいっておくことがある。うちは研究不正防止の専門部署だが、科学分野の警察ではない。大学に倫理教育の徹底を指導したり、不正に関する規定の整備と公表を研究機関に求めたりする。調査は原則として、研究機関みずからに実施させる」
この認識レベルでのズレが、結局問題を摘出し、その解決に瑞希と米谷室長を邁進させてしまう展開となっていくのだからおもしろい。
さて、この研究公正推進室の方針として、米谷室長は勘に頼った調査を行う方針はないと断言する。SOTA(最先端技術実現度測定システム)をベースとして、様々な調査をしていくのだという。立川市にある国立科学解析研究所のコンピュータ棟のスパコンと研究公正推進室はオンラインで結ばれていて、ここではスクリーンに評価情報が表示されるしくみになっているのである。
瑞希の異動日初日は、スパコンの仕組みについて、泉田からレクチャーを受けるところから始まる。SOTAの項目別解析結果はそれぞれの担当者しかプリントアウトできないルールが確立されていると泉田は瑞希に説明する。
エンジニアでもない官僚がSOTAを使うために、ソフト機能で簡単に素早く登録できる仕組みができているという。そして、泉田は核融合の検証という課題にとりかかるところだからと、これを実例にして瑞希に登録を説明し始める。まず3つのサプルメンタル・ワード入力欄に用語を入力するのだという。補足ワーとして、その分野で頻繁に用いられる単語を入力すれば、関連の深いジャンルをスパコン自体が見つけてくれるというのだ。3つの用語はその分野に属する用語であればよいという。そして、泉田は卓上にあった『核融合研究概論』を瑞希に渡し、3つの用語を選ばせる。瑞希がその本からFER(核融合実験炉)、サイクロトロン(磁場・高周波電圧粒子加速装置)、ARTを選ぶと、泉田が、「FER、サイクロトロン、ART」という語を入力し登録を完了させた。
このとき、瑞希は好奇心から「不妊バクテリア」を登録できないかと質問する。瑞希がサプルメンタル・ワードを思いつかないので、泉田は名称だけの登録をしておくことに合意した。ワードが3つ揃っていなければ、自動的に8時間で登録抹消になるので問題ないだろうという。
瑞希の前で泉田がSOTAに核融合の項目を登録したのだが、その結果、スパコンが核融合の実現度を示す分析結果は青の正円と評価した。つまり、実現可能性があると。これまでの停滞から飛躍的進歩がみられるという結果を示したのだ。その結果をもとに、核融合反応の技術開発についての小会議が行われる。その会議には、文科省の核融合研究プロジェクトのスーパーバイザーでもある東京大学の石森教授が専門家として同席し、米谷室長、担当の泉田、財務省の駒菱主査が出ている。瑞希もその小会議に出席することになる。会議では、SOTAの評価を裏付ける検証として実験を始めるべきだという方向に進む。勿論、それを行うには、財務省の同意を得て、実験のための予算が確保されなければならない。核融合反応の技術開発、つまり「ニュークリアフュージョン」が動き出すのである。石黒教授は今まで、核融合についてSOTAに登録することには慎重だったのである。だが、SOTAが青の正円という評価を出したことで、俄然強気に転じて行く。駒菱が言う。「教授もいまや歓迎しておられるようです。・・・・SOTAが青の正円となれば、永田町も二の足を踏むことはないでしょう」と。と言いながら、総合職の抜け目のない官僚として、核融合の技術開発に多額の予算をかける必要があるのかに疑問を呈し、基本を押さえ直そうとする。
核融合について知識の乏しい水鏡瑞希は、それよりもキョウカのことがまず念頭から離れない。SUV車のことから確かめようと手を打ち始める。一方で、新しい職場で一般職として仕事をこなすために、泉田から借りた『核融合研究概論』を読む事から始めて行く。身近なこと知識から核融合の技術開発に絡むことを考え始めるのだが、その結果、瑞希は徐々に専門家たちの会議のやり取りに疑問を抱き始めるのである。
このストーリーの面白さは、核融合の技術開発に絡む基本的な知識を作品に取り込み、その技術開発の現状を描き込みながら、SOTAが青の正円と評価した事実を裏読みしていくという点にある。スパコンを使った高度情報収集と情報分析という仕組みの持つ盲点を瑞希が見つけるという水鏡推理がストーリーとして展開されていく。
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このストーリーの構想の巧みさは、意外性の組み合わせにある。そして、「前提」を疑ってみるという基本の重要性をモチーフにしているように思う。それは専門家が陥りやすい盲点をつくところから、ストーリーの構想が組み立てられたのではないかと思う。
さて、実在する研究公正推進室は、この小説の基軸になったSOTAというような科学技術情報を収集・分析するようなコンピュータ解析技術の仕組みがあり、かつ利用しているのだろうか? 小説の世界から、現実の実務世界はどうなのか、という関心が喚起される。
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核融合反応 :ウィキペディア
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核融合について :「文部科学省」
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松岡圭祐 読後印象記掲載リスト ver.1 2016.7.22 時点
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