この小説は九州、豊後の安見藩城下を舞台とする。元は藩の馬廻役で現在は城下で町医となっている桑山昌軒という漢方医の娘伊都子が主人公である。伊都子も医者となり、今年23歳になる。その伊都子が夏の盛りのころに、藩の目付方、椎野吉左衛門の屋敷に呼び出されるところからストーリーが始まる。
椎野の用件は、木瀬川近くにある白鷺屋敷と称される屋敷に赴き、そこに住み込み、女人を診てもらいたいということである。二十歳になったばかりの女人の傷の手当てをすること。さらにその屋敷に住む女人たちが自害を図ったおりにはすぐさま手当てをしてほしい。その屋敷に住む女人たちを死なせないためだと言う。もう一つ、懐妊している女人がいるかどうかを確かめ、その結果を知らせてほしいと付け加えた。城下には女医は伊都子しかいないこと、白鷺屋敷は女人だけが住んでいるので、男の医者を住み込ませられないし、2つめの役目の確認もむずかしいからだと椎野は告げる。伊都子は白鷺屋敷に赴くことを承諾せざるを得ない。
この小説は白鷺屋敷の敷地内だけでストーリーが展開する筋立てになっている。
白鷺屋敷は、佐野了禅の所有する屋敷である。その佐野了禅は藩主安見壱岐守保武の一門衆の中で最も力のある人物だった。その佐野了禅が、ひと月ほど前に、藩主の上意として切腹を申しわたされたのである。それに対して、了禅と嫡男の小一郎、次男の千右衛門は、武門の意地を通すまでとして戦う決意を示したのだ。結果的に屋敷を包囲し、門を押し破り屋敷内に雪崩込んだ藩兵と死闘を繰り広げたのだ。誅殺されてしまう。
戦いの途中で了禅はやおら奥屋敷に入ると腹を切った。これを見定めた嫡男の小一郎は屋敷に火を放つ。屋敷の炎上中も戦いは繰り広げられたが、やがて燃え落ちようとする屋敷に小一郎と千右衛門もまた駆け込んだのだ。了禅の遺骸は確認されたが、さらに見つかった6人の亡骸の中に、小一郎と千右衛門に該当するのがどれかは分からない状態で終わったのだ。
この上意討ちを予期していたのか、了禅は佐野家の女人を、白鷺屋敷の方に事前に移らせていたのである。屋敷に居る女人たちがだれかを椎野は伊都子に伝える。
屋敷にいるのは、了禅の妻・きぬ、小一郎の妻・芳江と娘・結、千右衛門の妻・初、女中の春、その、ゆりの計7人である。
いずれ近々白鷺屋敷の女人たちの処分について結論が出る。それまでの務めだと椎野は付け加えた。
上意討ちによる誅殺は、藩の世継ぎ問題が発端だった。藩主安見保武には男子がいない。家老の辻将監は親戚である江戸の旗本から養子を迎えようとしていた。佐野了禅は一門衆から養子をとるべきという考えだったのだ。そして、今の一門衆はすべて家臣だからだめというなら、これから生まれてくるものならばどうかと、家老に迫ったという。つまり、このことが、伊都子に求められた用件の2つめに関係していくことになる。
このストーリー、主人公は伊都子であるが、伊都子はストーリー展開の中で語り部的な役割を担っていく立場となる。白鷺屋敷に住む7人の女人の人間関係を観察しながら、徐々に女人たちに心を動かされていく。
一方、この屋敷に住み込み、女医として椎野に告げられた努めを果たしたならば、伊都子が願い出ていた大坂に出て緒方洪庵の塾で学びたいという願い書を認めてもよいという見返り条件を提示されたのである。
椎野に誰が懐妊したかを突き止めて告げれば、伊都子は女人たちを裏切る立場になる。医者として大坂で学びたいという思いと、医者として女人たちの命を守るという二律背反の立場に投げ込まれる。伊都子の心中の葛藤が織り込まれていく。
伊都子が目付方の椎野の言いつけで、屋敷を訪れると、女中の一人春が玄関の式台に出て来た。客間に通された伊都子は、佐野小一郎の妻芳江とまず面談する。伊都子が目付方から皆の病を診るようにと仰せつかってきたと伝えると、開口一番、芳江は「まことはわたしたちを見張り、薬と称して毒を盛る役目なのではありませんか」と冷ややかに告げる。さらに、「生かせ、とは、わたあしどもにさらに生き恥をさらさせようということなのですね」とすらたたみかけるのだった。
そこに、五、六歳の女の子、芳江の娘・結が現れて、おばあ様が客人を部屋に連れてくるようにと告げる。了禅の妻・きぬに伊都子は面談する。病床にあるきぬは、医者としての伊都子に世話になることへの礼をまず述べるとともに、「ただし、ここで見たり、聞いたりしたことは他言無用に願います。それがあなたのためです」と釘をさした。
そのあと、千右衛門の妻・初に今日のうちに会っておくようにと告げられる。芳江は初と顔を合わせたくないとそっぽを向く。そこで、初の部屋を能く訪れている結が伊都子を導いていく。初は上意討ちの報せが届いたとき、錯乱して思わず懐剣でのどを突いたのだが、まわりの者が気づき助けたのだという。のどを突いたとき、そのまま死ねば良かったという一方で、伊都子が傷跡を見て白い布を巻き直すとき、初がくすりと笑ったのである。そのとき伊都子はなぜかわkらないが妖気がのようなものの漂いを感じ、背筋にひやりとするものを感じたのである。
白鷺屋敷に住み始め、伊都子は徐々にこの屋敷に住む女人の人間関係を知り、理解し始めて行く。病床にあるきぬへの医者としての対応の中で、少しずつ知らされていく。また他の人々との対話から知り得たことが重なって行く。
きぬはまず初のことから語る。初は目付方の椎野との縁談が決まりかけていたところに、了禅が介入して次男・千右衛門の妻にもらい受けたという。初の父は藩医滝田道栄の娘であり、実家のある場所からか桜小路小町と呼ばれるほどの娘だったという。初は、伊都子に佐野家に嫁ぐ前には縁組が6件申し込まれていて、椎野は直談判にきたのだとも。
伊都子はその椎野からこの屋敷に住み込む依頼を受けたのである。
そして、不意に椎野吉左衛門が白鷺屋敷に訪れる。奥座敷に女人全員を集め、そこできぬに尋問をする。伊都子は椎野の命令で次の間に控えて、その状況を目撃する。
その後で、きぬは伊都子に告げる。「この白鷺屋敷の女たちは生き抜く戦いをしているのです」と。
その場にいた結は、きぬと伊都子の対話のなかで、こんなことをいう。「叔母上様はわたしがお部屋に遊びに行ったとき、いつも悲しそうな顔をしておられます。時々、泣いておられるのも見ました。でも、皆といるときは決して、そんな顔をみせません」と。それが邪心nない結のとらえた初である。伊都子から見た初は謎めいたところのある女人であり、真の姿を捕らえかねているのだった。
椎野が不意に訪ねてきた三日後の夜に異変が起こる。女中三人が、のどが渇き台所に来たとき、まっ黒の着物をきて烏天狗の面を被った男を見たという。驚いて叫ぼうとした春が土間で男に捕まっていたという。悲鳴をあげると急いで裏口から出て行ったと。
この異変から事態が急激に展開を始めて行く。すべての部屋あらためをするときぬが言い、中庭に向かうと、初の部屋の障子に大きな嘴のある烏天狗の人影がくっきりと映っていたのである。女中たちが悲鳴を上げると同時に部屋の灯りが消えた。
きぬは皆に、「行ってはならぬ。」と厳命し、何も見なかったと心得よと告げる。
伊都子が初の安否を確かめるのは許可し、他の者には部屋に戻れという。きぬは、自分たちに危害を加えることはないと自信ありげに言い切ったのだ。
その人影から、話が一歩踏み込んで行く。伊都子が知らされなかった事実や推測がこの屋敷の女人たちの人間関係の複雑さを明らかにしていくのである。
そして、一日が過ぎる頃、白鷺屋敷で死人が出る。それは三十過ぎと思える男だった。佐野家の家士だった堀内権十郎である。初が座敷で片手に脇差を持っていた。
だが、そこから意外な展開が始まる。
死人が出た後、大坂の適塾で蘭方を学んだ戸川清吾が白鷺屋敷に送り込まれてくる。伊都子の幼馴染みでもあった。戸川も白鷺屋敷に詰めることになる。戸川は小さな黒漆塗りの蓋付の器に入った薬を持ち込む。それに目を留めた伊都子が尋ねると、附子が入っていると言う。戸川は「毒ではあるが薬でもあることは伊都子殿も知っているはずだ」と。だがその薬が何者かにより盗まれるという事件が起こる。
白鷺屋敷の状況はますます混迷していく。
このストーリーのおもしろいところは、このあたりから推理ものの様相を色濃くしていくことにある。そして、その推理に大きな影響を与えて行くのが、初という女性の有り様である。初の言動が事態を複雑にしてきた元凶でもあるが、それは初の本心とは預かり知らぬところで無意識のうちに発生しているともいえる事象がなせる業でもある。その設定が興味深い。
死人がでた烏天狗事件がどういう経緯を経るか。
初の言動が白鷺屋敷の他の女人たちにどういう影響を与えてきているのか。
椎野吉左衛門はこの白鷺屋敷の女人たちをどのような処分でケリをつけたいと目論んでいるのか。
附子を盗まれた戸川はどうなるのか。
幼馴染みであり、大坂の適塾に行った戸川にあこがれを抱いていた伊都子は、白鷺屋敷で身近に戸川を観察し、どういう思いを抱くのか。
了禅が残したこれから生まれてくる者・・・懐妊しているのは誰なのか。それは誰の子なのか。懐妊している者が本当にいるのなら、それは誰で、母子の命はどうなるのか。
女が生きるための戦いだと断言したきぬの戦いがどうなるのか。
そして、この白鷺屋敷で急転回していく事態に医者として、命を守る立場の伊都子がどのように対処していくのか?
この小説、きぬを中軸に女の戦いを描きながら、その背景には武家の男の身勝手さ並びに男の目の問題事象を語っていることにもなっている。
最後に、本書のタイトルは「風のかたみ」である。本文にはこれに該当する言葉は出てこなかったと思う。このストーリーは最後に、初が伊都子宛てに記した手紙を、伊都子が自宅に帰宅したのちに、母の竹から受けとり、その文面を読むという場面で終わる。私には、この初の手紙が、「風のかたみ」を暗喩していると思う。そして、それは文末の一行に照応していくのである。
「ゆっくりと彼方に飛び去る白鷺の幻影を伊都子はいつまでの見続けていた。」
彼方に飛び去る白鷺の幻影が「かぜのかたみ」でもあるのだろう。
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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
===== 葉室 麟 作品 読後印象記一覧 ===== 更新5版(46+4冊)2017.7.26
椎野の用件は、木瀬川近くにある白鷺屋敷と称される屋敷に赴き、そこに住み込み、女人を診てもらいたいということである。二十歳になったばかりの女人の傷の手当てをすること。さらにその屋敷に住む女人たちが自害を図ったおりにはすぐさま手当てをしてほしい。その屋敷に住む女人たちを死なせないためだと言う。もう一つ、懐妊している女人がいるかどうかを確かめ、その結果を知らせてほしいと付け加えた。城下には女医は伊都子しかいないこと、白鷺屋敷は女人だけが住んでいるので、男の医者を住み込ませられないし、2つめの役目の確認もむずかしいからだと椎野は告げる。伊都子は白鷺屋敷に赴くことを承諾せざるを得ない。
この小説は白鷺屋敷の敷地内だけでストーリーが展開する筋立てになっている。
白鷺屋敷は、佐野了禅の所有する屋敷である。その佐野了禅は藩主安見壱岐守保武の一門衆の中で最も力のある人物だった。その佐野了禅が、ひと月ほど前に、藩主の上意として切腹を申しわたされたのである。それに対して、了禅と嫡男の小一郎、次男の千右衛門は、武門の意地を通すまでとして戦う決意を示したのだ。結果的に屋敷を包囲し、門を押し破り屋敷内に雪崩込んだ藩兵と死闘を繰り広げたのだ。誅殺されてしまう。
戦いの途中で了禅はやおら奥屋敷に入ると腹を切った。これを見定めた嫡男の小一郎は屋敷に火を放つ。屋敷の炎上中も戦いは繰り広げられたが、やがて燃え落ちようとする屋敷に小一郎と千右衛門もまた駆け込んだのだ。了禅の遺骸は確認されたが、さらに見つかった6人の亡骸の中に、小一郎と千右衛門に該当するのがどれかは分からない状態で終わったのだ。
この上意討ちを予期していたのか、了禅は佐野家の女人を、白鷺屋敷の方に事前に移らせていたのである。屋敷に居る女人たちがだれかを椎野は伊都子に伝える。
屋敷にいるのは、了禅の妻・きぬ、小一郎の妻・芳江と娘・結、千右衛門の妻・初、女中の春、その、ゆりの計7人である。
いずれ近々白鷺屋敷の女人たちの処分について結論が出る。それまでの務めだと椎野は付け加えた。
上意討ちによる誅殺は、藩の世継ぎ問題が発端だった。藩主安見保武には男子がいない。家老の辻将監は親戚である江戸の旗本から養子を迎えようとしていた。佐野了禅は一門衆から養子をとるべきという考えだったのだ。そして、今の一門衆はすべて家臣だからだめというなら、これから生まれてくるものならばどうかと、家老に迫ったという。つまり、このことが、伊都子に求められた用件の2つめに関係していくことになる。
このストーリー、主人公は伊都子であるが、伊都子はストーリー展開の中で語り部的な役割を担っていく立場となる。白鷺屋敷に住む7人の女人の人間関係を観察しながら、徐々に女人たちに心を動かされていく。
一方、この屋敷に住み込み、女医として椎野に告げられた努めを果たしたならば、伊都子が願い出ていた大坂に出て緒方洪庵の塾で学びたいという願い書を認めてもよいという見返り条件を提示されたのである。
椎野に誰が懐妊したかを突き止めて告げれば、伊都子は女人たちを裏切る立場になる。医者として大坂で学びたいという思いと、医者として女人たちの命を守るという二律背反の立場に投げ込まれる。伊都子の心中の葛藤が織り込まれていく。
伊都子が目付方の椎野の言いつけで、屋敷を訪れると、女中の一人春が玄関の式台に出て来た。客間に通された伊都子は、佐野小一郎の妻芳江とまず面談する。伊都子が目付方から皆の病を診るようにと仰せつかってきたと伝えると、開口一番、芳江は「まことはわたしたちを見張り、薬と称して毒を盛る役目なのではありませんか」と冷ややかに告げる。さらに、「生かせ、とは、わたあしどもにさらに生き恥をさらさせようということなのですね」とすらたたみかけるのだった。
そこに、五、六歳の女の子、芳江の娘・結が現れて、おばあ様が客人を部屋に連れてくるようにと告げる。了禅の妻・きぬに伊都子は面談する。病床にあるきぬは、医者としての伊都子に世話になることへの礼をまず述べるとともに、「ただし、ここで見たり、聞いたりしたことは他言無用に願います。それがあなたのためです」と釘をさした。
そのあと、千右衛門の妻・初に今日のうちに会っておくようにと告げられる。芳江は初と顔を合わせたくないとそっぽを向く。そこで、初の部屋を能く訪れている結が伊都子を導いていく。初は上意討ちの報せが届いたとき、錯乱して思わず懐剣でのどを突いたのだが、まわりの者が気づき助けたのだという。のどを突いたとき、そのまま死ねば良かったという一方で、伊都子が傷跡を見て白い布を巻き直すとき、初がくすりと笑ったのである。そのとき伊都子はなぜかわkらないが妖気がのようなものの漂いを感じ、背筋にひやりとするものを感じたのである。
白鷺屋敷に住み始め、伊都子は徐々にこの屋敷に住む女人の人間関係を知り、理解し始めて行く。病床にあるきぬへの医者としての対応の中で、少しずつ知らされていく。また他の人々との対話から知り得たことが重なって行く。
きぬはまず初のことから語る。初は目付方の椎野との縁談が決まりかけていたところに、了禅が介入して次男・千右衛門の妻にもらい受けたという。初の父は藩医滝田道栄の娘であり、実家のある場所からか桜小路小町と呼ばれるほどの娘だったという。初は、伊都子に佐野家に嫁ぐ前には縁組が6件申し込まれていて、椎野は直談判にきたのだとも。
伊都子はその椎野からこの屋敷に住み込む依頼を受けたのである。
そして、不意に椎野吉左衛門が白鷺屋敷に訪れる。奥座敷に女人全員を集め、そこできぬに尋問をする。伊都子は椎野の命令で次の間に控えて、その状況を目撃する。
その後で、きぬは伊都子に告げる。「この白鷺屋敷の女たちは生き抜く戦いをしているのです」と。
その場にいた結は、きぬと伊都子の対話のなかで、こんなことをいう。「叔母上様はわたしがお部屋に遊びに行ったとき、いつも悲しそうな顔をしておられます。時々、泣いておられるのも見ました。でも、皆といるときは決して、そんな顔をみせません」と。それが邪心nない結のとらえた初である。伊都子から見た初は謎めいたところのある女人であり、真の姿を捕らえかねているのだった。
椎野が不意に訪ねてきた三日後の夜に異変が起こる。女中三人が、のどが渇き台所に来たとき、まっ黒の着物をきて烏天狗の面を被った男を見たという。驚いて叫ぼうとした春が土間で男に捕まっていたという。悲鳴をあげると急いで裏口から出て行ったと。
この異変から事態が急激に展開を始めて行く。すべての部屋あらためをするときぬが言い、中庭に向かうと、初の部屋の障子に大きな嘴のある烏天狗の人影がくっきりと映っていたのである。女中たちが悲鳴を上げると同時に部屋の灯りが消えた。
きぬは皆に、「行ってはならぬ。」と厳命し、何も見なかったと心得よと告げる。
伊都子が初の安否を確かめるのは許可し、他の者には部屋に戻れという。きぬは、自分たちに危害を加えることはないと自信ありげに言い切ったのだ。
その人影から、話が一歩踏み込んで行く。伊都子が知らされなかった事実や推測がこの屋敷の女人たちの人間関係の複雑さを明らかにしていくのである。
そして、一日が過ぎる頃、白鷺屋敷で死人が出る。それは三十過ぎと思える男だった。佐野家の家士だった堀内権十郎である。初が座敷で片手に脇差を持っていた。
だが、そこから意外な展開が始まる。
死人が出た後、大坂の適塾で蘭方を学んだ戸川清吾が白鷺屋敷に送り込まれてくる。伊都子の幼馴染みでもあった。戸川も白鷺屋敷に詰めることになる。戸川は小さな黒漆塗りの蓋付の器に入った薬を持ち込む。それに目を留めた伊都子が尋ねると、附子が入っていると言う。戸川は「毒ではあるが薬でもあることは伊都子殿も知っているはずだ」と。だがその薬が何者かにより盗まれるという事件が起こる。
白鷺屋敷の状況はますます混迷していく。
このストーリーのおもしろいところは、このあたりから推理ものの様相を色濃くしていくことにある。そして、その推理に大きな影響を与えて行くのが、初という女性の有り様である。初の言動が事態を複雑にしてきた元凶でもあるが、それは初の本心とは預かり知らぬところで無意識のうちに発生しているともいえる事象がなせる業でもある。その設定が興味深い。
死人がでた烏天狗事件がどういう経緯を経るか。
初の言動が白鷺屋敷の他の女人たちにどういう影響を与えてきているのか。
椎野吉左衛門はこの白鷺屋敷の女人たちをどのような処分でケリをつけたいと目論んでいるのか。
附子を盗まれた戸川はどうなるのか。
幼馴染みであり、大坂の適塾に行った戸川にあこがれを抱いていた伊都子は、白鷺屋敷で身近に戸川を観察し、どういう思いを抱くのか。
了禅が残したこれから生まれてくる者・・・懐妊しているのは誰なのか。それは誰の子なのか。懐妊している者が本当にいるのなら、それは誰で、母子の命はどうなるのか。
女が生きるための戦いだと断言したきぬの戦いがどうなるのか。
そして、この白鷺屋敷で急転回していく事態に医者として、命を守る立場の伊都子がどのように対処していくのか?
この小説、きぬを中軸に女の戦いを描きながら、その背景には武家の男の身勝手さ並びに男の目の問題事象を語っていることにもなっている。
最後に、本書のタイトルは「風のかたみ」である。本文にはこれに該当する言葉は出てこなかったと思う。このストーリーは最後に、初が伊都子宛てに記した手紙を、伊都子が自宅に帰宅したのちに、母の竹から受けとり、その文面を読むという場面で終わる。私には、この初の手紙が、「風のかたみ」を暗喩していると思う。そして、それは文末の一行に照応していくのである。
「ゆっくりと彼方に飛び去る白鷺の幻影を伊都子はいつまでの見続けていた。」
彼方に飛び去る白鷺の幻影が「かぜのかたみ」でもあるのだろう。
ご一読ありがとうございます。
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こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
===== 葉室 麟 作品 読後印象記一覧 ===== 更新5版(46+4冊)2017.7.26