本書を読み、漫画という言葉のルーツと変遷を初めて知った。漫画に関する領域で初めて知ることが多くて、面白く読めた。著者の説明によれば、以下のことがわかる。
1.文化11年(1814)に『伝神開手 北斎漫画 全』が名古屋で出版されたという。つまり、「漫画」という言葉自体は江戸時代、北斎の時代に遡る。
2.今泉一瓢(1685-1901)がイタリア語の「カリカチュア」の訳語として『時事新報』紙上で使い出した。明治34年(1901)に『一瓢雑話』(誠之堂)を出版し、その中で「漫画」とは「カリカチュア」のことであると、説明しているという。明治23年に『時事新報』に、漫画・寓意漫画という言葉が使われている。
今泉一瓢という名前を私は初めて知った。福澤諭吉の妻の姉・今泉たうの息子だそうである。
3.現在我々が使っている「漫画」という言葉は、昭和初年に使われ出したと著者は言う。
江戸時代に『北斎漫画』という形で、漫画という言葉が使われていた故に、その内容を知っていた今泉一瓢はこの言葉を訳語として利用したのだろうか。著者はその点については何も語っていない。漫画という言葉の出現を語り、訳語に遣われた事実を述べるだけである。
北斎自身は、鳥羽絵、狂画、略筆という言葉を使っているという。そして、”『北斎漫画』の「漫画」は、日常語ではなく、書物のタイトル、作品のタイトルなどに使われる「思いつくままに、とりとめもなく書き記す絵」「スケッチ」といった意味だったと思われる”(p70)と分析している。何気なく親しみ使ってきた「漫画」という言葉の変遷を本書で知った。
また、「漫画語」と鍵括弧つきで、江戸時代にこのジャンルで使われていた言葉を列挙して解説しているところも興味深い。
さらに、『伝神開手 北斎漫画 全』というタイトルにある「伝神開手」という言葉を著者は「画の真髄を学ぶ者の手本」という意味か、と述べている。つまり、絵手本の位置づけで出版された色彩が強いのに対し、欧米人の一般的見方は戯画本だとする。
本書の特徴は、上記のように見方が分かれることや、「漫画語」に様々な言葉が使われてきたことを踏まえて、『北斎漫画』15編の各編の特徴を分析し整理・要約し、全体の構成を解説している点にある。
そして、その分析に関連し、各編からの代表的な絵をふんだんに掲載している。
つまり、『北斎漫画』のエッセンスを手軽に楽しめるところが特徴といえる。著者の説明抜きに、ここの掲載された絵を一通り眺めて行くだけでも、『北斎漫画』の全体像が大凡理解できるしくみになっている。様々なスタイルで北斎が描く絵を眺めるという楽しさが手軽に味わえる。
併せて、『北斎漫画』ができる前史部分を分析し、北斎の漫画が突然に現れたものではなく、北斎の創作に影響を与えた先人たちの戯画本を土台にしている点を整理している。このあたりは、私には殆ど初見といってよい作品名と著者名が並んでいた。せいぜい鳥山石燕と山東京伝の名前ぐらいが知っている程度だった。つまり、先人たちの作品群の影響を踏まえて、北斎が創作を進展させたことがわかる。
江戸中期に戯画を木版画化し大衆向けに商品化するという出版事業が成り立ち、戯画が商品として扱われたところに、現代の漫画文化の淵源があるのだ。日本のマンガもはや300年の歴史があるんだということが理解できた。
北斎が既に『北斎漫画』の中で、絵手本としての絵と併せて、風俗画や諷刺画を描き込み、またコマ枠表現の絵を様々に試みているのがわかる。コマ表現漫画のルーツがちゃんとここにある。「西洋銃にて海魔を打つ」という3コマ漫画が紹介されている(p232)。 また、ビジュアル百科的な側面も兼ね備えていたことが興味深い。11編に所載の「隻穴之短砲(そうけつのたんづつ)」の絵が紹介されている(p199)。北斎が製図のような正確な描線の絵を描いているのを初めて本書で見た。
北斎と同時代の浮世絵が吹き出し手法を利用しているが人物の胸や口、全身から吹き出しが表現されるのに対し、北斎の描く吹き出しは、頭から吹き出しが発するという描き方である。その絵が2例載っている(p220,221)。北斎の合理的な考えが読み取れる。
俵屋宗達筆の「風神雷神図」は有名だが、北斎も「雷と風」と題する絵を3編に載せている(p172,173)。同種の絵だが、表現方法がかなり異なりおもしろい。
最後に、北斎が先人の影響を受けて、それを土台に己の漫画を創作していった一方で、その北斎漫画の影響を受けた江戸・明治の浮世絵師たちが居たという事例を紹介している点もおもしろい。絵師達はやはり互いに相互影響し合いながら、抜きんでるために切磋琢磨していたことがうかがえておもしろい。
北斎の描いた絵、漫画自身に語らせるところがおもしろい。北斎漫画が主、著者の分析・説明は従という構成スタイルである。手軽に北斎漫画自体を楽しみながら読めるところがいい。
ご一読ありがとうございます。
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本書と関連して、ネット検索した事項を一覧にしておきたい。
北斎漫画 :ウィキペディア
北斎漫画 :「近代デジタルライブラリー」
検索結果の所蔵58件のリストのページ。北斎漫画各編ほかにアクセスできます。
北斎漫画 YouTube
Hokusa Hokusai Manga 北斎漫画 YouTube
北斎漫画 YouTube
葛飾北斎 肉筆画集 YouTube
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
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1.文化11年(1814)に『伝神開手 北斎漫画 全』が名古屋で出版されたという。つまり、「漫画」という言葉自体は江戸時代、北斎の時代に遡る。
2.今泉一瓢(1685-1901)がイタリア語の「カリカチュア」の訳語として『時事新報』紙上で使い出した。明治34年(1901)に『一瓢雑話』(誠之堂)を出版し、その中で「漫画」とは「カリカチュア」のことであると、説明しているという。明治23年に『時事新報』に、漫画・寓意漫画という言葉が使われている。
今泉一瓢という名前を私は初めて知った。福澤諭吉の妻の姉・今泉たうの息子だそうである。
3.現在我々が使っている「漫画」という言葉は、昭和初年に使われ出したと著者は言う。
江戸時代に『北斎漫画』という形で、漫画という言葉が使われていた故に、その内容を知っていた今泉一瓢はこの言葉を訳語として利用したのだろうか。著者はその点については何も語っていない。漫画という言葉の出現を語り、訳語に遣われた事実を述べるだけである。
北斎自身は、鳥羽絵、狂画、略筆という言葉を使っているという。そして、”『北斎漫画』の「漫画」は、日常語ではなく、書物のタイトル、作品のタイトルなどに使われる「思いつくままに、とりとめもなく書き記す絵」「スケッチ」といった意味だったと思われる”(p70)と分析している。何気なく親しみ使ってきた「漫画」という言葉の変遷を本書で知った。
また、「漫画語」と鍵括弧つきで、江戸時代にこのジャンルで使われていた言葉を列挙して解説しているところも興味深い。
さらに、『伝神開手 北斎漫画 全』というタイトルにある「伝神開手」という言葉を著者は「画の真髄を学ぶ者の手本」という意味か、と述べている。つまり、絵手本の位置づけで出版された色彩が強いのに対し、欧米人の一般的見方は戯画本だとする。
本書の特徴は、上記のように見方が分かれることや、「漫画語」に様々な言葉が使われてきたことを踏まえて、『北斎漫画』15編の各編の特徴を分析し整理・要約し、全体の構成を解説している点にある。
そして、その分析に関連し、各編からの代表的な絵をふんだんに掲載している。
つまり、『北斎漫画』のエッセンスを手軽に楽しめるところが特徴といえる。著者の説明抜きに、ここの掲載された絵を一通り眺めて行くだけでも、『北斎漫画』の全体像が大凡理解できるしくみになっている。様々なスタイルで北斎が描く絵を眺めるという楽しさが手軽に味わえる。
併せて、『北斎漫画』ができる前史部分を分析し、北斎の漫画が突然に現れたものではなく、北斎の創作に影響を与えた先人たちの戯画本を土台にしている点を整理している。このあたりは、私には殆ど初見といってよい作品名と著者名が並んでいた。せいぜい鳥山石燕と山東京伝の名前ぐらいが知っている程度だった。つまり、先人たちの作品群の影響を踏まえて、北斎が創作を進展させたことがわかる。
江戸中期に戯画を木版画化し大衆向けに商品化するという出版事業が成り立ち、戯画が商品として扱われたところに、現代の漫画文化の淵源があるのだ。日本のマンガもはや300年の歴史があるんだということが理解できた。
北斎が既に『北斎漫画』の中で、絵手本としての絵と併せて、風俗画や諷刺画を描き込み、またコマ枠表現の絵を様々に試みているのがわかる。コマ表現漫画のルーツがちゃんとここにある。「西洋銃にて海魔を打つ」という3コマ漫画が紹介されている(p232)。 また、ビジュアル百科的な側面も兼ね備えていたことが興味深い。11編に所載の「隻穴之短砲(そうけつのたんづつ)」の絵が紹介されている(p199)。北斎が製図のような正確な描線の絵を描いているのを初めて本書で見た。
北斎と同時代の浮世絵が吹き出し手法を利用しているが人物の胸や口、全身から吹き出しが表現されるのに対し、北斎の描く吹き出しは、頭から吹き出しが発するという描き方である。その絵が2例載っている(p220,221)。北斎の合理的な考えが読み取れる。
俵屋宗達筆の「風神雷神図」は有名だが、北斎も「雷と風」と題する絵を3編に載せている(p172,173)。同種の絵だが、表現方法がかなり異なりおもしろい。
最後に、北斎が先人の影響を受けて、それを土台に己の漫画を創作していった一方で、その北斎漫画の影響を受けた江戸・明治の浮世絵師たちが居たという事例を紹介している点もおもしろい。絵師達はやはり互いに相互影響し合いながら、抜きんでるために切磋琢磨していたことがうかがえておもしろい。
北斎の描いた絵、漫画自身に語らせるところがおもしろい。北斎漫画が主、著者の分析・説明は従という構成スタイルである。手軽に北斎漫画自体を楽しみながら読めるところがいい。
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