「○○的にあり得ない」というタイトルスタイルで、2012年から2016年に「メフィスト」に掲載された短編連作推理小説を集成したのが本書である。2017年2月に第1刷が発行された。
○○的に該当する言葉は、「確率的、合理的、戦術的、心情的、心理的」である。つまり5編の連作短編が収録されていて、本書のタイトルはその第2作目に由来する。
タイトルに記されている上水流涼子(かみづるりょうこ)が主人公であり、彼女の助手として貴山(たかやま)伸彦が登場する。
上水流涼子は東京都新宿区の雑居ビル内に事務所を置き、「上水流エージェンシー」を運営している。定款上は興信所の扱いである。だが、顧客は表に出せない相談事を依頼してくる。依頼内容を聞き納得すれば、殺しと傷害以外は何でも引き受けて案件を解明する。それが現在の上水流涼子の仕事だ。顧客の大半は富裕層。上水流は一流弁護士並の依頼料を受け取っている。
父親の代からある企業の顧問弁護士となり、引きつづき涼子もその仕事を受託していたが、ある事件により上水流は弁護士資格を剥奪された。執行猶予付の判決確定後に、それが罠に嵌められた結果だったことを、自分で調べて解明する。嵌められて弁護士資格を剥奪されたことについて、その首謀者に上水流は敵愾心・復讐心を抱いている。
上水流は身につけた法律知識を武器にして、時には法規制のグレーゾーンに一歩足を踏み入れてでも、受託案件の解明行動に出る。上水流は「上水流エージェンシー」のことをPRしない。広告により仕事を請けるという方針はない。事務所を開いて以来、案件を解明されて満足した顧客層のネットワークに関わった人、つまり過去の顧客という紹介者がいる依頼人だけを相手にしている。いわばグレーな仕事請負人的存在である。
助手の貴山は上水流にとっては特異な人物である。なぜか? 上水流が嵌められた事件の関係者の一人だった。その貴山があっさりと上水流の助手に自ら望んで納まったのである。東大卒で自己申告ではIQは140を越えるレベル。ITリテラシーに優れ、情報収集や調査もすばやい。学生時代は役者をめざしていたらしいが、卒業後はなんでも引き受けるきわどい仕事を生業としてきたという。
上水流と貴山が、顧客の依頼である表に出せない相談事を、どういうアプローチで、いかに手際よく、鮮やかに解決に導くか、問題解決のための発想とそのトリッキーな、あるいはクールなやり方、意外性が読ませどころとなる。
連作短編の各編について、テーマやその面白さをネタばれにならない範囲で少しご紹介しておこう。
<確率的にあり得ない>
藤請建設の社長で二代目経営者本藤仁志は経営コンサルタントと自称する高円寺裕也を行きつけのクラブのママに紹介される。高円寺には特別な予言力があるという。それを胡散臭いと決めつけた本藤は、高円寺を自宅に呼び、その化けの皮を剥がそうとするが、逆に彼の予言力を見せつけられて、虜になってしまう。二代目は自分で意思決定のできない人物。これまでは母親に相談していた。経営判断の必要な案件について、本藤のとるべき選択肢が何かを高円寺に幾度か相談するようになった。高円寺の助言はその都度的中した。そして本藤は高円寺総研を会社の正式な経営コンサルタント会社として契約する決意に至る。その結果、高円寺の要求に従い、2年間の契約料5000万円を小切手で先払いしようとする。
その時、その場に、貿易を手掛ける中国企業・神華コーポレーションの社長秘書・国分美紗と名乗る女性が、社長・楊とともに現れる。たまたま近くにいて、高円寺の予知能力が高いということが耳に入ったので、頼み事があるという。本藤は高円寺の能力を吹聴し、その場に割り込んできた二人の頼み事の成り行きを受け入れる。本藤はその展開の意外性に驚き、己の弱点を指摘される羽目になる。
<合理的にあり得ない>
還暦を迎えた神崎恭一郎は、バブルの絶頂期に地上げや不動産取引で多額の資産を得、不動産投機で膨らまし、引き際がよかったので3億近い金を儲けた。それを手堅い資産運用に回すことで、今は悠々自適の生活をしている。
だが、家庭には問題がある。一人息子の克哉は都内の高校に合格し、入学式から1週間で学校に行かなくなり、引きこもりとなり、それが悪化してきている。一方、35歳の時に一目惚れして結婚した妻の朱美の最近の行動がどこかおかしいのだ。
そんな折り、資産を預けている信託銀行の一つの担当者から電話が入る。妻の朱美がこの2ヵ月位の間に、口座から2000万円近くを引き出しているという。自分に内緒で引き出していることに怒りを感じた恭一郎は、朱美が帰宅すると、2000万円の使途を問い詰める。朱美の話を聞き、それは詐欺だと恭一郎は断じる。古くから使ってきた興信所に調査をさせる。その報告書には、朱美が先生と呼んでいた綾小路緋美子は、本名が上水流涼子と記されていた。
恭一郎はホテルのロビーで、上水流涼子と対峙する。涼子が恭一郎に告げたのは、「松下昭二、という名前にお覚えはありませんか」ということだった。
上水流涼子は、ある顧客から依頼を受けた。そして、綾小路緋美子として朱美との関係を作ったのだ。涼子は恭一郎と会うことになった時点で、改めて朱美と会い、朱美から恭一郎に渡す白い封筒を預かる結果となる。
<戦術的にあり得ない>
上水流エージェンシーの名前や電話番号は表に出ていないのに、何故か関東幸甚一家という暴力団から電話が入る。総長が依頼したいことがあるという。
事務所にその総長・日野昭治が数名の手下を連れて現れる。日野は山梨に本拠を置く関東幸甚一家の五代目総長で、指定暴力団である本家関口組の理事長補佐でもあるという大物。その日野の趣味は将棋であり、実力はアマチュア4段クラスだという。同じ関口組の二次団体であり、長野に本拠地を置く横山一家の三代目総長・財前満が2年前に、日野に将棋の勝負を申し込んできたという。それ以来、この夏までの1年半で十局指して五勝五敗で拮抗。だが、この夏を境に財前に三連敗。財前が見違えるほど上達したのか?どこかに不正があるからなのか?日野なりに調べてみたものの全く検討がつかないという。
日野は次の財前との対局を最後にしたいと思っている。今までの一局の賭け金は3000万、次回は1億だという。最後の大勝負をどんな手を使っても勝たせろというのが依頼だった。対局の場所はいつも同じ。天童市にあるホテルでプロのタイトル戦が行われる場所である。今までも対戦会場の竜昇の間に入るときには、厳格なチェックが行われ、会場も厳しく管理され、対局の様子は映像に記録されているという。
貴山は東大将棋部で主将を務めた実績があり、アマチュア5段だった。貴山は、財前が急激に腕を上げたという裏にはコンピュータ将棋を利用した不正をしているのではないかと目を付ける。過去の二人の対局の棋譜を取り寄せ、徹底分析をすることから、始めて行く。不正のやり口を解明でき、さらに日野を必勝させる妙手があるのか?
<心情的にあり得ない>
上水流エージェンシー事務所の電話が鳴る。電話と取った貴山は二言三言相手と話し、依頼を拒絶する。再び電話が鳴ったとき、涼子の方が先に電話を取る。相手は諌間敬介だった。上水流涼子を罠に嵌め、弁護士資格剥奪という結果に追いやった首謀者である。その諌間が涼子に極秘に依頼したいことがあるという。涼子を嵌めた首謀者が、依頼を頼めるのは君しかいないと弱音を吐く。涼子は会ってみることにした。
依頼内容は、孫娘で綾目女子大学二年生の諌間久美を捜してほしいということである。家出の原因は合コンの席で出会った男にあったようだ。長男夫婦が興信所を使い久美の身辺を調査させた結果、広瀬智哉25歳とわかる。自称、不動産ブローカー、実際はホストあがありで何人もの女に金を貢がせて暮らしているヒモだった。長男は久美との手切れ金を準備し、広瀬に渡していた。その後広瀬はぷっつりと姿を消した。が、自分の身辺を調べた両親を責めた久美は家出して行方不明となった。そのことを諌間敬介は3日前に長男から聞かされたというのだ。なぜ涼子に依頼するのか? 諌間は、涼子は信用できるということと、自分には、守らなければいけないものがあるからだという。「諌間久美を捜し出し親元に帰す」ことが依頼事項だという。
この短編のおもしろいところは2つある。1つは、サイドストーリーとして、涼子が諌間に嵌められた経緯が明らかになり、併せて貴山がどういう関わりであったか、なぜ涼子の事務所に勤めることになったかが解明されることにある。2つめは、依頼事項を解決することが、涼子の遺恨をはらす機会にもなるというところにある。
<心理的にありえない>
桜井由梨の父は、銀行に5000万円の負債を残して自殺した。その前日、娘の由梨に電話をかけてきて、騙されたというひと言を残していた。父が残したのは1冊の手帳と腕時計1つ。その手帳には暗号のようなメモが書き込まれていた。由梨は、ひと月ほど前に立ち寄ったカフェで手に取ったトレンド情報誌を見ていて、手帳のメモが野球賭博に関係していることに気づいたのである。手帳の最初ページに携帯番号が記されていて、横に漢字で「予土屋」とある。由梨はこの携帯電話番号に公衆電話から掛けて、予土屋と名乗る男が出たことだけは確かめた。
由梨は来月の末に、父の3回忌を迎えるという。由梨の依頼は、父が騙されて借金し自殺した無念をはらしたいということだった。涼子は依頼を引き受ける。
この短編、ストーリーの全体構成がおもしろい。それは読んでのお楽しみというところ。
違法な野球賭博がどのような仕組みで行われているのかの状況がわかる点も興味深いところである。
上水流涼子と貴山の活躍する第2作が出ることを期待したい。
ご一読ありがとうございます。
徒然に読んできた著者の作品の中で印象記を以下のものについて書いています。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『蟻の菜園 -アント・ガーデン-』 宝島社
『朽ちないサクラ』 徳間書店
『孤狼の血』 角川書店
『あしたの君へ』 文藝春秋
『パレートの誤算』 祥伝社
『慈雨』 集英社
『ウツボカズラの甘い息』 幻冬舎
『検事の死命』 宝島社
『検事の本懐』 宝島社
○○的に該当する言葉は、「確率的、合理的、戦術的、心情的、心理的」である。つまり5編の連作短編が収録されていて、本書のタイトルはその第2作目に由来する。
タイトルに記されている上水流涼子(かみづるりょうこ)が主人公であり、彼女の助手として貴山(たかやま)伸彦が登場する。
上水流涼子は東京都新宿区の雑居ビル内に事務所を置き、「上水流エージェンシー」を運営している。定款上は興信所の扱いである。だが、顧客は表に出せない相談事を依頼してくる。依頼内容を聞き納得すれば、殺しと傷害以外は何でも引き受けて案件を解明する。それが現在の上水流涼子の仕事だ。顧客の大半は富裕層。上水流は一流弁護士並の依頼料を受け取っている。
父親の代からある企業の顧問弁護士となり、引きつづき涼子もその仕事を受託していたが、ある事件により上水流は弁護士資格を剥奪された。執行猶予付の判決確定後に、それが罠に嵌められた結果だったことを、自分で調べて解明する。嵌められて弁護士資格を剥奪されたことについて、その首謀者に上水流は敵愾心・復讐心を抱いている。
上水流は身につけた法律知識を武器にして、時には法規制のグレーゾーンに一歩足を踏み入れてでも、受託案件の解明行動に出る。上水流は「上水流エージェンシー」のことをPRしない。広告により仕事を請けるという方針はない。事務所を開いて以来、案件を解明されて満足した顧客層のネットワークに関わった人、つまり過去の顧客という紹介者がいる依頼人だけを相手にしている。いわばグレーな仕事請負人的存在である。
助手の貴山は上水流にとっては特異な人物である。なぜか? 上水流が嵌められた事件の関係者の一人だった。その貴山があっさりと上水流の助手に自ら望んで納まったのである。東大卒で自己申告ではIQは140を越えるレベル。ITリテラシーに優れ、情報収集や調査もすばやい。学生時代は役者をめざしていたらしいが、卒業後はなんでも引き受けるきわどい仕事を生業としてきたという。
上水流と貴山が、顧客の依頼である表に出せない相談事を、どういうアプローチで、いかに手際よく、鮮やかに解決に導くか、問題解決のための発想とそのトリッキーな、あるいはクールなやり方、意外性が読ませどころとなる。
連作短編の各編について、テーマやその面白さをネタばれにならない範囲で少しご紹介しておこう。
<確率的にあり得ない>
藤請建設の社長で二代目経営者本藤仁志は経営コンサルタントと自称する高円寺裕也を行きつけのクラブのママに紹介される。高円寺には特別な予言力があるという。それを胡散臭いと決めつけた本藤は、高円寺を自宅に呼び、その化けの皮を剥がそうとするが、逆に彼の予言力を見せつけられて、虜になってしまう。二代目は自分で意思決定のできない人物。これまでは母親に相談していた。経営判断の必要な案件について、本藤のとるべき選択肢が何かを高円寺に幾度か相談するようになった。高円寺の助言はその都度的中した。そして本藤は高円寺総研を会社の正式な経営コンサルタント会社として契約する決意に至る。その結果、高円寺の要求に従い、2年間の契約料5000万円を小切手で先払いしようとする。
その時、その場に、貿易を手掛ける中国企業・神華コーポレーションの社長秘書・国分美紗と名乗る女性が、社長・楊とともに現れる。たまたま近くにいて、高円寺の予知能力が高いということが耳に入ったので、頼み事があるという。本藤は高円寺の能力を吹聴し、その場に割り込んできた二人の頼み事の成り行きを受け入れる。本藤はその展開の意外性に驚き、己の弱点を指摘される羽目になる。
<合理的にあり得ない>
還暦を迎えた神崎恭一郎は、バブルの絶頂期に地上げや不動産取引で多額の資産を得、不動産投機で膨らまし、引き際がよかったので3億近い金を儲けた。それを手堅い資産運用に回すことで、今は悠々自適の生活をしている。
だが、家庭には問題がある。一人息子の克哉は都内の高校に合格し、入学式から1週間で学校に行かなくなり、引きこもりとなり、それが悪化してきている。一方、35歳の時に一目惚れして結婚した妻の朱美の最近の行動がどこかおかしいのだ。
そんな折り、資産を預けている信託銀行の一つの担当者から電話が入る。妻の朱美がこの2ヵ月位の間に、口座から2000万円近くを引き出しているという。自分に内緒で引き出していることに怒りを感じた恭一郎は、朱美が帰宅すると、2000万円の使途を問い詰める。朱美の話を聞き、それは詐欺だと恭一郎は断じる。古くから使ってきた興信所に調査をさせる。その報告書には、朱美が先生と呼んでいた綾小路緋美子は、本名が上水流涼子と記されていた。
恭一郎はホテルのロビーで、上水流涼子と対峙する。涼子が恭一郎に告げたのは、「松下昭二、という名前にお覚えはありませんか」ということだった。
上水流涼子は、ある顧客から依頼を受けた。そして、綾小路緋美子として朱美との関係を作ったのだ。涼子は恭一郎と会うことになった時点で、改めて朱美と会い、朱美から恭一郎に渡す白い封筒を預かる結果となる。
<戦術的にあり得ない>
上水流エージェンシーの名前や電話番号は表に出ていないのに、何故か関東幸甚一家という暴力団から電話が入る。総長が依頼したいことがあるという。
事務所にその総長・日野昭治が数名の手下を連れて現れる。日野は山梨に本拠を置く関東幸甚一家の五代目総長で、指定暴力団である本家関口組の理事長補佐でもあるという大物。その日野の趣味は将棋であり、実力はアマチュア4段クラスだという。同じ関口組の二次団体であり、長野に本拠地を置く横山一家の三代目総長・財前満が2年前に、日野に将棋の勝負を申し込んできたという。それ以来、この夏までの1年半で十局指して五勝五敗で拮抗。だが、この夏を境に財前に三連敗。財前が見違えるほど上達したのか?どこかに不正があるからなのか?日野なりに調べてみたものの全く検討がつかないという。
日野は次の財前との対局を最後にしたいと思っている。今までの一局の賭け金は3000万、次回は1億だという。最後の大勝負をどんな手を使っても勝たせろというのが依頼だった。対局の場所はいつも同じ。天童市にあるホテルでプロのタイトル戦が行われる場所である。今までも対戦会場の竜昇の間に入るときには、厳格なチェックが行われ、会場も厳しく管理され、対局の様子は映像に記録されているという。
貴山は東大将棋部で主将を務めた実績があり、アマチュア5段だった。貴山は、財前が急激に腕を上げたという裏にはコンピュータ将棋を利用した不正をしているのではないかと目を付ける。過去の二人の対局の棋譜を取り寄せ、徹底分析をすることから、始めて行く。不正のやり口を解明でき、さらに日野を必勝させる妙手があるのか?
<心情的にあり得ない>
上水流エージェンシー事務所の電話が鳴る。電話と取った貴山は二言三言相手と話し、依頼を拒絶する。再び電話が鳴ったとき、涼子の方が先に電話を取る。相手は諌間敬介だった。上水流涼子を罠に嵌め、弁護士資格剥奪という結果に追いやった首謀者である。その諌間が涼子に極秘に依頼したいことがあるという。涼子を嵌めた首謀者が、依頼を頼めるのは君しかいないと弱音を吐く。涼子は会ってみることにした。
依頼内容は、孫娘で綾目女子大学二年生の諌間久美を捜してほしいということである。家出の原因は合コンの席で出会った男にあったようだ。長男夫婦が興信所を使い久美の身辺を調査させた結果、広瀬智哉25歳とわかる。自称、不動産ブローカー、実際はホストあがありで何人もの女に金を貢がせて暮らしているヒモだった。長男は久美との手切れ金を準備し、広瀬に渡していた。その後広瀬はぷっつりと姿を消した。が、自分の身辺を調べた両親を責めた久美は家出して行方不明となった。そのことを諌間敬介は3日前に長男から聞かされたというのだ。なぜ涼子に依頼するのか? 諌間は、涼子は信用できるということと、自分には、守らなければいけないものがあるからだという。「諌間久美を捜し出し親元に帰す」ことが依頼事項だという。
この短編のおもしろいところは2つある。1つは、サイドストーリーとして、涼子が諌間に嵌められた経緯が明らかになり、併せて貴山がどういう関わりであったか、なぜ涼子の事務所に勤めることになったかが解明されることにある。2つめは、依頼事項を解決することが、涼子の遺恨をはらす機会にもなるというところにある。
<心理的にありえない>
桜井由梨の父は、銀行に5000万円の負債を残して自殺した。その前日、娘の由梨に電話をかけてきて、騙されたというひと言を残していた。父が残したのは1冊の手帳と腕時計1つ。その手帳には暗号のようなメモが書き込まれていた。由梨は、ひと月ほど前に立ち寄ったカフェで手に取ったトレンド情報誌を見ていて、手帳のメモが野球賭博に関係していることに気づいたのである。手帳の最初ページに携帯番号が記されていて、横に漢字で「予土屋」とある。由梨はこの携帯電話番号に公衆電話から掛けて、予土屋と名乗る男が出たことだけは確かめた。
由梨は来月の末に、父の3回忌を迎えるという。由梨の依頼は、父が騙されて借金し自殺した無念をはらしたいということだった。涼子は依頼を引き受ける。
この短編、ストーリーの全体構成がおもしろい。それは読んでのお楽しみというところ。
違法な野球賭博がどのような仕組みで行われているのかの状況がわかる点も興味深いところである。
上水流涼子と貴山の活躍する第2作が出ることを期待したい。
ご一読ありがとうございます。
徒然に読んできた著者の作品の中で印象記を以下のものについて書いています。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『蟻の菜園 -アント・ガーデン-』 宝島社
『朽ちないサクラ』 徳間書店
『孤狼の血』 角川書店
『あしたの君へ』 文藝春秋
『パレートの誤算』 祥伝社
『慈雨』 集英社
『ウツボカズラの甘い息』 幻冬舎
『検事の死命』 宝島社
『検事の本懐』 宝島社