奥書を読むと、「小説 野生時代」の2016年4月号~2017年1月号に連載され、著者が逝去した翌年となる2018年5月に単行本として発行されたことがわかる。遅咲きの作家が晩年に書き終えた数冊の小説の中の一冊である。
5年前に城下で起きた「お狐火事」を大きな原因として、扇野藩の財政が破綻寸前となる。この時代小説は、藩財政の建て直しにまつわる藩内の確執を経て、建て直しの方策を確立するまでの物語である。
藩内の財政建て直しについての構図は常套的図式から始まる。城下の有力商人と結託する筆頭家老と次席家老らの思惑と、藩主千賀谷定家に抜擢され藩政改革を推進する檜弥八郎の考えとの間での確執である。弥八郎はもと30石の軽格だが、才腕を振るい郡代にまで昇り、700石の身分となっていた。その力量を認め藩主定家が弥八郎を中老に登用し藩政改革に当たらせる。弥八郎は藩の倹約をはじめとして、様々な方策を推し進め、年貢の取り立てを厳しくし、専売制を敷く方策をとった。その結果、農民の収入源、逃散が出るようになる。弥八郎は改革の実績を上げるために、大坂に出張し2万両の借り入れを図った。だが、弥八郎の藩政改革は藩内の人々に「黒縄地獄」と呼ばれるようになる。
そして、弥八郎は金子10両の賄を受け取ったという罪状を、筆頭家老・次席家老の一党に作り上げられて、失脚する。6人の執政による評定結果を藩主定家は承諾する。その結果、弥八郎は切腹を命じられ、見事に切腹して果てる。
弥八郎は執政とのやり取りと切腹に臨む際に、いくつかの謎めいた発言をしている。
「改革を妨げるのは、これまでの執政である。執政の首を切らずに改革は成し遂げられぬ。そのことをあの者に伝えてやりたいものでござる」
「ご安心あれ、それがしのかような始末を知れば、あの者も身を挺して改革を行おうとはしますまい。その方があの者にとっても幸せと申すものでござる」
「もはや、この世をおさらばするかと思えば、何やら気が晴れるばかりでござる」
なぜ現在の執政を解任する必然性があるのか? 弥八郎の失脚後、藩の破綻を面前にしたとき弥八郎を継ぐのは・・・と弥八郎は思いを巡らしあの者であろうかと想定したのだが、「あの者」とは誰をさすのか? なぜ、切腹にあたり、弥八郎は「何やら気が晴れるばかり」とつぶやいたのか?
これらの「なぜ」が、このストーリー展開の根底に横たわっていく。弥八郎の藩政改革が人々から黒縄地獄と呼ばれたことが基盤となって、藩政改革の第二段階に入る。それは、藩主定家が世子仲家に家督を讓ることから動き始める。それまで江戸屋敷住まいだった仲家は帰国すると親政を行いたいという意思を持っている。
弥八郎には、慶之助という息子がいたが、伶俐な性格の慶之助は父のやり方に批判的であり、そりが合わず、江戸に遊学していた。そして世子仲家からその力量を見込まれるようになっていた。仲家は家督を継ぎ藩主になれば、慶之助を側近として使い、自ら藩政改革を推しすすめる肚があったのである。弥八郎が切腹した後、檜家は家名存続を憚り慶之助の家督相続をしていないので、敬之助は形式的には部屋住み身分だった。そして、仲家の近習のようにして仕えながら、慶之助は己の思い描いた藩政改革案を仲家に「夢の名残 御救方仕組書」として提出していた。
弥八郎が切腹を命じられたとき、弥八郎の妻は既に病没しており、国許には13歳の娘那美だけが残された。那美は藩の指示として親戚預けとなるのだが、檜の親戚中で最も貧しい矢吹主馬に預けよというものだった。矢吹主馬は郡方25石という軽格であり、25歳で独身だった。親戚の老人は、主馬は偏屈な変わり者で将来の出世も覚束ない者とみていて、那美にそう告げたのである。那美は軽格で独身者の変わり者の家に預けられることを覚悟せざるを得なくなる。
弥八郎は郡代だったとき、主馬は村々を回るときの伴をしてきた。その主馬は部屋住みの頃に、藩の改革について建白書を作成し提出していたのである。それを真っ先に読んだのが弥八郎であるが、弥八郎は己の裁量でその建白書を封じ、お蔵入りにしてしまった。
主馬は郡方に回され、弥八郎から、村廻りをして、30年前の飢饉の記録について調べるようにと指示を受ける。この飢饉には、「白骨おろし」という呼び名が付けられていた。だが村人は誰も「白骨おろし」の意味を語ろうとはしなかった。そこに、大きな謎が含まれていた。調べて行く過程で主馬はその意味を理解しはじめる。そして弥八郎が若き時代に白骨おろしとの接点を持っていた事実が明らかになってくる。
この矢吹主馬が、藩情勢の紆余曲折を経て、仲家が藩主として帰国すると、藩政改革の矢面に立って行動しなければならない立場に追い込まれていく。ここから本格的にストーリーが展開していくことになる。
このストーリーを起承転結の観点からみると、大凡次の展開と言えよう。
起:財政の破綻寸前に弥八郎が藩政改革を断行するが、失脚し切腹するまで。
それは扇野藩の藩状況の実態説明であり与件となる。弥八郎の意図の謎の提示。
承:弥八郎を継ぐ者を選ぶ上で、藩内政治環境の変化要因を明らかにする。
主導権を握ろうとするそれぞれの事情を明らかにしていく。対立図式の明確化。
主馬がかつて構想した建白書と慶之助の「夢の名残り」の内容は如何なるものか。
転:矢吹主馬が対立する双方の思惑を背景に、藩政改革の主導者に抜擢される。
筆頭家老ら一党の思惑、藩主仲家と慶之助の親政の思惑、弥八郎の遺志の三つ巴。
抜擢された主馬が、己の意思で藩政改革を進めるために障壁を越える闘いを描く。
例えば、商人側は主馬を色仕掛けで自分たちの仲間に引きずり込もうとする。
一方、筆頭家老は、慶之助を腰砕けにする弱みとなる秘密を握っていると言う。
結:主馬が藩政改革として、藩札発行という構想を実現する苦闘のプロセスを描く。
この「転・結」の展開プロセスが読ませどころとなる。
この小説のおもしろみはいくつかある。
*常套的な悪の枠組みを下敷きにしていること。身分制重視の家格に胡座をかき、藩の財政窮状の中にあって、藩内有力商人と結託し、私腹優先で動く筆頭家老をはじめとする輩の登場。藩内の有力商人が資金的には大坂の商人の傀儡になっている。このあたり、貨幣経済の浸透と商人の台頭が背景要因となる。商人が金の力で小藩を陰で乗っ取ろうと画策するところがおもしろい。
*身分制度を重視する幕藩体制にあって、その一方で扇野藩には藩主二代にわたり、能力のある軽格の家臣でも、抜擢して藩政改革を担当させるという気風があるという設定がおもしろい。
*軽格の矢吹主馬が藩政改革の主導者に抜擢される。その主馬は身分制に縛られず、胆力と信念を備えた若者として描き、活躍させていくストーリー展開がおもしろい。
主馬は家格と職位の高い執政達の身分に敬意を払うしぐさをとりつつ、適度にあしらい、言質を与えずに、己の信念・考えを遂行するという行動力を発揮していく。主馬と執政たちとのやり取りがおもしろく描かれて行く。
*矢吹主馬は、抜擢されるにあたり、預かっていた弥八郎の娘・那美と結婚し、家督が継がれていなかった檜家を継承していく立場になる。主馬と那美の関係がおもしろい。
このストーリーの展開の中で、実に興味深い夫婦愛の関わり方が紡ぎ出されていく。
主馬と那美との祝言の話が出たあとに、主馬が那美に次のことを告げるとことから始まるのだから。
「主馬は祝言をあげることがさほどにお嫌なのでございますか」
「いや、そうではない。ただ、わたしが檜弥八郎様の跡を継げば、やらなければならないことがある。そうなると、安穏な道は歩けまい。それゆえ、那美と真の夫婦になるわけにはいかぬ。祝言はあげても、他人のままでいるしかないのだ」(p80)
*藩札発行という仕組みの一端がわかるという点が興味深い。また、藩札発行の準備プロセスで、藩内の有力商人を陰で牛耳っている悪逆な大坂商人の枡屋喜右衛門が、主馬の面前に登場する。その時に主馬が、喜右衛門に「おのれ、悪逆非道な-」と思わず叫ばせることになる展開もおもしろい。
この小説、藩政改革をテーマにしている。弥八郎の藩政改革を、結果的に主馬が引き継ぐことになる。それは弥八郎が見聞・体験した30年前の「白骨おろし」に回帰していく。さらに、弥八郎の信念「わしは藩札を発行するために最も大切なことは御家への信だと申した」に帰着する。「信」とは何か、をこのストーリーは問うている。
主馬が弥八郎と同じ道を歩む決意する。そして主馬が那美に語る言葉の中に、「嵐の吹き荒ぶ坂を上っていくようなものだが」という一節がでてくる(p93)。本書のタイトルは、ここに由来するように思う。吹き荒ぶ嵐の坂を上りきり、嵐が鎮まれば、その先には青々とした空が輝きを取り戻す。そんなイメージだろうか。
最後に、著者が主馬に語らせたことから2つ引用しておきたい。
「政を行うということは、いつでも腹を切る覚悟ができているということだ。そうでなければ何もできぬ」(p230)
「政は民の信頼があってこそ成り立つのだ。武士と百姓、町人が力を合わせなければ藩政の改革などできぬ」(p270)
この2つを著者は主馬に語らせている。この言は主馬を介して、著者が現在の政治家や行政を司る高級官僚に対して、シニカルに問いかけている言葉とも受け止められる。この小説で言えば、扇野藩の筆頭家老や次席家老という輩と同列に堕してはいないか、という問いかけである。
この小説の「白骨おろし」というキーワードは、アナロジーとして、少なくともこの30年間の平成時代に発生した事象と重ねてみることができるように思えてならない。
ご一読ありがとうございます。
本書を読み、関心が湧いた事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
藩札 :「コトバンク」
藩札 :ウィキペディア
藩札研究史覚書き 村田隆三氏
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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『随筆集 柚子は九年で』 文春文庫
『天翔ける』 角川書店
『雨と詩人と落花と』 徳間書店
『古都再見』 新潮社
『河のほとりで』 文春文庫
『玄鳥さりて』 新潮社
『津軽双花』 講談社
『草雲雀』 実業之日本社
『日本人の肖像』 聞き手・矢部明洋 講談社
『草笛物語』 祥伝社
『墨龍賦』 PHP
『大獄 西郷青嵐賦』 文藝春秋
『嵯峨野花譜』 文藝春秋
『潮騒はるか』 幻冬舎
『風のかたみ』 朝日新聞出版
===== 葉室 麟 作品 読後印象記一覧 ===== 更新5版(46+4冊)2017.7.26
5年前に城下で起きた「お狐火事」を大きな原因として、扇野藩の財政が破綻寸前となる。この時代小説は、藩財政の建て直しにまつわる藩内の確執を経て、建て直しの方策を確立するまでの物語である。
藩内の財政建て直しについての構図は常套的図式から始まる。城下の有力商人と結託する筆頭家老と次席家老らの思惑と、藩主千賀谷定家に抜擢され藩政改革を推進する檜弥八郎の考えとの間での確執である。弥八郎はもと30石の軽格だが、才腕を振るい郡代にまで昇り、700石の身分となっていた。その力量を認め藩主定家が弥八郎を中老に登用し藩政改革に当たらせる。弥八郎は藩の倹約をはじめとして、様々な方策を推し進め、年貢の取り立てを厳しくし、専売制を敷く方策をとった。その結果、農民の収入源、逃散が出るようになる。弥八郎は改革の実績を上げるために、大坂に出張し2万両の借り入れを図った。だが、弥八郎の藩政改革は藩内の人々に「黒縄地獄」と呼ばれるようになる。
そして、弥八郎は金子10両の賄を受け取ったという罪状を、筆頭家老・次席家老の一党に作り上げられて、失脚する。6人の執政による評定結果を藩主定家は承諾する。その結果、弥八郎は切腹を命じられ、見事に切腹して果てる。
弥八郎は執政とのやり取りと切腹に臨む際に、いくつかの謎めいた発言をしている。
「改革を妨げるのは、これまでの執政である。執政の首を切らずに改革は成し遂げられぬ。そのことをあの者に伝えてやりたいものでござる」
「ご安心あれ、それがしのかような始末を知れば、あの者も身を挺して改革を行おうとはしますまい。その方があの者にとっても幸せと申すものでござる」
「もはや、この世をおさらばするかと思えば、何やら気が晴れるばかりでござる」
なぜ現在の執政を解任する必然性があるのか? 弥八郎の失脚後、藩の破綻を面前にしたとき弥八郎を継ぐのは・・・と弥八郎は思いを巡らしあの者であろうかと想定したのだが、「あの者」とは誰をさすのか? なぜ、切腹にあたり、弥八郎は「何やら気が晴れるばかり」とつぶやいたのか?
これらの「なぜ」が、このストーリー展開の根底に横たわっていく。弥八郎の藩政改革が人々から黒縄地獄と呼ばれたことが基盤となって、藩政改革の第二段階に入る。それは、藩主定家が世子仲家に家督を讓ることから動き始める。それまで江戸屋敷住まいだった仲家は帰国すると親政を行いたいという意思を持っている。
弥八郎には、慶之助という息子がいたが、伶俐な性格の慶之助は父のやり方に批判的であり、そりが合わず、江戸に遊学していた。そして世子仲家からその力量を見込まれるようになっていた。仲家は家督を継ぎ藩主になれば、慶之助を側近として使い、自ら藩政改革を推しすすめる肚があったのである。弥八郎が切腹した後、檜家は家名存続を憚り慶之助の家督相続をしていないので、敬之助は形式的には部屋住み身分だった。そして、仲家の近習のようにして仕えながら、慶之助は己の思い描いた藩政改革案を仲家に「夢の名残 御救方仕組書」として提出していた。
弥八郎が切腹を命じられたとき、弥八郎の妻は既に病没しており、国許には13歳の娘那美だけが残された。那美は藩の指示として親戚預けとなるのだが、檜の親戚中で最も貧しい矢吹主馬に預けよというものだった。矢吹主馬は郡方25石という軽格であり、25歳で独身だった。親戚の老人は、主馬は偏屈な変わり者で将来の出世も覚束ない者とみていて、那美にそう告げたのである。那美は軽格で独身者の変わり者の家に預けられることを覚悟せざるを得なくなる。
弥八郎は郡代だったとき、主馬は村々を回るときの伴をしてきた。その主馬は部屋住みの頃に、藩の改革について建白書を作成し提出していたのである。それを真っ先に読んだのが弥八郎であるが、弥八郎は己の裁量でその建白書を封じ、お蔵入りにしてしまった。
主馬は郡方に回され、弥八郎から、村廻りをして、30年前の飢饉の記録について調べるようにと指示を受ける。この飢饉には、「白骨おろし」という呼び名が付けられていた。だが村人は誰も「白骨おろし」の意味を語ろうとはしなかった。そこに、大きな謎が含まれていた。調べて行く過程で主馬はその意味を理解しはじめる。そして弥八郎が若き時代に白骨おろしとの接点を持っていた事実が明らかになってくる。
この矢吹主馬が、藩情勢の紆余曲折を経て、仲家が藩主として帰国すると、藩政改革の矢面に立って行動しなければならない立場に追い込まれていく。ここから本格的にストーリーが展開していくことになる。
このストーリーを起承転結の観点からみると、大凡次の展開と言えよう。
起:財政の破綻寸前に弥八郎が藩政改革を断行するが、失脚し切腹するまで。
それは扇野藩の藩状況の実態説明であり与件となる。弥八郎の意図の謎の提示。
承:弥八郎を継ぐ者を選ぶ上で、藩内政治環境の変化要因を明らかにする。
主導権を握ろうとするそれぞれの事情を明らかにしていく。対立図式の明確化。
主馬がかつて構想した建白書と慶之助の「夢の名残り」の内容は如何なるものか。
転:矢吹主馬が対立する双方の思惑を背景に、藩政改革の主導者に抜擢される。
筆頭家老ら一党の思惑、藩主仲家と慶之助の親政の思惑、弥八郎の遺志の三つ巴。
抜擢された主馬が、己の意思で藩政改革を進めるために障壁を越える闘いを描く。
例えば、商人側は主馬を色仕掛けで自分たちの仲間に引きずり込もうとする。
一方、筆頭家老は、慶之助を腰砕けにする弱みとなる秘密を握っていると言う。
結:主馬が藩政改革として、藩札発行という構想を実現する苦闘のプロセスを描く。
この「転・結」の展開プロセスが読ませどころとなる。
この小説のおもしろみはいくつかある。
*常套的な悪の枠組みを下敷きにしていること。身分制重視の家格に胡座をかき、藩の財政窮状の中にあって、藩内有力商人と結託し、私腹優先で動く筆頭家老をはじめとする輩の登場。藩内の有力商人が資金的には大坂の商人の傀儡になっている。このあたり、貨幣経済の浸透と商人の台頭が背景要因となる。商人が金の力で小藩を陰で乗っ取ろうと画策するところがおもしろい。
*身分制度を重視する幕藩体制にあって、その一方で扇野藩には藩主二代にわたり、能力のある軽格の家臣でも、抜擢して藩政改革を担当させるという気風があるという設定がおもしろい。
*軽格の矢吹主馬が藩政改革の主導者に抜擢される。その主馬は身分制に縛られず、胆力と信念を備えた若者として描き、活躍させていくストーリー展開がおもしろい。
主馬は家格と職位の高い執政達の身分に敬意を払うしぐさをとりつつ、適度にあしらい、言質を与えずに、己の信念・考えを遂行するという行動力を発揮していく。主馬と執政たちとのやり取りがおもしろく描かれて行く。
*矢吹主馬は、抜擢されるにあたり、預かっていた弥八郎の娘・那美と結婚し、家督が継がれていなかった檜家を継承していく立場になる。主馬と那美の関係がおもしろい。
このストーリーの展開の中で、実に興味深い夫婦愛の関わり方が紡ぎ出されていく。
主馬と那美との祝言の話が出たあとに、主馬が那美に次のことを告げるとことから始まるのだから。
「主馬は祝言をあげることがさほどにお嫌なのでございますか」
「いや、そうではない。ただ、わたしが檜弥八郎様の跡を継げば、やらなければならないことがある。そうなると、安穏な道は歩けまい。それゆえ、那美と真の夫婦になるわけにはいかぬ。祝言はあげても、他人のままでいるしかないのだ」(p80)
*藩札発行という仕組みの一端がわかるという点が興味深い。また、藩札発行の準備プロセスで、藩内の有力商人を陰で牛耳っている悪逆な大坂商人の枡屋喜右衛門が、主馬の面前に登場する。その時に主馬が、喜右衛門に「おのれ、悪逆非道な-」と思わず叫ばせることになる展開もおもしろい。
この小説、藩政改革をテーマにしている。弥八郎の藩政改革を、結果的に主馬が引き継ぐことになる。それは弥八郎が見聞・体験した30年前の「白骨おろし」に回帰していく。さらに、弥八郎の信念「わしは藩札を発行するために最も大切なことは御家への信だと申した」に帰着する。「信」とは何か、をこのストーリーは問うている。
主馬が弥八郎と同じ道を歩む決意する。そして主馬が那美に語る言葉の中に、「嵐の吹き荒ぶ坂を上っていくようなものだが」という一節がでてくる(p93)。本書のタイトルは、ここに由来するように思う。吹き荒ぶ嵐の坂を上りきり、嵐が鎮まれば、その先には青々とした空が輝きを取り戻す。そんなイメージだろうか。
最後に、著者が主馬に語らせたことから2つ引用しておきたい。
「政を行うということは、いつでも腹を切る覚悟ができているということだ。そうでなければ何もできぬ」(p230)
「政は民の信頼があってこそ成り立つのだ。武士と百姓、町人が力を合わせなければ藩政の改革などできぬ」(p270)
この2つを著者は主馬に語らせている。この言は主馬を介して、著者が現在の政治家や行政を司る高級官僚に対して、シニカルに問いかけている言葉とも受け止められる。この小説で言えば、扇野藩の筆頭家老や次席家老という輩と同列に堕してはいないか、という問いかけである。
この小説の「白骨おろし」というキーワードは、アナロジーとして、少なくともこの30年間の平成時代に発生した事象と重ねてみることができるように思えてならない。
ご一読ありがとうございます。
本書を読み、関心が湧いた事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
藩札 :「コトバンク」
藩札 :ウィキペディア
藩札研究史覚書き 村田隆三氏
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『随筆集 柚子は九年で』 文春文庫
『天翔ける』 角川書店
『雨と詩人と落花と』 徳間書店
『古都再見』 新潮社
『河のほとりで』 文春文庫
『玄鳥さりて』 新潮社
『津軽双花』 講談社
『草雲雀』 実業之日本社
『日本人の肖像』 聞き手・矢部明洋 講談社
『草笛物語』 祥伝社
『墨龍賦』 PHP
『大獄 西郷青嵐賦』 文藝春秋
『嵯峨野花譜』 文藝春秋
『潮騒はるか』 幻冬舎
『風のかたみ』 朝日新聞出版
===== 葉室 麟 作品 読後印象記一覧 ===== 更新5版(46+4冊)2017.7.26