遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『夏井いつきの世界-わかりやすい俳句の授業』  夏井いつき  PHP

2018-10-19 11:05:20 | レビュー
 「世界一わかりやすい」という修飾語がまずおもしろい。いまや、俳句は「HAIKU」としてワールドワイドに広がっている。しかし、日本語を使い五・七・五の定型で「俳句」を作るという行為は、やはり日本を中心にして、日本語が堪能で俳句をたしなむ一部の外国人といえようから、日本一わかりやすいことが世界一わかりやすいとほぼ同じことだろう。私にはそんな気がする。目を惹きつけるキャッチフレーズとしておもしろい。
 本書は、「授業」と銘打っているとおり、先生対塾生、一対一の対話形式の授業スタイルで俳句入門の基礎ノウハウが伝授されていく。内容は噛み砕かれているのと同時に、学ぶべき要点が図式化されてまとめられていくので、わかりやすい。勿論、授業として説明されていく内容が、知的な理解としてわかる、わかりやすいということと、それが即座に実行できるということは別物である。わかった事が身について実践でき、授業の流れに沿って、速やかにステップアップしていけるか? それは読者個々人の修練ということに行き着く。

 ここでは、この本の特徴を印象としてご紹介してみたい。
 本書の「おわりに」で、著者は俳句を教えるための構想として、俳句の「前夜本・入門本・中級本・上級本」という四段階構想を持っているという。本書はその第二段階「入門本」に分類され、「基本をしっかりと独学するための一冊」として位置づけ、「ここから俳句づくりがスタートします。」というレベルである。俳句の定型パターンは五・七・五ということくらいは知っている、クリアしているところから始まっている。
 だから、1時間目の授業は、俳句づくりの「三種の神器」から始まる。それは「ペンとメモ用紙と俳号」である。本書では、塾生はPHPの編集部員で俳句は素人という人物が、夏井いつき先生に、冷や汗をかきながら学んでいくというスタイルである。塾生は俳号を秘英知と決めた。PHPのもじりという真面目さがおもしろい。「歳時記」を最初に水戸黄門の印籠のように、引っ張り出さないところが肩の凝らない授業である。

 2時間目は、俳句の基本を押さえる。といっても、一番基本となる「音の数え方」と俳句の表記の仕方である。表記の仕方というと難しそうに聞こえるが、「縦一行で間隔をあけずに」というのが基本ということ。そして、俳句には、「一物仕立て」と「取り合わせ」の2種類があるという説明。俳句づくりでこの違いはどこかが、わかりやすく説明されている。なるほどと思った。初心者は、勿論「取り合わせ」の俳句から練習すべしということである。

 3時間目は、入門者は「尻から俳句」づくりをやってみなさいという説明となる。ここでは、下五の設定⇒中五で下五を描写するフレーズづくり⇒上五で季語の選択、という風にまず型を覚えるための入りやすい導きの説明が授業内容となっていく。そして、季語の五文字に対して、残り十二音を「俳句のタネ」と説明している。この十二音にオリジナリティを如何に盛り込めるか、その工夫が大事だという。その工夫ができるようになるためにも、基本の型を身体に覚え込ませるくらいにまずは練習せよという。この「尻から俳句」の作り方を図式化して、ポイントが箇条書きでまとめられている。授業内容の本文がまとめのぺーじとして組み込まれている。他の俳句入門書を既に読んでいる人なら、まず各授業のまとめ部分を参照してから、本書を通読するかどうか、決めるのもよいかもしれない。あるいは、復習のつもりで通読してみるのも、学び直せ、理解が深まるかもしれない。

 4時間目は、「十二音日記」をつくり、十二音で日記を書き「俳句のタネ」集めの奨励となる。下五と中五の十二音が3時間目だったが、十二音は、上五+中五でも十二音。つまり、十二音日記がステップアップしていく。基本の一歩前進が加わり、両面からの十二音について、わかりやすい解説となっていく。
 そして、「季語は季節感をあらわすだけでなく、作者の心情も表現してくれる」という便利さに塾生の意識を向けさせる。季語自体が意味を内包する豊かさと広がりに注意をむけなさいということだろう。季語を選択する上で、十二音の「俳句のタネ」の心情を分析的にとらえ直すことの重要性を説いていると理解した。「心情チャート」というツールを提示しているのも、入門者にはイメージしやすいところである。
 
 5時間目は、作った句の善し悪しをどう判断するか。著者はチェックポイントを3つあげている。 「1.季語の「本意」をつかむ 2.意味の重複を確認する 3.五感を複数入れる」このチェックのしかたの説明のわかいやすさが、この授業の胆だと思う。
 そのうえで、初心者は、なるべく五・七・五の定型で作句し、「一句一季語」を意識するようにと述べ、「切れ字」をうまく使うことを身につけるように指導している。

 6時間目は、5時間目のアドバイスへのさらに具体的な説明に踏み込む。つまり、「切れ字」って、どのようにうまく仕えるのかの説明である。「切れ字」のすごさ、効果に意識を向けさせることになる。「切れ字」の基本は「や・かな・けり」の3つという。その違いをきっちりと理解しなさいという授業でもある。

 7時間目は、授業の切り口が変わる。ここまでは、「取り合わせ」タイプの俳句づくりで積み上げられてきた。ここでは、「一物仕立て」タイプに転じて行く。こちらのタイプの俳句づくりのためには、季語の「観察」が如何に重要であり、基礎になるかが詳しく説明されていく。五感+第六感まで駆使した観察の勧めである。季語を体感せよということのようだ。

 8時間目は、「一物仕立て」のタイプをさらに分析的に分類して掘り下げていく。先生曰く、純粋な一物仕立ての俳句は、全俳句のなかでわずか3~4%に過ぎないと。そうでない「一物仕立て」が16~17%あり、一方で「取り合わせ」タイプが80%であると。一物仕立てと取り合わせのグレーゾーンに落ちるあいまいな句もあるという。
 まあ、結論は、初心者は将来の作句タイプとして、地道に基本の「取り合わせ」タイプでの作句づくりを重ねなさいということだと理解する。

 最後の授業に辿り着く。それは、日々の俳句作り、俳句仲間づくりのおすすめである。俳句上達のためには、まず入門レベルの人は「俳句の型を増やす」ことを心がけよという。そして、俳句仲間づくりと通して「作った句を、どんどん外に発表する」機会を増やすことを勧めている。「そもそも俳句は、自分を表現する文学なんだから、人に読んでもらってはじめて完成するともいえるからね」というのが、夏井先生が塾生・秘英知さんに説明したスタンスである。そして、最後のアドバイスは、「できるだけ毎日俳句をつくる」という助言となる。
 夏井先生曰く、「『素直に学ぶ』。これが、初心者にとっての学びの近道なのだ」と。
 この入門書、会話体の授業形式の本文が楽しみながら読み進められるところが、利点である。肩が凝らずに読める。塾生秘英知さんの一喜一憂、冷や汗・脂汗、喜びが織り込まれているところが、おもしろい。夏井先生の語り口調が相乗効果を出している側面もある。楽しい入門書としてポイントの理解は一歩前進できた。そんな気がする。
 ふと思ったのだが、この授業内容、逆に考えると、俳句鑑賞のポイントを述べていることにもなっている。重要な俳句の分析と鑑賞のための視点がいろいろ含まれていると読む事もできる。

 ご一読ありがとうございます。

本書からの思いつきで世界の俳句について、少しネット検索してみた。一覧にしておきたい。
Haiku From Wikipedia, the free encyclopedia
HAIKU IN ENGLISH From Wikipedia, the free encyclopedia
The British Haiku Society homepage
 English Haiku: A Composite View
Haiku in the Netherlands and Flanders
Haiku Poems by Richard Wright  Terebess Asia Online(TAO)

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著者の作品で以下の読後印象記を書いています。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『絶滅寸前季語辞典』 絶滅寸前季語保存委員会 夏井いつき・編  東京堂出版
『子規365日』 朝日新書
『超辛口先生の赤ペン俳句教室』 朝日出版社