ある美術館に展示されている一つの絵、<あの絵>が、一人の人生に、あるいは家族の人生に、大きく深く関わりを持っていく。<あの絵>との出会いがその人に意味を与えて行く。一つの絵と出会う瞬間にそれが必然的な関わりへと高められていく。<あの絵>のまえに佇むという場面をそれぞれに織り込んだ短編連作集である。6編が収録されている。
冒頭の本書表紙には、大原美術館蔵のパブロ・ピカソ作<鳥籠>(1925)が使われている。この絵は2つめに収録された「窓辺の小鳥たち」に登場する「私」こと詩帆の人生に関わって行く。
本書に描かれているのは普通のいわば平凡な一市民それぞれの人生の一コマである。人には己の生き方に思い悩む、あるいはなにがしかの壁の存在を感じる局面あるいは時期がある。そんなタイミングに<あの絵>と出会う。その出会いと関わりが、その人の人生に深く関わっていく。<あの絵>の世界で絵が語りかけてくるもの、そこにある意味を見出していくのは<あの絵>を見つめる側なのだ。だが<あの絵>がパワーを与えてくれる。そんな瞬間を著者は描き出して行く。
カバーには、「A Piece of Your Life」という英文のフレーズが記されている。ここで使われている your は、たぶん、「[話し手・聞き手を含めて人間一般を指して:総称]人の(◆日本語には訳さない)」(『ジーニアス英和辞典』大修館書店)に相当する語義なのだろう。まさに「人生の一コマ」が、<あの絵>との関わりで、鮮やかに切り出されている。それは時に読者をほのぼのとした気持ちにさせる、共に希望を感じさせる、あるいは涙を誘う・・・・・そんな出会い、思いを共有させるプロセスへ誘っていく。読者がその短編に描かれた人生の一コマに思いを重ねて行くならば・・・・。
各短編を簡単にご紹介して行こう。
<ハピー・バースデー>
現在の時間軸の中に、過去の経緯が挟みこまれ、そのストーリーが中心に展開する。これは夏花の人生物語である。
東京に出て一人暮らしをする大学4年生、22歳。就職活動の真っ最中の時期に焦点があたる。夏花はなかなか採用内定が得られず悩み焦りまくっている。大学同期で友人の亜季は早々と都内の大手出版社への就職が決まった。亜季の両親のいずれかの口利きといううわさが友人たちの間にはあった。夏花は亜季の優秀さを認めていた。広島が郷里の夏花は母子家庭で育った。夏花はそのことを気にしたことはない。
就職先が決まらず焦る夏花は、8月6日、自分の誕生日であることすら忘れていた。ある製薬会社の面接に向かう途中でそのことに気づく。面接を受けた後、後先を考えず東京駅へ。広島に直行する。その時の経緯が描かれていく。
クリスマス・プレゼントに亜季が夏花に贈った手帳の表紙絵のこと、夏花が2歳のときの母との思い出話などが重ねられていく。手帳の表紙絵はゴッホ作の<ドービニーの庭>(1890年)でひろしま美術館所蔵だ。
再び現在。夏花は広島で41回目の8月6日を迎えた。その日、ある場所で、ある人との劇的な再会。「ハピー・バースデー」でこのストーリーは終わる。
<窓辺の小鳥たち>
「私」と一人称で詩帆が語る。彼女は東京で広告代理店に勤めていて、岡山の両親には内緒で、なっしーと呼ぶ相方、小鳥遊音叉(たかなしおんさ)と同棲している。なっしーとは岡山に居た高校2年のときに知り合って以来の付き合い。そのなっしーがサンフランシスコに旅立とうとしている。ギタリストになる夢を抱いて。
なっしーがその決意をしたのは、ファミレスでパートから正社員になればと推薦されたことを詩帆に話したとき。「それが一生かけてやりたいことなの?」と問いかけられたことにあるという。
なっしーが旅立つ日に、私(詩帆)は高校時代から今までのことを振り返る。そして、思い出す。二人で大原美術館に行き、ピカソの<鳥籠>の絵の前に立ち、ピカソの絵での発見を。その後アイビースクエアで初めてなっしーが私に捧げるとギターを奏でたことを。 「私」の切ない心の揺らぎが回想を通じて確かめられていく。
<鳥籠>に描かれている鳥にふたりがそれぞれに思いを託すという小品である。
<檸檬>
この作品も第一人称で綴られる。冒頭で私(岡島)は同期入社の澤本静佳に誘われてカフェに行く。その席で同期としての忠告を受ける。岡島のふるまいに周囲の人々が「炎上」していると。何も言えない私に澤本は腹を立てる。
私は、中学・高校時代のことを回想していく。「空想の友だち」「モウさん」と対話していたこと。お絵かきが好きで、高校では美術部に入ったが、絵を止めてしまった事情・・・・。
澤本さんに忠告された翌日、通勤のために新百合ヶ丘駅のホームに立っていると、正面の逆方向へのホームに立つ女子学生が目に入る。その少女がスカートのポケットからレモンを取り出した。モウさんの声が響き、私は思わぬ行動をとる。少女の後を追うことに。
私が導かれたのはポーラ美術館。<砂糖壺、梨とテーブルクロス>というセザンヌの静物画の前だった。構図のいちばん右手にレモンがオブジェの一つとして描かれている。
少女の行動とセザンヌの絵を眺め、私には「もう一度、絵を描いてみようか」という気持ちがあふれてくる。
本物の絵と友だちになる。そこに「私」が新たな道を見出した。
彼女の生き方はここから変わるだろう。そんな余韻が心地よい小品だ。
<豊穣>
この短編も第一人称で語られる。私(亜衣)は愛知県豊田市にある築30年のコーポの一室に住み、将来大物の作家になることを目指している。この部屋に住み始めて3年。
文章を書くのが得意だった。高校3年で進路を考えるとき、小説家になりたいと思ったのだ。大学に行かずにアルバイトしながら小説を書くと。作家になったら帰ってくると言い、おばあちゃんの家を出た。その私は、今、昼夜転倒の生活で「さくらレビュワー」という嘘っぱちな仕事で金を貰っている。
スガワラさんが引っ越しの挨拶で、お近づきにと、四角い包みと封筒を差し出す。一人暮らしは初めてだと言う。封筒には豊田市美術館の入場券が入っていた。勤務先なので、ぜひ、来てくださいと言う。そこから、左隣りの部屋に住むスガワラさんと私の関わりが深まっていく。スガワラさんは70歳。
私の生い立ちが語られ、スガワラさんとの交流が深まるにつれ、私の生活スタイルが変化していく。そのスガワラさんが、「あなたが書きたいと思ったものを、読んでみたいな」と言った。
スガワラさんが再び家族と住むために引っ越することになり、最後の出勤となる日に、私は初めて豊田市美術館を訪ねた。そして、スガワラさんの勤務の意味を知る。
そして、常設展示室の正面の壁で待っていた<オイゲニア・プリマフェージの肖像>と対面する。
小説家をめざす「私」の心が、そして生き方が変わっていく。その変容プロセスが読ませどころとなる小品だ。
<聖夜>
長野県茅野市内の別荘地の「森の家」に夫の忠さんと住む「私」が、10年前にたったひとりで天国へ旅立った息子、誠也のことと自分たち家族のことを回想することが主軸となるストーリー。誠也が未熟児で誕生したときの事から、たくましく成長するまでの家族の関わりと行動。父・忠の了解を得て、2年かけて冬登山のトレーニングを続けた上で、谷川岳に12月21日にアタックすることが決まり、そして天国に旅立って行ったときまでの経緯が綴られていく。
誠也の誕生日は12月24日。21歳で旅だったのは12月22日。誠也が旅立つ2年前の誕生日に、私は東山魁夷の<白馬の森>の絵を贈っていた。さらに誠也が本格的に冬山を制覇したあとの夢を語っていたことに回想が及ぶ。
そして現在に。12月22日、私は忠さんと墓所に出かける。先に墓前に行っていた忠さんは墓前に置かれていた一通の手紙を手にしていたのだった。
二人は誠也の誕生日24日、初めて東山魁夷館を訪れる。<あの絵>を見るために。そして、<あの絵>をみつめながら、ひっそりと佇む人を見つめるために。
収録された短編連作の中で一番心を動かされた小品である。
<さざなみ>
これも一人称で語られる。地元仙台市で大学を卒業し、地元で就職した。だが、マッサージセラピストになりたくて、東京の専門学校に入り、資格を取ることにチャレンジする。生まれて以来28年間、仙台から出たことのない私が実家を離れたのだ。学校を卒業後、渋谷のマッサージサロンに勤務を始めた。勤務中に貧血で倒れ、救急車で病院に担ぎ込まれる騒ぎになる。秋の初めに子宮筋腫の手術を受け、二週間入院して退院。それまでに、勤め先は一方的に追い出されていた。
そんな私が、入院中に偶然テレビの旅番組で見た「アートアイランド・直島」に旅する決断をした。ストーリーの主軸は直島に。直島での人との出会い、モネの<睡蓮>との出会い。
<睡蓮>の前で出会った男性に、二度目に会ったとき、「アートのパワーをもらって、もっと元気になりました」と話す。
私は、「モネに会って、自分の生き方を見つめ直すきっかけを得たと、すなおに話すことができた」(p191)のだ。
この小品を読み、直島に行き、地中美術館を訪れ、<睡蓮>を見たくなった。
著者は、「入口からは想像もできない、とても斬新な風景を建築が創り出している」(p180)と「私」にその美術館の印象を語らせている。
様々な人の人生の一コマでの<あの絵>との出会いが鮮やかに切り取られている。
ご一読ありがとうございます。
本書に関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
ドービニーの庭 ビンセント・ファン・ゴッホ :「ひろしま美術館」
ピカソ 鳥籠 図録・レゾネより :「ヤフオク!」
砂糖壺、梨とテーブルクロス ポール・セザンヌ :「ポーラ美術館」
オイゲニア・プリマフェージの肖像 グスタフ・クリムト :「豊田市美術館」
白馬の森 東山魁夷 :「東京書芸館」
地中美術館 :「Benesse Art Site Naoshima」
「アートのご紹介」の冒頭にクロード・モネの作品が載っている。
ひろしま美術館 ホームページ
大原美術館 ホームページ
ポーラ美術館 ホームページ
豊田市美術館 ホームページ
長野県立美術館 ホームページ
東山魁夷館
アタウアルパ・ユパンキ :ウィキペディア
Atahualpa Yupanqui Solo Guitar Works #2 'Zamba Del Ayer Feliz' /played by Shiro Otake ユパンキギターソロの神髄2 YouTube
はじめてのアコースティックギター YouTube
フォルクローレ ギター のリズム Ritmo de guitarra para musica andina YouTube
至宝 エドゥアルド・ファルー:ギターと歌 1967 Treasure 「Eduardo Falu」 YouTube
フォルクローレとは :「名古屋大学フォルクローレ同好会」
Benesse Art Site Naoshima ホームページ
直島観光旅行サイト ホームページ
グスタフ・クリムト :ウィキペディア
東山魁夷 :ウィキペディア
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『風神雷神 Jupiter, Aeolus』上・下 PHP
『たゆたえども沈まず』 幻冬舎
『アノニム』 角川書店
『デトロイト美術館の奇跡 DIA:A Portrait of Life』 新潮社
『モダン The Modern』 文藝春秋
『楽園のカンヴァス』 新潮文庫
『翼をください Freedom in the Sky』 毎日新聞社
冒頭の本書表紙には、大原美術館蔵のパブロ・ピカソ作<鳥籠>(1925)が使われている。この絵は2つめに収録された「窓辺の小鳥たち」に登場する「私」こと詩帆の人生に関わって行く。
本書に描かれているのは普通のいわば平凡な一市民それぞれの人生の一コマである。人には己の生き方に思い悩む、あるいはなにがしかの壁の存在を感じる局面あるいは時期がある。そんなタイミングに<あの絵>と出会う。その出会いと関わりが、その人の人生に深く関わっていく。<あの絵>の世界で絵が語りかけてくるもの、そこにある意味を見出していくのは<あの絵>を見つめる側なのだ。だが<あの絵>がパワーを与えてくれる。そんな瞬間を著者は描き出して行く。
カバーには、「A Piece of Your Life」という英文のフレーズが記されている。ここで使われている your は、たぶん、「[話し手・聞き手を含めて人間一般を指して:総称]人の(◆日本語には訳さない)」(『ジーニアス英和辞典』大修館書店)に相当する語義なのだろう。まさに「人生の一コマ」が、<あの絵>との関わりで、鮮やかに切り出されている。それは時に読者をほのぼのとした気持ちにさせる、共に希望を感じさせる、あるいは涙を誘う・・・・・そんな出会い、思いを共有させるプロセスへ誘っていく。読者がその短編に描かれた人生の一コマに思いを重ねて行くならば・・・・。
各短編を簡単にご紹介して行こう。
<ハピー・バースデー>
現在の時間軸の中に、過去の経緯が挟みこまれ、そのストーリーが中心に展開する。これは夏花の人生物語である。
東京に出て一人暮らしをする大学4年生、22歳。就職活動の真っ最中の時期に焦点があたる。夏花はなかなか採用内定が得られず悩み焦りまくっている。大学同期で友人の亜季は早々と都内の大手出版社への就職が決まった。亜季の両親のいずれかの口利きといううわさが友人たちの間にはあった。夏花は亜季の優秀さを認めていた。広島が郷里の夏花は母子家庭で育った。夏花はそのことを気にしたことはない。
就職先が決まらず焦る夏花は、8月6日、自分の誕生日であることすら忘れていた。ある製薬会社の面接に向かう途中でそのことに気づく。面接を受けた後、後先を考えず東京駅へ。広島に直行する。その時の経緯が描かれていく。
クリスマス・プレゼントに亜季が夏花に贈った手帳の表紙絵のこと、夏花が2歳のときの母との思い出話などが重ねられていく。手帳の表紙絵はゴッホ作の<ドービニーの庭>(1890年)でひろしま美術館所蔵だ。
再び現在。夏花は広島で41回目の8月6日を迎えた。その日、ある場所で、ある人との劇的な再会。「ハピー・バースデー」でこのストーリーは終わる。
<窓辺の小鳥たち>
「私」と一人称で詩帆が語る。彼女は東京で広告代理店に勤めていて、岡山の両親には内緒で、なっしーと呼ぶ相方、小鳥遊音叉(たかなしおんさ)と同棲している。なっしーとは岡山に居た高校2年のときに知り合って以来の付き合い。そのなっしーがサンフランシスコに旅立とうとしている。ギタリストになる夢を抱いて。
なっしーがその決意をしたのは、ファミレスでパートから正社員になればと推薦されたことを詩帆に話したとき。「それが一生かけてやりたいことなの?」と問いかけられたことにあるという。
なっしーが旅立つ日に、私(詩帆)は高校時代から今までのことを振り返る。そして、思い出す。二人で大原美術館に行き、ピカソの<鳥籠>の絵の前に立ち、ピカソの絵での発見を。その後アイビースクエアで初めてなっしーが私に捧げるとギターを奏でたことを。 「私」の切ない心の揺らぎが回想を通じて確かめられていく。
<鳥籠>に描かれている鳥にふたりがそれぞれに思いを託すという小品である。
<檸檬>
この作品も第一人称で綴られる。冒頭で私(岡島)は同期入社の澤本静佳に誘われてカフェに行く。その席で同期としての忠告を受ける。岡島のふるまいに周囲の人々が「炎上」していると。何も言えない私に澤本は腹を立てる。
私は、中学・高校時代のことを回想していく。「空想の友だち」「モウさん」と対話していたこと。お絵かきが好きで、高校では美術部に入ったが、絵を止めてしまった事情・・・・。
澤本さんに忠告された翌日、通勤のために新百合ヶ丘駅のホームに立っていると、正面の逆方向へのホームに立つ女子学生が目に入る。その少女がスカートのポケットからレモンを取り出した。モウさんの声が響き、私は思わぬ行動をとる。少女の後を追うことに。
私が導かれたのはポーラ美術館。<砂糖壺、梨とテーブルクロス>というセザンヌの静物画の前だった。構図のいちばん右手にレモンがオブジェの一つとして描かれている。
少女の行動とセザンヌの絵を眺め、私には「もう一度、絵を描いてみようか」という気持ちがあふれてくる。
本物の絵と友だちになる。そこに「私」が新たな道を見出した。
彼女の生き方はここから変わるだろう。そんな余韻が心地よい小品だ。
<豊穣>
この短編も第一人称で語られる。私(亜衣)は愛知県豊田市にある築30年のコーポの一室に住み、将来大物の作家になることを目指している。この部屋に住み始めて3年。
文章を書くのが得意だった。高校3年で進路を考えるとき、小説家になりたいと思ったのだ。大学に行かずにアルバイトしながら小説を書くと。作家になったら帰ってくると言い、おばあちゃんの家を出た。その私は、今、昼夜転倒の生活で「さくらレビュワー」という嘘っぱちな仕事で金を貰っている。
スガワラさんが引っ越しの挨拶で、お近づきにと、四角い包みと封筒を差し出す。一人暮らしは初めてだと言う。封筒には豊田市美術館の入場券が入っていた。勤務先なので、ぜひ、来てくださいと言う。そこから、左隣りの部屋に住むスガワラさんと私の関わりが深まっていく。スガワラさんは70歳。
私の生い立ちが語られ、スガワラさんとの交流が深まるにつれ、私の生活スタイルが変化していく。そのスガワラさんが、「あなたが書きたいと思ったものを、読んでみたいな」と言った。
スガワラさんが再び家族と住むために引っ越することになり、最後の出勤となる日に、私は初めて豊田市美術館を訪ねた。そして、スガワラさんの勤務の意味を知る。
そして、常設展示室の正面の壁で待っていた<オイゲニア・プリマフェージの肖像>と対面する。
小説家をめざす「私」の心が、そして生き方が変わっていく。その変容プロセスが読ませどころとなる小品だ。
<聖夜>
長野県茅野市内の別荘地の「森の家」に夫の忠さんと住む「私」が、10年前にたったひとりで天国へ旅立った息子、誠也のことと自分たち家族のことを回想することが主軸となるストーリー。誠也が未熟児で誕生したときの事から、たくましく成長するまでの家族の関わりと行動。父・忠の了解を得て、2年かけて冬登山のトレーニングを続けた上で、谷川岳に12月21日にアタックすることが決まり、そして天国に旅立って行ったときまでの経緯が綴られていく。
誠也の誕生日は12月24日。21歳で旅だったのは12月22日。誠也が旅立つ2年前の誕生日に、私は東山魁夷の<白馬の森>の絵を贈っていた。さらに誠也が本格的に冬山を制覇したあとの夢を語っていたことに回想が及ぶ。
そして現在に。12月22日、私は忠さんと墓所に出かける。先に墓前に行っていた忠さんは墓前に置かれていた一通の手紙を手にしていたのだった。
二人は誠也の誕生日24日、初めて東山魁夷館を訪れる。<あの絵>を見るために。そして、<あの絵>をみつめながら、ひっそりと佇む人を見つめるために。
収録された短編連作の中で一番心を動かされた小品である。
<さざなみ>
これも一人称で語られる。地元仙台市で大学を卒業し、地元で就職した。だが、マッサージセラピストになりたくて、東京の専門学校に入り、資格を取ることにチャレンジする。生まれて以来28年間、仙台から出たことのない私が実家を離れたのだ。学校を卒業後、渋谷のマッサージサロンに勤務を始めた。勤務中に貧血で倒れ、救急車で病院に担ぎ込まれる騒ぎになる。秋の初めに子宮筋腫の手術を受け、二週間入院して退院。それまでに、勤め先は一方的に追い出されていた。
そんな私が、入院中に偶然テレビの旅番組で見た「アートアイランド・直島」に旅する決断をした。ストーリーの主軸は直島に。直島での人との出会い、モネの<睡蓮>との出会い。
<睡蓮>の前で出会った男性に、二度目に会ったとき、「アートのパワーをもらって、もっと元気になりました」と話す。
私は、「モネに会って、自分の生き方を見つめ直すきっかけを得たと、すなおに話すことができた」(p191)のだ。
この小品を読み、直島に行き、地中美術館を訪れ、<睡蓮>を見たくなった。
著者は、「入口からは想像もできない、とても斬新な風景を建築が創り出している」(p180)と「私」にその美術館の印象を語らせている。
様々な人の人生の一コマでの<あの絵>との出会いが鮮やかに切り取られている。
ご一読ありがとうございます。
本書に関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
ドービニーの庭 ビンセント・ファン・ゴッホ :「ひろしま美術館」
ピカソ 鳥籠 図録・レゾネより :「ヤフオク!」
砂糖壺、梨とテーブルクロス ポール・セザンヌ :「ポーラ美術館」
オイゲニア・プリマフェージの肖像 グスタフ・クリムト :「豊田市美術館」
白馬の森 東山魁夷 :「東京書芸館」
地中美術館 :「Benesse Art Site Naoshima」
「アートのご紹介」の冒頭にクロード・モネの作品が載っている。
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フォルクローレとは :「名古屋大学フォルクローレ同好会」
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グスタフ・クリムト :ウィキペディア
東山魁夷 :ウィキペディア
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。
(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)
こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『風神雷神 Jupiter, Aeolus』上・下 PHP
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『アノニム』 角川書店
『デトロイト美術館の奇跡 DIA:A Portrait of Life』 新潮社
『モダン The Modern』 文藝春秋
『楽園のカンヴァス』 新潮文庫
『翼をください Freedom in the Sky』 毎日新聞社