遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『絵本のようにめくる 城と宮殿の物語』 監修 石井美樹子  昭文社

2021-04-27 21:51:03 | レビュー
 メルヘン風でかつ複雑なスタイルのお城が表紙カバーに使われているのが目に止まり、手に取ってみた。パラパラとめくると、見開きの2ページごとに城あるいは宮殿が載っている。城や宮殿を主体にした風景写真が大半であり、その城・宮殿について簡潔にまとめた文章が写真を極力活かす形で添えてある。そんなまとめ方の本である。タイトルには「絵本のようにめくる」という修飾語が付いている。2020年12月刊。

 表紙の城を事例にご紹介しよう。この本で初めて知ったお城。見開きの2ページで写真と文を載せるというスタイルで構成されている。城名はエルツ城。所在国はドイツ。「ロマネスク様式・ゴシック様式・ルネサンス様式・バロック様式」と建築様式の名称が列挙されている。この城の場合、時代の変遷とともにこれらの様式が採り入れられているということを示す。つまり、城(宮殿)名、所在国、建築様式名という三要素が、見開きページの四隅のどこかに記されている。エルツ城の場合だと左上隅である。

 本書は、3章構成になっている。「第Ⅰ章 伝説に彩られた-城・宮殿ー」「第Ⅱ章 愛憎劇と隠謀渦巻く-城・宮殿-」「第Ⅲ章 歴史の舞台となった-城・宮殿-」である。エルツ城は第Ⅰ章に収録されている。
 ところで、掲載された城と宮殿はどういう分布になっているか。目次の一覧で数えてみた。第Ⅰ章(20)、第Ⅱ章(12)、第Ⅲ章(26)である。括弧内がその数。権力闘争や色恋沙汰はいずこの城や宮殿にもつきまとう話だろうが、世に広がり有名になった愛憎劇・隠謀劇となると、やはり相対的に数が減るようだ。一方、それはやはり読者にとって説明を読むと言う点では一番おもしろいと言える。

 「絵本のようにめくる」ことで、説明文を読み飛ばして絵を見ながら一通り眺めてみる楽しみ方もできる。それはその城あるいは宮殿について、大きな文字でキャプションが記されているから。上記の城(宮殿)名、所在国、建築様式とキャプションを読み、見開きページに載る写真を眺め、自らの印象と想像を楽しみながら先に進むことができる。城や宮殿の切り取り方がおもしろく、そのワンショットを楽しめる。
 エルツ城の場合、第Ⅰ章の伝説に彩られた城として取り上げられている。「ドイツ3大美城のひとつは、33代にわたって個人所有される」との大文字が目に入る。これだけで、絵本をめくるように空想していく楽しみもある。絵本のようにめくりながら読むのも一興だと言える。
 一方、説明文を読むと、その末尾には、「現在も個人所有となっており、観光シーズンに公開されます」とのこと。日本のお城の所有者のことを考えると、驚きだ。

 本書で取り上げられている城と宮殿の物語に対して、付けられているキャプションを7つご紹介しよう。それがどの城あるいは宮殿か、指摘できるでしょうか?
1. ロワール渓谷には『眠れる森の美女』の城が佇む
2. 政争に敗れた人々の血を吸った古城で、カラスが飼われているのはなぜ?
3. 吸血鬼がうごめくトランシルヴァニアの山城
4. オスマン帝国のハレムに暮らした女性たちは、白人奴隷だった!
5. スペイン・ブルボン朝を崩壊させた王妃と宰相の不倫の行く末
6. ブルボン家の大宮殿が、世界最大級の美術館に生まれ変わった!
7. 芸術を愛しすぎた宮殿の主は、芸術のために命を散らした

 本書は城と宮殿について、三章構成の物語として、58の物語が中心になっている。だが、実はそれだけではない。
 建築様式と言われても・・・・という読者への一手が目次の後に打たれている。「城と宮殿 発展の歴史」と題して、「建築様式」の変遷が典型的様式での変遷として写真入りで説明され、「城と宮殿の変遷」もマクロ的にポイントが押さえられている。
 「美しきイスラーム建築の城と宮殿」というタイトルの見開きで、物語としての「トプカブ宮殿」に加えて、観光ガイドブック程度の説明付きで、ドルマバチェ宮殿、アーリー・ガープー宮殿、チェヘル・ソトゥン宮殿、アーグラ城塞、デリー城塞、ラホール城塞が紹介されている。
 「幽霊たちが彷徨う城」というタイトルの見開きページもある。合計7つの城と宮殿がまとめられている。
 「ヴェルサイユそっくり宮殿」というタイトルで、5つの宮殿が紹介されている。
 「美しき廃城」というタイトルで、7つの廃城が紹介されている。
 付録がけっこうあって、読者を楽しませる工夫がみられる。

 第Ⅲ章は歴史が舞台となる説明だけに、西欧史にかなり詳しい知識がないと、その背景を十分に理解し深く楽しめるまでにはいたらない箇所がたぶんあると思う。私には結構あった。その史実をこの本で初めて知るということも。
 初めて知ることについては、読む事で字面の意味は理解できても、そのことの重要性やその時代における影響まで思考が及ばない。いわば、猫に小判・・・・的なレベルといえようか。それは、逆に西洋史を見直す刺激を与えられた事にもなる。その城あるいは宮殿を知る機会になった。さらに歴史を学びながら楽しめる機会とも言える。
 たとえば、宗教改革者ルターのことは歴史で少し学んだが、ヴァルトブルク城のこと、城とルターの関係のことなど知らなかった。ここのキャプションは「この城がなければ宗教改革も起こらなかった!?」である。(p134-135)

 第Ⅲ章で取り上げられている城・宮殿についてのキャプションを3つご紹介しよう。城あるいは宮殿名称を指摘できるでしょうか?
1. 「500人の間」の東西の壁は、ルネサンス二代巨匠共演の舞台となる・・・はずだった!
2. 豪華邸宅での祝宴がルイ14世を嫉妬させ、主の破滅を招いた!?
3. 英国王室が生き残ったのは、このお城のおかげ?

 この本の末尾には、58の物語、つまり58の城と宮殿の位置を示す「ヨーロッパの城・宮殿地図」が掲載されている。
 地域別、国別にリストがまとめられているので、そのリストを利用し、58のそれぞれの城や宮殿が三章構成(Ⅰ~Ⅲ)のどの章で取り上げられているかを以下に示す。城と宮殿の名称の後に①、②、③を追記し三章を区別した。

[北ヨーロッパ]
イギリス ロンドン塔①、カーナーヴォン城①、ヒーヴァー城②、ブレナム宮殿②
     ハンプトン・コート②、ウィンザー城③、ビューマリス城③
     カーディフ城③、エディンバラ城③

デンマーク クロンボー城②

スウェーデン トロットニングホルム宮殿③

[西ヨーロッパ]
フランス ユッセ城①、ヴカンセンヌ城①、シノン城①、シュノンソー城②
     シャンポール城③、ルーヴル宮殿③、ヴォー・ル・ヴィコント城③
     ヴェルサイユ宮殿③、フォンテエーヌブロー宮殿③、ガオヤール城③

ドイツ  ノイシュヴァンシュタイン城、エルツ城①、プファルツ城①
     フランケンシュタイン城①、ツヴィンガー宮殿①、
     シャルロッテンブルク宮殿②、ホーエンツォレルン城③、ハイデルベルグ城③
     サンスーシ宮殿③、コッヘム・ライヒスブルク城③、ヴァルトブルク城③

オーストリア デュルンシュタイン城①、シェーンブルン宮殿②
     ホーエンザルツブルク城③

スイス  ション城①

[南ヨーロッパ]
スペイン アルハンブラ宮殿①、アヴィラ①、セゴビアのアルカサス②
     マドリード王宮②、エル・エスコリアル③

ポルトガル ベーナ宮殿③

イタリア カステル・デル・モンテ①、サン・レオ城塞①、ミラマーレ城②
     ヴェッキオ宮殿③、ドゥカーレ宮殿③
     
ヴァチカン サンタンジェロ城①

サンマリノ サンマリノ③

[東ヨーロッパ」
チェコ  プラハ城①

スロヴァキア スピシュスキー城③

ルーマニア ブラン城①、ペレシュ城③

ハンガリー ブダ城③

クロアチア ドゥブロブニック①

ポーランド マルボルク城③

ロシア   エカテリーナ宮殿②

トルコ   トプカピ宮殿②

 さて、上記のキャプションを利用したクイズ箇所がどの城・宮殿かお解りになるだろうか? わからなければ、本書を開くきっかけになれば幸いである。

 掲載されている写真の撮り方とその表現が様々であり、写真も見応えがある。
 遠い国、かけ離れた場所、それぞれの城と宮殿の美しい写真を、気軽に一瞬にしてパラパラと眺めていける、自由に行きつ戻りつしながら眺められるのがよい。

 ご一読ありがとうございます。