遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『白銀ジャック』  東野圭吾  実業之日本社文庫

2021-05-20 11:29:44 | レビュー
 「ハイジャック」と言えば、航空機などを乗っ取ることである。jack という英単語が「・・・を盗む」という意味と英和辞典に出ている。「白銀」と言えば「雪」。雪を盗むとはどういうこと? このストーリーでは、「白銀」が新月高原スキー場を象徴している。スキー場を盗む、つまり乗っ取るってどのように? 広大なスキー場をどのようにして乗っ取るのか? 「白銀ジャック」は、このスキー場が運営するホームページに電子メールが着信したことから事態が急展開していく。
 ホームページの更新管理を担当する辰已が索道事業本部長の許にその電子メール文をあわてて持参して来た。その場には倉田も居た。倉田は広瀬観光からその100%子会社である新月高原ホテルアンドリゾートに出向し、リフトやゴンドラの運行を行う索道事業本部マネージャーである。40歳を超えているが独身。松宮はメールの文面を読み、みるみる顔を強ばらせた。メールは、地球温暖化と環境破壊という問題にスキー場が悪の一役を担っていると論じ、慰謝料を請求すると脅迫してきたのだ。三日以内に3000万円を用意しろと言う。今、積雪量たっぷりになっているゲレンデの下に、タイマー付きの爆発物を仕掛けてあるという。降雪のなかった時期に密かにセットしたのだと。遠隔操作でタイマーを作動させることができると記す。それが降雪前からの周到な準備であると記す。ある地点に埋めたメッセージをみれば、我々の実行力がわかると特定の場所を提示していた。自分たちのことを「埋葬者」と名乗っている。
 つまり、広大なスキー場のどこかで爆発が引き起こされれば、雪崩が発生しゲレンデでスキーを楽しむ人々が大勢巻き込まれるという惨劇に繋がって行く。まさに、スキー場が埋め込まれたタイマー付き爆発物という手段で乗っ取られている状態が突然に現出した。
 年明け前に積雪が2m近くになっていて良いシーズンが迎えられると喜んでいた倉田はリフトやゴンドラを担当しスキー場の運営に関わるマネージャーとして苦境に立たされていく。スキー場は、スキーヤーやスノーボーダーたちで賑わい始めているのだ。
 スキー場に来場したスキーヤーやスノーボーダーの行動並びに客たちにスキー場側がどのように対応するか、一方で脅迫メールに会社としてどう対処していくか、その二つの側面がパラレルに進行していく。スキー場の実質的な責任者として、倉田は苦境のただ中に投げ込まれていく。
 「埋葬者」名で送信されてきた脅迫メールにどう対応していくか。
 会社側はトップ層を集めて会議を開いた。倉田は現場のマネジャーとして、客たちを退避させゲレンデの閉鎖と警察への通報を即座に行うのがリスク管理として必要だと考えた。だが、会社の社長以下経営層は脅迫者の要求に応じる決断をした。倉田の意見は通らなかった。3000万円を「埋葬者」と名乗る者に用意して指示通りに手渡し、爆発物の埋設地を知らされてそれに対処することですませたいのだ。このシーズンをスキー場の賑わいで運営できれば、安いものだと判断した。新月高原スキー場の来場者数は、ここ数年、ずっと右肩下がりの状況が続いているのだった。
 埋葬者が降雪前から周到な準備をした証拠と記すものの確認を倉田がまず行うことになる。倉田は上司の許可をとりパトロール隊の根津昇平と藤崎絵留に確認の協力をさせた。倉田は根津に電子メールの文面を読ませた。根津はそれを絵留にパトロール隊の詰め所で伝えることになったのだが、偶然パトロール隊の新人、桐林が聞いてしまう。そのため、根津・絵留・桐林の三人が倉田の実働要員として行動していくことになる。翌日早朝、根津と絵留は、埋葬者の指定地点で証拠を掘り出した。つまり彼等の脅迫が悪ふざけでなく周到な計画だとわかる。
 その結果、3000万円の準備と受け渡し行動へと会社側の対応が進展していくことに・・・・・。その結果、この脅迫はさらに徐々にエスカレートしていく。読者は、次はどう展開するのか・・・・と一気読みを促されていく結果になる。

 一方、新月高原スキー場に訪れた客たちの中で3つのグループに焦点が当たっていく。最初に登場するのは倉田にゴンドラの近くで声をかけた老夫婦らしい二人連れ。彼等は倉田に「北月エリア」がどこにあるか尋ねた。倉田は今シーズンは通れるようになっていない、安全上の理由で整備が遅れていると答えた。男の客は残念そうだった。その老夫婦がテレマークスキー用のスキーを担いでいることに倉田は気づいた。後で分かるのだが、その老夫婦はホテルのスィートルームに滞在していた。スキー場にとっては上客なのだ。繰り返し、北月エリアで滑れないかの質問を投げかけてくる。
 その次に登場するのは、入江親子である。父親が息子の達樹をスキー場に連れて来ることにしたのだ。実は、前年に入江家族は北月エリアで滑っていて、母親が飛び出してきたスノーボーダーと接触し、ゲレンデで亡くなったのである。母親の死を息子の達樹は間近で目にしていた。それが原因で達樹は心理的ダメージを受けていた。この事故にはスキー場の管理面で問題点はなく、入江もそのことは認めていた。これを原因として北月エリアはこのシーズン、クローズされていた。入江父子の来場連絡に会社側は丁重な受け入れをすることにしていた。松宮部長は余計に、北月エリアはクローズのままで良いと判断した。だが、入江は息子を再度北月エリアで滑らせて、母親の死のことに心理的な区切りをつけさせ、スキーの楽しさを取り戻させたいと考えていたのだ。勿論、入江は倉田に北月エリアでのスキーを希望する行動に出る。
 その後に登場するのは、若手の三人組スノーボーダー。彼等はスキー場でのルール違反を犯す行動をとり、パトロール隊の根津と絵留に追跡される。そこから接点が生まれて行く。瀬利千晶は新月町の居酒屋でアルバイトをしつつ山籠もりをしようとしているスノーボーダーでこのゲレンデでの大会に出るつもりでいる女性。あとの二人は千晶の従兄弟で、東京から来た大学生。快人と幸太という。快人はつかまり注意を受けたパトロール隊の絵留に、一目ぼれしていく。絵留はかなり年上なのだが、快人は気にしないという。根津を注視していた千晶は根津の不可思議な行動に関心を抱き、脅迫メール事件に自ら巻き込まれていくことになる。

 このストーリーのおもしろいところは、脅迫メールが度重なることで、緊迫感が高まっていくのだが、そのプロセスで不可解な状況もまた現れてくる。倉田は経営者側から警察への通報を禁じられ、来場者たちの客にも一切知らせないという方針に従わざるを得ない己に忸怩たるものを感じつつも、脅迫メールが作り出す状況への対応に追われていく。その一方で、入江父子や上客である老夫妻への対応にも迫られていく。
 ある段階から、根津は千晶と行動を共にして、脅迫メール事件に取り組んで行くことになる。

 入江達樹の母の死を引き起こした北月エリア、そして北月エリアを含む新月高原スキー場の経営問題に関わる意外な事実が明らかになる。併せてそこにはこの緊急事態に対して複雑に絡み合った人間関係と事件当事者たちの思惑が潜んでいた。
 すべての事件が解決する。だが、事件そのものは一事項を除いてなかったものとして内密に対処されることになる。それはなぜか。そこに至る当事者たちの動機とプロセスがこのストーリーの読ませどころといえる。脅迫メールの一捻りが読者をうならせることに・・・・・。そこは読んでのお楽しみに。フィクションとしてのおもしろさが詰まっている。
 倉田が最初からやきもきしていたクロス大会は当初の計画通り、アタックコースで造られ、予定通りに開催の運びとなる。その場面描写がエンディング。ここに一つの兆しが描き込まれていて楽しい終わり方になっている。

 ご一読ありがとうございます。

 本書からの関心の波紋でいくつか基礎的なことをネット検索してみた。一覧にしておきたい。
テレマークスキー  :ウィキペディア
「テレマークスキー」やってみよう! :「日本プロスキー教師協会」
Telemarkski テレマークスキー イメージワークス  YouTube
スノーボード  :ウィキペディア
スノーボードの全スタイルをギュッとまとめました。あなたの目指す滑りが必ず見つかる!【ダイジェスト】  YouTube
第39回JSBA全日本スノーボード選手権大会 スノーボードクロス YouTube
2020-2021 シーズン公式結果  :「JSBA」(日本スノーボード協会」
ウィンタースポーツのイベント一覧  :「SPORTS ENTRY」
初心者には難しいグラブトリック?トゥイーク。 スノーボードハウツー竜王シルブプレ
オーウェンのハウツーですよ YouTube
プレス4方向解説! YouTube
【グラトリハウツー】BSノーズプレス YouTube
【グラトリハウツー】FSテールプレス YouTube
BS(バックサイド)180 プロライダーが教えるスノーボードHOW TO【キッカー】 YouTube
BS(バックサイド)540 プロライダーが教えるスノーボードHOW TO【キッカー】 YouTube
【スノーボード】カナダのスノーボードクロスの大会へ出てみた YouTube
ソチ五輪・男子スキークロスで実況解説大興奮のゴール YouTube

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


ふと手に取った作品から私の読書領域の対象、愛読作家の一人に加わりました。
次の本を読み継いできています。こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『ナミヤ雑貨店の奇蹟』  角川文庫
『禁断の魔術』  文春文庫
『虚像の道化師』  文春文庫
『真夏の方程式』  文春文庫
『聖女の救済』  文春文庫
『ガリレオの苦悩』  文春文庫
『容疑者Xの献身』  文春文庫
『予知夢』  文春文庫
『探偵ガリレオ』  文春文庫
『マスカレード・イブ』  集英社文庫
『夢幻花』  PHP文芸文庫
『祈りの幕が下りる時』  講談社文庫
『赤い指』 講談社文庫
『嘘をもうひとつだけ』 講談社文庫
『私が彼を殺した』  講談社文庫
『悪意』  講談社文庫
『どちらかが彼女を殺した』  講談社文庫
『眠りの森』  講談社文庫
『卒業』 講談社文庫
『新参者』  講談社
『麒麟の翼』 講談社
『プラチナデータ』  幻冬舎
『マスカレード・ホテル』 集英社