遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『相剋 警視庁失踪課・高城賢吾』  堂場瞬一  中公文庫

2022-02-03 13:46:23 | レビュー
 高城賢吾シリーズの第2弾。書き下ろし長編で、2009年4月に文庫本が出版された。
 
 失踪課は正式には「刑事部失踪人捜査課」で警視庁の本庁に設置されている。都内に分室が置かれ、高城は渋谷中央署に設置された第三分室に所属する実働部隊の一員である。
 捜査一課の長岡管理官が第三分室長の阿比留真弓に筋違いな人捜しを依頼に来た。一課が追っている杉並事件の関連である。通り魔に遭ったとみられる被害者安岡卓美は意識不明の状態。目撃情報を提供してきた堀という人物が行方不明。その堀を捜してほしいという。高城は無茶な振りだと怒り反対する。だが、室長の真弓はその案件を引き受ける。堀と名乗った人物の捜査は、法月大智と明神愛美が担当することになる。
 そんな矢先に、杉並黎拓中学3年生、14歳の川村拓也が分室に訪ねてきた。高城が応対する。仲間の希という女の子が行方不明なので捜してほしいと写真を持参でやって来たのだ。拓也は希が家出しそうにないタイプだと考えている。高城は明かな事件性がない場合、家族からの捜索願が出されないと取扱ができないと説明した。だが、落胆する拓也をみて、捜してやると約束した。「事件性がない限り、捜査は無駄になります」と真弓は高城に言う。だが、高城が個人的にちょっと調べてみますという発言を追認することになる。 拓也に対する約束が高城を泥沼に足を突っ込むような苦労に引きずり込んで行く。

 これが奇妙な行方不明事件の始まりとなる。なぜ、奇妙なのか。
 初動の手続きとして、高城は拓也が作成してくれたリストを使い、黒田希の自宅に電話し、母親に希の所在を確認した。ところが母親は希のことは主人に聞いて欲しいとだけ返答したのだ。デジタルプラスワンというIT企業の社長だという。高城は希の父親の会社に出向く。父親の黒田直紀は、今までに希は幾度か家出をしている。2,3日したら帰ってくるから心配していない。自身は忙しくて週の半分は会社に泊まり込んでいる。捜索願を出す意志はないという。高城は誘拐されたのではないかと問いかけるが、直紀は歯牙にもかけない。逆に、高城が見当外れなことをしているのは間違いないとまで言う。
 両親の非協力的な態度、捜査願をだす意志がないという点で、捜査をここでやめても誰かに責められることはない。だが、高城の脳裡では行方不明となった我が子綾奈との対話が生じる。娘の幻を見ることが、この奇妙な行方不明を捨て置けないという衝動で高城を突き動かしていく。

 両親の拒絶、拓也のリストだけが手がかりという状況から、地道に聞き取り捜査をしらみつぶしに行うスタートとなる。希の交友関係での聞き取り事実から、希の行動を推測することしかまず糸口がない。あちらこちらで障壁を感じながらの聞き取り捜査が積み重ねられていく。そのプロセスが描き出されて行く。いわば、暗中模索状態がストーリー化されているとも言える。

 この第2作では、法月と愛美が行方不明の堀の捜査に携わることが決まったので、高城は真弓の指示を受けて、醍醐塁を相棒にする。そのため、このストーリーでは醍醐の刑事としての長所短所、その捜査能力が高城の視点を介して描き込まれることにもなり、おもしろさが増す。誘拐の懸念を抱く高城は、黒田の資産や会社の状況などの情報を醍醐に捜査させる。黒田の自宅は高級住宅地にあり時価4億円の豪邸で、黒田直紀の愛車はフェラーリだという。デジタルプラスワンは2年前にジャスダックに上場していた。

 3月のある夜、聞き込み捜査を続ける高城に声をかけてきた男がいた。東京に本部を置く指定暴力団、京三連合の若頭、塩田龍二だった。高城にとっては関わりたくない相手。だが、塩田は杉並での傷害事件のことを話題にした。そして、高城に「被害者とSI。面白い話になるかもしれませんよ」(p95)というメッセージを残していった。
 希の捜査とは無関係と高城は思っていたが、この塩田の謎かけが捜査の進展につれて意味を帯びてくることに・・・・。

 捜索願の出ていない捜査。高城は綾奈の幻に突き動かされて、同じ年代の希の行方を真剣に捜査する。黒田直紀は協力を拒否し続ける。「弁護士に相談する。然るべき人間に抗議する」とまで言う。高城は勿論ひるまない。「親としての過ち。人としての過ち。黒田に、私と同じ気持ちを味わわせたくない」(p153)それが高城のこの捜査に取り組む原点になっているからだ。

 聞き込み捜査の小さな手がかりの積み上げが、希の行方不明と絡む大きな構図を描くようになる。そこに、長岡管理官の持ち込んだ目撃者堀という行方不明の人捜し並びに、若頭塩田の謎かけが絡み合っていくことになる。
 さらに、捜査と併行して、醍醐が密かに胸中にいだく家族事情での負い目までが浮き出てくる。高城は醍醐の思いを吹っ切らせる手助けをすることに。このあたり、高城の人間味が出て来て興味深い。

 最後に、希の救出においては、第三分室の森田純一の射撃が高城の命を救うという働きをする。森田がこの場面だけに重要な役割を担って登場するというのもおもしろい。
 どんな救出劇となるのかは、本書を開いて楽しんでいただきたい。

 格好良い事件の捜査ストーリーではない。読者を戸惑わせる右往左往の捜査プロセス。地道で泥臭い聞き取り捜査が、ジグソーパズルを完成させていくように、徐々に方向づけられていくプロセス。そのストーリーの進展こそ現実味があり、興味深いといえる。
 一番おもしろい点は、これが捜査願の出されていない捜査であるということかも・・・・。この点がフィクションがなしうる最たる点なのかもしれない。

 ご一読ありがとうございます。

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『蝕罪 警視庁失踪課・高城賢吾』   中公文庫
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