遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『日本建築集中講義』  藤森照信 山口 晃   中公文庫

2022-02-23 00:39:44 | レビュー
 10年ほど前に『藤森照信の茶室学 日本の極小空間の謎』を読んで、その読後印象をご紹介したことがある。掲題の文庫本の新聞広告を見たとき、そのタイトルに関心を抱いた。購入前には『日本建築集中講義』というタイトルから、共著で古代から現代までの日本建築の変遷における特徴を体系的に論じている書かなと想像していた。だが、読み初めて漠然とした想像は見事に外れてしまっていた。
 奥書を読み、本書は月刊『なごみ』(2012年1月号~12月号)に連載された後、『藤森照信×山口晃 日本建築集中講義』と題して2013年8月に淡交社から単行本として出版されていた。このことを知らなかった。2021年8月に中公文庫化された。

 当初の想像がどのように外れていたのか?
1.古代から現代に至る日本建築の変遷史という視点での体系的な取り上げ方ではない。
 日本建築の実例がアットランダムに取り上げられていく。当初の連載の順番でまとめられている。どういう順番で取り上げられているのか。以下のとおりである。
 法隆寺、日吉大社、旧岩崎家住宅、投入堂、聴竹居、修学院離宮、旧閑谷学校、箱木千年家、角屋、松本城、三渓園、西本願寺。
 文庫化にあたり「平野家住宅」が「百年前の日本の住まい」として特別収録された。
 なお、末尾(p408-409)に「講義で取り上げた日本建築を建築年代に並べると・・・・」という年表形式の表が補足してある。この順番に読むなら変遷史的視点での読み方ができるようになっている。

2.当初は建築家二人の共著と思い込んでいた。実際は、建築家藤森照信と画家山口晃が、二人で日本建築の実例を実際に訪れ、現地・現物に接し、その後対談形式で当該建築物について、建築史的側面、建築構造的側面、建築物と環境、建物を使用する立場からの体験感想、建築としてのおもしろみや不満足な点などを語り合う。勿論、建築家藤森が語り部で、画家山口が聞き役という役回りである。藤森の所見と二人の実見・体験感想が対談内容としておもしろく組み込まれている。
 「私の専門は日本の明治以降の近代建築だ」(あとがき)と言う藤森が、ここでは主に法隆寺以降の伝統的建築のエッセンスを対談の中で語る内容が興味深い。明治以降では、旧岩崎家住宅・聴竹居・平野家住宅がここにとりあげられているだけである。

3.共著者の山口晃は集中講義の聞き役的立場である。その一方、本書では画家の本領を随所に発揮している。各回の見出しページには一コマ漫画を描く。毎回、4コマ漫画が載せてある。その内容は現地での建築物実見内容と取材プロセスに関わるエピソード、裏話的な部分をおもしろく4コマで描いている。例えば、「第1回 法隆寺」では、「日本建築集中講義なごみ版、ブロークン、おいうち」の3本が載っている。「マーク」と題する3コマもある。
 さらに、訪問した建築物の実見から、画家山口が特定の箇所に着目して、3コマを主体(2コマもあり)にその特徴を絵に描き短文説明を加えている。そこには、藤森の解説内容も反映していることと思う。
 たとえば、「第1回 法隆寺」では、「廻廊、松、講堂内陣の柱(賽銭)、拝石、廻廊の床」に着目している。
 山口晃について触れておこう。本書では山口画伯という表記が本文中では使われている。本書の著者紹介によれば、東京藝術大学大学院修士課程修了。絵画専攻(油画)。「大和絵や浮世絵の様式を織り交ぜながら、現代の景観や人物を緻密に描き込む画風で知られる」「パブリックアート、新聞小説の挿画や漫画連載など、幅広く活躍している」という。ひょっとしたら作品の画像などを意識せず見ていたかもしれない。だが、遅ればせながら本書で初めて認識した画家である。

4.毎回の末尾に、藤森・山口両者に対するアンケート結果が自筆、絵入りで載せてある。これがけっこうおもしろい。
 アンケート様式の質問は3つ。「Q1 今回見た建物の中で一番印象深かったモノ・コトは?」「Q2 今回の見学で印象深かったことは?」「ずばり、○○○を一言で表すと?」(例えば○○○に法隆寺が入る。)

5.数はそれほど多くはないが、ところどころに日本建築探訪の現地写真が載せてある。
 その内容は、対象建築物の特徴をとりあげた写真と取材プロセスの記録的な写真が混在する。文庫だから仕方ないが、特徴をとりあげた写真はもう少し大きなサイズで見たかった。
6.毎回、末尾には、当該建築物についてのプロフィール紹介が載せてある。
 名称、所在地、電話番号、当該建築物の概要解説が記されている。

7.「休み時間」と題して、いわばコラム風の対談が3つ挿入されている。
 1つは「山口画伯の見たかった建築 二笑亭奇譚」。2つめは「はじめての藤森邸 タンポポハウス探訪」である。
 3つ目は上記「平野家住宅」だが、これは休み時間3にせずに、特別収録のままでもよい気がした。

 こういう構成は想像できなかった。対談と漫画との組み合わせで読みやすくてかつおもしろい。コマ漫画が実に生きている。コマ漫画にはちょっぴり皮肉な発言箇所なども描き込まれていておもしろい。

 最後に、集中講義からそのさわりの一部を参考に引用し、ご紹介しておきたい。
*デザインうんぬんではなくて、非の打ち所のない美しさに、パルテノン神殿の感じがしました。
 法隆寺の構成配置は、大小の建物を散らして配置して、そうすると全体の印象がばらけるんですが、それを廻廊で一つの空間にまとめる方法。  p9
*下から見た投入堂の美しさ。柱の造りとか、軒や張り出した床の裏とか、結構ガツガツ組んであるわりには、木組みのきれいさがある。 p97
*箱木千年家は、日本の民家の原型。室町時代頃の建築。 p243
 アフリカの原住民の家と美学は一緒。つまりそれだけ古いってことだし、まだ日本的なものが成立していないってことです。・・・・箱木千年家は、縄文時代の竪穴式住居の週間がずっと伝わっている。・・・・その特徴のひとつが、軒の低さ。  p246-247
*水を常に近くに感じさせる神社って意外と少ない。ところが、日吉神社は境内にずっと水が巡っているところ。・・・・・日吉大社って建築的には有名でもなんでもないんですよ。むしろ石橋のほうが有名。文化財の石橋なんて滅多にない。  p37-39
 日吉大社のすごいところって、石・水・建物・草木、そういうものがなんとなくうわーっと境内の一帯に固まっているところだと思う。・・・・テクスチャーの宝庫 p49
*待庵では、全部ガタガタの構成にして高さの目安となるものを消している。
 待庵は、完全に見える柱、一部だけ見える柱、完全に見えない柱、それらが混在している。 
 待庵最大の謎は、待庵について全く文献が残っていないこと。  p157-160
*松本城は本気で戦争用に造られた城の中では現存最古のもの。  p302
*西本願寺って・・・・現存最古の能舞台もあるし、豪華さの美学は二つの書院で、薄くて軽いという美学は飛雲閣で見られる。そういう意味では日本建築のエッセンスが詰まった場所ですね。書院造とは、普通の家でいうと格式の高いお座敷。西本願寺でも謁見やいろんな用があるから、そういう用途に使われるのはやっぱり書院だった。 p364
*書院造が、もっとも豪快に花開いたのが安土桃山時代。・・・聚楽第でピークに達して、それが二条城とか西本願寺につながわけ。  p365
*日本の場合は木造だから植物で建築を造るけど、その中で豪華さや派手さの表現を金で追求していく。そうすると、派手な造形を使いつつ、庭の緑の景観にもなじむわけ。p380
*後水尾上皇は政治的実権を持っていた時代の最後の天皇・・・・彼は最後の天皇として天皇らしいことをしようと思ったわけです。平安王朝文化の復活です。・・・彼の最たる望が本格的な浄土式庭園を造ること。それを修学院離宮に再現したんです。 p187
*州浜はあの世の外観を示す数少ない例。・・・・石が洗われた状態を「浄土」と見る思想が、いつからか日本人の心性にはあるんです。  p192
*三渓園は知名度がまだまだなんですよ。日本の数寄屋の中でもレベルの高いものがこんなに揃っているところはほかにない。おまけに臨春閣は、桂離宮と並ぶ数寄屋の代表作ですから。・・・・数寄屋は外を眺めるための建物。 p335、p338
*(旧閑谷学校)ほかの建築と違うのが、土木的なものが力強いところ。たとえば石塀。・・・(石塀)の手前に清める意味で泮池が据えられてる。・・・建築の持つ凜とした精神性・・・・あんなに土木の力を感じたのは初めて。ああいう建築のスケールや周りの地形を無視した土木的なものを、ひとつ敷地の中にポーンと造る構成はおもしろい。p218-220
*(角屋)仕上げと凝りように莫大な手間とお金がかかっていること。・・・・江戸時代当時の京都の職人芸の粋を結集したものであって、ただの建築じゃない・・・京都の角屋は文化的サロンの状態をずっと保っていました。・・・・おもしろかったのが、外側の美学と内側の美学が全然違うこと。   p272-282
*岩崎邸は、建築家が手掛けた住宅としては日本に現存する洋館の最古の例・・・・・和館と洋館は分けて並べて造るのが日本の洋館のオーソドックスになっちゃった。・・・・・本館のスタイルは、イギリスにしかない極めて特殊なもの。 p67-68、p79
*聴竹居って、モダンな建築に和風を取り込んだ最初の建築なんですよ。(書院造と数寄屋造)それを「どう近代化するか住宅研究のテーマでした。 p125
 聴竹居は実験住宅の五番目で、これがピークで完成形。  p131

 お読みいただきありがとうございます。

本書に関連する事項を少しネット検索してみた。一覧にしておきたい。
法隆寺  ホームページ
山王総本宮 日吉大社 ホームページ
旧岩崎邸庭園  :「上野 文化の杜」
vol.13 旧岩崎家茅町本邸  :「mitsubishi.com」
三徳山三佛寺 国宝投入堂 ホームページ
聴竹居 トップページ
国宝茶室 待庵  :「豊興山 妙喜禅庵」
修学院離宮  :「宮内庁」
特別史跡 旧閑谷学校  ホームページ
現存する日本最古の民家 神戸市北区の「箱木千年家」 :「神戸新聞社」
箱木千年家の紹介 YouTube
角屋保存会 公式サイト
[4K] 角屋 京都の庭園 角屋もてなしの文化美術館 Sumi-ya [4K] The Garden of Kyoto Japan  YouTube
旧花街・島原の揚屋「島原角屋」を訪ねる  :「京都ツウ読本」
国宝 松本城  ホームページ
国宝 松本城  :「松本市」
国指定名勝 三渓園  ホームページ
三渓園  :「NHK」
お西さん(西本願寺) ホームページ
お西さん(西本願寺) Twitter
平野家住宅洋館    :「文化遺産オンライン」
文京区の平野家住宅   :「レトロな建物を訪ねて」
タンポポ・ハウス  :「国内建築ライブラリ」

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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『藤森照信の茶室学 日本の極小空間の謎』 藤森照信 六耀社