越境捜査シリーズ第7弾。2019年4月に単行本が刊行され、今年(2022)2月に文庫化されている。文庫本のカバー表紙折込に記された著者プロフィールの末尾の「21年、逝去」を読み愕然とした。知らなかった! 調べてみると、著者は2021年11月22日に急性心筋梗塞のため死去。享年70歳。訃報は今年1月14日に公表されたという。気づかなかった。
また一人、愛読作家が冥界に去って行った。嗚呼! 合掌・・・・・。
併せて調べてみると、この越境捜査シリーズは『相剋』(2020年)、『流転』(2022年)の2作が単行本化されている。惜しくも第9作で終わることになる。この2作も今後読み継いでいきたい。他にも沢山読み残している。
さて、この第7弾。日曜日の午前10時過ぎ、鷺沼が携帯の呼び出し音で叩き起こされる場面から始まる。相手は宮野だった。鷺沼友哉は警視庁捜査一課特命捜査対策室特命捜査第二係の警部補。宮野裕之は神奈川県瀬谷警察署刑事課の巡査部長。腐れ縁が続いている。宮野は鷺沼に儲け話があると言い、例によってギャンブルですり、鷺沼のマンションに居候をしようとする算段だった。宮野は、30年前の話を持ち出した。瀬谷署管内にある老人ホームの入所者が死ぬ前に警察に話しておきたいことがあると連絡してきた電話を宮野が受けた。その老人の名は葛西浩二。彼は、マキオスの会長、槙村尚孝は原口敏夫のなりすましだと言う。30年前に、葛西は原口と共謀し、世田谷の豪徳寺にある槙村尚孝の留守宅に泥棒に入ったが、物色中に槙村が戻ってきた。原口が金槌で槙村を殺害し、何も奪わずに逃げたという。マキオスは消費者金融の最大手。最近はIT分野にも手を広げている。槙村は資産総額では日本のトップテンの常連だという。
鷺沼は頭から与太話と相手にしない。そんなところに、刑事部屋で当直している井上から白骨死体発見の通報が入る。検視官の見立てだと、30年くらい前のもの。頭部に鈍器で強打されたような陥没骨折の痕が見られ、殺人の可能性が高い。現場は世田谷の豪徳寺と告げる。
単なる偶然の一致なのか? 宮野の話が頭の隅に留まるまま、鷺沼は現場に向かう。帳場が立つ様子は全く無し。所轄北沢警察署の新里課長との話し合いで、この事件を三好・鷺沼たちが預かることになる。
30年前の白骨死体。それを糸口にして、鷺沼と井上は、聞き込み捜査での情報収集から捜査を始めて行く。このストーリー、捜査活動における華やかさは全くといえる位にない。インターネットの活用と足で稼ぐ地道な捜査が延々と続いていく。読者にとってはどのような捜査アプローチが可能かという点が読みどころといえようか。捜査活動の実態とはそのようなものかもしれない。その地道な捜査による関連情報と証拠の累積、時によっては試行錯誤により犯人に迫っていくことになる。
このストーリーでは鷺沼、井上たちはどのような捜査行動を積み上げて行くのか。その手法やアピローチのしかたを、捜査の進展に沿いながら列挙してみよう。
1.宮野の掴んだ情報の整理とその裏付け事実の確認:警視庁犯歴データベースの活用
2.葛西老人が証言する原口についての身上照会捜査
3.白骨死体現場の鑑識捜査の結果からの関連捜査
4.白骨死体の頭部に対するスーパーインポーズ法の活用検討
5.白骨死体発見現場の家屋・土地の登記記録の調査・確認
6.マキオス会長についての公開情報のリサーチ
7.マキオス会長槙村尚孝の人間関係、友人等の調査と聞き込み捜査
8.マキオス会長槙村尚孝の自宅住所から住民票等の追跡捜査
9.インターネットから削除された記事の執筆者が行方不明:それに関連した捜査
10.マキオス会長槙村尚孝の行動確認捜査
11.非公式ではあるが、葛西老人に白骨死体発見現場付近を現地確認させる
12.現場周辺での30年前の状況についての聞き込み捜査
13.第9項の行方不明者(川井)の死体発見に伴う捜査への参加。その後の追跡捜査
14.白骨死体の頭部に対する科捜研の復顔作業 ⇒復顔結果での聞き込みと読みの外れ
だが、葛西老人から新たな証言を得る。その顔は中西輝男だと。
15.中西輝男の身上照会捜査と聞き込み捜査
16.捜査対象アパートの監視捜査
17.銀行口座の照会捜査:隠匿資産の解明
18.行き着いた仮説に従って、鷺沼、井上たちは証拠発掘の行動を開始
19.捜査の詰め。張り込み・追跡ほか
捜査方法を抽出しまとめるにあたり、見落としがあるかもしれないが、これらの捜査活動で時には読み筋違い、紆余曲折を経ながらも、現槙村尚孝=原口という事実の立証に迫っていく。事件後の犯人捜しではなく、犯人であることへの証拠固めの捜査をするという反転ストーリーであるところがおもしろい。
さらに、マキオスという会社にはもう一つ事業経営上の重要な動きが生じて来る。そしてそこには、原口を手玉に取る形の人物が登場してくることに・・・・。鷺沼はその人物とも対峙していくことになる。その人物の犯罪行為の立証はこれまでの捜査プロセスでの証拠に基づくというこの最終ステージへの一捻りが興味深い。
視点を変えると、様々な行政手続き、法律行為を意図的に悪意で組み合わせれば、如何に犯罪行為を生み出せる余地があるかという側面を描き出している。このストーリーでは犯罪行為が暴かれて終焉する。
だが、その一歩手前の法の悪用レベルが実際に罷り通っているかも・・・・。そんな思いを抱かせる。
葛西老人の宮野に対する証言から始まったこのストーリー、著者は宮野のためにおもしろいオチを最後に書き加えている。
ご一読ありがとうございます。
この印象記を書き始めた以降に、この作家の以下の作品を順次読み継いできました。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『最終標的 所轄魂』 徳間書店
『危険領域 所轄魂』 徳間文庫
『山狩』 光文社
『孤軍 越境捜査』 双葉文庫
『偽装 越境捜査』 双葉文庫
=== 笹本稜平 作品 読後印象記一覧 === Ver.1 2022.1.22 時点 20册
また一人、愛読作家が冥界に去って行った。嗚呼! 合掌・・・・・。
併せて調べてみると、この越境捜査シリーズは『相剋』(2020年)、『流転』(2022年)の2作が単行本化されている。惜しくも第9作で終わることになる。この2作も今後読み継いでいきたい。他にも沢山読み残している。
さて、この第7弾。日曜日の午前10時過ぎ、鷺沼が携帯の呼び出し音で叩き起こされる場面から始まる。相手は宮野だった。鷺沼友哉は警視庁捜査一課特命捜査対策室特命捜査第二係の警部補。宮野裕之は神奈川県瀬谷警察署刑事課の巡査部長。腐れ縁が続いている。宮野は鷺沼に儲け話があると言い、例によってギャンブルですり、鷺沼のマンションに居候をしようとする算段だった。宮野は、30年前の話を持ち出した。瀬谷署管内にある老人ホームの入所者が死ぬ前に警察に話しておきたいことがあると連絡してきた電話を宮野が受けた。その老人の名は葛西浩二。彼は、マキオスの会長、槙村尚孝は原口敏夫のなりすましだと言う。30年前に、葛西は原口と共謀し、世田谷の豪徳寺にある槙村尚孝の留守宅に泥棒に入ったが、物色中に槙村が戻ってきた。原口が金槌で槙村を殺害し、何も奪わずに逃げたという。マキオスは消費者金融の最大手。最近はIT分野にも手を広げている。槙村は資産総額では日本のトップテンの常連だという。
鷺沼は頭から与太話と相手にしない。そんなところに、刑事部屋で当直している井上から白骨死体発見の通報が入る。検視官の見立てだと、30年くらい前のもの。頭部に鈍器で強打されたような陥没骨折の痕が見られ、殺人の可能性が高い。現場は世田谷の豪徳寺と告げる。
単なる偶然の一致なのか? 宮野の話が頭の隅に留まるまま、鷺沼は現場に向かう。帳場が立つ様子は全く無し。所轄北沢警察署の新里課長との話し合いで、この事件を三好・鷺沼たちが預かることになる。
30年前の白骨死体。それを糸口にして、鷺沼と井上は、聞き込み捜査での情報収集から捜査を始めて行く。このストーリー、捜査活動における華やかさは全くといえる位にない。インターネットの活用と足で稼ぐ地道な捜査が延々と続いていく。読者にとってはどのような捜査アプローチが可能かという点が読みどころといえようか。捜査活動の実態とはそのようなものかもしれない。その地道な捜査による関連情報と証拠の累積、時によっては試行錯誤により犯人に迫っていくことになる。
このストーリーでは鷺沼、井上たちはどのような捜査行動を積み上げて行くのか。その手法やアピローチのしかたを、捜査の進展に沿いながら列挙してみよう。
1.宮野の掴んだ情報の整理とその裏付け事実の確認:警視庁犯歴データベースの活用
2.葛西老人が証言する原口についての身上照会捜査
3.白骨死体現場の鑑識捜査の結果からの関連捜査
4.白骨死体の頭部に対するスーパーインポーズ法の活用検討
5.白骨死体発見現場の家屋・土地の登記記録の調査・確認
6.マキオス会長についての公開情報のリサーチ
7.マキオス会長槙村尚孝の人間関係、友人等の調査と聞き込み捜査
8.マキオス会長槙村尚孝の自宅住所から住民票等の追跡捜査
9.インターネットから削除された記事の執筆者が行方不明:それに関連した捜査
10.マキオス会長槙村尚孝の行動確認捜査
11.非公式ではあるが、葛西老人に白骨死体発見現場付近を現地確認させる
12.現場周辺での30年前の状況についての聞き込み捜査
13.第9項の行方不明者(川井)の死体発見に伴う捜査への参加。その後の追跡捜査
14.白骨死体の頭部に対する科捜研の復顔作業 ⇒復顔結果での聞き込みと読みの外れ
だが、葛西老人から新たな証言を得る。その顔は中西輝男だと。
15.中西輝男の身上照会捜査と聞き込み捜査
16.捜査対象アパートの監視捜査
17.銀行口座の照会捜査:隠匿資産の解明
18.行き着いた仮説に従って、鷺沼、井上たちは証拠発掘の行動を開始
19.捜査の詰め。張り込み・追跡ほか
捜査方法を抽出しまとめるにあたり、見落としがあるかもしれないが、これらの捜査活動で時には読み筋違い、紆余曲折を経ながらも、現槙村尚孝=原口という事実の立証に迫っていく。事件後の犯人捜しではなく、犯人であることへの証拠固めの捜査をするという反転ストーリーであるところがおもしろい。
さらに、マキオスという会社にはもう一つ事業経営上の重要な動きが生じて来る。そしてそこには、原口を手玉に取る形の人物が登場してくることに・・・・。鷺沼はその人物とも対峙していくことになる。その人物の犯罪行為の立証はこれまでの捜査プロセスでの証拠に基づくというこの最終ステージへの一捻りが興味深い。
視点を変えると、様々な行政手続き、法律行為を意図的に悪意で組み合わせれば、如何に犯罪行為を生み出せる余地があるかという側面を描き出している。このストーリーでは犯罪行為が暴かれて終焉する。
だが、その一歩手前の法の悪用レベルが実際に罷り通っているかも・・・・。そんな思いを抱かせる。
葛西老人の宮野に対する証言から始まったこのストーリー、著者は宮野のためにおもしろいオチを最後に書き加えている。
ご一読ありがとうございます。
この印象記を書き始めた以降に、この作家の以下の作品を順次読み継いできました。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『最終標的 所轄魂』 徳間書店
『危険領域 所轄魂』 徳間文庫
『山狩』 光文社
『孤軍 越境捜査』 双葉文庫
『偽装 越境捜査』 双葉文庫
=== 笹本稜平 作品 読後印象記一覧 === Ver.1 2022.1.22 時点 20册