遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『陰陽 [祓師・鬼龍光一]』  今野 敏  中公文庫

2016-04-11 10:21:51 | レビュー
 前回ご紹介した『鬼龍』で触れているが、この作品では、「鬼道衆」の血筋をひく祓師(はらいし)の鬼龍光一が主人公として登場する。『鬼龍』では鬼道衆として修行の身だった鬼龍浩一が主人公だった。この小説では「浩一」が「光一」に改称されているが、その発展型といえるだろう。なぜなら、鬼龍光一の住所が、杉並区高円寺、大和陸橋のそばで、今時、学生も住まないような安アパートなのだから・・・・。そして、まだ修行の身なのだと、鬼龍に語らせている。

 この小説は、『鬼龍』とは異なり、殺人事件の捜査という警察小説ストーリーに陰陽道の系統である悪霊祓いを仕事とする祓師が関わって行くとハイブリッド型作品となっている。捜査活動に悪霊祓いという行為、オカルト性を加えたエンターテインメントである

 そこで、主な主人公をまず紹介する。殺人事件発生により、捜査本部が設置されることから、数名の刑事が直接に関係していくがストーリーの中心になるのは冨野輝彦巡査部長である。彼は警視庁生活安全部少年一課勤務であり、本来なら殺人事件は担当外。しかし、事件の性格上捜査本部に特に指名により加わっていく形になっている。この冨野は本人が気づいてはいなのだが、じつは陰陽道に携わる鬼龍からみれば、冨野にはオカルト的現象に対するかなり鋭敏な感性を身につけているという。このあたりがおもしろい設定でもある。捜査活動と祓師の行動とのリンキングの立場になっていく。
 殺人事件の背後に潜む亡者そのものを祓うという使命から、発生した殺人事件に警察の捜査活動とは無関係に関わり始めるという形で、祓師・鬼龍光一が登場する。
 ここでさらに構図的に面白さを加える点が2つある。その一つが、安倍孝景の登場である。彼は「奥州勢」の血筋をひく祓師である。祓師として「鬼道衆」の鬼龍光一にライバル意識を露わにみせる。鬼龍光一は常に黒のジャケット、黒のズボン、黒いシャツに黒の靴という黒ずくめの服装で事件現場に登場する。一方、安倍孝景は対照的に、銀色の髪で、白ずくめの服装という出で立ちである。祓師として行う術法も対極的な形に設定されていておもしろい。また祓いの対象とする悪霊を鬼龍は「亡者」と呼び、安倍は「外道」と呼ぶ。
 もう一つが、鬼龍光一・安倍孝景による悪霊祓いというオカルト的次元の行動に対しての現実的構図である。捜査本部に本宮奈緒美が加わる。警察庁の刑事課長の推挙により、殺人事件に対する分析スタッフとして組み込まれて来る。彼女はシリアル・ケースの犯罪という異常犯罪の専門家であり、臨床心理学者なのだ。つまり、オカルト的次元の分析・見識行動に対して、科学的次元の分析・見識が対比され、展開していくという構図がある。
 富野輝彦、本宮奈緒美、鬼龍光一、安倍孝景が事件解明に関わる主な登場人物というところになる。そこに捜査一課の矢崎寛久刑事、渋谷署の寺本刑事などが加わる。

 高校生くらいの年齢の肉づきで、生前は美少女だったに違いないと思われる全裸死体を富野輝彦が見下ろしている場面からストーリーは始まる。暴行陵辱のうえでの惨殺という異常な事件。それは、手口が似ていて同一犯人の仕業とおもえる3件目の事件だった。いくつかの目撃証言から、犯人は少年らしいということになり、少年による少女の連続殺人事件と判断され、少年一課から富野が参加することになったのである。そして、上の方からのお声かかりで参加した本宮奈緒美は、刑事たちからは疎まれる立場であり、結果的に富野と本宮が組まされる。富野は暫定的な相棒となる本宮とともに予備班扱いとなり、捜査活動に従事する。
 殺人事件の現場にマスコミのレポーターが集まっている。その中に交じっていて少し異質な雰囲気の人物に富野は気づく。近づいて行き、富野が職務質問すると、その男は鬼龍光一と名乗り、職業はという質問に、「お祓い師かなあ・・・・」と答えたのだ。
その3日後、婦女暴行事件が発生する。井の頭公園内を逃走中の犯人に鬼龍がお祓いを終えた直後に、富野が追いつく。鬼龍と言葉を交わした後、地面をかきむしるようにして泣く若者を富野が逮捕する。犯人の素性が直ぐに判明する。というのは、その若者(安原猛)に本宮が少年鑑別所で面談したことがあったからだった。

 二度までも事件の過程で鬼龍と出会った富野は、鬼龍の住む高円寺のアパートに訪ねて行く。こんな会話が交わされる。
 「どうせ祓うなら、今度は、罪を犯す前にしてもらいたいな」
 「できればそうしたいんですけどね・・・・」
 これを契機に、富野は鬼龍に捜査活動で得た情報の一端を提供するに至る。結果的に鬼龍は事件の解決に協力していく
 
 新たな連続少女暴行殺人事件が発生する。この一連の事件は犯人・木島良次の視点からストーリーが展開する。捜査本部が立ち上がり、再び富野・本宮が組み込まれていく。木島の視点での犯行に到る描写と富野・本宮の二人組の視点での捜査プロセス描写が織り交ぜられつつストーリーが展開していく。
 凝り固まった陰の気を探し歩く形で鬼龍は行動していた。富野は事件現場付近で、鬼龍を見出す。そこに「悠長なことを・・・」と揶揄するごとき発言で安倍孝景が現れてくる。奥州勢も動き始めていた。富野の質問に鬼龍は答える。「鬼道衆の分家筋です。奥州勢と呼ばれる連中の一人、安倍孝景」と。
 さらに、仲根亜由美、下村達也という高校生が加わってくる。彼らもまた、何者かにより亡者にされたのだ。この二人には陰の気を追うことから安倍と鬼龍が先にアプローチできることになる。そして、亡者祓いを行うのだが・・・・。だれから亡者にされたのかが網の目のように繋がって行くという展開となる。どうつながるかが、おもしろいところ。このストーリー展開の読ませどころとなる。
 木島良次の犯行が重なるにつれ、富野は鬼龍との情報交換を深める一方で、田端課長の指示を受け、本宮との二人組を解消し、矢崎刑事と組み事件を追うことになる。本宮は寺本刑事と組む。この組み替えが波紋を広げる。

 亡者が亡者を作るという連鎖。それを断ち切るには、親亡者に行きつくしかない。事件が連続して起こるにつれ、富野は亡者・外道という捉え方を認める方向に深化し、捜査活動との協働をはかる方向に突き進む。それは、殺人事件を専門とする刑事ではない警察官富野の職務柄と富野の感性からの発想と行動として描かれる。一方で、本宮奈緒美の臨床心理学者としての分析が重ねられていく。オカルト的アプローチと科学的分析的アプローチ。そして刑事本来のアプローチ。異なる観点の織り交ぜかたがストーリー展開を興味深くしている。
 捜査活動、親亡者の追跡のクライマックスはとんでもないどんでん返しとなる。
 
 ストーリーとはまったく別に『鬼龍』との対比での印象がひとつある。『鬼龍』は本宮からの指示にしたがい、依頼を受けた案件への対処を鬼龍浩一は修行として実践していた。この作品で鬼龍光一は鬼道衆の祓師として修行中の身となっている。しかし、依頼主も本宮の指示もないように思える。鬼龍光一が独自に修行のために行動しているところが、少しおもしろい。祓ってお金になるわけではない。安倍孝景もそうである。彼は鬼龍光一に対抗する形で登場してくる。このあたり、警察小説としてのストーリーに組み込まれたことによる結果か・・・・。

 警察小説とオカルト的な伝奇小説の融合は小説という世界だからこそ楽しめるエンターテインメントなのかもしれない。現実にあったら恐ろしい。このシリーズの特徴なのか、著者はこの作品でも少しエロチックなシーン描写を取り入れている。それも併せて、ひととき楽しめるストーリーである。

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