遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『企画展がなくても楽しめる すごい美術館』  藤田令伊  ベスト新書

2022-03-11 14:25:56 | レビュー
 『すごい美術館』というタイトルに興味をそそられて読んだ。その修飾句がおもしろい。すごいと言わしめる前提が「企画展がなくても楽しめる」という条件が付いている。
 遅ればせながら著者の名前を本書で初めて知った。著者のプロフィールを読むと、真っ先に「アート鑑賞ナビゲーター」という肩書が紹介されている。この肩書も私は初めて目にするものだった。ヴイジュアル新書として発刊されている。当然だが美術館自体の写真を含めて、当該美術館所蔵のアート写真も数多く掲載されている。本書は2016年8月に刊行された。

 著者によれば日本には1000を越える美術館があるという。この数、気象庁の全国の観測地点数(929ヵ所)を越えているそうだ。そのあまたある美術館の中から、「企画展がなくても楽しめる」という美術館を60、この新書で紹介している。勿論、著者は「はじめに」で、「本書における美術館のセレクトは『公正中立』といったものでは露ないということです。私の主観が如実に反映されています。」「もし美術館の総合力とでもいうようなランキングがあったとしたら、当然、上位にランクインするであろう美術館でもあえてバッサリ切り捨てているところがあります」と前置きをしているので、その点を前提に受けとめる必要がある。それでも、全国の美術館を見て回ったこともないし、地元・京都府下の美術館ですらその全てを訪れて知っているわけでもない。それ故、参考情報として楽しむには有用な書と思った。

 では、著者は企画展がなくても、「すごい美術館」と選択する根拠、つまり著者の主観的価値判断の視点は何なのか。それが本書の章立ての見出しに反映している。各章で選択された美術館には重複がないので、各章の見出しと、選択された美術館の数をリストにしてみよう。
  第1章 一度は見たい名品のある美術館    10
  第2章 ココロとカラダが喜ぶ美術館      8
  第3章 訪れた人の心が揺さぶられる美術館   9
  第4章 建築や庭が見事な美術館       12
  第5章 鑑賞力がアップする美術館       8
  第6章 スペシャルな個性が際立つ美術館   13
この60のうち、私が少なくとも名称を知っている美術館はわずか16。1回でも訪れたことがある美術館は7つに過ぎなかった。そういう意味では手軽な参考情報として役立つ本である。難点はその60が全国に散在しているのだからそう簡単には行けない点である。本書を手に取って、目次を開いて、あなたご自身の現地体験数をカウントしてみてほしい。
 まずは、解説を読み、写真を眺めながら、誌上鑑賞ツアーを楽しむことにした。
 読後にここに取り上げられた60の美術館をネットで検索してみたら、殆どがホームページを開設されている。序でにこのリストも役立つ情報になる。

 第4章に取り上げてある美術館では、私の住む京都府の隣り、滋賀県の山中にあるMIHO MUSEUM を幾度か訪れている。京都府では大山崎山荘美術館が取り上げられている。かなり以前に一度企画展を見に行ったのだが、美術館自体や庭について殆ど記憶がなかった。そこで、先日この本から刺激を受けて、再訪してこの山荘美術館と庭を眺めてきた。勿論そのとき企画展が行われていたので、それも楽しんできた。その記録はもう一つのブログに印象記をまとめている。ご覧いただけるとうれしい。

 少し前に奈良国立博物館の企画展を見に行き、知ったことでネットでも確認したが、第1章の最後に取り上げられている藤田美術館(大阪府)は、この4月にリニューアル・オープンされる予定になっている。本書は2016年の出版だから仕方がないが、p54の美術館外観写真は古いものになる。改訂版が出るとしたら、写真の差し替えが必要だろう。勿論、本書を参考情報として読む分には大して影響はないけれど・・・・。

 アート鑑賞ナビゲーターの解説を、美術館自体とその所蔵品を中心に読んで楽しむ情報源として損はない。1館を2~10ページくらいで写真入り、ビジュアルかつコンパクトなわかりやすい解説でまとめてある。読みやすい。

 本文から、私の気づきにつながった説明を引用しご紹介したい。
*私たちがふだん「美術館」と言い慣わしている施設は法的には「博物館」なのです。博物館法という法律の所管になっています。(ちなみに動物園や水族館も博物館です)。また、諸外国では「ミュージアム」として両者は一緒くたです。 p29
*対話による美術鑑賞は、近年普及しつつある美術の新しい見方で、鑑賞者の主体的な鑑賞が育まれます。  p33
*中国においても曜変天目が重視されていたらしいことが明らかになりつつあります。p53
*(現在の)時代的社会的背景を考えたとき、「ココロとカラダが喜ぶ」という切り口は思った以上に重要だと気づきます。 p57  ⇒美術館≒砂漠のなかのオシス
*評判の高い展覧会には大量の観客が押し寄せるのに、ごくふつうに開かれている常設展は閑古鳥が鳴いていて、その落差は異常です。私たちはじつはただ煽られて展覧会に行っているだけではないのかと疑われてきます。 p61
*ほんとうは何もないところにこそ自分のクリエイティビテエィを発揮する余地があるはずです。 p61
*私の経験では、ほんとうに心が揺さぶられた鑑賞は地方の美術館においてのほうがずっと多いです。 p84
*美術作品には、たいてい注目を集めるポイントがあります。そのため、人はどうしてもそのポイント中心にしか作品を見ないということになりがちです。ディスクリプションをしていけば、作品全体をくまなく見るようになり、注目点だけしか見ないという見方を越えられます。 p117
*美術鑑賞においてもっとも大切なのは「概念変化」だという考え方があります。・・・・知識を下敷きにして、そこから自分なりに何かに気づき、何かを見出していくことがより望ましいと考えられます。  p161
*大原美術館のコレクションは児島虎次郎がヨーロッパで買い付けたものが中核となっています。 p183


 最後に、表紙にモザイクのように貼り込まれた写真が「すごい美術館」のどれに関係するのか、美術館名をご紹介して終わりたい。書名の真上は「モエレ沼公園」、ここから時計回りに列挙する。「国立西洋美術館」「北澤美術館」「東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館」「ホキ美術館」と続く。書名の下は、「北川村『モネの庭』マルモッタン」「宮城県美術館」「足立美術館」。左側の上に向かい「山梨県立美術館」「鹿児島県霧島アートの森」そして最後が、左上隅の「MIHO MUSEUM」である。

 さて、ここから先はまず本書を開き、「すごい美術館」の一端を垣間見ていただきたい。

 ご一読ありがとうございます。


 本書に登場する美術館のうち、2箇所を訪れています。私のもう一つのブログ記事に探訪記をまとめています。(楽天ブログ) こちらもご覧いただけるとうれしいです。
スポット探訪&観照 京都府・大山崎町 アサヒビール大山崎山荘美術館 -1
  3回のシリーズにまとめてご紹介。
探訪&観照 滋賀県・信樂 ミホミュージアムへ久々に。龍光院蔵曜変天目に惹かれて。


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