遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『風をつかまえて』  高嶋哲夫  NHK出版

2014-03-17 10:48:54 | レビュー
 「二人が車を降りて小屋の裏から出ると、濃紺の空を背景に風車が静かに回り始めている。」

 この一文で締めくくられた作品だ。風が吹きすぎて行く爽やかな余韻を心にとどめさせてくれる。一旦成功したかに見えたが崩壊し、その挫折から風をつかまえるために立ち上がっていくという努力・執念の先に風をつかまえることができるというサクセス・ストーリーである。実に読後印象が良かった。

 作品のテーマは、町おこしの目玉に提案された風車建設にまつわるもの。風車建設ストーリーである。
 場所は北海道南西部、日本海に面する地域に設定された風の町・内知町である。町立内知小学校4年生の女子児童が、文部科学省主催の「ふるさとを描こう」という絵画コンクールで、文部大臣賞を受賞した。「なだらかに続く緑の丘、その前方に広がる紺碧の海。雲一つない青空に明るい太陽が燦々と輝いている。極めつきは、丘の上で回っている白い風車だ。どことなく異国を感じさせる、印象的な絵だ」(プロローグの冒頭文)。それが全国紙にカラーで紹介されたことが発端となる。町の観光課に東京の観光会社数社から問い合わせがあったのだ。勿論、内知町には風車は1基もない。町おこしの目玉になるかも・・・と町長は風車建設を町議会に提案する。風車発電、自然エネルギー利用、緑の丘の上で回る風車の景色、雄大でロマンを感じさせる・・・・そんなところが、町の活性化につながるのではないかと言う。日本の風車は大部分がヨーロッパからの輸入、風車は2億円前後、建設費を入れると3億円弱が必要らしい。議会に提案されたものの、その金額の重みがまず雰囲気を押しつぶす。
 町議会議長で町唯一の観光ホテルのオーナーである村上は内知町観光組合理事長でもある。サンシャインホテルが100万円、観光組合が200万円、風車建設資金を出すという。あと200万を町が準備することとして、予算500万円で風車建設を企画しようということになる。それも、既存の市場に出ている風車の購入ではなく、町内の企業に自分たちで創ってもらい、地産の風車を丘に建てようというアイデアだ。風車のスケールはたとえ小さくなっても、自力で作った町の風車を売り物にしたいという。

 そこで登場するのが、内知町の東間鉄工所である。村上は東間と幼なじみでもあるのだ。ただし、東間自身は村上の行動や仕事ぶりに批判的な目を向けてはいる。東間鉄工所はバブル経済の崩壊後、仕事が減り、結果的に従業員も減り、最近苦労を共にした妻を亡くしている。それ以降、仕事の張りもなくし、酒におぼれるという状態。長女が経理面を見ながら、細々と仕事を続けている状態だった。風車製作についての経験がある鉄工所ではない。そんなところへ、少し虫のよい風車建設の話が持ち込まれたという訳だ。
 設計は地元の工業高校の物理の先生が引き受ける。北大卒で大学では流体力学を専攻したという。学校の文化祭で学生たちと風車を作り、100ワットの電球を光らせるという展示をしているのだ。環境問題にも非常に興味を持っている先生である。
 風間眞二郎はその設計図を町の議員に持ち込まれ、風車製作の経験はないが、過去の経験を活かし、新たな技術開発に技術職人の心を揺さぶられる。新たな仕事への意欲を感じ始めるのだ。採算性や技術経験から長女は不安を感じるが、最後は父親のやる気に協力することになる。困難な問題が山積みされていることが見えるからだが、母の死後、父にやる気が芽生えているのを大事にしたいと思うのだ。それが自分に危難をもたらすことになるとは思ってもいない。

 この物語は風車建設プランに関わった東間鉄工所の一家族を中心にしたストーリー展開である。主な登場人物をご紹介しておこう。

東間真二郎: 東間鉄工所社長。根っからの技術職人。妻を亡くしてから落ち込む。
  酒におぼれ仕事にも意欲をなくす。風車建設プランに仕事の意欲を喚起される。
東間知恵 : 母親の死亡後、鉄工所の経理を始め母親の行っていた仕事を継承
  鉄工所の経営を実質的に行っている立場。おかげで婚期を逸している。
  ストーリー展開では強力な副次的主人公であり、悲劇に遭遇するヒロイン。
東間優輝(ゆうき): この物語の中心人物になる。二男。物語当初は札幌で就業中。
  高校時代は暴走族。バイク事故で仲間を無くし、それがトラウマにもなっている。
  母の葬儀の後、父と大喧嘩をして家を飛び出す。父の有り様が原因。父を憎む。
  札幌の勤務先の居酒屋で、店に来たもと同級生から突然声を掛けられる。
  そのときの会話がきっかけで、内知町に戻る。風車製作に関わっていく。
早河由紀子: 優輝に声を掛けた同級生。北大・大学院博士課程1年。理学部数学科
  鉄工所の風車造りの件を優輝に話す。風車を介して優輝との関わりが深まる。
藤江: 工業高校の物理の教師。風車の設計図を書く。風車の倒壊に責任を感じる。
  優輝をサポートする。優輝を北大・流体力学研究室の長谷川教授に引き合わせる。
東間慎一: 優輝の兄。東京に出、商社マンになっている。婚約者を連れてくる。
  婚約者は広告企画者。そのアイデアを慎一と共に風車プロモーション用に提供する。
 町おこし、地産の風車が一旦は建設されて、風をつかまえた。だがそれが正式のオープニング前に倒壊する。その挫折から、再び自力で風車を建設するという意地を貫き通す。「風をつままえる」ために。
 なぜ当初の風車が倒壊したのか。その原因解明から始めなければならない。もと暴走族の優輝、担任したことのある藤江から見ると優輝が優秀な頭脳の持ち主である。潜在能力はあるのだ。母の死を契機に家を飛び出した優輝は、独自に仕事の能力は磨いていた。すすき野の居酒屋での仕事から、父の鉄工所での仕事への回帰。それも風車という初めての技術分野へのチャレンジ。意欲だけで風車が回る訳ではない。風車倒壊の経験が強力なバネとなって、「風をつかまえて」が確実に実現するまでに至る。
 この作品はそのプロセスを克明に描き出していく。

 風力という自然エネルギーをどのようにつかまえ、利用できるか。そのための成功要因を問題点・課題解決というプロセスとして多面的に書き込みながら、ストーリーを推し進めていく。優輝の元暴走族仲間が優輝の風車造りに協力していくというファクターがあり、仲間の絆がほほえましい局面として織り交ぜられていく。悲劇のヒロインとなる知恵に藤江が思いを寄せていくのもほんわりとしてうれしい話である。

 風車倒壊の原因究明の観点で、風車の物理的、力学的、技術的な課題が明確になる。
 新たに風車を創るというプロセスで、風力発電が総合的システムだということをわかりやすく折り込んでいる。風力発電のメリット・デメリット、可能性が具体的に提示されていく。
 風車建設も資金があってできること。資金集めのプロモーションという具体的な課題がケーススタディ風にうまく織り込まれていく。商業ベースに乗る風車がどれくらい資金を要するものかもわかってくる。
 また、資金という観点において、風力発電への賛助・参画が企業イメージアップに関連づけた戦略的あるいは政策的配慮として利用されているという局面にも触れている。ここに一面の現実感が漂っている。

 風力発電が持つ利点と問題点をフィクションという形でわかりやすく理解させてくれる作品である。物理的にある限界がある前提で、著者は風力発電のもつ自然エネルギー活用の潜在力を肯定的に捕らえているように思った。
 風力発電について、目をむけるうえで示唆を含む作品となっている。
一喜一憂し、楽しみながらかつ考えながら風力発電について理解を深めることができる。一読をおすすめしたい。

 ご一読ありがとうございます。


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風力発電について周辺情報をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

風力発電 :ウィキペディア
風力発電とは :「NBS.I」
 「風力発電のしくみ」(「概略図」)が動画となって全体のイメージがつかめる。
風車の構造 :「新エネルギー・産業技術総合開発機構」
一般のよくあるご質問 :「日本風力開発株式会社」
 
Wind power From Wikipedia, the free encyclopedia
Wind Power :「State of Green」
Wind turbine From Wikipedia, the free encyclopedia
Small wind turbine  From Wikipedia, the free encyclopedia
 
日本全国の風力発電所一覧地図 :「Electrical Japan」
日本における風力発電の状況 :「新エネルギー・産業技術総合開発機構」
日本における風力発電設備・導入実績 都道府県別 導入事例
洋上風力発電実証研究 :「新エネルギー・産業技術総合開発機構」
 
発電所データベース :「Electrical Japan」
 

一方、風力発電について、次のような反対論があるのも事実である。
「巨大風車が日本を傷つけている」 ホームページ 
  ここから国内にある各地域の反対グループにリンクが張られている。
 
「National Wind Watch」 ホームページ
「European Platform Againsr Windfarms」 ホームページ
 


 インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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風力発電をテーマとした小説に以下の作品がある。読後印象記を既に載せている。
ご一読いただけるとうれしいです。

『すばらしい新世界』 池澤夏樹  中央公論新社 
 



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