刑事・鳴沢了シリーズの第3作である。鳴沢は多摩署から青山署の生活安全課に異動させられている。この作品は三部構成となっている。「第1部 蠕動」「第2部 発火」「第3部 転落」。蠕動(ぜんどう)という熟語の「蠕」という漢字をこの小説で初めて見た気がする。漢和辞典を引くと「蠢動(しゅんどう)」と同義であると説明されている。私は蠢動という熟語の方は以前に本で何度か出会っている。第一義は「うごめく。虫の動くさま」という意味で、第二羲に「わずかだけ動く」とある(角川『新字源』)。国語辞典には、「ミミズなどにみられる、身をくねらすような動き。うごめくこと。」(『日本語大辞典』講談社)とあり、第二羲に腸管などの動きに見られる「蠕動運動」という説明があり、ああ、ゼンドウ運動というのは、こんな漢字だったのか・・・と再認識した次第。
つまり、少し嫌な動きが所轄管内でもぞもぞと動き出す。どのような動きに発展するのか分からぬまま、その動きを確かめていかねばならない。ある時点で、突然に火がつき始めて、事件の大凡が見え始める。そして、事件の核心にアプローチすると終焉へと一挙に転回し崩れ落ちていく。そんな暗示がこの目次構成にある。
第一部は、地域課の受付に男女12人の老人たちが切羽詰まった様子で詰め寄っているというシーンから始まる。1階の警務課に書類を届けに行った鳴沢がその場に出くわす。老人たちは「騙された」と血相を変え、話を聞いて欲しい、署長に会わせろと口々に言う。生活安全課の先輩刑事、横山浩輔が鳴沢の説明により、2階の会議室で話を聞こうと鳴沢に指示する。これが事件のうごめきの始まりだった。
一方、鳴沢は刑事課の池澤良樹とともに、通報を受けて、5階建てマンションの4階にあるNPO「青山家庭相談センター」の事務所として使われている部屋に出向くことになる。家庭内暴力の被害者救済のためのNPO法人なのだ。鳴沢に応対したのは、小柄な女性で内藤優美と名乗った。鳴沢にとって、この内藤優美がその後の人生に大きく関わっていく運命的な女性になるのは、後の話であるが・・・・。事件を介したストーリー展開での関わりから二人の関係が深まる契機になるのが、ひとつのおもしろいところである。
それはさておき、通報の理由は、家庭内暴力の被害者として、このNPOに頼ってきた河村沙織という女性にあった。沙織がここに居ることを知って、夫が来て部屋のドアを叩き、ドアに靴の足跡を残しているのだ。優美が警察に通報した。沙織の夫は河村和郎。沙織は告訴をしないと言っているという。沙織の夫は通報されて、現場を去っていたので、この場は、事情聴取にとどまった。だが相棒の池澤は被害者は何だか変な感じだったという印象を抱いたという。沙織は高価な時計、指輪をたくさんしていて、普段からつけなれている感じであり、家庭内暴力で救済を求めてきたという惨めなイメージは受けなかったと印象を語る。鳴沢はただどこか地味な女性という印象を持ったのだ。ちょっと違和感を持たせるこの被害者の事件も、わずかずつ動き出す。それは、鳴沢が河村和郎の写真を内藤優美を介して改めて受け取るために会うことから始まって行く。
事件らしきものが動き始めた段階で、当直明けに鳴沢は青山一丁目駅のホームで、もめ事に出くわす。その場で偶然にも、鳴沢がアメリカの大学に1年間留学していた時のルームメートと再会する。内藤七海である。怪我によりプロ野球に進むことを断念し、ニューヨーク市警刑事になっているのだった。理由は言わないが、来日してきたところだった。 麻布十番の住宅街にある内藤の祖父の家に、鳴沢が立ち寄ることになる。そして、優美が内藤の妹だと初めて分かるのだった。内藤七海が間接的に鳴沢の捜査する事件に関わりを持つことになる。
老人たちが騙されたという訴えは、署内ではK社と略称されるようになる「木村商事インターナショナル」に対するものだった。「商品に出資すれば、売上の何パーセントかを配当する」という約束で出資させるマルチ商法に老人たちは引っかかったようなのだ。老後の不安をなくすために金を儲けたいという欲望、資産増殖への熱欲が、出資金すらなくすかもしれない不安な状況というおきまりの結果を生み出している。これが立件できる事件になるのかどうか、わからない状況下、鳴沢は基本的な聞き込み、情報収集から始めて行く。そんな、矢先に「太田」と名乗る男が鳴沢に電話してくる。先のリストに加え、幹部の名前を教えるという。太田から得たリストには、金や宝石を使ったペーパー商法の会社、MIインターナショナルの飛田、創始会の野沢、原という名前が載っているのだった。少しずつ、背景が掴め始めて行く。
K社を張りこむ鳴沢と横山は、ビルの入口に向かう野沢を見つける。携帯電話に呼び出され、車で移動する野沢を追跡することから、野沢の行き先が「エヌケー・コーポレーション」と分かる。横山は蛸足状態に関連会社を作っていると推測する。
その後、野沢の動向監視のために、K社を張りこむ鳴沢と池澤は夕方の6時過ぎにビルから出て来た野沢を追跡する。御殿場の市街地を抜け、山中湖への途中の古い農家を模した和食の店に野沢が入った。そこで、野沢がブルックリン訛の中国人か韓国人風の初老の男と会食するのを確認したのだ。
また、K社の飛田の動きも少しずつ分かり始める。さらに、太田がまた鳴沢に接触してくるのだった。鳴沢は太田との交渉の結果、浦田という男を紹介される。浦田は1週間前にK社を辞めたという。そこからK社の実態が具体的に見え始める。そして、幾度目かの情報入手として、錦糸町近くの喫茶店で鳴沢が浦田と会い、駅まで送る途中に襲われたのである。ビルの上から鉄パイプが落ちてくるという形で・・・。
青山墓地にほど近い細い路地で殺人事件が起こる。その被害者を当直の鳴沢が現場で確認することから、鳴沢の関わる事件が結びつき、急転回していくことになる。
このストーリー展開のおもしろいのは、事件になるかどうかわからない始まりから、ジワジワと切り口のことなる情報が小さな累積となる。それぞれがグルグルと周辺を広げて行く。そしてそれが編み目のように関わりを持ち始め、広がった投網の大本が絞り込まれてるように、収斂していくという筋立てにある。
その収斂のトリガーとなるのが、この殺人事件の被害者だった。だが、そこに第二部の最後の一行だが、「何ということだ。私はこの男を助けることができたかもしないのだ」という悔いを含ませることになる。
もう一つは、内藤七海の来日を介して、通報を発端に識り合った鳴沢と内藤優美が関係を深めるきっかけがまずこの作品で形成される点にある。それは事件とパラレルに進展する形で織り込まれる。二人の関係がこの後のシリーズに色合いを添えていくことになる。(これは、このシリーズを既に数冊読み進めていることから言えることなのだ。)
最後に、鳴沢の事件解決に一切顔を出さない形で、内藤七海が鳴沢に助力する結果になっていることだ。それは内藤七海の来日の真の目的と一つの接点があったこによる。それは何だったのか? この作品を手にとって読み進めてみてほしい。
殺人事件が絡むことで、結果的に鳴沢の行動は生活安全課という枠をはみ出した捜査活動に及んだといえる。
この『熱欲』のフィナーレが明るさを伴っているのがいい。
一つは、生活安全課の先輩刑事・横山のことばである。
「いろいろあっても、俺は警察官になって良かったと思う。こういう瞬間がある限り、辞められないよな」そう言って、突然大きな笑みを浮かべる。
もう一つは、巻末の鳴沢の心境の変化である。
”気づくと私は、ここ二年ほど忘れていたことをしていた。胸を張って顔を上げ、確かな目的に向かって歩き出したのだ。目的--そう、優美に花を買っていこう。”
ご一読ありがとうございます。
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本書の背景になる関心事項を少しネット検索してみる気になった。一覧にしておきたい。
マルチ商法 :「警視庁」
相談ホットライン :「警視庁」
特定商品取引に関する法律(昭和五十一年六月四日法律第五十七号)
無限連鎖講の防止に関する法律(昭和五十三年十一月十一日法律第百一号)
特定商品法ガイド 事例検索:処分事業者一覧 :「消費者庁」
クーリングオフって何? :「国民生活センター」
マルチ商法 :ウィキペディア
特定商取引に関する法律 :ウィキペディア
ネットワークビジネス・マルチ商法業者一覧 :「NAVERまとめ」
アムウエイ・ビジネスについて Q.マルチ商法と何が違うのですか??
:「Amway」(アムウェイのホームページ)
マルチ商法の本質 ~自己啓発とマインド・コントロール~ このエントリーを含むブックマーク :「マルチ被害の日記」
マルチ商法の組織に潜入してみた話 :「稀に役立つ豆知識」
ネズミ講 :ウィキペディア
天下一家の会事件 :ウィキペディア
国利民福の会事件 :ウィキペディア
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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『破弾 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『雪虫 刑事・鳴沢了』 中公文庫
つまり、少し嫌な動きが所轄管内でもぞもぞと動き出す。どのような動きに発展するのか分からぬまま、その動きを確かめていかねばならない。ある時点で、突然に火がつき始めて、事件の大凡が見え始める。そして、事件の核心にアプローチすると終焉へと一挙に転回し崩れ落ちていく。そんな暗示がこの目次構成にある。
第一部は、地域課の受付に男女12人の老人たちが切羽詰まった様子で詰め寄っているというシーンから始まる。1階の警務課に書類を届けに行った鳴沢がその場に出くわす。老人たちは「騙された」と血相を変え、話を聞いて欲しい、署長に会わせろと口々に言う。生活安全課の先輩刑事、横山浩輔が鳴沢の説明により、2階の会議室で話を聞こうと鳴沢に指示する。これが事件のうごめきの始まりだった。
一方、鳴沢は刑事課の池澤良樹とともに、通報を受けて、5階建てマンションの4階にあるNPO「青山家庭相談センター」の事務所として使われている部屋に出向くことになる。家庭内暴力の被害者救済のためのNPO法人なのだ。鳴沢に応対したのは、小柄な女性で内藤優美と名乗った。鳴沢にとって、この内藤優美がその後の人生に大きく関わっていく運命的な女性になるのは、後の話であるが・・・・。事件を介したストーリー展開での関わりから二人の関係が深まる契機になるのが、ひとつのおもしろいところである。
それはさておき、通報の理由は、家庭内暴力の被害者として、このNPOに頼ってきた河村沙織という女性にあった。沙織がここに居ることを知って、夫が来て部屋のドアを叩き、ドアに靴の足跡を残しているのだ。優美が警察に通報した。沙織の夫は河村和郎。沙織は告訴をしないと言っているという。沙織の夫は通報されて、現場を去っていたので、この場は、事情聴取にとどまった。だが相棒の池澤は被害者は何だか変な感じだったという印象を抱いたという。沙織は高価な時計、指輪をたくさんしていて、普段からつけなれている感じであり、家庭内暴力で救済を求めてきたという惨めなイメージは受けなかったと印象を語る。鳴沢はただどこか地味な女性という印象を持ったのだ。ちょっと違和感を持たせるこの被害者の事件も、わずかずつ動き出す。それは、鳴沢が河村和郎の写真を内藤優美を介して改めて受け取るために会うことから始まって行く。
事件らしきものが動き始めた段階で、当直明けに鳴沢は青山一丁目駅のホームで、もめ事に出くわす。その場で偶然にも、鳴沢がアメリカの大学に1年間留学していた時のルームメートと再会する。内藤七海である。怪我によりプロ野球に進むことを断念し、ニューヨーク市警刑事になっているのだった。理由は言わないが、来日してきたところだった。 麻布十番の住宅街にある内藤の祖父の家に、鳴沢が立ち寄ることになる。そして、優美が内藤の妹だと初めて分かるのだった。内藤七海が間接的に鳴沢の捜査する事件に関わりを持つことになる。
老人たちが騙されたという訴えは、署内ではK社と略称されるようになる「木村商事インターナショナル」に対するものだった。「商品に出資すれば、売上の何パーセントかを配当する」という約束で出資させるマルチ商法に老人たちは引っかかったようなのだ。老後の不安をなくすために金を儲けたいという欲望、資産増殖への熱欲が、出資金すらなくすかもしれない不安な状況というおきまりの結果を生み出している。これが立件できる事件になるのかどうか、わからない状況下、鳴沢は基本的な聞き込み、情報収集から始めて行く。そんな、矢先に「太田」と名乗る男が鳴沢に電話してくる。先のリストに加え、幹部の名前を教えるという。太田から得たリストには、金や宝石を使ったペーパー商法の会社、MIインターナショナルの飛田、創始会の野沢、原という名前が載っているのだった。少しずつ、背景が掴め始めて行く。
K社を張りこむ鳴沢と横山は、ビルの入口に向かう野沢を見つける。携帯電話に呼び出され、車で移動する野沢を追跡することから、野沢の行き先が「エヌケー・コーポレーション」と分かる。横山は蛸足状態に関連会社を作っていると推測する。
その後、野沢の動向監視のために、K社を張りこむ鳴沢と池澤は夕方の6時過ぎにビルから出て来た野沢を追跡する。御殿場の市街地を抜け、山中湖への途中の古い農家を模した和食の店に野沢が入った。そこで、野沢がブルックリン訛の中国人か韓国人風の初老の男と会食するのを確認したのだ。
また、K社の飛田の動きも少しずつ分かり始める。さらに、太田がまた鳴沢に接触してくるのだった。鳴沢は太田との交渉の結果、浦田という男を紹介される。浦田は1週間前にK社を辞めたという。そこからK社の実態が具体的に見え始める。そして、幾度目かの情報入手として、錦糸町近くの喫茶店で鳴沢が浦田と会い、駅まで送る途中に襲われたのである。ビルの上から鉄パイプが落ちてくるという形で・・・。
青山墓地にほど近い細い路地で殺人事件が起こる。その被害者を当直の鳴沢が現場で確認することから、鳴沢の関わる事件が結びつき、急転回していくことになる。
このストーリー展開のおもしろいのは、事件になるかどうかわからない始まりから、ジワジワと切り口のことなる情報が小さな累積となる。それぞれがグルグルと周辺を広げて行く。そしてそれが編み目のように関わりを持ち始め、広がった投網の大本が絞り込まれてるように、収斂していくという筋立てにある。
その収斂のトリガーとなるのが、この殺人事件の被害者だった。だが、そこに第二部の最後の一行だが、「何ということだ。私はこの男を助けることができたかもしないのだ」という悔いを含ませることになる。
もう一つは、内藤七海の来日を介して、通報を発端に識り合った鳴沢と内藤優美が関係を深めるきっかけがまずこの作品で形成される点にある。それは事件とパラレルに進展する形で織り込まれる。二人の関係がこの後のシリーズに色合いを添えていくことになる。(これは、このシリーズを既に数冊読み進めていることから言えることなのだ。)
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殺人事件が絡むことで、結果的に鳴沢の行動は生活安全課という枠をはみ出した捜査活動に及んだといえる。
この『熱欲』のフィナーレが明るさを伴っているのがいい。
一つは、生活安全課の先輩刑事・横山のことばである。
「いろいろあっても、俺は警察官になって良かったと思う。こういう瞬間がある限り、辞められないよな」そう言って、突然大きな笑みを浮かべる。
もう一つは、巻末の鳴沢の心境の変化である。
”気づくと私は、ここ二年ほど忘れていたことをしていた。胸を張って顔を上げ、確かな目的に向かって歩き出したのだ。目的--そう、優美に花を買っていこう。”
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マルチ商法 :「警視庁」
相談ホットライン :「警視庁」
特定商品取引に関する法律(昭和五十一年六月四日法律第五十七号)
無限連鎖講の防止に関する法律(昭和五十三年十一月十一日法律第百一号)
特定商品法ガイド 事例検索:処分事業者一覧 :「消費者庁」
クーリングオフって何? :「国民生活センター」
マルチ商法 :ウィキペディア
特定商取引に関する法律 :ウィキペディア
ネットワークビジネス・マルチ商法業者一覧 :「NAVERまとめ」
アムウエイ・ビジネスについて Q.マルチ商法と何が違うのですか??
:「Amway」(アムウェイのホームページ)
マルチ商法の本質 ~自己啓発とマインド・コントロール~ このエントリーを含むブックマーク :「マルチ被害の日記」
マルチ商法の組織に潜入してみた話 :「稀に役立つ豆知識」
ネズミ講 :ウィキペディア
天下一家の会事件 :ウィキペディア
国利民福の会事件 :ウィキペディア
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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『破弾 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『雪虫 刑事・鳴沢了』 中公文庫
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