遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『院内刑事』 濱 嘉之  講談社+α文庫

2021-09-14 13:58:04 | レビュー
 文庫書き下ろし、新シリーズの始まりである。2017年2月に出版された。
 「院内刑事」というネーミングは読者を「おや?」と思わせ引きつけるためのインパクトをねらったものだろう。病院内で刑事が活動することなどまあありえない。何を意味するのか?
 主人公は廣瀬知剛。「廣瀬知剛は45歳。早稲田大学法学部を卒業して警視庁入庁後、主に警備公安畑を歩んできた。警部補時代には内閣情報調査室で3年間勤務し、その後公安総務課で情報担当として警部に居座り昇進して管理職試験に合格した年に辞職していた」(p31)彼は、警視庁を去った後、リスクマネジメントの世界に入り、今は医療法人社団敬徳会の住吉理事長に請われて、羽田空港に近い川崎市川崎区所在の川崎殿町病院を拠点に病院のリスクマネジメントを担う顧問となっている。将来を見据え羽田空港近くに立地する優秀な医師群を揃えた大規模医療機関の設置を提言したのは廣瀬だった。

 ここに患者の生命を守り、病院内の平和を維持するためのリスクマネジメント視点から活躍する新たなヒーローが創造されたことになる。患者の命を守るのは病院の医師だけではない。患者の生命を脅かす外部要因があるならばそれを摘出し、病院から外の世界に向かう形で原因を根絶しなければ、医療行為だけで患者の生命を真に守れないケースがある。この新たに創作されたシリーズは、廣瀬が病院内のリスクマネジメントとともに、患者の生命を守るために、外の世界に向かって行動して行くという設定になるようだ。大病院に勤める元公安警察OBという意味が「院内刑事」という語句になっている。彼は病院を舞台にしながらも、病院内からさらに外部に向かって、築き上げた人脈と情報のギブ・アンド・テイクを巧みに駆使し、協力関係を維持しつつ問題事象の解明、解決に取り組んでいく。
 やり手だった警察官が自らの意志で警察組織を飛び出し一民間人となる。その元公安警察OBが諸悪とどう戦っていくのか。おもしろい立ち位置の主人公を設定したものである。

 さて、この第1作。全日本航空(NAL)秘書室から川崎殿町病院の医事課長に連絡が入るところから始まる。福岡から羽田に向かうNAL204便に搭乗の浅野財務相に健康異変が起こる。脳梗塞の疑い。病院は大臣に対し緊急チーム体制を組み、緊急入院を受け入れる。手際の良い手術・医療処置で浅野財務相は後遺症を残すこともなく回復に向かう。だが、病理診断結果に奇妙な結果が出ていると、病理検査室の武本医師から廣瀬は連絡を受けた。浅野財務相は何らかの経路でジギタリスという血圧が上がる昇圧剤を摂取していたという。高血圧の既往症を持つ人が服用するはずがない薬剤である。廣瀬は武本医師に口外禁止を伝えた上で、吉國官房副長官に即連絡を取る。浅野財務相の政治生命を脅かす動きがあると想定されるからだ。誰がジギタリスを摂取するように仕向けたのか。その背後に何が潜むのか。
 吉國官房副長官は警視庁公安部に探らせようかと言う。廣瀬は人材面で懸念を告げる。そして、廣瀬は汚名を着せられ西多摩署地域課に異動となり、所轄の閑職で管理職警部8年を経る秋本課長を復帰させ担当させることを提言した。廣瀬は陰で秋本をサポートするつもりだった。
 浅野財務相にジギタリスを服用させた犯人とその背景を捜査するストーリーが始まっていく。直接その捜査に携わるのは青天の霹靂の如くに公安部に復帰した秋本管理官である。秋本は福岡に乗り込んで単独で捜査を始める。捜査がどのように進むか。そのプロセスが一つの読ませどころとなる。事件には様々な側面が複雑に絡んでいた。

 一方で、主人公の廣瀬は何をするのか。川崎殿町病院でのリスクマネジメント担当としての活躍が、ここでは、短編連作風にエピソードして語られて行く。どんなエピソードか。
1.交通事故被害者という形で暴力団員らしき男が救急搬送されてきて入院3日目になる。
 病院には「応召義務」がある。一方、院内暴力が振るわれれば病院の評判は落ちる。
 県警OB2人が院内暴力対策要員として雇用されている。だが、廣瀬は2人の能力を見切っていた。まずはこの入院患者に廣瀬が合法的手段を組み合わせ直接自ら対処していくというエピソード。
2.病院内でセクハラ問題が発生する。住吉理事長が病院業界の柵で預かっている医師がその当事者だった。アメリカ留学帰りで秋に採用になった泌尿器科の寺本医師。整形外科の大倉医師と対立関係にある。この二人が病院内の委託レストランの外で院内暴力沙汰を引き起こす。そこからセクハラ問題の詳細が明らかになり、事態は大事になっていく。被害者の一女性看護師から告げられた情報を契機に、廣瀬が取る対応策が興味深い。古巣の人脈に協力を依頼する。廣瀬は徹底した措置を執る。
3.結果的に上掲2項の一環になるエピソードがつづく。病院の受付で理事長を出せと叫ぶ男が現れる。明らかに反社会的勢力と思われる三人組。院内交番で外来担当の警察OB細田が駆けつけるが対処できない。廣瀬がその場に出て行き、一件落着させる。
4.原因不明の発熱で内科病棟に入院している福岡在住の有名人についての話。発熱の原因がなかなか究明できない。患者はコピーライター、ラジオパーソナリティであるとともにウクレレの世界でも有名な岡部四郎。マスコミ関係の見舞客も多く、原因不明の熱病と噂が広まれば病院の評価にも影響が出る。廣瀬は医事課長からマスコミ対策の相談を受ける。
 廣瀬はマスコミ対策の相談を受けただけで終わるが、岡部が全快した時点で、廣瀬が岡部の病室を訪れる。その際中州のクラブ『ロマネスク』について、廣瀬は裏情報の一端を入手する。廣瀬の得た情報は、然るべきルートから秋本の捜査活動にリンクされていく。

 この第1作は廣瀬知剛というニューヒーローの存在感を堅固にし、その活躍の広がりの可能性を示唆する。わりとおもしろい構成になっている。このニューヒーローがどのような活躍を見せていくか、楽しみが増えた。

 ご一読ありがとうございます。

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===== 濱 嘉之 作品 読後印象記一覧 ===== 2021.9.14現在 1版 21冊


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