遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『千利休 無言の前衛』  赤瀬川原平  岩波新書

2020-05-05 09:56:59 | レビュー
 この本、タイトルに興味を持って衝動買いした。書棚にたぶん十余年眠っていた。いつか読もうと思いつつ、歳月が経ってしまっていた。奥書を見ると、1990年1月に出版され、手許の本は2004年1月第25刷となっている。ロングセラーになっている新書だろう。
 著者については全く無知のままで購入し、本書を読む中で著者の人生遍歴が少しわかった。最新の刷りではどうなのか知らない。手許の本では、奥書に、「1937年横浜生まれ、武蔵野美術学校中退、画家、作家」という情報と著書が列挙されているだけである。

 本書を読み始めて、著者自身についての情報が少し入手できた。本書の流れに沿って記されている著者情報をまず列挙してみよう。
 *1990年に近い時期に、野上彌生子の小説『秀吉と利休』をベースにした映画「利休」の脚本を書いた。それは草月流家元の子息で映画監督の勅使河原宏からの依頼だった。
 *著者は前衛芸術の分野で青年時代を生きた。当時、作品としての千円札の印刷で裁判にかけられた。
 *路上観察学が産まれトマソン物件を探し回った。その第一物件は「四谷階段」
 *本書には著者が描いた写生画が幾つか掲載されている。
本書の読了後に、ネット検索して知ったことを幾つか加えよう。
 *1960年 「ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ」結成に参加
 *1970年代 漫画家として活動 
 *1981年 小説『父が消えた』で第84回芥川賞受賞
 *1989年 勅使河原宏と共同脚本を担当した映画『利休』で日本アカデミー賞脚本賞受賞
 *1998年 エッセイ『老人力』がベストセラーとなり、同年の流行語大賞トップテンに
 *2014年 死去

著者のこのプロフィールには全く無知で私は本書を読み始めた訳である。それ故、新鮮な感覚で読めたのかもしれない。ちょっと奇抜な試みを加えたおもしろいエッセイ集である。

 時系列で考えると、前衛芸術家だった著者が芥川賞を受賞した後に、「利休」の脚本を依頼されたという流れになる。この依頼から、日本歴史音痴だった著者が漫画歴史本で歴史を知ることから始め、「利休」の脚本を担当するプロセスで、著者なりの千利休像を形成するために様々な試みをした。その遍歴をエッセイに結実させたものといえる。それ故、奇抜さもありおもしろい。脚本完成後にも利休の足跡を訪ねて著者の利休観をまとめることになったのが良く分かる。

 著者は「あとがき」に2つのことを書いている。このエッセイのまとめ、つまり著者の千利休観は、「私の場合は特殊ケースで、千利休研究の世界では保育園から幼稚園に進んだくらいのことだろう。なるほど、幼稚園児の『千利休』もおもしろいなと思った」と位置づけている。逆に、著者自身の芸術家という視点が茶道という世界というよりも、千利休が求めた茶という領域に焦点を当てられている。千利休がどう見えるかである。もう一つは、利休が発したという「私が死ぬと茶は廃(すた)れる」という言葉が利休を考える命題となったという。かなり、型破りな千利休を考える材料になる本と言える。
 30年前に書かれた本だが、利休が生きた時代との距離をモノサシとすると、まあつい先日書かれた本とも言える。千利休にアプローチするのに有益な視座を含み、読んで損をしない、楽しめる本と言える。

 本書は「序 お茶の入口」「Ⅰ 楕円の茶室」「Ⅱ 利休の足跡」「Ⅲ 利休の沈黙」「結び 他力の思想」という構成になっている。

序において、著者は利休の手紙、茶会記、弟子たちが書いた茶会記ならびに、利休が作りだした楽茶碗、躙り口、二畳代目、竹花入れなどの証拠品を結ぶことで、利休の思想のアウトラインがわかるが、その内側にある微細な感覚反応のことを知りたいと思うと目指す方向性を述べている。利休と言葉を介さずにダイレクトな交流をしたいのだという。そして、大徳寺山門の楼閣内に置かれる二代目の利休木像の写真から話を始める。「どんと腰のすわった漁業組合の組合長というか、そんな感じだ」という感想から始めていておもしろい。

 第Ⅰのセクションは、上記の脚本をどのように仕上げるかということに絡まったエピソードや当時の時代と文化を背景にした利休の前衛的な試みについて著者の視点から語る。絵画芸術を対比に出し、また前衛芸術の先に著者が見出した路上観察学でのトマソン物件-無機能性を持って超然と存在する路上の物件(四谷階段、路上の坪庭など)-を事例に出しつつ利休に迫る。歪んだり欠けたりした茶碗を”いい”と言い出した利休の気持をリンクさせるのだ。時代を飛び抜けた前衛芸術性をさしているのだろうと解釈した。
 著者は利休の中に、極小を愛でる美意識に着目する。縮小の芸術を追求した側面をクローズアップしていく。茶会におけるほんの一口の分量を大きな器に入れた懐石料理、大きな花器の花一輪、面積を一坪にまで究めた待庵の茶室・・・利休の思想的物件と例示する。著者は縮小の美意識を利休に見る。そして、それが各種文化にまで達していると。
 秀吉が発案し利休が創造した黄金の茶室についても、北野の大茶会とも絡めながら、利休と秀吉の視点を対比的に捉えていておもしろい。
 天正19年2月13日、利休は秀吉に蟄居を命じられ、堺の自邸に15日間こもる。この後京都に呼び戻されて、利休は切腹させられる。著者は脚本を書くにあたり、この15日間利休は何をしていたのか、に思いを巡らせる。利休は芸術の永遠不滅性の立場で新たな茶室を発想していたのではないかと想像し、楕円の茶室構想をシナリオ化する。その案は没になったと記している。こんな発想はたぶん学舎研究者の利休論には出て来ないだろう。
 余談だが、2019年に大阪市立東洋陶磁美術館で特別展「マリメッコ・スピリッツ」を鑑賞した。その折り、「マリメッコ茶室をめぐる対話-伝統と創造」と題するプレゼンテーション・パネルと茶室が展示されていた。本書の「楕円の茶室」を読んでいて、このマリメッコ茶室を思い出した。(マリメッコ茶室は別の拙ブログで一部ご紹介しています。 < 観照 大阪 東洋陶磁美術館 -2 特別展 マリメッコ・スピリッツ フィンランド・ミーツ・ジャパン (2) > こちらからご覧くださるとうれしいです。
 30年前の著者の発想が興味深い。

 第Ⅱのセクションでは、脚本を書くための情報仕入れとして、事前にあるいは結果的に事後に、「利休の足跡」を各地に訪ねたときの著者の思考がエッセイとしてまとめられている。そこで著者が目を付けて紹介している対象物を例示する。それをどういう視点で考察しているかが興味深いところである。本文をお読み願いたい。
 *堺港のコンクリート堤防の海側の放置された巨石群 p123-127
 *山崎の妙喜庵の茶室待庵の秘密 p127-132
 *ソウルの両班(ヤンバン)村のコの字形の棟の一番端の部屋に見た躙り口 p133-143
 *日本の松が日本人に与えた美意識 p146-147
 *秀吉の愛用したと伝わる金の茶碗の秘密 p161-163
これらは、利休の背景と美意識を考える材料になっている。

 第Ⅲのセクションは「利休の沈黙」と題されている。著者の視点と発想を味わうことができる。尚、断って置くがここには利休に限定されていない著者の思いがエッセイに含まれている。印象深い文を抜き書きの引用でご紹介する。その意味する具体的説明は本文に戻っていただきたい。私自身への覚書でもある。
*お茶を入れる、その入れ方が次第に儀式化していくというのは、生きていることの不安によるものではないか。  p172
*駅の改札口では切符切りの切符を切らぬハサミの音が・・・・・ p178
  ⇒このたとえで語る著者の説明が体験として理解できない世代が今は居る!!
*細部にまでわたって、世界を整える。それが細部にわたりすぎて、大目的から遠く離れる。気がつけばそのおこないが儀式として一本立ちしている。そしてそのような目的を失ったおこないが、ほとんど芸術かと見まがう位置に接近している。 p182
*一つのおこないが、その本来目的としたものを超えながら、一つの独立した美意識にまで達したものとして茶の湯がある。 p186
*物の新しさは簡単に言葉で説明できるが、それを見る目の新しさ、見方の新しさは説明しにくい。 p203
 そもそも言葉少ない批評家というのは作家に移行せざるを得ないわけで、利休はそのような茶人であったのである。 p204
*スピードとエネルギーがしのぎを削る世界で、それを見切った上での沈黙の存在が、逆にもっともスピーディーな表現として機能したのに違いない。 p206
*沈黙がスタイルとなったときに、沈黙は堕落する。 p208
*「私が死ぬと。茶は廃れる」の言葉になると、嘆きだけではないような気がする。嘆いているというよりは、もっと攻撃的なイメージが伝わってくる。 p216
 言葉で言えぬことこそが茶の湯の大本であると、それを言葉で言ったのだろう。p217
*つまり新しいことをやれ、自分だからこそをやれ、ということである。つまり芸術の本来の姿、前衛芸術への煽動である。そのような、人のあとをなぞらず、繰り返さず、常に新しく、一回性の輝きを求めていく作業を、別の言葉では「一期一会」ともいうわけである。 p221
*利休のものはつねに無作為を意識している。歪んだ茶碗も、歪んでしまったものを美として取り入れている。作為的にすることをつねに戒めている。
 織部は利休的精神の芯のところを受けついでいる。・・・・織部は織部でなくてはならない。そして織部は茶碗をぐいぐいと歪ませていったのである。   p222
*前衛としてある表現の輝きは、常に一回限りのものである。  p227

 「結び」からは、一箇所だけご紹介する。著者自身の体験をエッセイに書いた上で、利休の言葉「侘びたるは良し、侘ばしたるは悪し」というのを引用し、その後に記された文である。
*利休の美意識の中には偶然という要素が大きくはいり込んでいる。これは重要なことだ。偶然を待ち、偶然を楽しむことは、他力思想の基本だろう。私はそこに、無意識を楽しむという項目を付け加えたい。 p239

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
あの人に会いたい 赤瀬川原平  :「NHK 人x物x録」
赤瀬川原平 トマソン黙示録  :「ときの忘れもの」
作家紹介 赤瀬川原平 :「Hiroshima MOCA 広島市現代美術館」
赤瀬川原平  :ウィキペディア
路上観察学会  :ウィキペディア
トマソン    :ウィキペディア
トマソン・リンク 

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


これまでに、茶の世界に関連した本を断続的に読み継いできています。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。

=== 小説 ===
『利休の闇』 加藤 廣  文藝春秋
『天下人の茶』  伊東 潤  文藝春秋
『宗旦狐 茶湯にかかわる十二の短編』 澤田ふじ子  徳間書店
『古田織部』 土岐信吉 河出書房新社 
『幻にて候 古田織部』 黒部 享  講談社
『小堀遠州』 中尾實信  鳥影社
『孤蓬のひと』  葉室 麟  角川書店
『山月庵茶会記』  葉室 麟  講談社
『橘花抄』 葉室 麟  新潮社

=== エッセイなど ===
『藤森照信の茶室学 日本の極小空間の謎』 藤森照信 六耀社
『利休の風景』  山本兼一  淡交社
『いちばんおいしい日本茶のいれかた』  柳本あかね  朝日新聞出版
『名碗を観る』 林屋晴三 小堀宗実 千宗屋  世界文化社
『売茶翁の生涯 The Life of Baisao』 ノーマン・ワデル 思文閣出版

『警視庁公安部・青山望 巨悪利権』 濱 嘉之  文春文庫

2020-05-04 14:57:48 | レビュー
 青山望シリーズの第6作。同期カルテットそれぞれの警察組織上のポジションは前作『濁流資金』と同じである。書き下ろしの文庫として2015年10月に出版されている。

 プロローグは、大分県由布市にある金鱗湖東詰のベンチ脇で発生した事件から始まる。被害者は前歴者だったので身元があっさりと判明した。前科8犯で、岡広組二次団体三代目博福会顧問、相良陽一、58歳。県警本部組対四課に連絡が取られ、警視庁の組対四課にも速報が入れられた。トリカブト毒物を吹き矢のような武器を使って殺害したという検視結果が出る。「湯布院町毒物使用殺人事件」として特別捜査本部が設置される。
 
 大分県警からの毒物紹介で、科警研総務部総括補佐の藤中克範がまず毒殺事件を知る。藤中は同種の事件が東京であったことを想起する。平成10年に国際特許事務所の所長が殺害されたが、背景がいまだに明らかになっていない事件だ。藤中は早速大和田に電話を入れた。大和田は相良の名前を聞き、即座に大物だと言い、大事件になる可能性が高いと予測する。相良は九州ヤクザだけでなく、大陸を巻き込んだキーマンだったのだ。大和田は青山と龍に知らせておくと藤中に言う。この事件、同期カルテットが即座に動き出す形となる。湯布院で起こった事件がどれだけの波紋を広げるのか。
 藤中は警察庁刑事局審議官から電話を受け、君なりに事件の分析をしてみてくれと依頼されることになる。

 警察庁長官官房室での会議で、刑事局審議官は、この事件を日本の暴力団の組織構造全体から見る必要があると強調する。那珂川を境に西の福岡、東の博多という対立の構図、そしてこの福岡市を制するものが九州を制する。それは国内の暴力団抗争の構図でもあるという。さらに、福岡市における対立での仲裁役を相良が務めていて、それは対中国利権の仲裁でもあったという。チャイニーズマフィアとの利益配分だったと説明する。
 読者にとっては、冒頭からストーリーの進展に関心と期待が湧く。

 青山は藤中の居る科警研を訪れる。そして、相良陽一は追っていた一人だったと告げる。藤中から小渕沢あたりの自生のトリカブトを使っていたらしいと聞くと、青山はその自生地域の見当がつくようだった。翌日早朝、青山は部下の大下と一緒に、長野県の富士見町にある別荘地に現れる。ある宗教団体の政治教育責任者が持ち主の別荘である。そして、微生物を使い生ゴミを資源変換する装置内の廃棄物チェックから、トリカブトの根を採取した。さらに自生のものを採取に行く。科警研で分析を依頼すると、相良毒殺の毒物と一致した。相良陽一殺害に使われたトリカブトが、宗教団体・世界神の光教団の農業部門責任者・豊見城武雄が作ったものに間違いないと青山は確信する。
 藤中・青山の会話に、電話がつながった大和田が加わる。相良殺害事件は龍が追っていたという。そして、相当大掛かりな事件になるはずのものにリンクしていると言う。また、吹き矢の手口は十数年前に京都で坊主が殺された件を想起させると。その折り容疑者にあがっていたのは、岡広組からなぜか破門されていた田尻組という元三次団体だった。ここでも岡広組が背景に出て来た。さらにその事件の裏には、巨額詐欺事件が絡んでいたふしがあった。

 龍からの連絡を受け、青山が龍と会って情報交換をすると、相良殺害事件の背景には、福岡に於ける医療絡みで国会議員にまで及ぶ贈収賄事件が絡んでいると聞く。龍は九州に3個班30人を投入して県警とは別に、独自に事件の究明に臨む。

 相良陽一殺害事件とその手段のトリカブトと吹き矢が次々に波紋を広げていき、相関図が広がり、密になっていく。岡広組、チャイニーズマフィアと国内のチャイニーズマフィア、巨大宗教法人の何らかの関わり、吹き矢とトリカブトによる過去の事件とその背景、さらに医療絡みの贈収賄事件、チャイニーズマフィアとつながりを持ち、新宿の極東一家を仕切り、旅行代理店も運営する神宮寺武人の存在・・・・そこには大きな利権を巡る巨悪な思惑が蠢いていた。
 同期カルテットの強力な情報交換と相互支援のもとで、青山がどのように相関図を明瞭にしていき、核心にせまるのか。4人のチームワークから生み出される活動が読ませどころとなる。

 殺害された相良陽一の葬儀が、福岡市博多区にある聖福寺で行われる頃から、龍の派遣した3個班と青山率いる公安部の2個班がそれぞれ独自に福岡市内での被匿捜査を開始する。一方、藤中が科警研から警察庁捜査一課補佐の分析官として出向2年目に福岡に異動となって来ていた。
 捜査が急展開し始め、巨悪利権の全体構図が見えていく。
 この先は、本書を開いてみてほしい。

 本書の興味深いところがいくつかある。
1. 利権に群がる闇の世界、悪の構図をかなりリアルに描いているところにある。
 その一つが、フィクションを介して日本の反社会的勢力の有り様をリアル感を込めて描き出している。経済ヤクザの視点が興味深い。そこに二色のチャイニーズマフィアの存在がどのように絡んでいるかを構図として提示している。中国に拠点を置くチャイニーズマフィアの勢力構図と日本国内のチャイニーズマフィアの存在とそのリンク。日本の暴力団とチャイニーズマフィアの関係など。このあたり、実情を踏まえた上でのデフォルメにフィクションが加味されているのだろう。そうでなければ、読者に対してリアル感を生み出せない。
 組対課発想の視点に常に公安部発想の視点が重ねられていくところが、このシリーズのおもしろいところである。

2. 巨大観光船を利用して来日する中国人観光客のルートに関係する利権の存在。巨大医療法人、医療団体、医療関連の大学や専門学校、医学部関連予備校、特別養護老人ホームなどとさらに医療関連企業という医療分野での相互関係が生み出す利権の存在。その分野をマクロでとらえると、利権という視座が浮かび上がることをナルホドと思う。
 これは、一種のバーチャルなシミュレーションと言えよう。

3. 警察組織内におけるデータの一元化。それが現実にどれだけ進化しているのかは知らない。勿論、知らされるわけはない。IT技術の進歩で、実質的に監視社会化している局面があるのは事実だ。それはデータ化されているはずである。
 このシリーズでは、ビッグデータの解析とデータの一元化がもたらす有効性という側面をかなりシミュレーションして描写しているところが興味深い。青山の分析力の源である。今回は科警研のデータシステムという側面でもフィクションの形で描かれている。

4. 青山の部下、佃係長が教団の農業部門責任者・豊見城武雄医学博士を取り調べる場面が描かれる。公安視点での取調べのプロセス描写が興味深い。ここにもリアル感が充満している。この流れの中で、次のような会話がさりげなく書かれている。
 青山「単なるビッグデータだけじゃなく、それに公安部の独自データをリンクさせてこそできる手法だ。佃係長にもこれを覚えてもらいたかったんだ」
  佃「これじゃあ個人情報なんてぶっ飛んでしまいますね。来年施行される個人識別番号制度が恐ろしいもののように感じてしまいますよ」
 青山「マイナンバー制度か・・・・」
この会話の意味をリアルに受けとめると・・・・・。恐ろしさが出てくるではないか。
 さて、このストーリーでは、豊見城の自白が重要なリンキング・ポイントになっていく。

5. 事件捜査の中で、大物政治家が絡む大規模墓地開発の不動産詐欺、新興宗教団体が立派な病院を経営していて、一方でヤクザとも深い繋がりがある、また新興宗教団体が美術館を所有していて絵画購入という形で野大掛かりなマネーロンダリングに手を貸していた、という事例が出てくる。リアルでありそうな事例が織り込まれていて興味をひく。

6. 興味深いフィクションの会話の一部を引用しよう。p232-233
 「反腐敗? 何だそれは」
 「中国共産党内の巨大利権を持つ経済派閥潰しですよ。経済派閥は主に中国国内の機械工業と石油に分かれているんですが、藤内最高指導者人事を手中に収めたい習近平は、腐敗という汚名を着せることによって経済派閥の解体を目指しているのです」
 これはヤクザの幹部の会話である。答えているのは、清水保から引き継ぎ清水組二代目となった藤原という経済ヤクザ。経済ヤクザにさりげなく語らせている内容が実に興味深い。このスケールで現在現実の社会文脈を捉えた会話が出てくるのがこのシリーズのおもしろいところである。

 最後に、佃係長が「私は管理官のように優秀じゃありませんからある程度のところまで行けば十分です」と言ったのに対して、青山が己の信念を吐露する返答である。ここにこのシリーズを読ませる楽しさがあると思う。これだけ明確に青山の思いを表出されているのは、これが初めてではないだろうか。
 「ある程度・・・・署長か? 本部の課長か? 僕はそんあことを考えていない。自分の思うような仕事ができる力を身につけられるかどうかだ。そのためには組織というものを知っておく必要があるんだよ。特にノンキャリはね。キャリアを活かしながら自分を生かす。警視庁ではそこが肝心だ。キャリアに尻尾を振るだけなら馬鹿でもできる。しかしキャリアからも馬鹿としか見られないんだ。といってもキャリアがみな優れているとは限らない。何人ものくだらないキャリアを見てきたからな。そんなキャリアを下手に活かすと組織にとってマイナスになる。」(p119-120)
 「キャリアは行政官。行政官は執行官であるノンキャリアが働きやすい環境を作るのが仕事だ。そう考えればキャリアを活かす意味がわかるだろう?」(p120)

 ご一読ありがとうございます。

こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『一網打尽 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 濁流資金』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 機密漏洩』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 報復連鎖』 文春文庫
『政界汚染 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『完全黙秘 警視庁公安部・青山望』 文春文庫


『容疑者Xの献身』 東野圭吾  文春文庫

2020-05-02 10:59:57 | レビュー
 ガリレオ・シリーズとして、この作品も「オール讀物」に2003年から2005年にかけて連載されたもの。2005年8月に単行本が出版され、2006年に同書で第134回直木賞受賞、併せて第6回本格ミステリ大賞を受賞。さらに2005年度の「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」各1位にも輝いたと言う。2008年8月に文庫本化されている。(著者紹介より)

 読後感は、やはりな~! 様々な賞を獲得するだけのすごさがある。
 冒頭の導入からさりげなく伏線が織り込まれている。最終段階でそこに伏線が書き込まれていたことに気づくという次第。このミステリーは、後半に出てくる会話のフレーズがベースになっていると思う。それをそのまま主な登場人物の一人である草薙刑事、ひいては読者に投げかける構想が成功していると言える。
 「人に解けない問題を作るのと、その問題を解くのとでは、どちらが難しいか」
 「自分で考えて答えを出すのと、他人から聞いた答えが正しいかどうかを確かめるのとでは、どちらが簡単か」(p300)

 冒頭は、清澄庭園という公園の手前にある私立高校の数学教師石神が、アパートを出て学校まで普段の通勤ルートを歩く情景の描写から始まる。彼は通勤途中で、『べんてん亭』に立ち寄り、昼食用の弁当を購入するのをほぼ日課にしている。その店には、石神の住むアパートの隣室の花岡靖子が店員として働いているからだ。『べんてん亭』の経営者夫妻は、石神が靖子に気があるのではないかと推測している。
 靖子には美里という一人娘がいる。勤め先の『べんてん亭』に、8年前に結婚し5年前に離婚した元夫の富樫が訪ねてくる。復縁したいという口実のもとに、靖子に金をせびりに来たのである。昨年春に今のアパートに靖子は引っ越ししたのだが、富樫はその夜、靖子のアパートの所在地を探し当て、押しかけて来た。
 靖子から金を引き出し、「いっておくがな、お前は俺から逃げられないんだ。」と言って靴を履くために腰を屈めたところを、美里が富樫の後頭部を銅製の花瓶で殴りつけた。そこから靖子がホーム炬燵のコードで必死になって富樫を絞殺してしまうという事態に至る。ストーリーの導入部で、早くも殺人犯人は確定している。
 大きな物音を聞き付けたと言って、隣室の石神が靖子の部屋に現れる。そして、石神は自分に任せろと言う。靖子の殺害事実を隠蔽するための計画を自分が立てて二人に嫌疑がかからないようにすると断言する。靖子と美里は石神の指示通りに動けばよい。もし警察に質問されるような場合には、どのように応対すればよいかまで考えて教えると言う。石神は二人を救うために完全犯罪になるように緻密な計画を立て始める。
 つまり、殺人事件の犯人を知っているのは当事者の靖子・美里と殺害現場を見た石神の3人、並びに読者だけである。

 石神は、富樫殺害の犯人の存在を与件として、犯人を隠蔽し、刑事には解けない完全犯罪という事件をここから作り出す。この問題を解く立場に立つのが草薙刑事と相棒の後輩刑事岸谷であり、草薙に相談を持ちかけられるのがガリレオ先生と呼ばれる湯川ということになる。
 つまり、読者は一面で靖子に準じた目線の立場に立つ。何時、石神の計画にほころびが発生し、逮捕されてしまうことになるのか・・・・である。他面では、石神は草薙刑事の捜査を遮るどのような手を打っているかを楽しむ立場になる。それは、草薙が捜査プロセスで発見した事実から容疑者を追求する上でどのように攪乱されるかを鳥瞰的に眺める立場と言える。

 余談だが、この第3作を読んでいて、ふと気づいたことがある。前2作はストーリーの中で、湯川助教授と記述されていた。本書では、p197で草薙が夜に湯川の研究室を訪ねるときに守衛室で、湯川准教授と会う旨の目的を告げる場面が書き込まれている。助教授ではなく准教授になっている。助教授という名称が、准教授に改正されたのは、2007年の学校教育法の改正による。つまり、単行本出版は2005年、文庫本化は2008年だから、文庫本の出版段階で准教授に改称されたのだろうと推測する。
 2007年の法改正以降、大学での職階は、「教授>准教授>講師>助教>助手」となっている。

 さて、ストーリーの展開プロセスで興味深い点をいくつかご紹介しておこう。
1. 近くに下水処理場が見える旧江戸川の堤防でむごたらしい死体がジョギング中の老人によって発見される。死体は全裸で顔はスイカを割ったように潰され、手の指は焼かれ指紋が完全に破壊されていた。しかし、傍に放置されていた自転車に指紋があり、比較的早く被害者が富樫と判明する。完全犯罪計画を石神が企んだとすれば、なぜそんなレベルの死体遺棄なのか、と読者にまず疑問を持たせる。著者はどう展開するのか・・・・・と。

2. 富樫の線からの聞き込み捜査で、花岡靖子が俎上に上る。草薙は岸谷と組み聞き込み捜査を重ねる。隣室の石神に当然聞き込み捜査をする。そのとき、郵便物に記された帝都大学の文字に草薙が気づく。石神は帝都大学のOB会報だと答える。
 草薙が湯川に石神のことを語ったところから、湯川は石神が同期であり、数学の天才とも言える人間だったと言う。草薙とも学部が違え同期ということになる。つまり、湯川は石神という人間を熟知していた。湯川は草薙に「心の読めない男だろ」と苦笑する。
 つまり、敵に回せば一筋縄ではいかない男ということである。石神と湯川の知恵比べという想定が読者にはでき、ストーリー展開がどうなるか、楽しみの要素が増える。

3. 湯川は草薙に聞いた住所から石神の住まいを訪ねるが、湯川と石神の学生時代の回顧を含めて、二人の間の会話にある種の科学トレビア的な話題がエピソード風に織り込まれていくところが興味深い。キーワードだけ記しておこう。この種の話題を本書で初めて知った。
 エルデッシュ(=ポール・エルデッシュ)信者。A・ケリーが1879年に提出した四色問題。リーマン予想。クレイ数学研究所が賞金をかけ提出したP≠NP問題である。
 また、湯川と草薙の関係を知った石神は、次にそれを与件として、彼の計画遂行で完全犯罪を成功させるために、その対応と組立て直しをはかる。石神にとってこの計画遂行は数学問題の発想の応用とも言える冷徹で論理的な組立てなのだ。

4.富樫が殺害されて発見されたという報道を知った工藤という人物が『べんてん亭』に靖子を訪ねてくる。彼は靖子がクラブで働いていた頃の常連客の一人だった。富樫と靖子の離婚問題の折にも靖子に協力していた。この工藤の登場がどういう影響を及ぼし始めるのか。読者には興味津々となる要素を含んでいくことになる。靖子にとり、工藤は恩人ともいえ、また女として惹かれる存在でもある。一方、石神は靖子に気がある。靖子は石神の思いに気づきつつも、隣人以上には見ていない。石神が工藤の出現をどう扱っていくのか。新たなファクターが計画遂行にどんな影響を投げかけるのか。
 草薙は勿論、工藤の存在を知ると、聞き込み捜査の対象としてアプローチしていく。

5. ここまで殺人事件に関わりその隠蔽工作に石神を駆りたてのめり込ませる動機は何なのか。

 石神が最後にとった行動がすさまじい。読者は唖然として、その先を読み進めることになるだろう。
 「オール讀物」に連載されたときは、『容疑者X』というタイトルだったそうである。それが、『容疑者Xの献身』に改題された。この「献身」という言葉がすごく重みを加えたように感じる。
 このミステリー、お薦めできる一冊である。

 ご一読ありがとうございます。

ふと手に取った作品から私の読書領域の対象、愛読作家の一人に加わりました。
次の本を読み継いできています。こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『予知夢』  文春文庫
『探偵ガリレオ』  文春文庫
『マスカレード・イブ』  集英社文庫
『夢幻花』  PHP文芸文庫
『祈りの幕が下りる時』  講談社文庫
『赤い指』 講談社文庫
『嘘をもうひとつだけ』 講談社文庫
『私が彼を殺した』  講談社文庫
『悪意』  講談社文庫
『どちらかが彼女を殺した』  講談社文庫
『眠りの森』  講談社文庫
『卒業』 講談社文庫
『新参者』  講談社
『麒麟の翼』 講談社
『プラチナデータ』  幻冬舎
『マスカレード・ホテル』 集英社