2011年初頭、アラブ諸国で失業や独裁政権に抗議する大規模デモが起きた。
「アラブの春」とか「ジャスミン革命」などと呼ばれた。
一時は中国にも波及するかに見えたが、中共は抑えこんだ。
あれから7~8年、現在は・・・
「アラブの春」とか「ジャスミン革命」などと呼ばれた。
一時は中国にも波及するかに見えたが、中共は抑えこんだ。
あれから7~8年、現在は・・・
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」平成30年(2018年)10月12日(金曜日) 通巻第5854号
ジャメール・カショギ、って誰? サウジのジャーナリストが行方不明に
「アラブの春」から「アラブの冬」が到来していた
http://melma.com/backnumber_45206/
チュニジアから始まった「アラブの春」は、まずチュニジアで独裁者ベン・アリが国外へ逃亡、リビアでカダフィ大佐が殺害された。つぎにエジプトへ飛び火し、ムバラク政権が崩壊し、一時的に「イスラム同胞団」の原理主義的政権が誕生したが、やがて軍部によるクーデターで「民主化」の夢はついえた。
「アラブの春」の勢いはここまでだった。
シリアに飛び火した「アラブの春」運動は反動を促し、残酷な戦闘、悲壮な内戦をもたらして、米、NATO、そしてロシアが、トルコが介入して泥沼となった。
シリアの国土は廃墟と化けた。この空隙にISが入り込み、テロ,荒廃、すさまじき死体の山に難民の大量発生、この難民が欧州へ押し寄せ、独仏伊ほかで、ナショナリズムが高まり、EU、ユーロ危機へとつながる「想定外」の結果を運んだ。
ウクライナの反ロシア派の蜂起は、米国の中途半端な介入によってむしろ混沌が増大し、プーチンの権力基盤を固めさせてしまった。
ウクライナ東部は事実上ロシア傘下にはいり、欧米は冷戦時代のように、ロシアを軍事大国として脅威視するまでに逆戻りした。
さてサウジアラビアである。
サルマン皇太子による専制恐怖政治は、有力王子らを監禁して財産を吐き出させる一方、「女性の運転」を認めるジェスチャーで民主化を装いながら、イエーメンに軍事介入して500億ドル余もの軍事費を費消し、アラムコの上場は見送り、次世代経済計画はほとんど白紙に戻りつつあり、そして、カショギ事件だ。
カショギはサウジアラビアの反体制ジャーナリストだが、ワシントンポストへ寄稿者として知られ、トルコのサウジ総領事館へ入ったところまでが確認された。
以後、消息を絶って、「消された」と欧米メディアが騒ぎ、トルコは総領事館への立ち入り捜査を要求した。
この一連の出来事で、ホワイトハウス内部が揺れた。
クシュナーが主導した中東外交が、サウジ王家の専制政治と国際非難の余波を受けて、崩れかけているからだ。
同時にサウジアラビア政治は思わぬ国際的非難と反撃を前に立ち往生となり、サルマン皇太子の政治力に大きな陰りが出た。ということは安定性を欠く状況がくると同義語であり、次の懸念は石油輸出の継続が可能か、どうか。
イランの代理兵としてイエーメンに潜伏する武装集団は、紅海を航行する石油タンカーへミサイル攻撃をしている。サウジはイランへの敵愾心を燃やし、現在の危機的状況を打開、もしくはすり替えるために、軍事行動にでる可能性は否定できない。
つまり「アラブの春」は皮肉にも、「アラブの冬」となった。
ジャメール・カショギ、って誰? サウジのジャーナリストが行方不明に
「アラブの春」から「アラブの冬」が到来していた
http://melma.com/backnumber_45206/
チュニジアから始まった「アラブの春」は、まずチュニジアで独裁者ベン・アリが国外へ逃亡、リビアでカダフィ大佐が殺害された。つぎにエジプトへ飛び火し、ムバラク政権が崩壊し、一時的に「イスラム同胞団」の原理主義的政権が誕生したが、やがて軍部によるクーデターで「民主化」の夢はついえた。
「アラブの春」の勢いはここまでだった。
シリアに飛び火した「アラブの春」運動は反動を促し、残酷な戦闘、悲壮な内戦をもたらして、米、NATO、そしてロシアが、トルコが介入して泥沼となった。
シリアの国土は廃墟と化けた。この空隙にISが入り込み、テロ,荒廃、すさまじき死体の山に難民の大量発生、この難民が欧州へ押し寄せ、独仏伊ほかで、ナショナリズムが高まり、EU、ユーロ危機へとつながる「想定外」の結果を運んだ。
ウクライナの反ロシア派の蜂起は、米国の中途半端な介入によってむしろ混沌が増大し、プーチンの権力基盤を固めさせてしまった。
ウクライナ東部は事実上ロシア傘下にはいり、欧米は冷戦時代のように、ロシアを軍事大国として脅威視するまでに逆戻りした。
さてサウジアラビアである。
サルマン皇太子による専制恐怖政治は、有力王子らを監禁して財産を吐き出させる一方、「女性の運転」を認めるジェスチャーで民主化を装いながら、イエーメンに軍事介入して500億ドル余もの軍事費を費消し、アラムコの上場は見送り、次世代経済計画はほとんど白紙に戻りつつあり、そして、カショギ事件だ。
カショギはサウジアラビアの反体制ジャーナリストだが、ワシントンポストへ寄稿者として知られ、トルコのサウジ総領事館へ入ったところまでが確認された。
以後、消息を絶って、「消された」と欧米メディアが騒ぎ、トルコは総領事館への立ち入り捜査を要求した。
この一連の出来事で、ホワイトハウス内部が揺れた。
クシュナーが主導した中東外交が、サウジ王家の専制政治と国際非難の余波を受けて、崩れかけているからだ。
同時にサウジアラビア政治は思わぬ国際的非難と反撃を前に立ち往生となり、サルマン皇太子の政治力に大きな陰りが出た。ということは安定性を欠く状況がくると同義語であり、次の懸念は石油輸出の継続が可能か、どうか。
イランの代理兵としてイエーメンに潜伏する武装集団は、紅海を航行する石油タンカーへミサイル攻撃をしている。サウジはイランへの敵愾心を燃やし、現在の危機的状況を打開、もしくはすり替えるために、軍事行動にでる可能性は否定できない。
つまり「アラブの春」は皮肉にも、「アラブの冬」となった。