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とはいえ、これらの現象と、ものづくりとの関係は無関係に発生したわけではなく、ものづくりがその底流にある。ものづくりが無視され、意図的に置き去りにされたわけではない。むしろ21世紀に向け、高度化され、洗練化され、積極的に進められたことが、方向性の見えない後世へのリスクを最小限にする知恵であったわけだ。世の中の技術革新のスピードが人間の感覚とは異なる速さで推移することが起因し、表層化した現象にのみ囚われるため、誤謬が生じているといえる。卑近な例として、最先端分野の設計段階で利用されるCAD/CAMソフトの活用はその機能性が時代にマッチし、コンピュータの膨大な記憶や処理能力は、近い将来に不要になるとは到底考えられない。そこにもものづくりに携わる高度熟練技能者の存在を見ることができる。効率性や生産性の対極にある五感に頼る手作りの良さは異常といえるほど神格化されているように思えるのだが、小生の思い過ごしであろうか。
芸術の域にある伝統工芸や素朴な民芸品など職人の手で培われた品々を継承することへの努力を否定するつもりはさらさら無いが、限られてきた伝統熟練技能の伝承やマニュアル化等への方策は留まることなく、現代の記憶媒体を駆使して後世へ伝える義務を強く感じている。
ものづくりについて高度技術者や熟練技能者の育成と産業界のドラスティックなパラダイムシフトを、同一の視点で語ることはいささか短絡的かもしれないが、ものづくりへの拘りが新しい時代への活力として、技術者や技能者へ目が向けられ、その存在が再評価され、彼らの持つ技量が深さと幅を広げ、用と美の究極へ向かう光明としてさらなる拡大を期待したい。(このシリーズ最終回です)