>スポニチアネックス >ホリエモン「団塊の世代は日本の将来に全く興味ない」自民党総裁選にコメント >スポーツニッポン新聞社の意見・ >5時間・
>実業家・堀江貴文氏(51)が21日までに自身のX(旧ツイッター)を更新し、今回の自民党総裁選について言及した。
> 堀江氏が手がける配信サービス「ZATSUDAN」のYouTubeチャンネルで「僕は完全に(小泉)進次郎陣営なんで」と明言している堀江氏。
そうですね。わが国には若者を中心とした政治が必要ですね。
>自身のYouTubeチャンネルでも、小泉氏との対談動画をアップしている。
> そして、今回の自民党総裁選については「団塊の世代vs団塊ジュニアの最終戦争の様相を呈してきてる」とコメント。
我が国は序列社会で出来ていますから古い人間の圧力が強いですね。これは日本語の文法に階称 (hierarchy) というものがあるからでしょうね。
> 「後期高齢者の団塊の世代は日本の将来とかに全く興味なく 現状を如何に快適に過ごすのかしか考えてない」と持論を展開していた。
そうですね。日本人は現実にしか興味を持ちませんね。それは日本語に時制 (tense) というものが無いからでしょう。過去・現在・未来の独立した三世界を並べて考えることが無い。ナウな感じのする人たちですね。
日本語の文法には時制 (tense) というものが無く、日本人には世界観 (world view) も無い。未来時制の構文がないので、日本人には意思(will)の表現がままならない。それで優柔不断・意志薄弱に見える。
意思のある所に方法 (仕方) はある。Where there's a will, there's a way. 意思の無い日本人には仕方が無い。座して死を待つのか。
求めよさらば与えられん。 (自ら積極的に求める態度が必要であるという事) 他力本願・神頼みでは我々は助からない。
日本人には意思が無い。だから大人しくじっとしている。自発性が無い。ひとえに忍耐が大切だと信じている。
常に上からの賃上げを望んでいる。だから会社の意向を重んじた賃上げに応じている。賃上げに自らの力を示す交渉はしない。
上からの昇進に人気がある。だからエスカレーター方式の昇進に人気がある。自ら転職を繰り返して高位の職責に就くことを好まない。
上からの補助金に、蟻が集まるように人が集まる。自らの寄付により社会活動を高めようとする努力には人気がない。
国民は常に上の指示を待っていて自主性が無い。上からの指示はハッキリしない。ヒットラーもスターリンも毛沢東もいない極めて穏やかな社会である。
やって見せ 言って聞かせて させて見せ 褒めてやらねば 人は動かじ (山本五十六)
だから社会は下降線を辿る。‘天は自ら助くる者を助く’のではなかろうか。我々はもはや思考停止ではいられない。
我々日本人は日本語と英語の両言語を良く学び、思考における時制の大切さを十分に理解する必要がありますね。英文法にある時制 (tense) を使った考え方を会得すれば、我々は自己の意思 (will) を明らかにすることも可能になるし、自分自身の世界観 (world view) を持つことも出来ます。さすれば我々は国際社会において相手の理解も得られ、未来社会の建設に協力することも可能になります。かくして、我々日本人は、人類の進歩に一層の貢献が可能になるでしょう。
『有能な人材が世界から日本に集まり、ここで世界に向けてサクセスストーリーが生まれるという国家を目指すべきです。 このための具体的な政策課題として (1)英語を第2公用語にする (2)定住外国人に地方参政権を与える (3)インターネットの接続料はじめ知的生産活動の基本コストを諸外国並みにする (4)日本の制度やシステムの中で国際基準と合致しないものを一括して見直す―の4点を提案したいと思います。』 (茂木敏充外務大臣)
我が国の ‘漢字かな’ は世界中何処の国に行っても通用しない。特にローマ字 (alphabet) の代わりに仮名を使用することには害毒がある。仮名漢字表記による学習で自分は世界に通じていると思い込む。だが、これは事実ではない。勝手な解釈により世界に関する独りよがりの解釈は避けられない。私は宿泊先のアメリカ人の名前は知っている。しかし、その綴り方は分からない。つづり字を考えることのない日本人の記憶方法だからである。このような文盲に近い体験の仕方では外国人との文通もできない。地図を見て探すことも難しい。かな書き英語が我が国民の国際化を果てしなく遠ざけているということができる。
国語の勉強は読み書きの練習である。ところが、日本語の仮名漢字表記は難しい。特に漢字の字形と音訓の習得に月日を費やし、目的の勉学の成果が遅れている。私の知人に '〇〇健' という名前の人がいる。彼は周りの人から 'タケちゃん' とか、'ケンちゃん' とか呼ばれている。'一体どちらが本当なのか' と私が尋ねると、彼は 'どちらでも良いのですよ' と答える。'でも、戸籍ではどうなっているのか' と尋ねると、'戸籍にはフリガナがありませんから、どう読んでも良いのですよ' という答えであった。これを '日本人の自由' というのであろうか。'あるべき姿' の追及がない。公文書のフリガナを ‘振りローマ字’ に変えるだけでも、それ相当の進歩に成りますね。とりわけ漢字圏以外の国から来た外国人には日本語の漢字は難しい。日本語をローマ字表記にすれば彼らもたちどころに日本語を読めるようになる。能率の良い言語の習得には音読が欠かせない。読み書きが自由になると一人前の大人として活躍できる。筆記試験でも真の実力が発揮できる。外国人の能力に関してより公平な評価をする社会が我が国内に実現する。ぜひローマ字表記を法制化してもらいたい。ローマ字表記を仮名漢字表記と対等な地位にしてもらいたい。日本語をローマ字表記と仮名漢字表記の二刀流表記の国にすると良い。
'為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり' 上杉鷹山 (うえすぎ ようざん)