日々雑感

心に浮かんだこと何でも書いていく。

流れ星0

2009年08月01日 | Weblog
               流れ星

まあ、なんて美しい人だろう。僕は彼女の横顔を盗み見しながら、心の中でそうつぶやいた。美しいといってもいろいろ種類がある。
知性美あふれる美しさもあれば、上品な美しさもあるが、彼女の場合は、ちょっと淋しげな憂いを含んだ顔が、かわいくて、思わず抱きしめてチュがしたくなるほど愛くるしい。そんな美人である。

胸のどきどきを隠すわけでもないが、その時僕はフオームのベンチに腰掛けてアイスクリームをなめていた。
僕が アイスクリーム をなめたといったら、僕のことをよく知っている周りの人は笑うだろう。というのはこういうたぐいの物はほとんど食べた経験がないし、いつもこの種の食べ物はノーサンキュで断っている。どういう訳か、こういう物と、乳製品は体質的に受け付けないのだ。
だのに、今日は人目もはばからずにオジンの僕が幼稚園児みたいにアイスクリームをなめている 。人間の好みや行動は恒常的にどうのこうのいえる 物はなにもなくて、ただ
お天気みたいに、感情の赴くままに、日により、時間によって移り変わっているのかもしれない。僕がアイスクリームをなめるなんて、おそらく何十年ぶりの話である。

彼女は大きなサムソナイトを持っている。たぶん今から海外旅行に出かけるか、それとも帰国したかいずれかであるが、大阪方面の列車を待っていることから推察すればきっと今から出かけるようである。

海外旅行といえば、僕は今これが唯一の生き甲斐であり、唯一の道楽である。
関西空港を飛び立つときの、あの傾いた座席の感触がたまらないのだ。未知の世界にむかって飛び立つあの不安と興奮の入り交じった気分がたまらないのだ。

他人の旅行に自分をだぶらせて、イメージしているわけではないが、とにかく、よく見かける海外旅行スタイル・サムソナイトを押して、というスタイルには吸い付けられる。
 
見目麗しい女性に声をかけることは、かなり勇気のいることである。普通の娘に話しかけることはさほど抵抗を感じないが、彼女の存在を意識し始めると、もう足止めを食らったように、大きな抵抗感がでてくる。今回もそうだった。職業柄この年代の若者とは接触する機会は多く、なれているはずだが、女性を意識するともうだめだ。緊張するし、心が硬直する。ムカデが己の足を意識してあのように器用にはえるだろうか。そんな感じである。しかし何が何であれ、僕は海外旅行の話しがしたくて、思わず声をかけてしまった。

「あのー、今からいかれるのですか。それとも、帰ってこられたのですか」。
僕は胸の騒ぎを押さえながら、口ごもるような口調で、突然彼女に尋ねた。。
「これから研修旅行があり、中国へ行くのです。」
「中国はどちらですか 」
「まず西安で降りて、乗り継いで、ウルムチやトルフアンの方にいきます。」
「ああ、僕もいきたい。西安へいくのはずっと前から計画しているが、まだいってないのです。あそこはお大師さんが勉強されたところで、当時の長安は世界一の大都会だったでしょう。
貿易、商業、文化、芸術、宗教などすべてが集まって発展していた都市だから、遺物や遺跡があると思うのです。それをみたいと思っていましてね。中国といえば昨年雲南省の昆明や大里、麗江などへ行って来ました。マイルドな気候で過ごしやすかった。北京の方は9月が最高で冬は寒いらしい。さらに奥に入るのですね。どこの会社がそんなところに研修にでかけるのですか。」

「就職先は小さいのですが、旅行会社なんですよ。」
「おお、それはそれは。旅行会社ですか。よかったですね。趣味と実益がかねられるじゃないですか」
「そうですね。企業となると果たして趣味を許してくれますかどうか。」
「うーん、そうだよね。それでも普通よりはチャンスが多いのと違いますか。」
旅の話から始まって話はあっちへ飛び、こっちへ飛びして、止まるところを知らなかった。

岡山から、途中姫路で乗り換えたが、3時間はゆうに乗っているのに退屈せず、あっという間に大阪に着いた 。僕は心の中でこの列車か遅れてつく事を望んだ。大阪で乗り換えて彼女とは京橋で別れたが、後ろ髪を引かれる思いと言うよりは、一緒についていきたい気分だった。どうしょうもないもどかしさは、ずっと家まで続いた。

僕はずっと彼女のことを考え続けた。それは楽しい楽しい夢だった。
彼女がどうして美人なのか。僕の好みにぴったりだから。
何よりも感覚的に似たものを持っていてその部分が心で共鳴しあうのだろう。これは人間の相性というやつで、これがないと美人であろうがなかろうが全くエトランゼになってしまう。つまりお互いに単なる通りすがりの人に成ってしまうのだ。そこにはほのぼのとした感情の交流なんて物はみじんも感じられない。

彼女を知って、僕は体の芯から暖まるような思いがした。これは一体なんなのだろう。これが愛というものの実態なのだろうか。心の中がほのぼのと、ほんのりして、何か夢見るような気分になって、体の芯が暖まる。もしこれが恋愛感情でないなら、僕は生まれてからこの方今まで持ち続けた恋愛感情というものが分からなくなる。

「ううーん。それが何であっても僕は自分の気持ちに忠実になって、彼女を愛すればいいのだ。自分がそう思うのだから、こればかりは留めようがない。ただ好きな人の幸せの為に僕が何が出来るか、その点だけはしっかり考えて置こうと思った。

その後は何も起こらない。なんか夢見の一瞬だった。彼女の名前も住所も、連絡先も何も判らない。話はただこれだけのことだった 。一瞬のうちに現れて、一瞬のうちに消え去る 輝きを持った出来事。こういうのを人生のすい星の輝きというのだろうか。