日々雑感

心に浮かんだこと何でも書いていく。

大韓航空機にて3

2013年07月10日 | Weblog


飛行機のこの狭い空間の中で、においを問題にしてどうなるというのだ。ここは上等の客が乗るところだ。もっと上品にしろ。がたがた言うなら下に降りて、エコノミーに行ったらどうだ。喉元まで、日本語がでかかったが、韓国語や英語では言い方が分らないので、ただ黙る他はなかった。実にはがゆいに思いをしたが、それは仕方がなかった。

 視線を感じて振り向くと、オバハンはちょっと笑みを浮かべたような顔をして、こちらを向いて英語で話しかけてきた。聞きたくもないと思ったが、英語だったら少しは話が通じるので、いやいやながら、相手をした。彼女が言うには、
「韓国からカナダに移住して、もう4、50年にもなる。5歳の時だからやっと物事が分かる・物心がつきはじめたころで、移民の私はろくすっぽ、教育を受けないで、ただがむしゃらに働いた。そのおかげで母国は非常に経済状態が悪いが、こうして何十年ぶりかで里帰りもできる。いつもはエコノミークラスで、こんな上等の席に座ったことがないうえに、自分はこのようなランクの所では、どのように振る舞えばよいのか分からないので、ふさわしい振る舞いができなくて悲しい。だからめったに、こういうところには乗らない。
 ところが、今韓国は経済的に大変だということで、それじゃこの機会に少しでもお役に立てばと思い、今日はこのクラスにした。直行便だったら早いし、安いことは分かっているが、ちょっと旅行もできる身分になったので、バンコク見物をして、韓国に帰るのだ」。と彼女は言う。
隣の席の僕には気配りができていないが、この人は異国で頑張って一旗あげて、今故郷に錦を飾ろうとしているのだ。教育も受けずに生活基盤のない異国で、生きることは生易しいことではないが、彼女はどんな苦労したのか知らないが、彼女なりの成功をおさめて、今故郷に錦を飾ろうとしているのだ。
僕は彼女の無礼も忘れて、彼女の身の上話に耳を傾けた。

 礼儀作法も知らない。教養もない。しかし生活面では成功している。おそらく欠食したこともあっただろう。しかし歯を食いしばって、努力に努力を重ねてここまでやってきたのだ。ここまでなるには、おそらく大変な思いをしたことだろう。

僕は問わず語らず足らずで、彼女が先ほどからクチにする英語の会話の流ちょうさ関心を持っていた。なるほど。
さっきから英語を聞いているが、非常になめらかで、上手だ。僕はしばし彼女が450年間の間にカナダで身につけた英語の美しい発音に聞き惚れていた。

 「あなたの靴じゃないかしら」
突然彼女は話題を変えた。僕ははっとした。先ほどから、それとなく、悪臭の源を心の中で、いろいろ探していたが、思いあたるのは、靴下と靴以外には考えられない。シャワーは、浴びたが、靴までは洗っていない。そうかもしれない。悪臭とか、臭いとか。彼女が言った臭いの発生源は僕の靴かもしれない。
そして事実。彼女が指摘したとおり、悪臭の源は僕の靴であった。
さっきのちょっとした身の上話で、心が通じ合っていたので、僕はこれが源かもしれないと率直に認めた。彼女は原因が分かったので、それ以上どうして欲しいとは言わなかった。たた僕の方は、ちょっと気恥ずかしい気持ちになった。しかし、怒りの感情はどこかへ霧散していた。会話によってお互いに多少とも、心が通いあったので、僕は再び元の気分を取り戻して上等席に、座って偉くなったような気になった。
気分はちょっとしたことで、ころころ変わる。僕は気分屋だな。そう呟いて、苦笑をしたが、僕はそれはそれで良いと思った。
なんの悪戯かしらないが、頂上の気分から一転して谷底へ、そしてまた頂上へ。人間は感情の動物だというが、実にその通りで、今回の旅で、それを思い知らされた。と同時に、これは自分の頭の中だけの揺れで、もし実際にこの飛行機がダッチロールを繰り返したら、どうなることか。僕の頭の中のように揺れていたら、地獄を見ることだろうなと恐ろしい気もした。
 ビジネスクラスの席で、僕の気分は先ほどからダッチロールを繰り返していた。それで良かったのだ。これが機体のダッチロールだったら、おそらく生きた心地はしなかったことだろう。