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■【きょうの人】 0311 ■ 上杉 鷹山 海外でも知られる日本を代表する名君 ■ 武田勝頼 信玄の後継者

2021-03-14 08:46:00 | 【経営】 経営情報一般

■【きょうの人】 0311 ■ 上杉 鷹山 海外でも知られる日本を代表する名君 ■ 武田勝頼 信玄の後継者

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

■ 武田勝頼 信玄の後継者


 たけだ かつより
 天文15年(1546年)-天正10年3月11日(1582年4月3日)

 戦国時代から安土桃山時代にかけての甲斐国(現山梨県)の戦国大名で、甲斐武田家第20代当主、通称は四郎です。

 信玄の正妻の子ではないために、性差の子供のように信玄の「信」の字を与えられず、後継者ともみなされていませんでした。当初は、高遠諏訪氏を継ぐことになり、諏訪四郎勝頼と呼ばれました。また、信濃国伊那谷の高遠城主であったことから、伊奈四郎勝頼ともいいます。

 武田信玄といえば、戦国武将を代表する一人ですが、信玄死後を引き継いだ武田勝頼の評判はあまり芳しいものではありません。

 しかし、戦国時代に詳しい歴史家の多くは、巷の評判ほど、無能ではなかったといわれています。

 信玄の死後、18城を勝ち取るなどして、初めは勝頼を軽視していた武田軍団二十四将も、次第に勝頼を理解するようになり、結束してゆきました。あの織田信長に「勝頼、侮るべからず」と言わせるほどでした。

 信玄が死の床で、勝頼に「信長・家康と闘うようなことが起こったら、自領に引き込んで闘え」と遺言したそうです。ところが、18城を勝ち取るなど、成功体験からの驕りでしょうか、設楽が原の戦いでは敵地に赴いて、信長・家康と闘うことになりました。

 信長の「三段撃ち」で有名な設楽が原は平地での合戦です。(歴史研究者の中には、三段撃ちは、実際にはなかったといわれています。)

 武田軍は、山地での戦いを強みにしていました。あまり、経験の多くない平地での戦い、銃対騎馬軍団という、新旧の戦法の差などもあり、勝頼は、武田武将の大半を失う惨敗に終わりました。これが、武田一族の滅亡に繋がるといわれています。

 勝頼の敗北、武田氏の滅亡は、騎馬軍団と勇猛な武将による成功体験に固執しすぎて、新しい時代の幕開けを読み切れなかったところにあるように、素人考えを持っています。

 

■ 上杉 鷹山 海外でも知られる日本を代表する名君


 うえすぎ ようざん 上杉 治憲(うえすぎ はるのり)
 寛延4年7月20日(1751年9月9日)- 文政5年3月11日(1822年4月2日)


 江戸時代中期の大名で、出羽国(山形県)米沢藩9代藩主でした。上杉謙信という名門の家柄でしたが、領地返上寸前の財政難に陥っていました。その米沢藩再生のきっかけを作り、江戸時代屈指の名君として知られています。諱は初め勝興、後に治憲となりますが、藩主隠居後の号である鷹山の方が著名です。

 宝暦13年(1763年)より尾張国出身の折衷学者細井平洲を学問の師と仰ぎました。

 10代将軍徳川家治より「治憲」の名を賜り、明和4年(1767年)に家督を継ぎました。

 家督を継いだとき、上杉家は、18世紀中頃には借財が20万両(現代の通貨に換算して約150億から200億円)に累積していました。

 初代藩主景勝は、越後で120万石時代に従えていた家臣団6千人をそのまま、石高が15万石で召しかかえました。このため他藩とは比較にならないほど人口に占める家臣の割合が高かったことから、人件費だけでも藩財政に深刻な負担を与えていたのでした。

 加えて農村の疲弊や、宝暦3年の寛永寺普請による出費、宝暦5年(1755年)の洪水による被害が藩財政を直撃したのです。

 名家の誇りを重んずるゆえ、豪奢な生活を改められなかった前藩主・重定は、藩領を返上して領民救済は公儀に委ねようと本気で考えたほどであったと伝えられています。

 藩主に就任した鷹山(治憲)は、民政家で産業に明るい竹俣当綱や財政に明るい莅戸善政を重用しました。当然のことながら、先代任命の家老らと厳しく対立することになりました。

 江戸での仕切料(生活費)を8分の1に減額、奥女中を50人から9人に減らすなどの倹約を行ったりしました。

 天明の大飢饉では、東北地方を中心に餓死者が多発しましたが、鷹山(治憲)は、非常食の普及や藩士・農民へ倹約の奨励などの対策に努めました。自らも粗衣粗食でした。

 曾祖父による学問所を藩校・興譲館として、細井平洲・神保綱忠によって再興させ、藩士・農民など身分を問わず学問を学ばせました。

 日本を代表する君主であるだけではなく、ジョン・F・ケネディ大統領の尊敬をうるほど、海外でもその名君ぶりは知られています。

  【カシャリ! ひとり旅】 上杉神社
   http://www.glomaconj.com/butsuzou/meisho/yamagata/yamagata-yonezawa/yamagata-yonezawa12.htm

 

 

◆ 【きょうの人】 バックナンバー

 歴史上で活躍したり、仏教など宗教関係の人であったり、ジャンルはいろいろですが、彼等から、学ぶところが多々ありますので、それをご紹介します。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b57a13cf0fc1c961c4f6eb02c2b84c9f

◆ 【今日は何の日】は、毎日発信しています。

 一年365日、毎日が何かの日です。 季節を表す日もあります。 地方地方の伝統的な行事やお祭りなどもあります。 誰かの誕生日かも知れません。 歴史上の出来事もあります。

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/b980872ee9528cb93272bed4dbeb5281

◆ 【経営コンサルタントのひとり言】

 経営コンサルタントのプロや準備中の人だけではなく、経営者・管理職などにも読んでいただける二兎を追うコンテンツで毎日つぶやいています。 

  https://blog.goo.ne.jp/keieishi17/c/a0db9e97e26ce845dec545bcc5fabd4e

【 注 】

 【きょうの人】は、【Wikipedia】・当該関連サイトを参照・引用して作成しています。

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■【きょうの人】 0819 ■ 菊池大麓 数学者で、教育行政官を務める ■ アウグストゥス「尊厳ある者」

2020-08-19 08:46:00 | 【経営】 経営情報一般

■【きょうの人】 0819 ■ 菊池大麓 数学者で、教育行政官を務める ■ アウグストゥス「尊厳ある者」

 

 

 独善的な判断で、気になる人を選んでご紹介しています。

 

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取って、日々の生活やビジネスに活かしてくださると幸いです。

 

 

 

 アウグストゥス「尊厳ある者」

 

 Augustus
 紀元前63年9月23日 - 紀元14年8月19日

 

 アウグストゥスは、ラテン語で「尊厳ある者」を意味します。

 

 ローマ帝国の初代皇帝(在位:紀元前27年 - 紀元14年)です。

 

 志半ばにしてブルータスに暗殺された養父カエサルの後を継いで、内乱を勝ち抜き、地中海世界を統一して帝政(元首政)を創始しました。

 

 「8月」を英語で「August」といいますが、アウグストゥスの名前に由来しているといわれています。

 

 ヒスパニア戦争の帰途の船が難破し、トゥリヌスが生き残った少数の兵を掌握して敵陣を横断、この彼の行動がカエサルに強い印象を与えました。これにより、紀元前44年3月15日にカエサルが暗殺され、わずか18歳の無名な青年に過ぎなかったトゥリヌスは、一躍有名になり、以後、ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアヌス(Gaius Julius Caesar Octavianus)を名乗りました。

 

 次第に頭角を現すオクタウィアヌスに対して、カエサルの死後、単独の執政官として事実上権力を掌握していた、カエサルの政敵アントニウスは危機感を募らせました。

 

 紀元前43年1月1日、元老院は、オクタウィアヌスを元老院議員に任命、そして指揮権を与えました。しかし、政敵による工作などもあり、元老院と対立したりしますが、結局、執政官に収まります。

 

 紀元前43年10月、オクタウィアヌス、アントニウス、レピドゥスによる第二回三頭政治が成立しました。その後、いろいろとある中で、宿敵アントニウスと盟約を結び、領土を二分します。

 

 その後、アントニウスは念願のパルティア遠征を実行に移しますが、惨敗に終わりました。資金力も底をつきましたがエジブト・クレオパトラの支援を得ます。

 

 しかし、それを口実に、オクタウィアヌスはアントニウスを窮地に追い込み、アントニウスの死後、エジブトと戦い、勝利を得ます。

 

 オクタウィアヌスは、共和制への復帰を宣言し、その時に「アウグストゥス」の称号を得ると、手を返したオクタウィアヌスは、帝政へと移行し、初代ローマ皇帝アウグストゥスとなりました。

 

 後継者問題で、いろいろなことがあり、胃腸を患ったアウグストゥスは、紀元14年8月19日、ポンペイ近郊のノラの町で、76歳の年で崩御しました。

 

 

 


■ 菊池大麓 数学者で、教育行政官を務める

 


 きくち だいろく
 1855年3月17日(安政2年1月29日)- 1917年(大正6年)8月19日)

 

明治時代から大正時代にかけての日本の数学者で、教育行政官を務めました。男爵の爵位を持っていました。

 

 東京帝国大学(東京大学の前身)や、京都帝国大学(京都大学の前身)ほか、数大学の総長等を務め、教育にも貢献しています。

 

 蘭学者の箕作秋坪とつね夫妻の次男として江戸に生まれ、父の実家・菊池家の養嗣子となりました。

 

 蕃書調所(東京大学の前身)で英語を学び、1867年(慶応3年)と1870年(明治3年)の2度に亘り英国に留学しました。2度目の留学ではケンブリッジ大学セント・ジョンズ・カレッジで数学と物理学を学び学位を取得しています。ケンブリッジ大学を卒業した初めての日本人留学生なのです。

 

 帰国後の1877年(明治10年)、東京大学理学部教授となり、近代数学を初めて日本にもたらしました。

 

 同大学総長、学習院院長、京都帝国大学総長など、錚々たる大学で共育に携わってきました。

 

 理化学研究所初代所長等を歴任し、1902年(明治35年)には男爵を授爵されました。福澤諭吉とは知己の仲で、1874年(明治7年)には、福澤に招聘されて明六社に参加、福澤がその後に設立した交詢社にも発足時常議員としてもその名を連ねています。

 

 菊池は数学者・教育者であるとともに政治的手腕も持っていたそうで、1890年(明治23年)9月に貴族院勅選議員に勅任されています。

 

 文部省で専門学務局長から、1897年(明治30年)11月から翌年5月まで第2次松方内閣から第3次伊藤内閣にかけての文部次官となり、後に文部大臣を拝命しています。

 

 

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■【あたりまえ経営のすすめ】1-01 ガラス張り経営とその運営法 0517  多様化の時代

2020-07-09 09:53:19 | 【経営】 経営情報一般

■【あたりまえ経営のすすめ】1-01 ガラス張り経営とその運営法 0517

 多様化の時代になり、ホンモノ智恵が求められる昨今です。

 世の中には、「専門家」とか「プロ」と呼ばれる人が多数いらっしゃいます。

 ところが、残念なことに、その大半というのが、「エセ専門家」「エセプロ」なのです。

 それが露呈したのが、東日本大震災の福島原発事故ではないでしょうか。

 その対応においても、事後対応においても、専門家と言われる人達な何もできず、口を閉ざしてしまっだではないですか。

 ホンモノのプロ、要は「“真”のプロ」とは、どの様な人を指すのでしょうか。

 40年余の経営コンサルタント経験から、最善の策ではないにしても、ベターな策を講じるための智恵をご紹介してまいります。

メモ

■ ガラス張り経営とその運営法 0517

 「経営の透明性」とか「ガラス張り経営」という言葉をしばしば聞きます。この言葉を聞くと「素晴らしい経営者だ」「信頼できる企業」というようなイメージを持つ人が多いと思います。

 私も「ガラス張り経営」を心がけて、これまで組織運営やコンサルティングをしてきました。しかし、「ガラス張り」ということと「情報を隠蔽しない」ということは異なると解しています。

 「情報を隠蔽する」ということは、情報を開示しないで、特定名人間、それもしばしば「一人」とか「一部の選ばれた人間」「ある部署」ということが多いです。しかも、その特定の人という裏には、後ろめたいことが中心であるように思えます。

 「ガラス張り」といいますと、その様な「後ろめたさのない」という意味から、歓迎され、賞賛されると思います。

 では、ガラス張り経営で、経営はうまくいくのでしょうか、企業における社員を上手に管理できるのでしょうか。

 例えば、新しい戦略を構築しようとしているときに、それを社員に話をしますと、社員の中から建設的な意見が出たり、協力したいという積極的な社員が出てきたりと「ガラス張り」のメリットが出てくるでしょう。

 一方で、まだ充分に戦略が練り切れていない段階で、トップが、それを社員に開示したとします。充分な戦略が練り切れていないということは、充分にデータや資料・情報が収集し切れていなかったり、それを充分に分析しきれていなかったりして、それが判断ミスをしている可能性もあります。

 ガラス張りにすることにより、社員からその指摘が出てくれば、ガラス張りの良さが出たことに見えます。しかし、一方で、「このような判断ミスをするとは、わが社のトップは一体何を考えているのか」と疑問に感じ、次第に社員からの信頼を失う危険もあるのです。

 社員は、わが社という歴史と伝統ある会社ですからこそ、社員として自社のために骨身を削って仕事をしてくれているのです。裏を返しますと、自分が選んだ会社だけに、素晴らしい会社でありつづけることを期待しているのです。

 上記のように、トップが軽率な判断、たとえ軽率でなくても充分検討しないでした判断に対して、疑義や懸念が社員に生じたとしますと、社員の期待を裏切ることに繋がります。それでは、会社から離れていってしまいます。

 上述の例であります「新しい戦略構築」の話に戻ります。

 例えば、「委員会制度の導入を検討する」ということを、ガラス張りですので、その段階から、役員間のコンセンサスが不充分なまま、社員に発表をしたとします。

 「役員の担当が決まっているのに、なぜ委員会制度を導入するのですか?」と社員から質問され、各役員が統一した見解を述べられれば、社員は、会社に対して信頼を寄せ、活動にも積極的に参画してくれるでしょう。

 ところが、役員毎にいうことがバラバラであったり、社員から反論が出たときに、うろたえたり、キチンとした反論ができなかったりしては、役員に対する信用どころか、会社に失望すらするでしょう。

 コンセプトを充分に役員が咀嚼し、それを表現できるように、充分なる意見交換や討議を経て、具体策やその進捗管理までが明確になっていれば、役員に対する疑問や反論が出ても、自信を持って対応できるでしょう。

 それには、具体策を決める前に、コンセプトがキチンと役員間で理解され、合意されていなければなりません。その様な段階で、得てして、形だけを作ることに終始しがちです。誰が、どの委員会のメンバーになるなど形式的なことばかりに終始していては、肝心のことに充分時間を配分できず、消化不良のままの戦略発表となってしまいます。

 残念ながら、多くの企業で、何かをするというときに中途半端な形のものが社内に公知されることが多すぎるように感じます。

 社長をはじめとする役員が、大所高所から見て、それに気づいたら直ぐに対処すべきです。役員が、それを理解できないまま、走り出さなければならなかったことが多かったり、素晴らしい制度や戦略であっても、消化不要のまま放置され続けていたりしていることが多く、トップや役員・管理職は謙虚に受け止めるべきです。その上、これまで決めてきたこと見直しながら、新しい戦略・政策・方針として立案し、提示し、実行し、進捗管理を続けていくことが肝要と考えます。

 ガラス張り経営だからと言って、何でもかんでも発表して良いというのではなく、タイミングや反意を考慮して実施すべきです。

 

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■【きょうの人】 0516 呂尚(太公望) 釣り人でなくても知っている人

2020-05-26 08:46:00 | 【経営】 経営情報一般

■【きょうの人】 0516 呂尚(太公望) 釣り人でなくても知っている人

 本日、ゆかりの人をご紹介します。

 そこに歴史や思想、人物、生き方などを感じ取っていただけると幸いです。

 

 呂尚(太公望)

 りょしょう
 生没不詳

 紀元前11世紀ごろの古代中国春秋時代・周国の軍師としてしられ、後に、斉の始祖として現在の山東省を中心にした国です。

 呂尚の姓は姜、氏は呂、字は子牙とか牙、諱は尚です。軍事長官である師の職に就いていたことから、「師尚父」とも呼ばれます。

 謚が「太公」であることから、斉太公、姜太公の名でも呼ばれます。

 呂尚は、釣りをよくしていたことから「太公望(たいこうぼう)」と呼ばれ、日本では、釣り好きの人達を表す代名詞として使われます。

 

 

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■【あたりまえ経営のすすめ】1-01 ガラス張り経営とその運営法 0517

2020-05-18 07:53:26 | 【経営】 経営情報一般

■【あたりまえ経営のすすめ】1-01 ガラス張り経営とその運営法 0517

 多様化の時代になり、ホンモノ智恵が求められる昨今です。

 世の中には、「専門家」とか「プロ」と呼ばれる人が多数いらっしゃいます。

 ところが、残念なことに、その大半というのが、「エセ専門家」「エセプロ」なのです。

 それが露呈したのが、東日本大震災の福島原発事故ではないでしょうか。

 その対応においても、事後対応においても、専門家と言われる人達な何もできず、口を閉ざしてしまっだではないですか。

 ホンモノのプロ、要は「“真”のプロ」とは、どの様な人を指すのでしょうか。

 40年余の経営コンサルタント経験から、最善の策ではないにしても、ベターな策を講じるための智恵をご紹介してまいります。

メモ

■ ガラス張り経営とその運営法 0517

 「経営の透明性」とか「ガラス張り経営」という言葉をしばしば聞きます。この言葉を聞くと「素晴らしい経営者だ」「信頼できる企業」というようなイメージを持つ人が多いと思います。

 私も「ガラス張り経営」を心がけて、これまで組織運営やコンサルティングをしてきました。しかし、「ガラス張り」ということと「情報を隠蔽しない」ということは異なると解しています。

 「情報を隠蔽する」ということは、情報を開示しないで、特定名人間、それもしばしば「一人」とか「一部の選ばれた人間」「ある部署」ということが多いです。しかも、その特定の人という裏には、後ろめたいことが中心であるように思えます。

 「ガラス張り」といいますと、その様な「後ろめたさのない」という意味から、歓迎され、賞賛されると思います。

 では、ガラス張り経営で、経営はうまくいくのでしょうか、企業における社員を上手に管理できるのでしょうか。

 例えば、新しい戦略を構築しようとしているときに、それを社員に話をしますと、社員の中から建設的な意見が出たり、協力したいという積極的な社員が出てきたりと「ガラス張り」のメリットが出てくるでしょう。

 一方で、まだ充分に戦略が練り切れていない段階で、トップが、それを社員に開示したとします。充分な戦略が練り切れていないということは、充分にデータや資料・情報が収集し切れていなかったり、それを充分に分析しきれていなかったりして、それが判断ミスをしている可能性もあります。

 ガラス張りにすることにより、社員からその指摘が出てくれば、ガラス張りの良さが出たことに見えます。しかし、一方で、「このような判断ミスをするとは、わが社のトップは一体何を考えているのか」と疑問に感じ、次第に社員からの信頼を失う危険もあるのです。

 社員は、わが社という歴史と伝統ある会社ですからこそ、社員として自社のために骨身を削って仕事をしてくれているのです。裏を返しますと、自分が選んだ会社だけに、素晴らしい会社でありつづけることを期待しているのです。

 上記のように、トップが軽率な判断、たとえ軽率でなくても充分検討しないでした判断に対して、疑義や懸念が社員に生じたとしますと、社員の期待を裏切ることに繋がります。それでは、会社から離れていってしまいます。

 上述の例であります「新しい戦略構築」の話に戻ります。

 例えば、「委員会制度の導入を検討する」ということを、ガラス張りですので、その段階から、役員間のコンセンサスが不充分なまま、社員に発表をしたとします。

 「役員の担当が決まっているのに、なぜ委員会制度を導入するのですか?」と社員から質問され、各役員が統一した見解を述べられれば、社員は、会社に対して信頼を寄せ、活動にも積極的に参画してくれるでしょう。

 ところが、役員毎にいうことがバラバラであったり、社員から反論が出たときに、うろたえたり、キチンとした反論ができなかったりしては、役員に対する信用どころか、会社に失望すらするでしょう。

 コンセプトを充分に役員が咀嚼し、それを表現できるように、充分なる意見交換や討議を経て、具体策やその進捗管理までが明確になっていれば、役員に対する疑問や反論が出ても、自信を持って対応できるでしょう。

 それには、具体策を決める前に、コンセプトがキチンと役員間で理解され、合意されていなければなりません。その様な段階で、得てして、形だけを作ることに終始しがちです。誰が、どの委員会のメンバーになるなど形式的なことばかりに終始していては、肝心のことに充分時間を配分できず、消化不良のままの戦略発表となってしまいます。

 残念ながら、多くの企業で、何かをするというときに中途半端な形のものが社内に公知されることが多すぎるように感じます。

 社長をはじめとする役員が、大所高所から見て、それに気づいたら直ぐに対処すべきです。役員が、それを理解できないまま、走り出さなければならなかったことが多かったり、素晴らしい制度や戦略であっても、消化不要のまま放置され続けていたりしていることが多く、トップや役員・管理職は謙虚に受け止めるべきです。その上、これまで決めてきたこと見直しながら、新しい戦略・政策・方針として立案し、提示し、実行し、進捗管理を続けていくことが肝要と考えます。

 ガラス張り経営だからと言って、何でもかんでも発表して良いというのではなく、タイミングや反意を考慮して実施すべきです。

 

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■■【成功企業・元気な会社】009 ドイツ式検眼で目の特性をチェックし、視機能高めるメガネ店

2020-03-14 05:06:00 | 【経営】 経営情報一般

■■【成功企業・元気な会社】009 ドイツ式検眼で目の特性をチェックし、視機能高めるメガネ店

 

■ ドイツ式検眼で目の特性をチェックし、視機能高めるメガネ店

◆目は指紋のように人それぞれで違っている―この気付きを得て“開眼”したのがメガネ店、パーソナル・グラス・アイックス(福岡県飯塚市)の小松知史社長だ。小松社長に気付きを与えたのはドイツの専門家で、小松社長はドイツ式検眼の研鑽を積み、ドイツ製の精密検眼機器を導入し、顧客それぞれに最適なフィッティングを施せるようにした。そのフィッティングが評判を呼び、福岡・飯塚の地に九州・沖縄各地はもちろん、北は北海道からも顧客が訪れて、『人生が変わるメガネ屋』とまで言われている。

◆同社は小松社長の父親が1940年(昭和15年)に時計店として開業。その後、メガネと時計の兼業店からメガネ専門店に移行し今日に至る。「しばらく立てなくなり衝撃的だった」。小松社長が、こう述懐するのは、40年ほど前の、目やメガネに関する勉強会での出来事。ポラテストと呼ばれる、偏光フィルターを用いた視力測定を受け、斜位が多くあった小松社長に適するプリズムグラスが施され、それを外した時に起こった現象だ。2.0の視力ながら、斜位や斜視を抱えていたため、プリズムの効果が絶大だったわけである。

◆ポラテストを考案したのはドイツ人のハーゼ教授で、小松社長はハーゼ理論を学び、「目と眼筋までのアメリカ式」とはひと味違った「脳までアプローチ可能なドイツ式検眼」を身につける。程度の差はあっても大半の人には斜位があり、脳が両目のズレの補正を司ったりしている。「脳までアプローチ…」の所以(ゆえん)で、視線のズレは指紋のように個々人で異なるため、単に視力だけでなく視機能全般を検査し、それぞれの目の特性に合ったメガネ選び、メガネづくりを提唱、実践する。同社の基本姿勢として長年、貫かれているものだ。

◆同社店舗では、目の個別特性を調べるアイプロファイラーをはじめ、ドイツ製の検査装置をフルラインで導入。ハードの一方で、視能訓練士、ビジョントレーナーといった目の専門家を揃えるなど、ソフト面の充実も図った。これらの取り組みが顧客の輪を広げ、口コミで全国津々浦々から来店。来店者分析などに基づき、今年2月には銀座店を開店。小松社長は「検眼技術者の育成には相当の年数を要するので簡単ではないが、先々、福岡、大阪の両市に出店して九州圏と関西圏をカバーし、関東圏は銀座店で対応する」と将来を見据えている。

◆両眼視がうまくできないと、ものが二つに見えないように外眼筋が緊張し、肩こり、偏頭痛、腰痛の一因となる。はっきり見えなかったり、不安定な見え方だったりすると、発達障害につながる恐れがある-。小松社長によると、ここへきてこれらの知見が明らかになり、小松社長は、地元・飯塚市の発達障害支援研究事業の委員としても活動している。「ビジョントレーニングやメガネによる視機能改善を進め、目による悩みをなくしていく」(小松社長)と、強い使命感のもと、メガネ事業のさらなる発展を目指す同社である。

 

【コメント】
 
 成功している企業・元気な会社というのは、何か他社と違ったことをやっています。ちょっとしたアイディアです。経営コンサルタントとして、講演を頼まれるときに「事例を紹介してください」という要望をしばしば受けます。事例を紹介すると、「うちの業界では、ちょっと適用できませんね」というようなコメントが時々返ってきます。
 
 もし、その経営者と同じ事例を紹介したとしても、それは二番煎じに過ぎません。むしろ、他業界での成功事例や失敗事例を基に、自社に即した形に焼き直してこそ、独自性が出て来ると思います。


出典: e-中小企業ネットマガジンの掲載ルールに基づき、【コメント】以外は、そのまま転載しています。

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◆【経営情報】 部下をどう育てるか

2019-01-27 16:09:07 | 【経営】 経営情報一般

【経営情報】 部下をどう育てるか

お節介焼き経営コンサルタント」が、経営やコンサルティングに関する情報だけではなく、日常生活に役に立つような情報、旅行や写真などの会話を潤滑にするために情報などもお届けしています。

 それらの中から、直ぐにお役に立つような、選りすぐりの情報を中心にご紹介して参ります。

■ 部下をどう育てるか
 
 NHKのテレビ番組の中で、佐々木常夫氏が大変興味深いことをお話でしたので、そのダイジェストをご紹介したいと思います。
 
 組織を預かるリーダーの役割は2つあります。
 
 ひとつはその組織に期待されている目標を達成すること。つまり仕事を通じて部下を成長させることです。
 
 自分の所属する組織を維持発展させていくためには、その組織を構成するメンバー全員の力を最大限に発揮させ、与えられた目標を達成しなくてはなりませんが、そのためにも日々部下を育てることが求められます。「優れたリーダーは事業を残すが、真のリーダーは人を残す」という言葉があります。
 
 つまり、部下が自分の上司の優れた能力や人間性を見習おうとか、この人に付いて行けば間違いないとかいった気持ちにさせることが必要なのです。上司が部下にいろいろアドバイスや指導をしても部下の気持ちがこちらに向いていなければ、そうした教育の効果は少ないでしょう。
 
「人に会ったら挨拶する」「時間を守る」「相手を思いやる」「何かをしてもらったらお礼を言う」「間違ったことをしたらすぐ謝る」などといった人間としてなすべき基本動作をするよう日々指導することが大事です。
 
 私は課長になってからはいつも、部下たちに「礼儀正しさは最大の攻撃力である」と言ってきましたし「礼儀正しさだけでこの会社の役員になれる」とまで言ってきましたが、ビジネスをしていく上でそういった礼儀正しさ、つまり「原理原則を実行すること」は相手から好感され信頼されることになり仕事がスムースに進みます。
 
 その仕事に対する重要度の評価と段取りの差です。
 
 私は課長をしていた時はいつも部下に「業務計画書」を出させていました。1週間でやる仕事を列挙しそれぞれの業務をどのくらい時間をかける予定かを書かせるのです、いわば「仕事の工程表」作りです。
 
 つまり「タイムマネジメントというのは時間の管理ではなく仕事の管理」なのです。
管理職というのは部下の人生にコミットする、部下の人生に責任を持つ立場の人のことです。
 
 そうした部下の教育に時間を取られるのですから管理職というのは時間的余裕を持たねばなりません。
 
「餅は餅屋」といいますが、部下を育てられる管理職を育成するには、プロの先生にお任せするのがよろしいのではないでしょうか。
 

【経営コンサルタントへの道】

 
  長い経営コンサルタント経歴の基、書かれたページで、経営コンサルタントになるひとの60%ものの人が目を通しています。
 
 
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■■【心de経営】 渋沢栄一の論語講義に学ぶ経営 08  己れの欲せざる所は人に施すことなかれ 衛霊公第15-23 402 21

2019-01-10 09:36:21 | 【経営】 経営情報一般

■■【心de経営】 渋沢栄一の論語講義に学ぶ経営 08  己れの欲せざる所は人に施すことなかれ 衛霊公第15-23 402 21

 【心de経営】は、「経営は心deするもの」という意味になります。それとともにフランス語の前置詞であります「de(英語のof)」を活かしますと、「経営の心」すなわち、経営管理として、あるいは経営コンサルタントとして、企業経営をどの様にすべきか、経営の真髄を、筆者の体験を通じた内容をお届けします。

【筆者紹介】 特定非営利活動法人日本経営士協会理事長 藤原 久子 氏

 北海道札幌市出身、平成元年7月に財務の記帳代行業務並びに経理事務員の人材派遣業の会社を設立し代表取締役として現在に至っています。
 平素、自社において、従業員満足・顧客満足・地域貢献企業を目指し、ワーク・ライフ・バランスを重視した経営に心がけています。
 一方、自社における経験をもとに、経営コンサルタントとしての専門知識を活用しながら、客観的に現状を認識し、問題発見・解決策の提案や業務改善案、経営戦略への提言など、企業の様々な問題の共有を図りながらアドバイスをしています。

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 混濁した世の中を生き抜く術・視点は何処にあるのかを私なりにお伝えする事ができればと願いつつ、企業経営の心髄に論語の精神が重なっている事に気付かされ、渋沢栄一に共鳴し、論語が愛読書の一つとなっています。

 中国、戦国時代の思想書「大学」におきましては、治国平天下(治国平天下:国を治め天下を平和に保つ事)の方が主体でありますが、私の論語への想いは、論語は個人的規範が主体になっています。

 そのことから自らの修養の為に論語を学んでゆくのが最適であると考えたのです。何時の時代にあっても、また時代の変化の中でも、いわゆる不倒翁(「起き上がりこぼし」と同意として行き抜いて人間の持っていた、自らの修養と経験に基づくものが、企業経営をしてゆく上で極めて重要であると確信しています。

 ここでご紹介する渋沢栄一の生涯は『論語』との出会いにあります。「明治維新を作った徳川時代的教養とはどういうものであったのでしょうか。徳川時代は、一般的な民においても職字率が非常に高く、当時の世界的水準ではトップではなかったかと言われております。『雨夜譚』をみますと、6歳のときに父の市郎右衛門から教育を受けていたとあります。

 その前の5歳のときから既に文章を読む教養を教えられていて、学ぶという一番基礎を幼児に叩き込まれた渋沢栄一が一番親しんだのは、論語でした。7歳の頃に読み始め亡くなるまで読み続けていた渋沢栄一は、84才から2年余かけて膨大な『論語講義』を遺しました。この点ではまさに不易(ふえき:いつまでも変わらないこと)です。

◆ 衛霊公第15-23 402

  其れ恕か。己れの欲せざる所は人に施すことなかれ

 
【読み】

 子貢(しこう)、問うて曰く、一言にして以て終身これを行うべきものあるか。子曰く、其(そ)れ恕(じょ)か。己れの欲せざる所は人に施(ほどこ)すことなかれ。

 

【口語訳】

 子貢が尋ねた。簡単に一言で、生涯それを行う価値のあるものがありましょうか。子曰く、それは恕、人の身になることだ。人の身になってみたら、自分の欲しない事を、人に加えることなどできるものではない

【解説に出てくるキーワード】

 「参(しん)や、吾が道は一以て之を貫く・・・夫子(ふうし)の道は忠恕のみ」【『論語』里仁第4-15 (81)参とは曾子のこと。解説者山本七平さんは、孔子が「一以て」の問答で、曾子と子貢とで、字句が異なることを次のように解説している。 「曾子には『一以て之を貫く』の一の意味するところを『忠恕』と言っていまして、子貢にはただ一言『恕』と言っています。(こうした違いを指して)『論語』はずいぶん矛盾したことを言っている、一貫していない、と言うのはちょっとおかしいのです。本当の教育は、人を見てそれぞれに対して言う言葉が違って当然で、一律一体同じことを言っていれば、むしろその方がおかしい」

        参考文献 論語と渋沢栄一 プレジデント社

【コメント】

 ここでは「自分がされたくないと思う事は、他人に対してしてはならない」という事から一言で生涯の行為を律すべき言葉を、それは「恕(じょ)」と申しております。

 そこで組織運営では、こうした心理を生かした道徳的リーダーシップが求められるということは、注目すべき事実であります。他方では、人それぞれに考え方も環境も異なります。あらゆる場面を想定して、より広く社会から容認される倫理的価値を創造することが必要です。また、価値が多元的な現代社会の中では、それなしに、経営が永続的に存続・発展してゆくことは困難と考えます。

 失敗や挫折の多くは、社会的に全体的な配慮を欠いた結果といえましょう。また組織内に倫理感を浸透させる事によって経営者自身の揺るぎない理念の心髄を持続させる事ができるのです。加えてコミュニケーション能力により倫理を遵守した、責任ある言動により、自立した企業体へと導く事が重要です。

 社会全般にモラルを問い正す機運が高まる中、実践的な道筋の必要性を全ての人々に再考して戴きたいと願うものです。

 私達人間は、他者との協働や組織の成長とともに、やがては社会貢献に繋がる「恕」の生き方をしたいと考えます。

 そこで人間の持っている「智」で人間関係を築き、行動を起こすことは最重要項目であります。しかも、それらに纏わる手段には熟慮が必要です。「本当の教育とは、人を見てそれぞれに対して言う言葉が違って当然で、一律一体、同じことを言っていれば、むしろその方がおかしい」と述べられていますが、正にその通りと考えます。

 

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■【経営知識】管理会計 管理会計を再び紐解いてみてはいかがですか?

2018-12-21 12:49:28 | 【経営】 経営情報一般
■【経営知識】管理会計 管理会計を再び紐解いてみてはいかがですか?
 管理会計を学んだことのある人は多いと思います。
 ところが、理屈ばかりで、今ひとつ面白みがない「学問」であると感じた人も多いでしょう。
 ビジネスパーソンは、管理会計を学問と捉えるよりも「経営実務のための経営思想」と捉えてみてはいかがでしょうか?
 ますます、わからなくなった!?
 と、お感じの方は、ぜひ、当ブログを参考にしてみて下さい。
■ “真”の管理会計とは何かを初心に戻って見直してみましょう
 
 管理会計は、私たちに「気付きの機会」を与えてくれる魔法の力を持っています。たとえば、需要予測をして、売上計画を立案したり、営業部門の課題抽出に使ったりなど、管理会計は現場の実務にとても役立ちます。
 一方で、「管理会計は理屈っぽい」「実務とかけ離れている」などと敬遠されがちです。その背景には、管理会計関連書の多くがアカデミックな著者による執筆だからです。経営というのは、泥臭い部分が多いので、現場で苦労している経営者・管理職や担当者の求めているものとは異なるところが多いのです。
 筆者は、40余年もの長きにわたって経営コンサルタントとして現場に密着してきました。従来の管理会計がバランススコアカードとか損益分岐点分析とかという経営手法の横割り的な目次構成でしたが、本書は、そのメリットを活かし、かつ利用者が求めている縦割り的な利用法をマトリックスに組み合わせたコンセプトで書かれています。
 また、経営コンサルタント団体として最も歴史と伝統のある「日本経営士協会」による、日本を代表する会計学の権威者が培ってきたノウハウを継承して、昨今の経営現場に即する形に管理会計を焼き直しました。その結果、従来の管理会計とは「別物」といえるほど、現場に則した管理会計書になりました。
 本書は、「営業・マーケティング編」として記述されていますが、営業職だけではなく、ICTや経営企画などの現場でも役立つ管理会計のノウハウと、自分の仕事に生かす方法を解説した「きょうか書(教科書+強化書)」です。管理会計で「なにができるのか」「どのように取り組むべきなのか」を興味のある項目から調べましょう!
 
目次
 第1章 管理会計を正しく理解する
 第2章 需要予測で売上計画を立案
 第3章 社内データを活用した顧客戦略に管理会計を活かす
 第4章 商品戦略、地域戦略に管理会計を活かす
 第5章 市場戦略に管理会計を活かす
 第6章 温かい管理に管理会計を活かす
 第7章 温かいプロセス管理ができる営業設備
 第8章 管理会計で営業力を向上させる

 定価:1,800円(+税) A5判/ページ数 359ページ

 著者プロフィール
 アメリカで経営学、マーケティングを学び、日本の商社で事務機器、印刷機器の輸出入業務や新製品開発と市場導入などを担当。ニューヨーク駐在所長、アメリカ法人役員などを歴任後、経営コンサルタントとして独立。パソコン揺籃期から中堅・中小企業のパソコン活用の啓蒙、ICT活用による経営戦略の指導など、国内のみならずグローバルなコンサルティング活動を展開。現在、日本のコンサルタントの地位向上、若手育成に力を注ぎ、日本経営士協会会長他、各種の要職に携わってきました。
 ソフトバンク「営業管理職のためのパソコンノウハウ」、秀和システム「ロジカル・シンキングがよ~くわかる本」「クリティカル・シンキングがよ~くわかる本(秀和システム 今井信行著)」、アメリカ・マグローヒル社「アメリカにとって今が対日進出のチャンス」など、著書や論文・寄稿・講演など多数。
 
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 日本経営士協会は、戦後復興期に当時の通産省や産業界の勧奨を受け、日本公認会計士協会と母体を同じくする、日本で最初にできた経営コンサルタント団体です。
 
 経営に関する相談・診断・指導・調査・企画・教育訓練および管理について、経営者をコンサルティングし支援する人やそれを目指す人を育成しています。
 
 日本経営士協会は、「プロ集団+コンサルタント育成」の集団で、1951年に産声をあげ、1953年に第一号「経営士・経営士補」を誕生させ、その活動を通して社会貢献をし続けています。(http://www.jmca.or.jp
 
 
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 なお、お申し込みは、メールにてコンタクトをお願いします。
 
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