以前ブログで「楽器屋のばあちゃん」という話しを書いたことがあったんですが、あれから実は不思議なことがあったんです。
私はある日まだ明け方くらいに、そのおばちゃんが夢の中に出てきました。
そのおばちゃんのことを夢に見たのはそのときが初めてです。
まるで今から買い物に行くような出で立ちで、「みんなに言っちょって。また遊びにくるからって」というのです。
私は「遊びにっておばちゃん亡くなってるんやよ」と言いました。
おばちゃんは一瞬悲しそうに下をうつむきました。
私はあわてて「ああ運動会とか見に来るって意味ね」というとおばちゃんはニコニコ笑いました。
私はああこれは挨拶なんだと思い「おばちゃん。またこうやって夢に出てきて。たくさん夢に出てきてよ」と泣きながら言いました。
おばちゃんは「49日の間やから」と言います。
私は「私死んだらおばちゃんに会いに行くわ。でもうんと長生きしておばちゃんの分も長生きしてからやけどね」と言うとおばちゃんは「うん。そうしやん」と笑いながら言いました。
私はそのまま目が覚めて布団の中で大泣きしました。
それまで実感が湧かなかったのに、そのことで本気で辛くなって葬式より大泣きしました。
それから仕事が終わってからおばちゃんと仲良しだった人に電話して、おばちゃんの伝言を伝えました。
「また遊びに行くからってさ」
そういうとこういう感がある私が言うことなんで(こんな体験は序の口なんで)みんな信じてくれて、泣いていました。
みんな「おばちゃん突然死だったから自分が死んだってわかってないんじゃないの?」と言いました。「おばちゃん亡くなってるんやって私が言ったよ。仕方なしに理解しているみたいに見えたけど」というと「そうか。いつもあんたばかりやね。他のばあちゃんやじいちゃんのときも」と言われました。
「私は受信アンテナなんやね。知ろうとしてもわからないのにキャッチはする。でもみんなが信じてくれるから私に言うのが一番早いって思われるんやね」
そういう話しをしていてふとカレンダーを見てみると、私が夢でおばちゃんを見た日は初七日でした。
初七日って言うのはやっぱり何かの節目なんだなと思います。
夢の中で「49日の間だから」と言っていたのもちゃんと意味があるんだなと感じました。
夜、友達とその話しをしてると「やっぱり仏さんは49日の間にみんなのうちをまわるんやろ」と言っていました。
子どもの運動会が来たらいつものようにおばちゃんも応援に来てくれているつもりでいたいと思います。
きっと他のみんなも同じだと思います。
おばちゃんは亡くなってもまだみんなのことを思っていたんだなあと少し感動しました。