運転中、信号機に止まってふと目をやると 道路の工事をしている人たちがいる。
冬の寒い日も、夏の暑い日も、コツコツと汚れる仕事をこなしている。
またある日、夜中にコンビニへ行った。
サラリーマンなら課長クラスの風貌のおじさんが、飲み屋帰りの人らしいお客さんにたばこを売っていた。
大きな工場で立ち仕事をして、腰を痛くしながら働く人。
たくさんの人の中で怒られたり泣いたりしながら働く人。
割に合うかどうかより、生きることにコツコツと一生懸命な人。
そんな人が圧倒的に多い世の中だから、私のように小さな存在でも何とか生きていくことができるのだろう。
そんなことを馬鹿にして、やってられるかとうまい話にいく人は大きな損もするし、空っぽ人間も多い。
緊張があるから癒しがある。
一生懸命働いたからご飯がおいしいように。
辛さをわからないといけない。
苦しさを知らないといけない。
誰かを助ける存在に自分がなれるのか手段を考えるなら、その前にそんな価値があるのか知りたい。
昨日私は具合が悪くて寝込んでいた。
気分の悪さと戦いながらその時ふと思った。
この瞬間誰かがどこかで捕らわれて監禁されて怖い目に遭っているかもしれない。
車にはねられている人がいるかもしれない。
寒くてマンホールの下でうずくまる子どもがいるかもしれない。
10歳もならないうちに過酷な労働をしている子どもがいるかもしれない。
今、この瞬間死んでいこうとする人がいるかもしれない。
誰かが赤ちゃんを産もうとしているかもしれない。
きっとどこかの現実だ。
その人達を助けられない。
だからそっと、いろんな悪いことが早く終わりますように。
神様が必要な試練だといっても、でも早く穏やかになれますように。
と、祈ってみたりしていた。