母の急な電話でルーナが息を引き取ったことを知りました。
ルーナは今年で5歳。
猫エイズにかかっていました。
新しい家に引っ越してまもなく子どもを産み、その子達が少し大きくなったころに大きな台風が来てその頃ルーナは行方不明になりました。
残された子ども達は大きくなって、ある日ルーナが近所の家に保護されていることを知りました。
ルーナはその時エイズであることがわかりました。
ルーナが産んだ子ども達はエイズではなく、引き取ることができずにルーナは私の実家で飼われることになりした。
人間の言葉がよくわかるルーナはときどき「おかあさん」とか「ごはん」とかそういう合図も送るようになり、黒猫嫌いの母は「ルーナは特別」と親子のようでした。
鼻ぺちゃのルーナの顔を見ては「お前はムジがねえ」といい、ルーナはいつも母といっしょにいました。
保護されていた頃のルーナは家から出ることは許されていなかったようで、私のところへ自力で帰ってくることができませんでした。
そしてやっと帰って来たときにはガリガリにやせ細ってルーナはうちにいる自分の娘よりも小さくなっていました。
日に日に体力はなくなり、よくもどすようになり、そんなときルーナはいつも母にアイスがいいと冷蔵庫をみてはねだりました。
梅雨が明けて暑さが増したころ、ルーナはいつものように1人で眠らずに母のベッドで長くいっしょにヨコになっていました。
いつまでもルーナは母の鼻に自分の鼻をくっつけたりして遊んでいたんだそうです。
そして明け方、ルーナは1人で母の部屋をでていつも暑さしのぎで寝ている床の間へいきました。
ルーナはそこに寝転んで部屋の中を見ていました。
かつて息子のタマちゃんといっしょに住んだことがある家。バアバとお母さんとこうちゃんと・・・
ルーナはほかの家にいても自分がルーナという名前であることを忘れずに、私が見つけたとき口をいっぱいに広げて鳴きました。
「ルーナ!!!」
あのときのあの子の顔を忘れません。
また帰って来ました。みんなのところへ。
ルーナの家族のところへまた帰って来られました。
ルーナはずっと見ていました。家の中をずっと床の間の冷たい床に寝転んで。
そしてルーナは目を見開いたまま心臓が止まってしまいました。
5歳のルーナは私の母に最後のお別れをしたのかもしれません。
母が眠ったことを確認してベッドを抜け出し、床の間の床に寝転んで自分の心臓が止まることを静かに待っていたようでした。
母はルーナが寝ているんだと思ったのだそうです。
「ルーちゃん。暑いでしょ。こっちにおいで」と何度もクーラーのきいた部屋へ呼びました。
そしてルーナの固くなった手を握り、初めてルーナが寝たふりをしているんじゃないとわかったのです。
ルーナは心臓が止まる瞬間まで自分が帰りたかった家を焼き付けるかのように見つめたままでした。
母は仏壇に線香を上げました。
ルーナのために手をあわせました。
すると耳元にいるかのようなボリュームでルーナの声で「ニャン!!!」と聞こえたのです。
もう一度ルーナの手を握りました。やっぱり寝たふりだったんじゃないか。
でも固い体は現実を突きつけました。
母は「ルーちゃん暑いよね。」と部屋にクーラーを入れて、ルーナに扇風機もあてました。
「待っててね、もうすぐみんなが会いに来てくれるからね。」
するとさっきよりちょっと小さい声で「ニャン!!」とまた聞こえたのです。
母は声を上げて泣きました。「ルーナがありがとうと言ってる」
母がルーナにつけた赤い首輪を外しました。持っているのは辛いというので私が持っていることにしました。
箱の中にいるルーナを何度もさすっては母が言います。
「ルーちゃん。本当は寝てるんでしょ。はよ目をあけんね。おきんねルーナ!!!」
そういいながらも「天国へ行くんだよね。ルーナは天国へ行くんだよ・・・」と撫でながら震えて言いました。
ルーナの体はなくなっても「ニャン!!」と鳴いたルーナの魂は母のベッドでいっしょに寝ているんだと思います。