今日、属託でいた人が退職することになった。
今年は退職者が多い。
彼は私が高校生くらいの頃に今の会社へ入社して、ずっとアナログで頑張っていた人だった。
パソコンに切り替わって随分彼は努力したのだと思う。
60歳の退職日がいったん来たとき、彼は「これからまた仕切り直し」と言った。
それまでしていなかったジャンルの担当になったからだった。
嘱託期間の5年間をその新しいジャンルの担当としてすごすことになったからだった。
その頃の彼の口グセは「やってみるよ」だった。
前任者に尋ねながらきっちりついていった。さすがだと思った。
寡黙であまり笑わないけれど、飲んでいるときは別だった。
私に、「俺なあ。この前なあ。休み明けよ。会社に来て仕事しようと老眼鏡をかけなきゃと思ってな、机の引き出しを開けたんだ。そしたらなんか様子が変わってるような気がしてな。なんだろうなあと思いながらメガネケースを開けたらよ、俺のメガネふきにくるまってネズミが寝てたんだよ。俺の引き出しの中で寝床を作ろうとしたんだろうなあ。結局メガネケースに決めたってことやろなあ」と一人で恥ずかしそうに笑っていた。
それを聞いて、その人がそんなことを言ってることがおかしくて、メガネケースを開いたときにそのネズミと目があってしまった瞬間を想像すると笑いが止まらなかった。
どことなく口元の笑い方がいかりや長介風で、仲良しの同僚がその笑い顔を見る度に「マジで長さんだよねえ」と言っていたことを思いだす。
彼は最後の日の朝、一人一人に挨拶回りをしていた。
私のところへ来たとき「俺、最後の5年は何してたんだろうな。」というので、
「一生懸命だったから思い出せないんですよ」というと「じゃっとよな。あんまいおぼえちょらん」といった。
まるで小さい頃の子育てのようだと思った。
花束を握り締めて「ありがとうございました」と言った彼をみながら私は「お願いだから泣き出さないで」と祈っていた。