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ちびたの日常

のんびり息子と猫たち&イギリス人ハニスケと

今日の弁当

2018-03-10 | 美味しいもの日記

明日は鹿児島出張!!!
それを思うと準備が微妙で気になるけど・・・・

仕事は毎日年中繁忙期。でも心置きなく忙しくできるってホントにいい!!!!
いろんなことに答えることができる。そんな毎日がなんて楽だろうと思う!!!!


ネギ入り卵焼き
ミートボールパスタ
椎茸とほうれん草のベーコンバター炒め

のりたまと高菜の漬物ごはん

紅茶

どかせんのやから

2018-03-09 | 自己啓発日記
近所の山が火を噴いた。

もうやめて!嫌だ。みんな助けて。お客さんが来ない・・・・・


たくさん聞く。



でもあの山達はずっと良い時を作ってる。ここ以外にあんなに火山がまとめて鎮座しているところがあるの?


そのうちのどれかがたまに一個くらい噴火することもある。

フタなんてできない。どかせない。いなくなったら困るの。いっしょに生きてきて、そういう文化を育てたのだから。


折り合いを付けることに人間にとって都合の良い価値観だけでは計れない。


先日ある会社の社長が「面白がった投稿は許せない。みんな大変なんだ。もう嫌だ」と吠えていた。

それを見た別の社長が「そんなに嫌ならあんたも投稿しなきゃいいじゃないか」といった。


荒ぶるな。あの山はずっと助けてくれてる。いつも生活を支えてくれてる。私達のペットじゃない。


抜かりはないぞ。腹はくくってるぞ。だから心配しないで。みんなはみんなの季節を楽しんで。いっしょに落ち込まないで。

と、海外のジオのメンバーからの心配メールに返信した。

そう返信したことを日本の仲間に伝えた。


私達がいわなきゃならない。辛かったことを共有してなんていいたくない。頑張ってるから応援してねといいたい。

できる範囲でいい。真心の範囲でいい。


手をさしのべてくれといい、さしのべなければ悪者のようにならないように私達の方からいう。

転んだってただじゃ起きないよ。


私達は不安に思ってびびるだけしか脳がないなら引っ越ししなきゃいけない。どうチャンスになるか。
どういうチャンスにするか。

まだ始まったばかりの絶好のタイミングを山は作ったんだ。やっぱりいつも良い時を作ってくれてる。そんな山達なんだ。


プロジェクトデコポンの夜3度目ね。

2018-03-08 | 地域活動のこと
昼間デコポンを大量に購入。
プロジェクトのミーティングでお土産にする。

山崎さんちの2階の部屋でまちの活性化について作戦会議は続く。

今回はネタをいろいろ考えていた。
キーワードだの仮説、見込み、継続性、周知、話題性・・・・そりゃもうビジネス学科だの法学部だのでているのだからゴツゴツぶつかる。

キーワード全てを説明できるものを3つ程考えたので伝えるとそのうち一つが大盛り上がりした。

思い出すなあ。中学の頃。


当時の私の中学には美術の存在がうすくて部活もなかった。


絵を描くことがずっと好きで、絶対美術部に入るんだと思っていた私の落胆は大きかった。


「先生。どうして美術部がないの?」


「そうだね。無いんだから作ればいいよ。」



「あ、そうなの?作ってもいいんだね。」



それから早かった。体制を作るまでに一月もかからなかった。

会計係も作った。顧問と副担は2日くらいでつくった。

部員がいなかったのでよその部活からスカウトした。フラフラしてた子も引っ張って入れた。


最初は3人。だから美術同好会。 次は5人。だから美術クラブ。

そして10人になった。美術部。

生徒会がお金をくれた。


それまではあるもので絵を描いた。部費を貯金して少しずつ道具を買った。


初めての油絵。


せっかくの制服に絵の具がついた。知ったことか。うれしくてうれしくてたった10分の休み時間すら部室へ行った。

みんなでピカソ展へ行く。電車で勉強がてら行って帰りに城山から桜島をパステルで描いた。初めてのパステル。

遠くに行かないときは市役所の展望台から絵を描いた。
些細な景色に敏感だった。
全員、夕日を初めて見た人のように夕日を見て、緑を初めて知った人のように感動するような毎日だった。

お金がなくてたった6色から油絵を描いていた。それでも毎日楽しくて、1年の頃からすでに部長だった私は部長のくせに誰よりも下働きが好きで全く嫌ではなかった。

あのとき、私のわがままにいつもついて来てくれた周りのみんな。あの人達がいたから部になれた。

今でも友達でいてくれる。

私のプランはあのとき、私を助けてくれた人達へ恩返し。

学校の友達や先生だけじゃなく、画材を提供してくれた人たちや文房具屋さんもいる。
そのお礼を今の美術部員達といっしょにアートで恩返し。そういうプランを作った。

あの頃たった3人から始まった美術部は50人になりました。
市内でもトップクラスのレベルだと聞いている。最初の部長としてたまに行くとみんなに温かく迎えられる。


このプロジェクトで30年前の感謝の気持ちを伝えられるんじゃないかと思うとこの私のわがままにのってくれたまわりの人たちに感謝している。

落ち込むとき

2018-03-06 | 地域活動のこと
去年、相談者さんがお母さんと不仲なことをネタに旦那さんから暴言を吐かれるという謎の相談があった。

親子関係というものはどんなにクズな関係があってもどうしても、どこかで改善されたらいいのにと思うものだ。
どんなに嫌な相手でもどこかで本当は優しいんだとか本当は何か理由があるんだとか思う人が多い。

親子だもの。どんなに酷いことがあったってどこかでなんとかなって欲しいと思う。それが他人ではないから真剣にそう思うんだ。

相談者の彼女は実のお母さんと折り合いが悪い。

それを旦那さんに相談するとなぐさめるどころか罵倒が始まるという相談を受けていた。

私もね。同じことはよくあった。
親ごと罵倒されるわけではなかったけど、お前の涙なんか信じるものかとか、お前は自分が偉いと思っているのかとか、オレを誰だと思っているとか、仕事に行っていようがそういう「思い上がり」の虐待はお構いなしなのだ。

彼女の話を聞いているときその状態が目に浮かぶ。「思い上がり」の末のモラルハラスメント。

これは私のトラウマが引き出されてかなりかぶって落ち込む。

そういう相手はなぜそんなことができるのかというと、そのまま「思い上がり」なんだ。ようは他人の時間の中にあっても自分が基準。そういう酷い自己愛の中にいる。
これは言って聞かせたら終わるような事じゃない。

彼女は夢を見ているようだという。全くその通り。

こちらとしてはその思い上がりはあり得ない非常識の塊なのだから、むしゃくしゃしたから火をつけましたとか、しつけだから殴りました、みたいなことと同じなのだ。理解できる人の方が神経を疑う。
どれほどその状態に困惑するか。
コントロールされていなければノイローゼになるようなほどの非常識さだっただろう。

私の場合はコントロールされてしまったのでノイローゼにならなかった。どっちがよかったのかは疑問だけど。

ただ、コントロールが自分で勝手に溶けたりはしない。私は周りがいた。周りが気がついた。
行動的虐待の中にあっても私は大事な友人だけは隠し、守り通した。その時の自分のことを今でもハッキリと思い出す。


彼女に「あなたは行動的虐待の中にいません。だから自分の尊厳を持っていられる。しっかりと、自分を持っていられるように周りを見て地に足を付けた誠実さをもっていることですよ」と言った。

酷いモラルハラスメントは相手を麻痺させる。だから周りを鏡として見ること、相手を冷静にみながらまともに相手をしないこと、地に足を付けた誠実さは自分を強くする。凜として真っ直ぐにいること。

そして自然と時が来る。自分で歩くという時が来る。

今日の弁当

2018-03-06 | 美味しいもの日記

春休みがもうすぐくる。2年生ももうすぐ終わる。
早いなあ子どもの頃は。
私の一生の中で子育てという時間があることに感謝する。

肉じゃが
椎茸とほうれん草のバターソテー
お花ウインナー
ネギ入り卵焼き

玉子チャーハン

紅茶