その時になって初めて、彼は自分がどんな所にいるのかを理解した。いったい自分は何をやって
いるのか、不安がよぎり足元の雪の深さが、現実味を持って感じられた。
なるほど、そこらで野垂れ死にされては、土地の人には迷惑な話だ。自分としてもそれは予定外
のことだし、望んでもいない。
「分かりました。乗せて行って下さい」彼は男の指示に従い、馬橇の浅い箱の中に腰を下ろし、
その縁に掴まった。皮の曳き綱が馬の尾を打ち、掛け声が上がると同時に、橇は蹴飛ばされたよう
にしゃくり上げた。
橇は既に半分がた雪に埋まっていたが、一旦動き始めると、下り坂ということもあってか、力強
く雪を押しのけて進み始めた。彼が三時間を要した道を、馬橇は一時間もかけずに下り切った。
その間も雪は小止みもなく降りつのったが、それでも坂を下りるにつれ風は衰えをみせ、街に入
る頃には垂れこめたベールのように静かに地表に下りていた。
何処へ行くかとも聞かずに、男は町中に入ると橇を海側に向け、やがて漁港の建物の前で止めた。
建物は海に向かって二棟並んでいたが、一つは二階建てで、一眼で漁協事務所と分かったが、そ
の横のもう一棟は平屋で、漁協の集会所か倉庫に見えた。
馬橇はその平屋の前で止まった。
「どうする?」男は馬を杭に繋ぎながら聞いた。
彼は焦点の定まらぬ眼で男を見た。
いきなりこんな所に連れてこられて、どうすると訊かれても答えようがない。
答えあぐねている彼を見て、男がまどろこしそうに言った。
「まあ、そこに入って一服していてくれ。わしはちょつと事務所に寄ってくる」
男は雪と氷が詰まって動きの悪い引戸を乱暴に開け、その中に彼の背を押し込ん
いるのか、不安がよぎり足元の雪の深さが、現実味を持って感じられた。
なるほど、そこらで野垂れ死にされては、土地の人には迷惑な話だ。自分としてもそれは予定外
のことだし、望んでもいない。
「分かりました。乗せて行って下さい」彼は男の指示に従い、馬橇の浅い箱の中に腰を下ろし、
その縁に掴まった。皮の曳き綱が馬の尾を打ち、掛け声が上がると同時に、橇は蹴飛ばされたよう
にしゃくり上げた。
橇は既に半分がた雪に埋まっていたが、一旦動き始めると、下り坂ということもあってか、力強
く雪を押しのけて進み始めた。彼が三時間を要した道を、馬橇は一時間もかけずに下り切った。
その間も雪は小止みもなく降りつのったが、それでも坂を下りるにつれ風は衰えをみせ、街に入
る頃には垂れこめたベールのように静かに地表に下りていた。
何処へ行くかとも聞かずに、男は町中に入ると橇を海側に向け、やがて漁港の建物の前で止めた。
建物は海に向かって二棟並んでいたが、一つは二階建てで、一眼で漁協事務所と分かったが、そ
の横のもう一棟は平屋で、漁協の集会所か倉庫に見えた。
馬橇はその平屋の前で止まった。
「どうする?」男は馬を杭に繋ぎながら聞いた。
彼は焦点の定まらぬ眼で男を見た。
いきなりこんな所に連れてこられて、どうすると訊かれても答えようがない。
答えあぐねている彼を見て、男がまどろこしそうに言った。
「まあ、そこに入って一服していてくれ。わしはちょつと事務所に寄ってくる」
男は雪と氷が詰まって動きの悪い引戸を乱暴に開け、その中に彼の背を押し込ん