日本の地方行政の機能不全に対し、「自治体経営のプロ」である東洋大学大学院名誉教授のサム田渕氏がメスを入れる(本誌2022年3月号にも、田渕氏の関連インタビューを掲載)。
(さむ・たぶち)米フロリダ州商務省課長、カーター政権で通商代表部特別補佐官(出向)、現在は東洋大学大学院名誉教授、国連PPP(官民連携)専門家委員会議長、アジアPPP研究所長を務める。
私はかつて米フロリダ州政府に10年間勤めていましたが、そこで行っていたのは「経済開発」です。簡単に言えば、経済開発とは「経済のパイ」を大きくすることによって自治体の税収を上げ、負債を減らし、人口を増やすための戦略です。日本の自治体は、この重要さを全く分かっていないのではないでしょうか。
地方議員などと話をしてみても、経済開発に取り組むためのシステムすら分かっていない場合がほとんど。「おらが村のワインが売れた」と喜んでいる状況では話にならないのです。
私がフロリダ州政府に勤めていた当時、経済開発に携わる部署である商務省には300人の役人が働いていました。その中でセクションに分かれて、観光促進や企業誘致、スポーツ振興などを行うわけですが、経済開発に対する州としてのプライオリティ(優先度)は非常に高かった。
例えば当時、フロリダ州政府は7機の飛行機を所有していました。この「使用権」というのがあり、最もプライオリティが高いのが知事、副知事、閣僚の6人です。商務省は、この次のプライオリティで飛行機を飛ばせます。つまり他の省の長官や大臣より、経済開発を担う商務省が優先されるわけです。私が日本のプロ野球球団「埼玉西武ライオンズ」をフロリダに招いた際は、州内の3つのキャンプ地を飛行機で回ってお見せしたところ、速攻で快諾いただきました。
特に当時は、フロリダ州への人口流入が激しく、毎日1000人から1300人ほどの人口が増えていました。州政府としては、雇用をつくって彼らに仕事をしてもらい、税金を納めてもらわなければならないわけです。経済開発は死活問題でした。
「レモンを見つけ、それをレモネードに変える」のが経済開発
私が州政府に入った当時、フロリダにある日本の会社は6社ほどでしたが、10年後に私が公職から退いた時には、約100社に増えました。
もちろん全てを私が誘致したわけではありませんが、日本の経団連や商工会議所を訪ねたり、日本でセミナーを開いたり、日本の知事をフロリダに招待したりするなど、多方面から行動を起こしました。
その中でも特筆すべき試みとしては、米南東部7州、つまりフロリダ、アラバマ、ジョージア、ミシシッピ、ノース・カロライナ、サウス・カロライナ、テネシーが合同して地域の魅力を日本に伝える「日本・米国南東部会(Japan-U.S. Southeast Association)」を1976年に創設したことです。
この枠組みができたことにより、その後20年間、日本の製造業の6割以上が南東部に進出しました。
この「日本・米国南東部会」を通して南東部の魅力を伝え、「進出すればこのようなメリットがある」と説明して他地域と差別化を図る。そして南東部に目を向けさせた上で、今度は7州で競争し合うのです。
じゃあ、我がフロリダ州政府はいかにしてこの競争に勝つのか。
私がセミナーなどでいつもお伝えしているのが、「レモンからレモネードをつくる」という視点です。
フロリダがいくら頑張っても、アメリカの一番端っこに位置するわけです。この地に進出して、カリフォルニアなどの西海岸やカナダに物が売れるかというと、それは難しい。ただ、フロリダの南には6.5億人の人口を抱える中南米があります。実は、北米と南米をつなぐ砂時計の部分の最も細いところが、フロリダの都市マイアミなのです。私はここを、「地理的なレモン」と呼びます。
もともとマイアミは、アメリカ北部に住む富裕層の避寒地でした。ところが1950年代にキューバ革命が起き、中米・カリブ海で仕事をしていた何十万人ものキューバ人が、カストロから逃れてマイアミに渡ってきた。このスペイン語を話す人々が、中米のビジネスを持って来てくれたのです。これによって、「南米と北米をつなぐ」という地理的なレモンとしての特異性が出てきました。
ただ、レモンだけではだめで、これをレモネードに変える必要がある。
そこでフロリダ州政府は、「米州自由貿易地域(FTAA)」と言う「南北アメリカ大陸全域を一つの自由貿易圏にする」構想など、地理的特異性を活かす制度を積極的に打ち出しました。
今では北南米の物流の75%がマイアミ空港を経由し、南米の銀行は全てマイアミに支店を展開。マイアミは「南米のキャピタル(首都)」と呼ばれています。
日本の自治体は予算枠が大きく、負債額も大きく、役人が多い
日本の地方議員を見ていて思うのは、「仕事においてとにかく甘い」ということです。
特に、日本の自治体がアメリカと大きく異なる点が3つあります。とにかく予算枠が大きく、負債額が大きく、そして役人がやたら多いことです(笑)。
私は初めて岩手県の紫波町議会に呼んでいただき、「役場がボロボロなので立て直さないといけない」と相談された時、「22人いる議員を10人にして、10年我慢すれば役場が立ちますよ」と言ったら怒られました(笑)(*)。
(*)紫波町は国の補助金に頼らないPPP(公民連携、パブリック・プライベート・パートナーシップ)によって町おこしに成功し、全国からの視察が相次いでいる。田渕氏はその仕掛け人だった。
ですが、人口3万2千人の町に議員が22人もいて、さらには町民の平均年収が300万円ほどなのに、町議は730万円ももらっています。
一方、例えばフロリダ州のオーランドという人口60万人の町では、市議会議員が5人しかおらず、年収も350万円しかもらっていません。そもそもアメリカの役人は民間企業の6割程度しか給料をもらえません。その立場で成果を上げて自分を売り込み、民間企業に移った時には給料が2、3倍も上がるのです。私も役所から民間に移った時には、給料が3倍になりました。
加えて日本の地方議員の場合、たとえ議会で何もしなかったとしても説明を求められることがなく、ただ次の選挙で勝てばいい。しかしアメリカでは、大統領も知事も議員も、政治家は4年間の任期中、3年の間に成果を上げなければ、次の選挙に勝てないという厳しさもあります。仕事に対するアカウンタビリティ(説明責任)が非常に大きいのです。
例えばアメリカの議員は、全ての法案に関して賛成・反対のどちらに投票したかが記録に残されます。なので、地元に帰る際には、自らの投票について地元の人々に説明をしなければならない。私もフロリダ州元知事(元合衆国通商代表)ルービン・アスキュー氏の秘書として、州全域を共に回っていましたが、州民から求められるアカウンタビリティはものすごく厳しいですね。
アメリカでは「成果がなければ予算は出ない」のが当たり前
またアメリカでは、「成果がなければ予算は出ない」というのが当たり前です。「どれだけの予算を使って、いかなる成果を出したか」が、翌年の予算を決める判断材料となるのです。
州政府に勤めていても、成果が上がらなければ予算はもらえず、それどころかクビになります。そうした厳しい責任が課せられているのです。
日本の自治体は「予算を使いました」と言えばいい。甘すぎます。議員の方々は、「職業として自分が何に責任を負っており、自分が何で食わしてもらっているのか」を分かっていないのではないでしょうか。
日本政府の巨額債務は、「貯金税5割」もあり得るレベル
日本政府の巨額債務に対しても、強い問題意識を持っています。
政府の債務は今、国内総生産(GDP)の2.5倍を超えていますが、これは収入が1万円しかないのに、1日2.5万円も使っているのと同じです。それで借金を返せるわけがない。家計をやりくりしている方は、よく分かるはずです。
債務がGDPの3倍に達した時、政府が「貯金税」を課して我々の貯金を半分にすることも十分あり得る話です。債務を返済できないのですから。
だからこそ、自治体の経営効率を上げることは非常に肝要なのです。
私がアスキュー知事の秘書としてある会合に出席し、自己紹介をした時、「I work for governor Askew(アスキュー知事のために働いています)」と言うと、知事からこう言われました。
「Sam, you don't work for me. You work for the State of Florida. You work for the people of Florida. As I do. (サム、あなたは私のためではなく、フロリダ州のために働くのです。フロリダ州の人々のために。私のようにね)」
これを聞いた時には、体が震えました。これが「公僕」の意味なのです。日本の議員の方々には、この意味をよく考えていただきたいものです。