《本記事のポイント》
- 国民が納税のためにかける時間は「60億時間」=約40兆円!
- 内国歳入庁の権限強化で教会が監視される見込み
- 1ドル再分配するには、3ドルから4ドルもかかる!
16日付本欄では、バイデン政権のバラマキの結果、早くも「インフレ」と「人々が働かなくなる」という副作用が生まれているという話をした。今回も、簡単には「見えない」が重要な問題について触れておきたい。
100日間で新型コロナ対策やインフラ投資、アメリカ家族計画などに6兆ドルもの予算案を策定したとして、バイデン氏は「6兆ドル男」と呼ばれることがある(*)。だが実際は「18兆ドル男」と呼ぶ方が適切かもしれない。
というのもバイデン政権の"成長戦略"のコストは6兆ドルにとどまらないという説が非常に有力なのだ。
私企業が工場や倉庫を建設する時の費用ははっきりしている。建築士に設計してもらい、契約業者が建物を建てるので、その費用を支払えばいい。
しかし政府の場合は、「隠れたコスト」というべきものが存在する。これを計算したのが、アーサー・ラッファー博士の研究だ。
(*)21日にバイデン政権のインフラ投資については、5000億ドルほど値札を下げ、共和党に譲歩を示したが、この案で落ち着くかは未定である。
国民が納税のためにかける時間は「60億時間」=約40兆円!
まず博士によると、納税者が負担する金額は、徴税される金額よりもはるかに高くなるという。
国民が税金を払うためには、帳簿を整理したり、税法の調査もしたりしなければならない。税務処理のために公認会計士に払う費用、内国歳入庁(IRS:日本の国税庁に当たる)に支払う費用もかかってくる。
では、どれだけのコストがかかるのか。国民が納税のためにかけた時間価値を金額に換算したものを含めると以下のようになる。
【合計4399億ドル(所得税収の22%)】
《内訳》
・納税のためにかけた時間価値=約3779億ドル
-個人: 31.6億時間=2160億ドル
-法人: 29.4億時間=1617億ドル
・監査にかかる費用=93億ドル
・税務報告書作成費用=約315億ドル
・IRSの予算=約132億ドル
(1年で80億ドル、10年で800億ドル)
ここにさらに納税予定の所得税が加算される。1ドル支払うには、それ以上のコストがかかるのである。
さらに、徴税された側が仕事の「やる気」をなくすことで、経済成長率に与えるマイナスの影響もあることにも留意されたい。
内国歳入庁の権限の強化で教会も監視!?
こうした現状のなか、バイデン政権は徴税能力を高めるため内国歳入庁(IRS)の予算を10年で800億ドル(約8.7兆円)増やす予定である。IRSの職員を倍増するなどして徴税能力を高めるため、今後10年で7000億ドル(約76兆円)の歳入が見込めるというのが「売り」である。
「ウェイトレスのチップまでIRSの役人がやってきて徴税しようとするのか」「IRSの職員が個々人の銀行口座を覗き監視できるようになれば、ジョージ・オーウェルが『1984年』で描いたのと同じ監視社会になる」という批判の声も出始めているので、徴税権力の強化に、国民が不安を覚え始めているのは確かだ。
特にIRSの権限強化で危惧されるのは、教会の政治活動に対する国による監視である。
トランプ政権以前は、教会の聖職者が特定の政党を支持する説教を行うと、IRSから免税特権を剥奪される事態が発生していた。要するに国家権力の牧師等に対する監視である。
これを不当だと考えたトランプ前大統領は、「神が人間に与えた自由には、信条に基づいたものを支持・崇拝する権利も含まれる」として、大統領令によって宗教家が政治活動を行うとIRSにより免税特権を剥奪されるジョンソン修正条項を停止した。
しかしバイデン政権下では、ジョンソン修正条項が復活する見込みだ。教会の牧師や神父などの宗教家が、説教の中で特定の政党を支持したと見なされると、免税特権が剥奪される事態となる。それはまるで修正憲法第1条が改正され、「いかなる宗教団体も政治上の権利を行使してはならない」ことを定めた日本国憲法第20条1項後段が加憲されるようなものである。
だが政教分離の本来の趣旨は、「国家権力が特定の宗教と結びつくと他宗の弾圧が起きることがあるので、それを防ぎ、最終的に宗教的自由という法益を護る」ことにある。それ故、宗教家が特定の政党を支持することまで否定するものではないし、宗教が十分に寛容であるならば、国定宗教の存在さえ否定するものではない。
そもそも修正憲法で信教の自由、内心の自由が認められている以上、宗教家や宗教団体が政治家を応援したり、政治活動したりすることを禁止することはできない。もしそうなら宗教活動の自由を求めて本国のイギリスからアメリカに逃げたピューリタンの人々の活動なども否定されなければならなくなり、それこそアメリカの建国の理念に反するものとなる。
バイデン氏は、税金を取りたいがために徴税にお金をかけ、さらには自由まで破壊しようとしている。
再分配するにも、3倍から4倍のコストがかかる
さて、政府がお金を使った場合の「隠れたコスト」についてである。問題は徴税時のコストだけではない。集めるだけでなく、分配するにも費用がかさむ。
では、バイデン政権が1ドル配るのに一体いくらのお金がかかるのか。ラッファー博士は1ドル使うには、3ドルから4ドルかかると計算する。これほどのコストがかかるのかと怪訝に思うかもしれない。
しかしそれは十分あり得る話だ。日本で昨年問題となった、新型コロナの影響で収入が減った中小企業、個人事業主らに国が支給する持続化給付金事業を思い起こすと分かりやすいだろう。
持続化給付金を支給するため、中小企業庁から「一般社団法人サービスデザイン推進協議会」に事務事業を委託し、さらにそこから大手広告代理店の電通とその子会社に重ねて委託をしていた。
「一般社団法人サービスデザイン推進協議会」は、経営実態のはっきりしない会社であるため、「再委託先の電通を表に出さないためのトンネル法人で、経産省と電通との密な関係を覆い隠すための"隠れ蓑"ではないか」と取り沙汰されていた。しかもこの過程で、電通と子会社には107億円が残るという、委託費の「中抜き」が問題となっていた。
1930年代のルーズベルト大統領が行ったニューディール政策でも、ルーズベルト民主党政権に近い関連企業にお金がばら撒かれただけで乗数効果はなく、経済効果はなかったとも言われている。
このように政府がお金を配ると、特定の事業者との癒着から不正の温床となりやすい上に、配ること自体にに数倍の費用がかかることになる。
もし3ドルから4ドルかかることになれば、6兆ドルの財政出動は6兆ドルにとどまらず、18兆ドルから24兆ドルの出費となる。アメリカのGDPが20兆ドル(約2000兆円)なので、その1年分か、それ以上の金額が吹き飛ぶ計算となる。
バイデン政権はインフラ投資や米家族計画の財源として、富裕層の所得増税や法人増税を考えているが、影響を受けるのはトップ1%に留まらない。法人税の50%から70%は従業員が負担し、残りは消費者が高いモノを買わされる形で負担が転嫁されたり株主が負担を被ることになる。
ラッファー博士が、39歳の時にサッチャー政権の経済政策を評して述べたように、「富裕層に課される高い税金は、富裕層と貧困層を同様に傷つける」のである(5月28日発刊の本誌7月号参照)。
「働かないこと」に支払ったツケは大きくなりそうだ。バラマキからインフレ率が高まり、金融引き締めが後手に回れば、賃金も伸びず物価が高止まりになるスタグフレーションも起きかねない。それは2022年の中間選挙や2024年の大統領選挙で間違いなく共和党に有利に働くことになる。バイデン氏は、「自由のための革命」を自ら招くことになるかもしれない。
(長華子)