小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

天皇陛下の「生前退位」のご意向について

2016年07月14日 15時01分01秒 | 政治



 天皇陛下が「生前退位」のご意向を示されたというニュースが流れました。報道によれば、五年前から内々にそのご意向を示されていたとのことです。
 私見を述べます。
 このご意向は、陛下のご高齢と、背負いきれないほどの公務の数々とに鑑みて、きわめて賢明なご判断だと思います。しかも、陛下は、宮内庁が提言してきた公務の削減を潔しとしないがゆえに、このご意向を示されたそうです。ここには、公務に対する陛下の責任感の強さと誠実さがはっきりと示されています。崩御しなければ退位は認められないという現行の皇室典範の規定を超えても天皇としての役割を正しく継承したいという強いご意志が感じられるからです。よって、このご意向に国民の側からお答えするために、特別立法措置によって速やかな実現をはかるべきだというのが私の考えです。
 さて政府や知識人の間には、これを実現するためには、皇室典範の改正が必要になってくるという意見が大勢を占めているようですが、私は反対です。
 たしかに皇室典範には、生前退位に関する規定がないので、皇室典範によってそれを定めなくてはならないという前提に立つなら、改正は必定ということになるでしょう。しかし、皇室典範の改正は、たいへんな時間と評定を要しますし、仮に陛下ご在世のうちにそれが成ったとしても、その新しい規定の法的な拘束力が将来にまで及ぶことが考えられるため、将来の天皇が違うご意向をお示しになった時にはまた変更を余儀なくされるだろうからです。
 また、摂政を置くことにすればよいという意見も散見されます。
 しかし皇室典範第16条2項によれば、「天皇が、精神もしくは身体の重患又は重大な事故により、国事に関する行為を自らすることができないときは、皇室会議の議により、摂政を置く」となっています。今上陛下の現在のご状態がこの規定に当てはまるとは思えません。
 問題の要点は、今上陛下がそのようなご意向をお示しになった以上、立憲君主国(法治国家)の原則として、何らかの法的な措置(全国民の合意)が必要であろうということ、そして皇室典範改正も摂政を置くことも時宜を得た措置ではないのだとすれば、特別立法を選ぶほかはないだろうということです。
 この場合、皇室典範にその規定がないことを「欠陥」とか「欠落」とか考える必要は何らなく、この法を一種のネガティブリストによるものと見なせばよいのです。言い換えると、条文に規定がないのだから、そのほかの(想定外の)案件に関しては、簡単に立法措置が可能だと考えればよい。
 今回のご意向が、まさしく公務の大切さを何よりも尊重されるお心から出たものであることは、火を見るより明らかです。それは、これまで幾多の災害や戦没者に対して取ってこられた両陛下の、お心を尽くしたご振舞を拝見しても十分すぎるほど納得のできることです。
 陛下のご意向をできるだけ速やかに叶えさせて差し上げることが、あれだけ国民に愛情を注いでこられた両陛下のお気持ちに対して、今度は国民の側から両陛下への愛情によって報いる最良の手立てなのではないかと愚考する次第です。
 大上段に「すわ一大事」とばかり、これから皇室典範の改正論議を始めなくては、などと騒いでいる政府関係者や知識人は、陛下のご一身に対する温かい愛情が不足しているのです。それでは皇室と日本国民との心情の一体性は望めないでしょう。またいたずらに小田原評定をして大騒ぎすることは、一般庶民の皇室および今上両陛下への思いとの間にギャップを生み出す結果にもつながります。
 陛下は、日本国の神主の長としての職分を見事にまっとうされてきました。もし今回のご意向が速やかに実現した暁には、そのご振舞と重ね合わされることで、将来、美智子皇后とともに、まれなる名君、名妃として称えられることでしょう。



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2 コメント

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私ごときのコメントで強縮ですが・・・ (天道公平)
2016-07-22 21:19:35
 私ごときのようなものがコメントしていいものか、案じ、逡巡するところです。

 しかし、今上陛下が、随分前から、あらゆる側面で「国民」及び「国事行為」について考え抜かれ、おそらく自己に残された時間と責任について熟慮され、皇族として「責任ある公務」をきちんと果たしたいと、このたび「退位」を判断された、陛下の厳しい「現在」を考えれば、私にも意見を申し上げる義務があり、結果、私には、著者と同様の結論になるように思われます。
 今後も陛下に過剰のご負担を求めないように、緊急事態に際し、一般法に対し、限定的な「特別法」で対応するという次善の方便です。法制手続き的にも問題ないのではないでしょうか。
 もし今後国会で「皇室典範」の一部改正を図るなら、「あーでもない」、「こーでもない」と紛糾するのは想像の範囲であり、いたずらに時間のみ経過して、今上陛下に要らざるご心労をおかけする必要はない、とおもんばかられ、この際我々も、英明な陛下に習い、賢い国民になるべきであろうと思います。
 先の熊本地震でのご公務を含めて、明らかに体力が衰えられたと拝察されつつも、決して逃げることをされない陛下を今後も長時間拘束するのは、我々、大多数国民の真意ではないと考えます。
 私は、現在、男盛りを迎えられている、わが皇太子徳仁親王に、今後は経験を積んでいただき、昭和、平成天皇に比肩する存在になっていただきたいと思います。これを契機に、今後機会を与えられる、皇太子妃雅子様も、さらに、ご成長されることと思っています。

 エマニュエル・トッドさんではないですが、私に言わせれば、彼が希求する西欧流の「自由・平等・同朋愛」などの理念だけでは、国民国家に対する国民の帰属意識、同朋意識また同朋への友愛の真情は満たされるものでなく、私の思う日本国ではそれはやっていけません(私は敬愛に値する現実的な存在がいないフランス国は大変お気の毒な国とおもいます。)。
 国民の緊急時に、率先し、現場に入って行かれ、慈愛と勇気をもって、危機に際し敢然とふるまわれ、人格も高潔で、識見も豊かで、その範を示されるべき、また、立場を超えて国民に崇敬される陛下が、まず日本国にとって是非必要と思えるからです。

 われわれ国民に投げかけていただいた、ご賢君の宿題を、可及的速やかに果たしたいものですね。
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天道公平さんへ (小浜逸郎)
2016-07-24 01:38:34
的確なコメント、ありがとうございます。

私もまったく同意見です。
フランスの「同胞愛」の理念と、その実態との乖離には、まことに悲惨なものがありますね。もっとも、歴史的、地政学的な事情が我が国とはまったく異なるので、その点は同情すべきかもしれませんが。
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