小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

原発問題に関する巨大マスコミの姿勢

2013年11月10日 02時19分11秒 | 政治
原発問題に関する巨大マスコミの姿勢



私はこのところ、エネルギー問題、特に原発問題に関心を抱いています。
 2013年4月1日付産経新聞に、「原発容認で出演中止 NHK番組『意見変えて』要請」という見出しの記事が掲載されました。その一部を転載します。

 問題となった番組は昨年11月28日放送のクローズアップ現代「"ジャパンプレミアム"を解消せよ~密着LNG獲得交渉」。
 日本エネルギー経済研究所顧問の十市勉(といち つとむ)氏によると、NHKは十市氏に出演を依頼、同21日にディレクターらと打ち合わせた。国内では関西電力大飯原発以外の原発は停止しておりNHKは、輸入が急増し高騰するLNG価格をどう下げるかコメントを求めた。
 これに対し、十市氏は①LNGの輸入源と調達方法の多様化②交渉力強化のため、共同購入やLNG火力の代替手段の確保が重要。そのためには安全が確認された原発は地元の同意を得たうえで再稼働させたり、石炭火力の活用が有効③電力制度改革で発電市場の競争の促進――を挙げた。
 だが取材翌日、ディレクターから「番組に出演するには意見を変えていただくことになる」と電話があり、理由として「原発ゼロを前提にどう価格を引き下げるかを趣旨にしており、再稼働に関する発言はそぐわない」と述べたという。
 十市氏はNHKに説明を要求。チーフプロデューサーから連絡があり「原発ゼロを前提にしていない。総選挙前であり放送の公正・中立に配慮した」と釈明した。十市氏の発言のどの部分が、放送の中立に反するか説明はないまま、出演は取りやめになった。 


 さてみなさん、この記事を読んでどのように感じられましたか。
 私は、ここに書かれていることが本当だとすれば、公正・中立を謳う天下のNHKが、裏では陰湿な言論弾圧を平気でやっているのだと思いました。
 十市氏のコメントのうち、私は③には必ずしも賛成しませんが、②については、きわめて公正・妥当な判断だと考えます。
 エネルギーの安全保障の問題は、いま日本の国民や企業にとって最重要な課題の一つです。現在、全国54基の原発のうち、稼働しているのは2基だけです。この状態をそのままにしておくと、火力への依存が過度に高まり、資源(ことに石油、LNG)の安定的な確保、コスト、電力の安定供給などの点で、ほどなく大きな危機に直面する可能性が大きいのです。現に電気料金は軒並み値上げされていますね。こういうことを続けていると、ただでさえ不況にあえいでいる日本の産業は必要十分な電力を使うことができず、ますますシュリンクしていくことは目に見えています。
 反原発を標榜する人たちは、再生可能エネルギーへの転換を声高に唱えますが、これはそう簡単ではありません。そのためのインフラを整備し、適正な供給シェアを確保するためにも、安定供給とコスト安で実績をもつ原発を再稼働させる必要があります。原発稼働と再生可能エネルギーとは、トレードオフの関係にあるのではなく、前者の適切な運営が後者の発展を支えるのです。
 NHKが、「原発ゼロ」を前提とした番組作りを目論んだことは明確で、十市氏のコメントはそれに抵触するために圧殺されたのでしょう。しかし十市氏は、「安全が確認された原発は地元の同意を得たうえで」とちゃんと条件をつけています。これのどこが「公正・中立」に反するのか。NHKのような巨大マスコミが、「原発に対する国民感情」という亡霊に怯えて、大衆迎合主義に走っていることは明らかではないでしょうか。
 巨大マスコミが「正義」を代表しているなどとは、いまさらだれも思っていないでしょうが、こういう具体的な事例があった時には、私たちはやはりそのつど、その欺瞞性を批判していく必要があると思います。
 ところで一般国民は、ほんとうに「反原発・脱原発を選ぶべきだ」と思っているのでしょうか。民意の最大公約数がどのあたりにあるかを少しでも正確に把握するためには、相当精度の高い調査をしてみなくてはなりません。これを実施するのもマスコミの役割だと思いますが、私は寡聞にして、そういうきちんとしたデータに接した覚えがありません。代わりに私たちが目にするのは、次のようなずさんな調査と、それにもとづく勝手極まる結論です。
 2013年2月19日付の朝日新聞「社説」に次のようなことが書かれています。

 朝日新聞の世論調査で、原発の今後について 尋ねたところ、「やめる」と答えた人が計7割にのぼった。「すぐにやめる」「2030年より前 にやめる」「30年代にやめる」「30年代より後にやめる」「やめない」という五つの選択肢から選んでもらった。全体の6割は30年代までに国内で原子力による発電がなくなることを望んでおり、「やめない」は18%にとどまる。政権交代を経ても、原発への国民の意識は変わっていないことが確認されたといえよう。

 巨大マスコミが自分たちに都合がいいように世論操作をするのは今に始まったことではありません。ことに朝日新聞はこれが得意。私が記憶している限りでも、この新聞は昔、夫婦別姓問題についての調査結果からとんでもなく間違った結論を公表した前科があります。でもその時はだましのテクニックがなかなか巧妙でした。
 しかし今回のこのアンケート項目の設定のいいかげんさはどうでしょう。なんと五項目のうち四項目までが「やめる」になっていますね。原発が危険を抱えていることは福島事故で思い知らされたから、誰でも、もっと安全な発電方法があるならそれに越したことはないと考えるのが人情です。だから「やめる」項目八割のアンケートを突きつけられたら「やめない」をきっぱり選ぶ人が少なくなるのは当然です。回答者は初めからまんまと誘導されているのです。何の根拠があるのか、30年代などという設定も恣意的そのものです。いまは懐かしき民主党旧政権の政策に、この期に及んで媚を売っているのでしょうか。
 それにしても、こういう科学的客観性を担保したかのような装いのもとにあらかじめ決まっている結論を導き出すのは、じつにたちの悪い煽動です。もともと世論調査というのは、いろいろな意味でその信頼性に問題があるのですが、そのことを踏まえつつ、もしできるだけ公平を期すならせめて次のように選択肢を設定すべきでしょう。
 原発を①やめるべきだ ②どちらかと言えばやめる方向で ③迷う ④どちらかと言えば再稼働の方向で ⑤再稼働すべきだ
 これなら③や④を選ぶ人がかなりに上ることが予想されます。「『やめる』と答えた人が計7割にのぼった」なんてことにはならないでしょうね。
 言うまでもなくマスコミには事実をなるべく正確に伝える重い責任があるのですから、こんなボロ丸出しの調査などやってはいけないのです。これは、主義やイデオロギーが右か左かというような問題以前の、ジャーナリズムとしてのレベルの低さの問題です。
 しかしそもそも脱原発か再稼働かという問いは、原子力発電そのものについての高度な専門知や、これからのエネルギー政策、外交政策などを総合的にとらえる広い見識が要求されるきわめて選択困難な課題です。ふだんよく考えてもいない(考える必要もない)圧倒的多数の国民に安直に二者択一させて済むような問題ではありません。だからこそ、十市氏のように視野が広く見識のある人の意見を汲み上げる必要があるのではないでしょうか。それを握りつぶしたNHKの「クローズアップ現代」担当者は、大いに批判されてしかるべきです。
 NHKにしろ朝日新聞にしろ、こういう大衆迎合主義が大手を振ってまかり通るようでは世も末です。読者諸兄は頓馬なマスコミにたぶらかされないようによくよくご注意ください。


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1 コメント

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まったく同感です。 (ランピアン)
2013-12-08 02:33:22
同感です。私は仕事柄、中小企業の経営者から話を聞く機会がありますが、「これ以上電力コストが著増したら経営が持たない」という声が多数派です。

そうなった場合、真っ先に貧乏くじを引くのは首を斬られるそこの社員たちですが、左派マスコミはこうした「下積みの人々」の味方を自任していたはずではなかったのでしょうか。

恐らく、反原発派の中にはエコロジスト、それもディープな人々が少なからず含まれているはず。この種の人々は経済成長自体を罪悪だと考えていますから、原発停止による経済的損実など屁でもないわけで、言いたい放題言えるわけです。

ですから、基本的には現在の生活水準を維持したいと考えている大多数の国民とは、そもそも議論の前提となる価値観自体がかけ離れています。

むろん、そうした思想を奉ずること自体は自由ですが、ならば原発廃止が経済情勢の悪化をもたらすことを率直に認めた上で、それでも原発全廃が必要であると(誰よりもまず経済的弱者に向かって)堂々と主張すべきでしょう。

護憲か改憲かの問題も同様で、護憲を声高に叫ぶ左翼知識人や左派メディアの多くは、口にこそ出さね、腹の底では非武装中立、自衛隊は廃止すべきだと考えているはずですから、自衛隊の存置を自明視している大多数の国民とは、そもそも「護憲」という言葉の意味するところがまったく違っています。

ですから彼らは、自分たちの主張する「護憲」が、自衛隊の廃止を前提としたものであることを、これまた堂々と主張すべきですが、大衆の嘲笑を浴びることを怖れて、ひたすら無内容な「護憲」を叫ぶことに終始しています。これは一種の詐術ではないでしょうか。現下の言論の腐敗ぶりには絶望するばかりです。

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