天道公平の「社会的」参加

私の好奇心、心の琴線に触れる文学、哲学、社会問題、風俗もろもろを扱います。趣味はカラオケ、昭和歌謡です。

再々々度考、06:55(引き続き「さらば・・・」シリーズについて語る。)

2016-08-30 21:11:46 | 映画・テレビドラマなど
私、引き続き、ウイークデイ午前6時55分からのEテレ「0655」を愛視聴しております。
 文字通り興味深い企画で毎度楽しませていただいておりますが、8月29日の月曜日より、先の人気(?)新企画「失恋ソング」の続編がスタートしました。
 ムード歌謡グループ、ロスプリモスによる、今週のご当地ソングは、「さらば高円寺」、「さらば豊橋(とよばし)」に続くこのたびの第三弾「さらば宝塚」ということになっています。
 このシリーズは、NHKのEテレ番組内で、ことあるごとに「人気シリーズ」とあおってくれましたので、私以外にも愛好者が数多くあったのでしょう。
 復習しますと、最初は、JR高円寺駅が登場し、南口そばの純喫茶で、別れ話の末、彼女(みよこ)に平手打ちをくらい置き去りにされた、黒ジャケット、黒ぶちのロイド眼鏡の彼が、傷心ののち、思いで作りに高円寺駅の界隈を歩けば、本当に「高円寺(徳川家由来の名刹)」に出くわす、おお「エウレカ」(われ発見せり)と、隠された真理に逢着(でくわす)し、少しうれしくなる(その後、彼は、すぐにふさいで、ぶすっとしてしまいますが)逸話でありました。
 続いて、第二弾は、静岡県豊橋市役所前の路面電車の駐停車場の前に無表情のカップルが無言で並んで電車を待っております、やがて、路面電車がやってきて、無表情の女の子が乗り込みステップの上の段から、男の方を無表情に見返します。もう語ることなど何もない、との状況でしょうか。ムード歌謡に沿いながら、「(彼女と別れて傷心の)僕はここに二度と来ないだろう」という歌詞が流れます。「そして、最後の思い出作りに街を歩きます」、という説明がされ、よく知らぬ街を漠然と歩いていきます。そこで、彼は、「われ、発見せり」ということで、豊川(とよかわ)という河に架かった豊橋(「とよばし」と発音するみたいです。)という橋を発見して、思わず手を叩くわけです。「豊橋市」という市名の市には、ちゃんと「豊橋(とよはし)」が存在したのであると、それは、一級河川「豊川」に架かる全長180メーターの「とよばし」であると。腑に落ちた彼の、その発見が、彼を少し喜ばせます。
いずれのバージョンも、ムード歌謡ロスプリモスのボーカルの手慣れた歌唱と字余りの奇妙な歌詞、また、素朴で、あか抜けないドラマとのミスマッチに相まって、大変笑えます、というのが前回までです。
 今回は、東京、静岡と、西進し、兵庫県宝塚市となります。地域の均衡を重視するNHKということなのか、今度は西日本とバランスを取ってくれます。
個人的なことを申し上げますと、かつて40年以上も前になりますが、私、当該宝塚市に沿接する西宮市にあった(今もある)私学のK学院の受験に失敗しまして、日本で最も美しいという芝草で覆われた美しいキャンパスの印象とあいまって、青春の挫折以来、鬼門と信じ、足を踏み入れておりません(失恋したようなものか。)。その後私の入った(入れた)私学のキャンパスの汚さとあいまって、K学院なんて、金持ち学生ばっかりで、すかしてやがって(これは東京弁か?)と思っておりました。しかしながら、このたび彼が絶縁される場所は、宝塚劇場前の阪急電車の宝塚線駅前広場であり、かの大学は同じく阪急今津線、甲東園駅という名でありました。また、阪急沿線は、神戸線を含め、高級な住宅地として有名でした。また、大阪人の友人から、小豆色の阪急電車は、品のいい地区を走ってるんやで、と教えてもらいました(どの電鉄会社と路線が品がないのかは省略します。)。
 閑話休題
 第三弾のこのたびは、例の黒いジャケット、デイパック、白いハイネック、黒縁メガネの彼は、駅前で、ネックレスの縦長の箱を突き返されます、ちゃんとリボンがかかった箱です(絶対に、彼女は中身を見て値踏みしてます、と私は確信します。)。あれはショックですね。男とすれば、「俺に帰すつもりならばすててくれ」(「ルビーの指輪」から引用、ルビーの指輪ならまだしも、ネックレスもさすがにほかでは使えないからなー。)と思っていますが、普通(?) の女性とすれば、後日のトラブルを避けるため、必ず払うべき注意と手順なんですね。
 ショックを受けた彼は、いつものように、せめての記念に、周辺を散策し、市の名前の起源としての「宝ノ塚」記念石碑を発見します。思わず手を打ち、感動する姿、また、塚は、宝塚市の縁起であると同時に、ほかにも様々な古墳などあるところです。「宝ノ塚」に感動した彼は、せめてもと、他にも様々な古墳・遺跡を見て廻ります。また、「塚」の前には、お「宝」が落ちているという地元の伝説があり、テレビで実写される石積み塚の開口部の前には、なんとなくお宝が落ちている、雰囲気があります。塚が、墓所なのか、貯蔵庫なのか、素人にはわからないところですが、高台に登った彼は、宝塚市の一覧景色を眺め、彼の残念な体験を振り返ります。少し明るい顔になった彼は、石段を降りつつ、伝説のとおり、古風な古びた鳩笛(?) らしきものを拾います。
 失ったものの替わりに、彼は、今回本当に「もの」を拾いますが、招福のしるしとして思えるのか、微妙なところです。斎藤環流にいえば、「女は更新し、男は保存する」、と言いますが、このたびの伝説の成就により、彼がうれしいのか、むなしいのか、思い出の一つとして綴じ込めるのか今一つわからない、ところです。まあ、具体的な「もの」は、手の中にあるわけですが。
 前作までは、「真理」に出会った後は、彼はふたたびふさいだ暗い顔になりますが、このたびは手の中にものが残ったためなのか、見た目では、前ほど暗くはありません。こんな体験を経た際に、西欧流に「もっと深く絶望せよ」が本来正しいかどうなのか、良くわかりません。そこはそれ、日本流に(?) 人に福を授ける、何者かの手配として、何となく受け入れるのが、「幸せ」なのか判断が分かれるところですね。本来、私たちは、予測不可能で、不条理で、あるいは理不尽な契機で、別れや出会いを繰り返すわけですから。
 今回においても、たとえば「一般的に」、「鳩笛」、「それがなんなのよ!!」と断じられたら、やはり挫折した男とすればそこまでということですが・・・・・。
 このパターンが、いつまで続くかはわかりませんが、そして、今回も人気が出るのかどうか、そこはそれ、次は、どこの地名がテーマになるのか、とても楽しみです。
 やはり、西進するのでしょうか?
 まだまだ、パターンがありそうですが。